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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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君との距離は天の川よりも遠く⑨

この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m




(なんか今、ものすごいことを聞いた……ような?)


 私はポケっと尾島の顔を見たが、尾島は私の方は見ようともせず、慌ててソッポを向いた。その横顔はまるで悪いことをした時に見つかった子供のような、居心地の悪そうな、気マズイ顔――。

(ちょっと……なんで目を逸らすのよっ! それとも、風呂と布団でイチャコラは事実ってわけぇ?!)

 私は思ってもみない衝撃の事実により、まるで自分自身が活火山のような感覚に陥った。奥深い地底の底の底から徐々にマグマのような灼熱の溶岩が噴き出すのを感じ、それが足元から頭の先に向かって急激に登り詰めるのがわかった。なぜこんなにも身体中が煮えくり返るのか理由はわからないが、今はそれどころではない。

(そうですかっ、そういうわけねっ!)

 猿、いや、猿以下であるミジンコ並みの尾島に「フケツよ、フケツ! アンタなんか最低っ!」と罵りながら胸ぐらを掴んで往復ビンタをお見舞いし、「やっぱり大砲じゃなく竹並みだったのねっ! この嘘つき!」的な下半身にケリを入れて、日ごろの恨みつらみを晴らしたいところだが、残念なことに今の私ではそれを執行する勇気もなければ、その権利もない。

 しかし、睨むだけならプライスレス! なんてったって「マク●ナルド」だってスマイル¥0の時代! ここはスマイルではなくミサイルを打ち込む勢いで、思う存分怨念の籠った超スペシャルビームをお見舞いしてやった。


「いいぞぉボインちゃん、その調子! それにホラ、尾島クンも否定しないでしょ? そういうことで啓介はその手を離せってぇの、シッシッ! ボインちゃんはオイラが責任もってラブも相棒も注入しとくから心配すんな!」

「注入……って、ババババカヤロウぅ! ざけんなっ! どぅあれがっテメェの萎びたラブと相棒を注入させるかっ! それはこのオレ様の役目っ……て、あ、いや……やく、やく……そうだっ! 『焼くも返すもアナタ次第☆「まるやき」はそんなお客様を応援します!』でお馴染みの『まるやき』オーナー・蝶子がテメェの顔を久し振りに拝みたいってよ! 只今開店十周年記念の為、お好み焼き全品半額キャンペーン中だっ! 今すぐ祝辞を述べに顔を出してきやがれっ!」

「おいおい、オマエは『まるやき』の回しモンか? それよりなんでオイラがあんなオカマに会いに行って祝辞を述べにゃぁならんのよ! オイラの専門は100%女子、おわかり? おっ、そうだ! ボインちゃん、せっかくだから一緒に寄って行くか! オーナーは人間じゃないけど、ここは肝試しだと思ってさ、な? なんてったって夏だしな! 背筋も凍る店長を見て一先ず悲鳴を上げたら、ちゃんとオイラにしがみつくんだぜ? そんでさ、二人のホットな愛で仲良くお好み焼きでも焼こうじゃないの~。『ほら、この鉄板をごらん? 燃えるように熱いだろ? これがオイラの気持ちさ!』『まぁ、なんて熱いの……丈一朗様ったらステキ!』『おっと、あぶねぇ。オイラに近付いちゃぁ火傷をするぜ!』『いいの、チチコを丈一朗様の愛で焼いて欲しい!』『ハッハッハ! まったく、チチコも罪な女だな。仕方がない……ふっくらと焼けたお好み焼きのようなオマエのボインに俺の愛を刻んでやろう……。覚悟しなっ、オイラの相棒ヘラが火を吹くぜ!』『いやあぁぁん、丈一朗さまってば、すごぉぉい!』……というわけで、残念ながらこの先はよい子も読んでる可能性が高いからここらへんで店じまいだ。残りは各自で想像するように! な? ボインちゃん!」

「…………」


(コイツ、本当に中学生なんだろうか……)

 大体、な? と問われたところで何と答えればいいというのだろう。いや、いっそのこと『まるやき』ではなく『まるこげ』にするべく、私のマグマで本当に「チリチリ」にしてやるべきなんじゃないだろうか。それより『まるやき』は十周年らしい、一体ベティちゃんは幾つなんだろう。いやいや、そんなことより『チチコ』って誰だよ!


