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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
73/147

8月15日の乙女たち②

この章は多分に過激な表現と未成年の飲酒を促す表現が出てきます。PG12指定とさせていただきます。読む際にはお気をつけ下さい。


 我が町にある山野神社は規模はそう大きくないのだが、由緒正しくかなり古い神社である。

 その神社で毎年行われる夏祭りは、山野中に通う学区の子供達の心くすぐる夏のメインイベントの一つでもあった。盆踊りのやぐらが立ち、神社までの細い道に所狭しと露店が並び、数十発だが花火も上がるのだ。

 私は毎年山野神社で夏祭りが行われているのを知ってはいたのだが、実は中学に入ってから初めてこのお祭りに行った。小学校まで友達がろくにいなかった私には、一緒に行く相手がいなかったからだ。お祭りなんて、記憶も曖昧な小さい時に行った母の実家の近くのお祭り以来で……初めて友達同士で行くお祭りに私は心を躍らせた。

 お祭りという空間はなんとも不思議なもので、普段見あきている学生服から私服や浴衣姿という違った姿をお披露目することもあって、生徒達に自然と気合いのスイッチを入れてしまうようだ。何故か照れ臭さと嬉しさが入り混じった甘酸っぱい気持ちになってしまう。友達同士妙にハイテンションで、祭りでクラスメートや知り合いを見つければ、学校ではさほど交流があるわけでもないのに大袈裟に歓びあったり挨拶をかわしてしまう、なんとも摩訶不思議な空間。そして好きな人を見かけた時のあのなんともいえない高揚感……まさしく祭りは青春の一ページに相応しいシチュエーションであり、そんな一時を和子ちゃんや幸子女史、奥住トリオ達と七人で分かち合ったのは去年の話である。


……では今年は?


 残念ながら「青春の一ページ」が「地獄のダメージ」となりそうな予感に内震える、荒井美千子。

 事の発端は貴子が話した通り、日下部先輩が貴子を夏祭りに誘い、『2人きりは、ちょっと……生徒も多いし……恥ずかしいし』と渋ったところから始まる。年下の可愛いカノジョ思いの日下部先輩は『そっか……』と残念そうにしながらも、その意見を聞き入れるという年上としての配慮を見せた。しかし、例え品行方正・成績優秀のデキた日下部先輩でも、年頃な普通の中学生男子である。「2人きりでイチャイチャ☆ルンルン」とまではいかないが、やっぱりそれなりに愛しのカノジョとラブラブしたいというのが本音だろう。毎回図書館でデート&学校と家への送り迎えだけではいっこうに2人の仲は進展しない。その相談を受けた雄臣は、『それじゃあ……』とある提案をしたのだ。その結果、私が安西先生の塾へ言った時、妹がレッスンをしている間に雄臣から有り難くない相談をもちかけられることになった



 安西家のダイニングで英語の構文をブツブツ暗記していると、雄臣がおもむろに向かい側に座った。


『ミチ、夏祭りの日には開けとけよ』

『……え?』

『え? じゃないよ。祭り、一緒に行こうって言ってんの。好きなものを買ってやるから、その代わり浴衣着てこい。そうだな……やっぱ紺生地で帯は赤か黄色だな。もちろん髪はアップにしろよ』

『はぁっ?!』

『はぁ?! ……て、オマエね。せっかく俺様がデートを誘ってやってるというのに……と言いたいところだが、今回はちょっと違う。日下部とその彼女も一緒だ。ほら、笹谷貴子ってオマエの友達だろ? そいつらのお供だよ。女の方が日下部と2人で行くのを渋ってるんだと。なかなかガードが固いらしいぜ』

『ちょ、ちょっと、デート……って、その前に貴子のこと悪く言わないでよ! ま、まだ中学生だから……そそその、きっと……恥ずかしいんだよ……』

『だから俺達がサポートしてやるんだろ。あの2人、見た目より結構奥手みたいだからな。最初だけお膳立てして途中でバッくれようぜ。俺達が急に居なくなってもいざその場になったらなんとかするだろ、子供じゃないんだし。そしたら2人で神社の境内の裏へ回って花火でも観賞しよう。ちょうどカップルが寝そべられるところがある。いや、それより祭りなんて暑苦しい場所からさっさと引き上げて、涼しい俺の部屋で熱いことをしてもいいしな』

『あああの、雄兄さん!』

『あぁ、心配するな、その日安西叔母さん達遅くまで2人っきりでデートなんだと。年頃の男の子が2人いるからイチャイチャできないらしい。もしかしてそのまま何処かでお泊りコースかもな。ちょっと早いが、いい機会だからこの際俺たちもグッと奥まで親交を深めようぜ』

『……グッと奥まで…………って! ななな何を言ってるんすかっ!』

『バカ、誤解すんな。熱いと言ってもキス程度で留めてやるって。いきなりセックスなんてミチにはハードル高すぎるだろ? 徐々に段階踏んでやるから心配しなくていい。なんせ俺は忍耐強い男だからな。まぁ、その場の雰囲気に流されても……っていうのもアリか。ああ、浴衣が乱れるなんて気にするなよ、俺は浴衣の着付けもできるからアフターケア万全だ。もちろん家まで送るし、オヤスミのキスも忘れないしな。年上っていいだろ?』

