君との距離は天の川よりも遠く④
この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m
『な、なんか、忙しい時にごめんね……』
星野君に頭を下げると、彼は無言で首を横に振った。
『それよりどうした? なんかあったのか?』
『あ、いえ、そんなたいしたことじゃなくて……戦場から脱出したと思ったら、鬼神・修羅が追ってきたものだから……』
『えっ?! センコーが露出したと思ったら、奇声を発しながら追ってきた?!』
『ヒョエー! ちちち違くてっ! ……あの、その……そ、そう! 貴子や和子ちゃん達と逸れちゃって、アハハ』
『なんだ、ビックリした。深刻な顔で言うから、マジかと思った』
『……ハハ……』
『貴子や宇井さん達ならさっき見かけた。多分花火がよく見える場所に移動したんじゃないか?』
『そ、そう。あ、和子ちゃんは……貴子と一緒だった?』
『いや、別。貴子はサッカー部の連中。ほら、日下部先輩達と一緒。宇井さんは奥住達と一緒』
『奥住……って、えぇっ? 加瀬さんと和子ちゃん2人きりじゃなくて?!』
『あぁ。啓介や明日香達もいたから、すごい大所帯だった』
『…………ゲロゲロ』
『ゲロゲロ?』
『やややっ! えと、その、ゾロ……そう! ゾロゾロ歩いて行ったのかなぁ~なんて! アハハ~!』
『あぁ、大人数だったからな。そういうえば、なんで荒井さんだけ1人?』
『……え~その~話せば三話分に跨ると言うか、すごく長くなるというか……。ブキ、いや、伏見さんと向こうのテントにいて、色々とその……』
『ふ~ん』
私は言葉を濁しながら、和子ちゃんが奥住さんと合流する羽目になってしまった事実に、舌打ちしたい気持ちになった。
今回私たち仲の良い8人は、当初みんなで行くはずが、日下部先輩や雄臣、ブキミちゃんからの招待、それに真美子達が加わったせいで、グループが二手に別れてしまった。幸子女史とチィちゃんは、同じクラスのよしみで小関明日香から、「お祭り一緒に行かない?」と思ってもみないな誘いを受けて尾島達と行動を共にすることになった。チィちゃんは意外な展開に胸を弾ませ、顔を真っ赤にしながら「どうしよう緊張する」と身体を震わせていた。そのお誘いの場面を見ていた原口達は唖然としていたが、小リスに「じゃあ、女バスと女バレ仲良く行ってみよう!」と無垢な笑顔を向けられたので、何も言えないようだった。その原口にトドメを刺そうと幸子女史と奥住さんは「よっしゃ! 尾島とチィちゃんを一気にイイ雰囲気に持っていくで!」と鼻息を荒くする始末。
『東先輩も捨て難いけど、望み薄だしね。それに伏見さんのところはちょっと……。それよりチィちゃん1人じゃ可哀そうだよ!』
『そうそう! 原口達からチィちゃんを守らないとね! それにこっちのメンツのほうは断然面白そうだし? ヒヒヒ!』
これは幸子女史と奥住さんの意見だった。この2人の言う通り、尾島のいるところに必ず原口美恵&成田耀子の影ありだから、チィちゃん1人では絶対苦戦を強いられるだろう。でも幸子女史と奥住さんのバックアップがあればなんとかなるかもしれない。……かなり難しいとは思うが。
一方、これに賛同しなかったのは私と貴子と和子ちゃんである。貴子は日下部先輩と約束していたし、和子ちゃんは雄臣と一緒に行きたかったし、私は……どちらも嫌だったが、両天秤に掛けた結果、貴子と和子ちゃんについていくことにした。それに雄臣の前では大人しくなる和子ちゃんのバックアップをする人も必要だろうと思ったから。……そもそも、小リスのお誘いに私たち3人が入っていたか怪しいところだ。
光岡さんと加瀬さんの2人は迷った結果、結局光岡さんは奥住さんに、加瀬さんは和子ちゃん達についていくことになり、祭りで会いましょうということになったのだ。
私は盛大なため息を呑みこみ、一難去ってまた一難という言葉を噛みしめつつ、そういえばなんで「ロクでもないんジャー」の1人である星野君がここでジュースを売っているのかと首を傾げた。
『え、えーと、そういう星野君は、なんでここに? サル……ゴホン。お、尾島君達と一緒に行かないの?』
『俺は家の手伝い。俺んち酒屋だから』
『えっ、ももももしかして、お仕事中?! あ、あの……ごめんなさい!』
思いっきり仕事の妨げになったことにペコペコ謝罪していると、星野君は「かまわないよ、手伝いだし」と言った。しかし、邪魔しているには違いない。私はもう行くので、お父さんのところに戻ってと星野君に告げたら、彼は一瞬頬を強張らせた。
『……違う』
『え、え?』
『あの人は親父じゃないんだ。叔父さん』
『え……オジサン?』
『親父の弟』
『……あ……そ、そうなんだ』
オジサンという言葉に一瞬反応が鈍ったが、星野君の説明で納得し、お客さんにジュースやらビールを売っている、さっき私に向かって会釈してくれた人達の後姿を見た。お祖父さんは昔ながらの普通のオジイチャンという感じだが、てっきりお父さんだと思っていた人は、色が黒くて背の高い、身体に程よく筋肉が付いているガッシリとした体格の……将来星野君はこんな感じになるのだろうなと思わせるような人だった。
(……だけど叔父さん、なんだよね?)