「……よぉぉっし、コロス! テメェを生かしちゃ絶対世の為になんねぇよな!」

「いやだなぁ尾島クン。コロスなんて野蛮な言葉を吐く男は女子に嫌われるぜぇ? 大体さぁ、ボインちゃんは啓介のなんなの? カノジョなんですか?」


 伴丈一朗がヤレヤレと厭きれた様子で言うと、私を含めこの場にいた……というより、私と尾島だけがピキーンと固まった。尾島キングコングは口元をグッと詰まらせ、ゴジラは足元から咽喉まで吹き出したマグマが放射能熱線炎となって発射! ……はされず、むしろ逆流したせいで動悸が激しくなるのを感じた。


(え、え、そそそそんなカノジョなんて冗談じゃない! だだだ大体ね、コイツとは只のクラスメートというか? それ以下でも以上でもなくてっ? 特に特別な関係ではないというかっ! ……そ、そもそも尾島はいつも私のことをからかって遊んでるというか……)


 聞かれたわけではないのに、言い訳するように心の中で慌てて答えてしまった。一方、尾島からは一切言葉は発せられず、ムスっと不機嫌そうに黙ったままだ。この沈黙が気まずくて、なんで黙ってるの、いつものように調子よく答えなさいよと言葉ではなくて目で訴えれば、当の尾島は固唾をのんで身体を強張らせていた。



 たぶん尾島は、いつものような調子でロクでもないことしか言わないだろう。よくて、クラスメートぐらいだ。……わかってはいたが、心のどこかでどんな答えを出すだろうとドキドキしながら待ち構えていた。



 一体、この動悸はなんなのだろう。



 彼が私のことを友達などと、ましてやカノジョなど紹介するはずもないのに。

 


 

 とうとう尾島は大きい溜息を吐き、外国人のように頭を振りながら大袈裟に肩を竦めた。



「ハァァァァっ?! な、なんなのよって、そんなこと、いちいち伴君に答えなきゃならんのですかね? その義務はあるんですかね? それよりそんな宇宙一くだらねぇこと、オマエに詮索される覚えはねぇんだよっ! それともなにか? そんなにオレ達の関係を聞きたいのですか? そんなに知りたきゃ教えてやんよ、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ!」



 

 尾島は急に元気になり、おどけた調子で捲し立てた後、ニヤリとした表情でフンと鼻を鳴らした。




「コイツはな、オレの奴隷よ」



 え?



 私の鼓動は破裂しそうな勢いで、余興の大太鼓のように、ドンドンと暴れていた。




「この荒井美千子はね、オレのお陰でクラスで息してられるのよ。おわかり? だからオレに逆らうことはできねぇし? オレの言いなり、絶対服従って訳ナンですよ? よってオメェとチュウは今後一切一生死ぬまで接点が無い訳ナンですわっ! ここまで説明すればおわかりですかね、頭が弱い伴丈一朗君!」




 尾島の早口で捲し立てた言葉は、私の心を貫いた――いや、粉々に砕いた。




 宇宙一くだらないことで、絶対服従の奴隷。

 クラスで息していられるのは、尾島コイツのおかげ――。





「おい! よせよ、啓介っ!」

「ブッ! ハァ? なんだよそれぇ~?」




 私は尾島を見続けることができず、顔を上げ続けることすら困難で俯いてしまった。

 せっかく抗議してくれた星野君の言葉でも立ち直ることができず、深い傷を癒すこともなかった。それどころか、その怒鳴り声すら虚しく感じてしまった。ましてや、伴丈一朗のわざとらしく目を丸くした後の爆笑は、奈落の底に突き落とされたようで……耳触りと言わずしてなんであろう。

(……何がそんなにおかしいの?)

