君との距離は天の川よりも遠く⑦
少し長いです。この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m
「あれぇ? 一幸じゃん。こんなとこで何してんのよ」
「「っ?!」」
私と星野君は弾かれたように声の方へ顔を向けると、月明かりと一定の間隔でつるされている裸電球だけの薄暗い闇の中から、人が現れた。
良く見ると私達とそう変わらない年頃の男の子が3人。
星野君はハッと我に返り、咄嗟に私の手をパッと離した。私も手を握られた姿を他人に見られたのが恥ずかしくて胸の前でギュッと両手を重ねると、星野君は私の前に出て庇うように楯になってくれた。ナイトのような星野君の行動に感動する反面、この男の子たちが来る直前までの出来事を思い、心の中がザワザワとして……嬉しい気持ちが半減し、落ち着かないような、複雑な気持ちになってしまった。
「あんだぁ? 星野のコレ(小指)かぁ?」
「シニアやってるくせにカノジョ持ちかよ! 3年や監督に知れたらヤベェんじゃねーの?」
私達の一連の動作を誤解したのか、男の子達はニヤニヤしながら近づき、星野君の肩を小突きながら私たちの前に立ちはだかる。
「なになに? 2人は何処までススんでらっしゃるのぉ?」
いえ、ススムどころか、どうやら私の勘違いだったようで……などと心の中で呟いていたら、彼らは下卑たイヤらしい表情を浮かべてゲラゲラと笑った。
(え? ちょっと……なんか嫌な雰囲気だな。この人たち、もしかしてヤバイんでないの?)
彼らがシニアと言ったということは、この男の子達は星野君と同じシニアの仲間なのかもしれない。けど山野中では見掛けない顔だった。こんなにガラが悪ければ嫌でも目立つだろうし、桂龍太郎とつるんでいる筈だ。けど彼の仲間にこんな連中はいない。
マヌケにも今頃自分たちが置かれているこの状況が非常にマズイのではないかと悟り、心配になってそっと斜め後ろから星野君の顔を覗き見れば、思った以上に険しかった。どうやら予感が的中しそうなほど、背中越しにも彼が緊張しているのがわかる。星野君が断れないような難題でもふっ掛けられたら……と心に不安が過ったその瞬間、坊主の男子達の中から1人ズイっと前に出てきた。「え?」と思った時には、にゅっと伸ばした手で私の腕を掴み、グイッと星野君の背後から引っ張り出された。
「いっ?! え? え?……あ、あのっ!」
「一幸、ちょっくらこの女貸せよ。後でちゃんと返してやるからさぁ」
私はゲームのソフトかっ! ……と叫び声をあげそうになるのをグッと押さえ、物騒な発言をした男子生徒を睨みあげたが、すぐその勢いは消え失せてしまった。
その男子は、星野君も含め全員坊主であるメンツの中で、唯一髪の毛が長くチリチリパーマかかっており横にフワッと広がっていた。暗い中でも茶色く染められているのがわかる。整えられた薄い眉に、大きいネコ目で目尻がキュっと上がっており、ヒョロっとした中背で、ロックバンドのボーカルのような出で立ち。一瞬見た感じはまるでこの年の秋にメジャーデビューした、ユ●コーンのボーカルのようだ。
優男風で軽い雰囲気を醸し出していたが、石原……じゃなかった、厚子軍団を見てその筋に免疫が付いていた私には、何故かヤバイ雰囲気をビシバシと感じた。オマケに星野君以外の野球坊主達は、ニヤニヤと笑ったまま口を出そうとはしない。青春ど根性を突っ走る野球少年どころか、同じ中学生とは言い難い彼らの行動に、私はオロオロと星野君とチリチリ男の顔を交互に見た。
星野君は相変わらず険しい顔つきのまま、滅多にお目にというか、お聞きにかかれない低いドスの効いた声でチリチリ男に言い放った。
「……やめろ、丈一朗」
「あ、なに、その怖い顔? マジで一幸のカノジョ? そうなの? ボインちゃん」
誰がボインじゃい! ……などと言える立場ではない。