思わず叔父さんと呼ばれた人の背中と星野君を見比べてしまった。
『お、叔父さん……なんだ。 ごめんなさい、てっきりお父さんかと思って……』
『謝ることない。よく言われる。……ほら、この神社来るとき、商店街らしきところ通ってきただろ? 端に酒屋があったの気付いたか?』
『……そういえば、あったような気が……』
『そこ、俺の家』
『そ、そうなんだ……って、星野君は仕事だよね。ごめんなさい。わ、私もう行くね?』
私は改めて頭を下げた。今動けば、雄臣に発見される可能性が大だったが、雄臣を撒くまで暫く夜店の後ろに待機するわけにもいかなかった。星野君は仕事中だし、なにより善良な市民を巻き込むわけにはいかない。それに、和子ちゃん達には悪いが先に帰りたくなってしまった。
(なんか疲れたし、足も痛いし……そうだ! 星野君に迷惑掛けるけど、具合が悪いから先に帰ったって、和子ちゃんに伝えてもらえないかな)
私はその場からそそくさと退散しようとしたが、伝言だけでも頼めないだろうかと再び星野君に向き直ったら、彼は私の足元を見ながら「ちょっと待って」と呼び止めた。
『荒井さん、その下駄、ヤバくない?』
『え……え?』
『ほら、鼻緒が取れそうだ。それに足擦りむいてるだろ。ちょっとこのイスに座ってろ。俺もう少しで終わるから、宇井さん達のところに一緒に行こう』
『え?! そそそそんなっ! わわわ私なんかと、悪いからいいよっ! そ、それより伝言を』
『そんなこと気にしなくていい。俺もどうせ合流する予定だったし。それに啓介達がいるところ、たぶん通常の花火スポットよりもちょっと上のほうだから、たぶん荒井さん見つけられないと思う。それにそのゲタ、なんとかできるかもしれない』
『あ、いや、けどっ!』
『遠慮しなくていいから』
(いや、そうじゃなくてですね……)
違うと言いたかったが、無表情の星野君の滅多に見れない穏やかスマイルに押されて伝言を頼むタイミングを逃してしまった。しかも話が変な方向、和子ちゃん達が合流したという尾島のところに行くということになっているではないか。
(マズイな……)
なにゆえ雄臣の魔の手から逃れられたのに、わざわざ重い足を引きずってまで原口美恵や成田耀子、それに小関明日香やチィちゃん達を侍らせながらハーレムの頂点に立っている尾島のところまで行かなければならぬのか。
大体尾島の鼻の下が伸びきっている姿もみたくないし、彼を巡って火花を散らしている中に行くのも遠慮したかった。さっきまで十分戦火の渦中にいた荒井美千子。それが怪我が癒えぬうちに再び戦場に送りだされるとは……ここはいっそのこと、
『スマン、宇井! 捜索しても発見できなかったし、タイムオーバーで一時撤退を余儀なくされた……(ごめんね、和子ちゃん! 探しても見つからなかったし、時間も遅かったから帰ってきちゃった~)』
……などと言って祭り事態をバックれたほうが断然最善策だ。それに危険な上官からも確実に避難できるし。なにより星野君と2人きりで行動するなんて……またあらぬ噂を立てられるんじゃないだろうかとそっちの問題も心配しなければならない。この場合、荒井美千子より、星野一幸の方が断然ダメージが大きいだろう。どうせ噂になるなら貴子とかチィちゃんみたいな可愛らしい子がベストだし。なんせ実家が酒屋の未来のプロ野球選手。ここは断然活舌が悪い私より、見目麗しいアナウンサーがお似合いだ。
星野君は私が「いやでも私帰るから」と言う前に、珍しく口の端を僅かに上げ、笑みを湛えながら椅子に座るよう促したのだった。
星野、積極的だぞ!