『……オヤスミのキスかぁ…………って! そそそういう問題じゃないですよねっ! (つーか、いっぺん死んでこい!)』


 思いっきり先まで想像してしまい、ご丁寧にもオヤスミのキスまで思い浮かべた私のイタイ思考はこの際置いといて。

 一体何処で浴衣の着付けなんて覚えたんだとか、この町に来たばかりのくせになんで神社の境内裏の事情まで知ってるんだとか、ツッコミどころは満載だが、要は日下部カップルとWデートをしようということだった。今年に入ってから二度目の貞操の危機に直面しそうな私は、急いで貴子に連絡を取り詳細を確認した。電話に出た貴子は申し訳なさそうに、『あー巻き込んじゃった? ……ゴメンね』と謝り、ボソボソと語り出した。日下部先輩と2人で出掛けるのは構わないのだが、なるべく山野中の生徒達の居ないところがいいということと、2人の姿をあまり見られたくないということを。


『ほ、ほら、日下部先輩人気あるし、あんまり他の人に刺激を与えない方が……ね? それに、私は友達同士皆でワイワイやるほうが楽しいし……』

『…………』


 貴子の気が乗らない弱弱しい声を聞いて、それ以外に理由があるんだな……と気付いてしまった。もしかして貴子は「山野中の生徒達」というより、「山野中のある生徒」に見られたくないのだろう。あの学校一手に負えない裏番で金髪な男一人に。

 私は貴子の胸中を思い、複雑な気持ちになった。できればあんな裏番さっさと忘れて日下部先輩と愛を育んで欲しいのだが……そうスッパリ忘れられるものでもないのだろう。心のどこかで、あの男に誤解されたくないと思っているのかもしれない。和子ちゃんと同じくらい元気のない貴子の声に、私は何も言わず貴子の提案を受け入れた。

……が、それと私の貞操は別の話である。4人でWデートなどありえない。あっていいわけがない。この状況を如何にして打破するか悶々と悩んでいたところ、タイミング良く救いの手が意外な方向から伸びてきたのだ。


 それは安西先生主催の「英語強化合宿」でのことだった。

 安西先生がやっている英語教室。私と妹の真美子は先生のご厚意で英語を習っているのだが、本家大元は主婦が対象の勉強教室だった。英語好きな主婦が集まって「結婚して子供を産んでも勉強心は失せずにやっていきましょうよ!」というコンセプトの元、集まっているらしい勉強会。

 本家の主婦たちは毎年夏に、「英語強化合宿」と言う名の英語漬けのカリキュラムをやっているそうなのだが、これに私も妹も飛び入り参加することになったのだ。

 合宿と言っても、本当に泊まり込みをするわけではない。なんせ主婦ばかりなので皆さまそれぞれ家庭があり、それをおろそかにするわけにはいかないから、9時~3時の6時間だけだ。それでも内容は本格的。その間はなるべく日本語不可でカリキュラム(スピーチやプレゼン、ディベート、ゲームなど)をこなすという、かなりハードなものなのだ。妹は渋っていたが、私は緊張しつつも楽しみで仕方がなかった。

 合宿日当日、安西家に行ってみれば、主婦達と荒井姉妹の他に雄臣やアラタも参加することになっていた。部屋に入った途端、雄臣は主婦の皆さまに「目の保養になるわぁ」と囲まれていたのだが、その中に信じられないメンツが混じっていたのである。


『ごきげんよう、荒井さん』


……と挨拶しながら、雄臣の隣にちゃっかり座ってメガネを光らせているブキミちゃんを発見したときにゃあ、ビックリして飛び上がってしまった。大体夏休みだと言うのに「妖怪人間ベム」の横に「ベラ」が揃っていたら普通に驚くだろ。

 そんなこんなで6時間耐久レースが無事終わり、緊張も解けてくつろいでいる時に、ブキミちゃんがお祭りの話題を私達に振ったのだ。


『皆さんは山野神社で開催されるお祭りにいらっしゃいますわよね?』


 まるで伏見家主催のホームパーティーのような口ぶりで言うブキミちゃん。

 あながち嘘でもない。なんせ地元の権力者・伏見一族、出している寄付金もハンパないだろう。

 私は何も考えず貴子達カップルと行くと言おうとしたら、殺気の矢が前方から飛んできて顔面に刺さった。矢が放たれた方向へ顔を向けると雄臣が「余計なことは言うな」と脅し……いや、目で訴えている。ブキミちゃんは気付いたのか気付かないのか、メガネをクイッとあげながら口元に弧を描き、普段では考えられない柔らかい口調で言った。


4人だけ(・・・・)ではなくて、是非お友達も連れてみんなで(・・・・)いらして? VIP席に喜んでご招待しますわ。ジュースも食べ物も全部フリーですのよ』


 伏見一族の権力を振りかざしながら「4人」なんて具体的な人数を出し、私に「雄臣を一人占めすんなよコラ、私も混ぜんかい!」と牽制をかけるブキミちゃん。一体何処から貴子カップルとのWデートの情報を入手したのだろう。それとも今ここにいる荒井姉妹と雄臣、アラタのことを指しているのだろうか。できればそうであってほしい。

 ともかく、私にとっては「Wデートから逃れられる!」と渡りに船だった。愛想笑いを張り付けた雄臣以外の3人は素直に喜び、真美子などは雄臣と一緒に行けるキッカケができたのに浮かれて、「それじゃみんなで一緒に行こう!」と宣言した。こうして私達はブキミちゃんのご招待を受けることになったのだった。


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