8月15日の乙女たち①
この章は多分に過激な表現と未成年の飲酒を促す表現が出てきます。PG12指定とさせていただきます。読む際にはお気をつけ下さい。
ミーン、ミーン……
ジジジ……
開けっぱなしの窓から、蝉の鳴き声が聞こえてきた。その大合唱ぶりが午後の茹だるような暑さをさらに煽っている。外に出て空を見上げれば、澄み切った青空に厚い入道雲が浮いているに違いない。
「あ~暑いねぇ……」
私は缶ジュースについていた水滴から目を離し、横になって雑誌を片手に扇ぎながら呟いている和子ちゃんを見た。和子ちゃんが「暑い」と言うとおり、外は三十度を超える夏真っ盛りだが、私達が今居る部屋はかなり上の階数にある為、窓から入る風のお陰で幾分か涼しい。団地の6階ともなると風通りが良いのだろう、その証拠に薄いレースのカーテンを大きく波立たせている。そのまま寝てしまえばきっと身体も冷えてしまうに違いない。この部屋に招待してくれた貴子は、玄関を開ける時申し訳なさそうに、
『ごめんねぇ、ウチ、ちょっと暑いかも。クーラーが故障しててさ。今お盆時期だし修理が来週なんて、ホント最悪』
……とぼやいていたが、部屋を通り抜ける風の他に、扇風機とジュースもあるので問題なかった。
それでも暑がりの和子ちゃんには厳しいのか、この場にいるのが女子だけなので、Tシャツの裾をガバっと持ち上げ、臍を見せながら雑誌でバサバサと音を立ててTシャツの中に風を送り込んでいる。
「ちょっと、和子! 暑い暑い言ってないでさっさと宿題写しちゃいな。ゴロゴロしてると夕方になっちゃうよ」
「……ん~そうなんだけどさぁ。こう、メンドイっていうかぁ……」
幸子女史が食べ終わったアイスの棒で、やる気のない和子ちゃんのわき腹を刺していた。ちなみにアイスの棒はハズレだったみたいだ。和子ちゃんがやっと起きるような仕草をしたと思ったら、うつ伏せにまた寝ころんでしまった。仰いでいた音楽情報雑誌「PATi・PATi」をペラペラめくり始める。和子ちゃんの名前を呼びながら幸子女史が苦笑いした時、今迄台所でなにやら作業をしていた貴子がお盆に人数分のスイカを乗せて部屋に入って来た。
「お待たせ~冷えてるよ」
スイカを持ってきてくれた貴子は、ショートパンツにタンクトップ姿という涼しげな恰好をしていた。スラリと伸びた綺麗な足が羨ましい。私だって背が高くて決して足は短くないというのに……やはり太さの問題だろう。小学生の時よりは痩せたが、まだまだスタイル抜群の貴子には程遠い。その貴子は大分伸びたサラサラな髪を二つに括っていた。なんでも来週の夏祭りで浴衣を着る時に結い上げたい為、切らずに我慢しているのだそうだ。
「待ってました!」
赤く熟れたスイカを見て叫んだ和子ちゃんは急いで雑誌を閉じて飛び起き、机の上に広げていた勉強道具を急いで片づけスイカの為にスペースを開けた。
***
「あ~あ、夏休み、もう半分過ぎちゃったねぇ」
スイカを食べおわった和子ちゃんは、しみじみと言う言葉がピッタリな憂いのある言い方で呟いた。私も最後の一掬いを口に入れながら頷き、幸子女史も「ハァ」と溜息をついた。貴子はスプーンを置いてテーブルの上にあったテレビのリモコンに手を伸ばし電源を入れると、白黒の古い映像が映し出された。ラジオを目の前にして泣いている人や、神妙な顔をしている映像。流れてくる音は、パチパチとノイズが入ったラジオから流れる昭和天皇の肉声。
『朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を収拾せむと欲し……』
厳かな声が静かな居間に響き渡る。壁に掛けてある日めくりカレンダーの「15」という数字が目の端に映った。今日は終戦記念日なので、その特集をやっているのだろう。
「……もう15日だもんねぇ。それよりもさぁ、来週の山野神社のお祭りどうする? 今年もみんなで行くよね? 貴子は?」
幸子女史がテレビから目を離し、スイカの種を一か所に丁寧に集めながら聞いてきた。
「やっぱ日下部先輩と、行くの?」
和子ちゃんは扇風機の前を陣取り、涼しい風を目一杯受けている。冷たいスイカも食べたので暑さが治まったのか、眠たそうなトロンとした目を細めながら言うと、貴子は「あ~うん……」と少し言葉を濁して、私の方をチラっと見た。
「いーなぁ。私も少年隊のヒガシのエスコートでお祭りにでも行きたいなぁ」
「そうよねぇ。あ~あ、どっかに東先輩みたいな人、いないかなぁ……」