チリチリの答えにくい問いに、私はこの場を逃れられるなら「そうだ」と首を縦に振りたかったが、そんな恥ずかしい嘘を言える筈もなく、弱弱しく項垂れるだけだった。例えなにか言っても、彼らを刺激する材料にしかならないだろう。こんな奴らと鉢合わせになるくらいだったら、雄臣のほうが数倍もマシだったと、早くも1人で脱出したことを後悔し始めた。
「ボインちゃん、俯いちゃってどうしたの? あれ、もしかして、2人はまだ熱い合体はしてないの? 一部接触だけ? まさか、この暗闇の中でこれから始めちゃう段階だったとか?」
「おい、丈一朗!」
「そっかぁ、これからだったのかぁ。あーでもね? ダメダメ! 一幸はヤメテおいたほうがいいって! こいつ頭が固いのなんのって! や、悔しいけど、アッチはデカいし、それこそガチガチにカタイかもしんないよ? でも性格はコイツのオヤジと違ってすっげぇクソ真面目だから面白くねぇんのよ。それよりさ、オイラとどう? ボクちゃん最近日照り気味でさ~こう潤いが必要だったりするワケ! ここは一つオイラと一緒に花火でもじっくり鑑賞してさぁ、ついでにそのボインでオイラの相棒にドカンと恋の花火を派手に打ち上げさせて欲しいワケよぉ! オレの言うこと、おわかり?」
「…………」
(……軽い。いくらなんでも軽すぎるだろっ!)
まるで全ての言動に羽が生えているかのようだ。それにどう見たって地味で鈍くさい女子にオアシスを求めるほど日照りが酷いとも思えない。しかもルパ●三世のように女を口説くチリチリは、性懲りもなく私の肩に腕を回し、恐ろしくもチッスをする寸前まで顔を覗きこんできた。
夏なのにサムイボが立った。
私の知っているロクでもない連中と同じ香りがプンプンするこの男から逃れたくて、引き攣り笑いをしながら身体を捩じらせ、彼から一定の距離を取るのが精一杯であった。しつこく近付いてくるチリチリの髪がくすぐったい、というか、鬱陶しいこと極まりない。
「いい加減にしろ、丈一朗! マジでやめとけ、啓介に見つかったら殺されるぞっ」
「はぁっ? あんで啓介のマヌケが出てくんのよ? …………って、あらら。もしかしてボインちゃ~ん、地味な割には一幸の他に啓介も相手しちゃってんの?」
チリチリのとんでもない言葉にギョッとし、私は慌てて違うと言いながら思いっきり首を振ったが、チリチリは人の話を聞かず、ハァ~と大袈裟な溜息を吐いた。
「マジ啓介もなぁ~。今も上で会ったばっかだけどさぁ、相変わらず明日香だけじゃなく原口もベッタリだったぜ? おまけにちっせえ女も含めて結構な人数侍らせてやんの。厭きもせずによくやるわ! そりゃ明日香は貧乳だからぁ、満足できないのはわかるけどよぉ。けどいくらなんでも手ぇ出しすぎだろ、どんだけ飢えてんだ? あそこまでくるど、もはや病気だね、病気。あ~ダメダメ、ボインちゃん! 啓介なんてやめとけ! アイツは手を付けるだけ付けてその気にさせた挙句、キッチリ回収しない鬼畜、鬼畜生だから! 女の敵のような男よ? それにアッチも至って極普通、並みサイズよ! 松竹梅ど真ん中のタケ! あ、背丈は相変わらず伸びねぇけどな! その点オイラはテクニックがあるし? 中の上だし? 女の子には優しいし? それこそ気持ちは特上の上よ!」
マシンガンのように吐き出されたチリチリの言葉に星野君以外の野球坊主達は爆笑し始めた。
私は彼の言葉に唖然として、ポカンとバカみたいに口を開けたまま彼の顔を眺めてしまった。が、徐々にその言葉の意味が頭の中に浸透してくると脳味噌がグツグツと煮えたぎり、手にぶら下げていた下駄をグローブのようにはめ、そのオツムも髪の毛も言動も軽いチリチリのボディと顔にそれぞれ重い一発を叩きこみたい衝動に駆られた。
(なによ……あのミニマムコンビってそういう破廉恥な関係だったの?! いや、それよりなんで私があんな類人猿を相手にしなきゃならないのよっ!)
