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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
89/147

君との距離は天の川よりも遠く⑫

この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m




 ブキミちゃんは夜空から降り注ぐ月光と花火の色とりどりの光を浴びながら、天使の輪が並みじゃない黒髪をサラッと揺らして、ニヤリと笑った。


『あら、なんだか穏やかな雰囲気じゃありませんのね? せっかくお爺様が日ごろお世話になっている市民の為にと、多大に寄付した打ち上げ花火ですのに。……花火そっちのけでこんなところで呑気に物騒なお戯れとは、これじゃお爺様が可哀そうですわ。ねぇ、荒井さん?』


 澄ました顔でものすごいことを言ってのけた、ブキミちゃん。私は俯いたまま彼女の言葉を黙って聞くことしかできず、同意も否定もできなかった。でもその彼女の凄味の利いたセリフを真っ向から噛みついたのは、意外なことに尾島啓介でなく、伴丈一朗だった。


『うるせぇっ! さっきからワケわかんねぇ奴ばっかりしゃしゃり出てきやがって……部外者はすっこんでろっ! 大体先に足と手を出したのは啓介そっちなんだよっ! 俺はやられた分はキッチリ倍返しで礼する主義でな。しかもすぐやらねえと気がすまねぇ性質たちなんだよっ!』

『おやめなさい、伴丈一朗。アナタの事情など、どうでもいいことよ。バカバカしい』

『あんだとっ?! …………フン、そっちこそそんな呑気なこと言ってていいのかよ? こんな暴力沙汰、バレたらヤバイのは山野中そっちではないですかねぇ? 啓介、これが明るみにでれば山野中のバスケ部とサッカー部、謹慎はおろか、試合や大会出場停止決定だろ。なんせ先に暴力を振るったのはそっちだからな。オマケに承認が数多くいるし? ココ(・・)にも証拠があんだよっ。えぇ? どうするよっ?!』


 伴丈一朗は殴られた自分の頬をさしながら急に勝ち誇ったように叫んだ。

 彼の言葉はこの場にいる山野中の生徒達を硬直させるには十分だった。尾島は拳を思いっきり握りしめたまま唇をかみしめ、星野君や小関明日香の顔は真っ青のまま固まっている。これ以上ないくらい張りつめた空気を一蹴したのは、花火のように鮮やかなブキミちゃんの高らかな笑い声だった。


『オホホホ! あら、そのようなこと、大した問題ではありませわ。よく考えてみてもごらんなさい、貴方達河田中の方々が御心の内だけに留めていただければ済むだけのことです』

『はぁっ?! ……カオリぃ……てめぇっ!』

『あら、相変わらず怖い顔。それに頬が腫れたなんて、何を今更。そんなことケンカに明け暮れている伴丈一朗にとっては日常茶飯事で大した問題でもないでしょ。それこそ、尾島啓介共々そこら辺のノラネコに噛みつかれたと適当に言っておきなさい。お二人とも袖にした女性が多いのだから、誰も疑いやしませんわ。それよりももっと冷静におなりなさい。どうせアナタだって真実が明るみにでれば大変困るでしょう? 「山野中の尾島啓介ごときにヤラレました」……なんて口が裂けても言えないのではなくて? それとも? 無敗の伴丈一朗には土がついたと自ら触れまわる、自虐的な御趣味をお持ちなのかしら?』

『カオリぃぃっ!』

『……呼び捨てはやめて。気分悪いわ。「親しき仲にも礼儀あり」って言葉、貴方の貧弱なボキャブラリーに加えて下さるとありがたいですわね。あぁ、その前に「親しき」という言葉自体、語弊があるわ。私としたことが、あなたととっくに縁を切ったのを忘れてました。……でも他人なら尚更礼儀は弁えるもの。ま、そんなこと今はどうでもいいでしょう。それよりもこの騒ぎ、ワタクシ大変困りますの。伏見家次期当主である、伏見かおりの輝かし履歴に暴力沙汰を起こした中学を卒業したなんていう汚点を残したくないのよ。わかるでしょう?』

『テメェの事情なんか知るかっ! 勝手にほざいてろっ!』

『……そう。なら、仕方ありませんわね。納得していただけないならこうしましょう。今シニアで持ち上がっている問題が何か御存じ?』

『なんだぁっ?! いきなり……って…………オイっ、まさかっ!』

『あら、御存じのようね。なら話は早いわ。あのシニアの練習場に新しい福祉施設を建設する予定があがってますの。これから日本は高齢化社会を進みますのよ、医療に携わる伏見としては今後に備えて万全な体制で臨みたいというのが本音でしてね。でもアナタも知ってる通り、お爺様は大の野球好きでして……野球を愛する少年と監督の為にあの広いグラウンドを残してやりたいと、良い設備を残してやりたいと苦しい選択を迫られ御心を痛めていますわ。あんなに広くて便利な場所にある球場、どこを探してもこの付近にはないでしょうねぇ。しかも無償で! そして私は伏見本家の跡取り娘……ここまで言えばおわかりですわね? 全ては私の心一つでどうにでもなりますのよ。よって今日起こった出来事はすべて儚い夢物語と思っていただければ幸いですわ。あなたも大事な家族(・・・・・)の為にも、ね?』