 徹底的にバカにされ、笑い者にされているというのに……何故私はその加害者達に大人しく両腕を掴まれてアホみたく黙っているのだろう。



 言いたいことを言われ、ボケっと突っ立ったまま何も言い返せない自分が情けなかった。

 いつも腹の中ではごちゃごちゃ言うくせに、肝心な時に何も言えない自分に腹が立った。心の底から呪いたくなった。



「呑気に笑ってないでとっとと帰りやがれっ! その笑いっつーか、存在すら目障りなんだよ!」

「アッハッハ! クク……いやぁ、別に尾島クンが目障りでも一向に構わないですよ、オイラは。それよりもさぁ、頭が弱いのはオマエの方でないの? オイラはボインちゃんが啓介のカノジョかどうかって聞いたんですけど? 別に2人の関係を丁寧に説明しろとは言ってないんですけど? ま、奴隷なんて言うくらいだから、カノジョじゃねぇんだろうなぁ。そーだよ、オイラも質問する前に気づけよ! 大体カノジョがいたらさぁ、余計な邪魔もの引き連れた挙句、他の女侍らせてハーレム状態にするわけねぇもんなぁ~。ていうか、こんな最低な扱い、ありえないっしょ! ややや、ゴメン、尾島クン! オイラが悪かった! それより良かったな、ボインちゃん! こんなオトコのカノジョじゃなくってさ!」


 伴丈一朗はなんとも朗らかな声を上げながら人の肩をポンポンと叩いたが、私は答えるどころか、顔すら上げることができなかった。


「それにしても、オイラには啓介のしてること、さっぱり理解できねぇなぁ。女子は優しくしてナンボでしょ? 気持ち良くしてナンボでしょ? それがどうでもいい女を侍らしたり、奴隷扱い? や~尾島クン、女ナメてるとそのうち痛い目に合うぜ? ホント、マジ気を付けたほうがいいよ? 女は怖いからなぁ。仮にオイラが女だとしたら? 啓介のような扱いされたら、まぁ~殺すわ。や、その前に迷わず股間蹴り上げるね。一生使い物にならないぐらいの素晴らしいケリをキレイに決めちゃうねっ!」

「丈一朗、もうやめろ! キリがネェだろ!」


 星野君は今日一番の怒鳴り声を上げると、伴丈一郎は急にヘラヘラした雰囲気を引っ込ませ、ギロッと睨んだ。


「っるせぇんだよっ、一幸は! さっきから聞いてりゃイチイチ口挟みやがって……ほんとにオマエもさぁ、もっとオヤジさんみたいに人生軽く、気楽に生きろよ? そんなんじゃお袋さんみたくいつかは派手に頭がスパークしちまうぜ? あ~バカらしっ! さ、ボインちゃん行こうぜ。女を奴隷なんて言ってる奴や呑気にその友達やってる頭の固いヤツなんて無視無視! おっとぉ、その前に一幸クンに一言アドバイス。この尾島クン、カルシウム足りないんでないの? 頭に血が昇って怒りっぽくなってるよーだから? 明日香のところにでも連れて行って、オチチあげるよう言ってやんなさいよ。ついでにさぁ、2人とも貧乳明日香チャンに一発抜いてもらった方がエエんでな」


 

 伴丈一朗の言葉が途切れた。

 彼は最後まで言えなかった。というより、言うことができなかった。尾島啓介の右ストレートがもろ顔面に入ったから。



 遠いところで悲鳴が聞こえた。

 それが自分の口から出た悲鳴だと認識したのは、写真の連写のように目の前の景色が、勝手に熱くなってる男達の顔がスローモーションのように変化した時。自分の身体が、傾いた時。



 拳をまともに食らった伴丈一朗は、後ろに倒れた。

 一方尾島は険しい形相のまま、伴丈一朗に向かって大声で叫びながら飛び掛かったその瞬間、尾島の身体が伴丈一朗の傍にいた私の身体を弾き飛ばした。


 下りの方階段に背を向けていたのがまずかった。


 大した衝撃ではなかったのに、浴衣のせいで足が思うように動かなかったため、身体が大きく傾いてしまった。かろうじて着いた足も、着き方が悪かったのか、グキッと嫌な感触と痛みが体中に広がり二歩目がでなかった。




 支え損ねた身体は、まるで動けないオモチャのように落ちていった。

 転げ落ちる身体と傷つけられた心、果たしてどちらが痛いのだろうかと頭の隅で考えながら。




 ぼやける視界には、星野君らしき人が手を伸ばす姿。

 伴丈一朗に馬乗りになっていた尾島の驚いた顔。


 そして、


 木々の間から見えた、真っ暗な夜空に咲き誇る一発目の鮮やかな花火。



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