顔を真っ赤にしながら心の中で思いっきり悪態ついた後、イライラの根源であるチリチリの手から逃れようと腕を振り払ったが、生意気にもチリチリのわりには力が強くてビクともしない。
「やめろ、その言い方! 荒井さん、困ってるだろ!」
「へぇ、このボインちゃんは『あらいさん』ってゆーんだ。どう? カタ物の一幸や伸びない竹サイズの啓介より、オイラの方が絶対お得だって! ああ、オレ、『伴 丈一朗』ってゆーの。聞いたことない? 結構この辺でも有名だから、山野中でも知れ渡ってると思っけど~」
私はその名前を聞いた時、自分の腕を掴んでいる人物を今世紀最大の珍動物を発見した時のような目で見てしまった。
(ばばば、伴 丈一朗?!)
何故ならこのチリチリの言うとおり、その名はこの辺りにある中学では知らぬほど有名な名前だったからだ。
もちろん有名と言えば、山野中の裏番である桂兄弟、それこそ貴子のお姉様である笹谷厚子も然り。けれども彼らと同じくらい有名だったのが、この「伴 丈一朗」という男であった。
この伴丈一朗、彼は山野中学区の隣に位置する「河田中学校」に通う2年生で、中学生のくせに三度の飯より女好きというとんでもない奴だった。女はとりあえずヤッとけ的なノリらしく、河田中の女生徒だけでなく、周辺の中学校や高校生にまで手を出し、このスケコマシをめぐって女同士が流血する事件が続出などの噂が流れていた。
そんな来るもの拒まず「ドントコイ!」の傍迷惑な伴丈一朗は、売られたケンカも色気も大小構わず買い放題。逆にキレると男女見境なく半殺しという物騒な男として、当時河田中きってのワルと有名だったのだ。
実はこの河田中、不良の巣窟と呼ばれるほど物騒な連中が多かった。
詳しいことは控えさせていただくが、河田中を中心とした地域は、学校のレベルも治安も低いと評判で、新興住宅街であった山野小や下山野小学区に住む住民から敬遠されるほどの学区だったのだ。
そんな状況下の中、河田中と山野中の境目に位置する地域であった、区民センターを含む一部新興地の先駆けであった大野小学区は、当時かなり厳しい環境下にあった。この大野小学区は新旧が入り混じっている複雑なところで、新興住宅街の連中とは仲良く付き合えんと目を吊り上げる旧派と、物騒な連中との付き合いは御免こうむるという新興住宅街派の見えない攻防が水面下にあり、それが子供たちにも影響していた。
特にひどかったのが、戦後のベビーブームによって子供が増えた為に、付近に新たな中学が新設された60年代頃から70年代頃で、学区の整理によって大野小学区の生徒が、河田中学区から山野中学区に移った時期だ。実際旧派の問題児を山野中へ入れるなと、新興派の保護者が役場に怒鳴りこんでくることがあったそうだ。けれども行政としては、差別になるような対応をすることはできないので、大野小の子供達はよっぽどの事情がない限り山野中の管轄下になった。
さすがに私たちの頃にはそのような光景は少なくなっていたが、残念ながら完全に無くなったわけではなかった。多少なりとも根強く残っている部分があり、その影響で河田中と山野中の間にあまりよろしくない空気が流れていたくらいである。
それ故、番長ではなくバンジョウこと「伴 丈一朗」と、裏番な「桂 龍太郎」の2人は、同い年ということもあり好敵手として騒がれ、彼らは「山河の二狼」としてこの付近の中学生に恐れられていた。ちなみに名前の由来は、2人とも名前の最後に「ろう」がつくからだそうだ。
余談だが、ある一定の時期までは河田中がこの辺りを牛耳っていたが、それを覆したのはなにをかくそう貴子のお姉さまである「笹谷厚子」だった。それからは赤髪ピアスの「桂寅之助」、現在は「桂龍太郎」が引き継ぎ、山野中が幅を利かせているという、まるでヤクザの縄張り争いみたいな状態だった。
(こ、これが伴丈一朗……。でも、まてよ? このチリチリ、星野君や尾島、原口美恵と顔見知りなら大野小のはずだよね? なら、なんで山野中じゃなくて河田中?)