『こ、このやろうぅっ……!』

『まぁ、わかっていただけて嬉しいわ! やはり持つべきものは幼馴染ですわね。それにしても残念だわ、小卒以来1年半ぶりにこうして会話ができたのに、直接口をきくのが今日で最後なんて!』

『……ッ!』

『さて、他の方も同様、このことは他言無用です。どこからか漏れた時には……そうですねぇ。残念ながらあまりよい結果にはならないでしょうねぇ。ま、別に私はそうなっても構わないですけども? あぁ、ごめんなさい。荒井さんにとっては非情に納得できない結末でしょうけど、ここは頭の悪い哀れ子羊たちに恩を売る……あら、違ったわ。彼らのあまりパッとしない将来を思って、目を瞑ってさしあげて、ね? そういうわけでこの話はこれで終了よ。今すぐ解散して花火にでも集中してくれるとありがたいですわねっ!』


ブキミちゃんの鬼のように冷ややかな眼光と容赦ない低いハスキーボイスが小高い山に轟いた。


*******


 タクシーの中から流れる光、テールランプをぼんやり眺めていた。光が少しぼやけて見える。おそらく瞳にうすらしょっぱい水の膜が張っているからだろう。足の痛みは動かさない限り体には響かなかったが、少し違和感が残っていた。氷水でしっかり冷やしたし、湿布を貼ってガッチリ包帯で巻いているのでこれ以上は悪くならないだろうが……しばらく安静という医者からの通告を受けた。残りの夏休みはおろか、新学期が始まっても部活と体育は休みだろう、もしかしたら体育祭も見学かもしれない。

 時間外にも関わらず伏見さんが顔を利かせてくれたおかげで、彼女の実家である伏見病院の先生に診ていただき、丁寧に手当された。診察料もレントゲンも大量の湿布薬も無料、おまけに大量の包帯付き。私は慌てて家族に電話して保険証とお金を持ってきてもらおうとしたが、ブキミちゃんは一切受け入れなかった。


『あ、あの、お金!』

『いいのよ。たいした検査もしていないし、荒井さん1人から料金取ったところでうちの病院には微々たる収入ですから』

『……。で、でも、なんだか悪いし……』

『フフフ、別にかまわないわ。それにお爺様も是非にとのことだったので。それより、知り合いがおいた(・・・)をしたばっかりに荒井さんを巻き込んでしまって……私からもお詫びを申し上げます』


 頭を下げたブキミちゃんに私は慌てて顔をあげてもらった。こちらが頭をさげこそはすれ、してもらう義理などなかったからだ。


『あああの、全然伏見さんのせいじゃないしっ! それどころか、借りを作っ……いえ、逆にまた助けてもらった感じ……みたいなっ』

『いえ。それでは私の気が収まりません。帰りのタクシーも用意させていただくわ』

『やややっ! いいですって!』

『遠慮なさらなくていいのよ。それでなくてもお爺様のお気に入りと認定された方を、「病院出たらハイさようなら」なんてできません。お礼というなら是非、お兄様と御一緒・・・に我が伏見本宅へ遊びにいらして……ね? お爺様と二人して首を長~くして待っていますわ!』

『…………』

『あぁ! それよりも私には大野小の恥さらしが大事なになる人に怪我をさせたのが口惜しくて口惜しくて……あまりの情けなさに涙が出てきそうですわっ! 荒井さん、大野小はあんなバカばっかりではないの! その点を是非、待合室で待っているお兄様(・・・)にアピールしてもらえることを心より願っています』

『……あ、ハイ……』


 私は固く手を握られながら、ブキミちゃんの満面な笑顔をがっちり正面で受け止めた。この時点で雄臣にブキミちゃんの株上げ大作戦とお宅訪問が決定事項となった。「結局それか……」とガックリ肩を落として病室を去る私に掛けたブキミちゃんの言葉は、ズシンと心に突き刺さるものだった。


『荒井さん』

『ハ、ハイィっ!』

『ひとつ忠告しておくわ』

『へ?』

『……お付き合いをする方は選んだほうが身のためですわよ。あの連中(・・・・)に関わっていると傷つけられるどころか、そのうち身を滅ぼすこと間違いありません。是非とも笹谷さんのように遠のくのが利口というもの』

『……え? あ、あの……連中って……。ば、伴丈一朗、とか……?』

『あの男などはもってのほかですっ! 荒井さんもあんな男のことはキッパリ忘れておしまいなさいっ!』

『ヒィッ!』

『ゴホン……荒井さん、世の中は広いのです。この世の半分は男なのですっ! あんな連中じゃなくても素晴らしい人はたくさんいるのよっ。この伏見かおりが断言するわっ』

『あ、あの……伏見さん……いつもとキャラが……』

『心配なさらなくても、私は冷静です。これからも友人として、困ったことがあればいつでも相談に乗るわ。伏見一族、一丸となって荒井美千子のバックアップに努めさせてもらいますからっ』

『…………』


 目の前で診察室の引き戸が徐々に閉まり、「気に入らない奴がいればすぐさま抹殺してやってもよろしくってよ」と微笑んでいるブキミちゃんの顔が、フェードアウトしていくのを黙って見ていた。


美千子は最強のスポンサーを得た!

美千子の運が5、下が……上がった!

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