幸子女史は溜息と共に呟くと、和子ちゃんはビクッと身体を震わせ、その後ガックリ肩を落としてしまった。それを見て幸子女史はマズったと思ったらしい。「あら、やだ、じょ、女子だけの方が気楽でいいじゃん」と慌てて弁解した。私もバックアップするように、「そそそうだよ! 一杯美味しいの食べようよ!」とフォローする。和子ちゃんは寂しそうに背を向けたまま、無言で小さく頷いた。
「「「…………」」」
(……やっぱり、まだ引きずってるのか……)
和子ちゃんの落胆ぶりを見て、そっと息を吐いた。
私があのキャンプで雄臣に彼女いるらしい情報を落とした時、和子ちゃんと幸子女史はあからさまにショックを受け、ガッカリしていた。特に和子ちゃんは暫く元気がなかった。その証拠に、いくら尾島がランチタイムにチョッカイ出そうともほとんど上の空状態で、尾島を無視していたというより存在すら目に入ってなかった様子だ。その姿は見た私達は、「和子ちゃん、本気だったんだ……」と改めて思い知らされた。いつも元気な和子ちゃんが落ち込んでいる姿は本当に気の毒で、私も心が痛んだが、告白する前に雄臣がカノジョ持ちと判明して良かったと思っている。だって、告白した後に彼女がいるとわかったり、たとえ付き合えたとしても、後々大好きな人が人間じゃなく鬼神・修羅だとわかったら、私ならショックだ。大体あの鬼神・修羅に和子ちゃんはもったいないくらいだ。それに、一筋縄ではいかない雌豹も雄臣を狙ってるし、むしろ変な争いごとに巻き込まれなくて良かったと思った。
それに7月に入ると和子ちゃんはやっと少し元気を取り戻し、再び少年隊のヒガシ一筋となった。「宇井和子を励ます会」として皆で行った原宿でゲットした、ヒガシのプロマイドを眺めては「浮気してゴメンネ」とボソリと呟く和子ちゃん。皮肉なことに、少年隊のヒガシと同じ「東」がつく雄臣。最初から「俺、付き合ってる彼女がいます!」と言っておけば、罪もない乙女達をこんなに翻弄せずに済んだのに。まったく、あの鬼神・修羅め……腹立たしいことこの上ない。
平和な日々を過ごす為、これ以上私達に近づいて欲しくないのだが……世の中そうは上手くいかないらしい。
「ねぇねぇ、ミチ。お祭りって……東先輩来るの? なにか知ってる?」
幸子女史の言葉に私の頬は引き攣った。貴子は私の方を見て再び目配せした後、少し微笑みながら話に集中させる為テレビの電源を切った。
「そのお祭りと東先輩のことなんだけど……美千子」
私は言いたいような言いたくないような複雑な顔で小さく息をついた。雄臣の話題になると、どうも顔が引き攣ってしょうがない。和子ちゃんは黙って背を向けたまま扇風機の風を受けていたが、身体全体が一語一句逃さぬよう敏感になっているのは嫌でもわかった。できればこのことを言いたくなかったが……妖怪が生意気にも足軽に命令、いや、懇願して来たので、私はつい先日雄臣と(無理矢理)約束させられたことを渋々口にした。
「……も、もしかして、東先輩……私達と一緒に来る、かも……」
「「えっ?!」」
私の溜息混じりの言葉に、幸子女史と和子ちゃんが同時に声を上げた。私にとっては有り難くない展開だが、彼女たちにしたら予想外の幸運な展開だったのだろう、思いっきり声が上ずっていた。和子ちゃんがクルッと扇風機に背を向けピシッと正座をしながら身を乗り出してきた。私は貴子にチラリと目配せすると、貴子は頷き遠慮がちに口を開いた。
「実はね? 私、日下部先輩からお祭り一緒に行こうって誘われたんだけど……こう、2人でお祭りに行くなんて……恥ずかしくって……。ほら、山野中の生徒がほとんど来るじゃない? その中を堂々と2人で行くのは、ちょっと……。それだったら皆で行かないかって、日下部先輩が言ってくれて……」
貴子は顔を赤くしながら、徐々に声を弱めて言った。その後を追うように私が捕捉を説明し始める。
「ほ、ほら、東先輩と日下部先輩って仲がいいでしょ? だだだから、日下部先輩が東先輩に話したみたいで……貴子とみんなで行かないかって……」
「「うっそぉ~!」」
「あ、で、でも、いい色々とオマケがついてくるの! 妹とアラタも一緒に……あああとねっ?! 他にも」
「「ギャ~!」」
全部言い終わらないうちに、幸子女史と和子ちゃんは奇声を上げた。「あああの、それでですね……」とまだ大事な続きがあるのに、抱き合っている2人には声が届かないみたいだ。貴子の方を見れば、彼女ははにかんだ笑いを浮かべている。私は和子ちゃん達の興奮が収まるまで辛抱強く待つことにした。
雑誌「PATi・PATi」、今でもあるみたいですね!菩提樹も中学生の時買って読んでました。今も素敵なミュージシャンが多いですが、この話の舞台である80年代後半から90年代にかけてはバンドブームで、花形ミュージシャンが目白押しでした。懐かしいです。(*^_^*)