たまに強く学区外を希望する親御さんがいるらしいが、それはたいてい河田中学区の子が山野中へ行きたいと願い出るパターンが多く、逆はあまり例がない。どうしてだろと頭を捻っていると、チリチリは何をカン違いしたのか、ニヘラと笑いながら見当違いなことを言い始めた。
「おいおい、いくらオイラがいい男だからって、そんなに見つめるなよぉ」
「え……ハァ?!」
「この伴丈一朗を正面からメンチ切るなんてよ、なかなかやるね、ボインちゃん!」
「いっ! ややや、そそそそんな滅相もない!」
「お、その様子だとオイラのこと知ってる、みたいな? ボクチャン的には是非いい噂を聞いてるといいなぁ。んじゃ、自己紹介はしなくてよろし? そうそう、ボインちゃんのお名前は? まさか、『アライボイン』じゃないよね?」
「……アライボイン……って、ちちち違いますっ!」
「んじゃ、お名前何てぇの?」
「え、な、なんでそんなこと……」
「……オイ。名前を聞かれたら、素直に答えるって山野中では教えてねぇのかよっ?!」
「ヒィッ! …………ア、アライ、ミチコ……デス。ドウゾヨロシク……」
「お、なかなかイイ模範的な挨拶できるじゃないの。『アライチチコ』君!」
「ミ、ミチコです!」
「プッ! いやぁねぇ奥さ~ん、ジョークですって! な~んだ、地味な割には意外と面白いじゃん? ボインちゃん絶対処女でしょ? いやぁ、こういうタイプ、オイラ初めてだなぁ。よし、いい機会だからこの夏派手に合体して、オイラ達が河田中と山野中の『友好の懸け橋』となろうぜ!」
(ババババカヤロウっ! なにが『友好の懸け橋』よっ、それに結局『ボイン』呼ばわりじゃん!)
それこそ「猛攻の押し出し」でそのニヤついている頬に紅葉マークができるほど力士並みのツッパリを決め、土俵(階段、しかも急斜面)から蹴り落としたかった。だてに厚子部屋の飯炊き女をやったわけじゃない。チリチリ頭を掴んで投げ飛ばす勢いで、「超絶お断わり!」の返事を入れようとしたその時。私の希望がそのまま、いや希望以上の形で実現した。
「……んのぉぉぉっ、エロ丈一朗ぉ! その手を離しやがれぇっ!!」
何処からか聞きなれたボス猿の雄たけびと共に、一陣の疾風が走り抜けた……ような気がした。
ザザザと勢いよく草を踏みしめる音がした後、「チェストォっ!」という空手アニメの主人公も真っ青な気合の満ちた声が轟いた思ったら、ドスッ! ……という派手な音が響いた。伴丈一朗は叫び声に振り向くと同時に前に吹っ飛び、その身体を咄嗟に星野君が支えたのだ。もちろん伴丈一朗に身体を掴まれていた私にもその余波が来てしまい、よろめいて草むらに倒れ込んでしまった。
「……あ、ワリィ。その、なんだ……大丈夫か? チュウ」
シュタっと綺麗に着地したボス猿こと尾島啓介は、伴丈一朗の背中に派手な飛び蹴りが決まったことに唖然としている私に向かって、全然悪いとも大丈夫とも思ってなさそうな気楽過ぎる声を掛けた。
とうとう出ました、「伴 丈一朗」! 今後ともよろしくお願いします。
ロックバンド・ユニ●ーンのボーカル……菩提樹はすごいファンです!恐れ多くて名前は出せません、チキンなのでお許しください。そしてファンの方、大変申し訳ございません。これはあくまでも参考程度、完全なフィクションなので文中の人物と色々下品な言動は本人と全く関係ありません、ご了承くださいませ。
同じく実際に存在する「河田中」の関係者の方にもお詫び致します。文中の人物や団体・施設などの名称は全て架空のものです、実在のものとは一切関係ありません。m(__)m