B&M~残りモノには「福」じゃなくて、「訳」がある・後編~
そう――あれはキャンプ後の抜き打ちで行われた身体検査の時。
欠伸で返されたことを根に持った尾島の悪戯のせいで、靴下を隠された本間君。ピンチである。しかしこんなことで本間君は慌てない。彼は何を思ったのか、靴下を探そうとはせず、ノートを一枚破き上履きに挟んで薄い縞模様の靴下に見立てるという偉業をやってのけたのだ。奇跡的にも一瞬パスしそうになったが、結局先生にバレた。暫く無言だった先生は、ボーっと立ってる本間君に対して注意どころか「靴下、探しておけ」という静かな一言を残してスルーした。
一方、派手なTシャツを着るな、この短ランはなんだ、カラーはどうした、裏ボタンを「乙杯羅武」などといういかがわしいものを付けるんじゃない、大体そんなものを何処で手に入れたんだ! ……などといういくつものお叱りを受け、「平等じゃネェ!」と文句を言う尾島に対して検査した先生のお言葉はこれだった。
『尾島よ。オマエの数ある校則違反と本間の靴下の件では、そもそも罪の重さ……いや、次元が違うんだよ。それにな? 本間が取った行動をよくよく考えてみろ? バカバカしいながらもあの発想の豊かさと何食わぬ顔で検査を受けた図々しい度胸は、称賛に値するだろうが! あのやる気のないダラけてトボけた本間がだぞっ?!』
『…………』
検査した先生は本間君の行動にいたく感心したせいもあるが、その日の授業で本間君の靴下が背もたれにぶら下がっていることを既に確認していたそうだ。
余談だが、先生達は例え本間君がたまに何処かへフラつき、教室以外で寝ていて授業に出席していなくとも、その靴下の有無で本間君の出欠席を把握しているとのことだった。
ちなみに尾島の「乙杯羅武」という裏ボタンはスルーする訳にはいかず、没収となった。尾島は渋々「世界征服」という裏ボタンを代わりに使用してるらしいが、しつこく「特注だったんだぞ、乙杯羅武返せ!」と先生に訴えており、現在交渉中だそうだ。ま、特注だろうがなんだろうが、そんな宇宙一くだらないことはどうでもよい。つーか、そんなものを特注すること自体問題だ。大体「世界征服」という裏ボタンも笑えないだろ。
ともかく、ある意味大物的な本間君の行動の数々に、さすがの尾島も「クッ、負けたぜ……」と素直に敗北を認め、本間君に頭を下げ詫びを入れた。それに対しても堂々と欠伸で返し、「気にしてないから」という寛大な……というよりむしろどうでもいいよ的な態度の本間君。尾島はそんな本間君になにかキラリと光るものを感じたのだろう、それからは「我が同士よ!」と彼を認めた。
それからというものの、「マイケル、マイケル」としきりに面白がって話かける尾島に、鬱陶しそうに流す本間君。
「そんなツレナイ態度すんなよぉ、マイケルぅ」とさらに食い下がる尾島に、とうとう諦めて答えてやってる本間君。
主従関係が逆なのでは……と思うありえない奇妙な友情関係が、ここに成立したのであった。
さて、一日中寝ている以外はオナラをかまし、一体学校へ何しに来ているかわからず、やることなすこと見た目通りで、イメージを裏切らない本間君の生活は一体どうなっているのか。非常に気になるところではあるが、不思議と彼の生活スタイルは謎に包まれたままだ。
それもその筈、本間君は中学に入る時に「群馬の富岡」からこの地に引っ越してきたらしく、過去の本間君を誰も知らないのだ。
この時点でもう勘のいい読者はお気付きだろう。
本間は「富岡」から引っ越してきた。
富岡。
マイケル富岡。
マイケル。
以上が、尾島が本間君に「マイケル」というあだ名をつけた過程である。
バカバカしいが本当だ。本間君は「マイケル・ジャクソン」とも、「マイケル富岡」とも似ても似つかない存在ではあるが、何故か我が1組の間で「マイケル」の愛称で親しまれているのであった。
***
本人がいないところで「マイケル」の名前が飛び交う2年1組。
(……いや、ここは本間君がいなくて正解だろ。むしろ本間君がアタリを引いたらエライこっちゃだよ!)
多分この教室にいる生徒達が同じことを思っただろう。無論、学級委員や担任も。
とうとうこのどうしようもない争いを止めたのは、黙って聞いてた佐藤君だった。いつもの温厚で爽やかな雰囲気とは打って変わり、再び教卓を叩きながら「いい加減にしろよ!」と怒鳴ったのだ。
『悪いけど尾島、今日までに委員を決定しなきゃならないんだ。だから大人しく従え!』
どうやら佐藤君には、尾島のボス猿威力など効かぬようだ。彼は学級委員の威厳をふるわせ、尾島に向かってビシッと「異議」を却下した。そう言えば……誰にでも平等で温厚な佐藤君だが、クラスの足並みを乱す奴には、例え仲間であっても迷わず意見を言う揺るぎない精神を持つ一面があったことを思い出した。
『マジかよっ、カッコ!』
『そのカッコってやめろ! ……そうか、わかったよ、尾島。そこまでこのクジが不満なら、オマエに委員をやってもらう! 意義を唱えたんだから、文句はないよなっ?!』
以外にも未だに「カッコ」というあだ名を根に持っている……じゃなく、少し機嫌の悪い佐藤君がポロっと漏らした意見に、私を含めクラス全体が「えぇっ~」とどよめいた。
(さささ佐藤君! ななななんてことをっ~!)
私は「そりゃ横暴ですがなっ!」という顔で慌てて佐藤君の方を見た。
委員のパートナー名が、「星野」と「尾島」ではかなり……どころではない、雲泥の差がある! ありすぎる!!
私のこの時の心情を詳しく説明すれば以下のようになる。
新婦の父(佐藤君)に引かれ、バージンロードを厳かな気分で歩いている新婦(荒井美千子)。神父(伏見かおり)の前で待っている旦那様は、数億円を稼ぎ出すプロ野球選手の穏やかスマイルの新郎(星野君)。そんな2人は「これからも一緒に力を合わせて子作り……じゃないっ! 体育祭サポート委員をやると近います!」と宣言した後、誓いの濃厚キス……いやいや、熱い青春のハグを交わしてメデタシメデタシとなる筈が――。
一緒に委員やりぬこうぜという熱いスクラムを組むようにガバッと抱擁していたが、何故か新郎は私のボインに密着するように身体を擦り付け、オマケに尻を撫で回している。新郎の異変を感じとり、少し顔を上げてパートナーを見上げてみれば、そこには同じ白い燕尾服だけどもシルク素材の紫のシャツをインして、どうみても不埒な商売で稼ぎまくっているチンピラスマイルの新郎(尾島)にすり替わっていた。
……という感じだ。
これではいくら鍛錬を積み重ねた荒井美千子さんでも、あまりの衝撃に驚きもするってモンだわい。まぁ、手っ取り早く言えば、今まで晴天だった空が、曇りなどというまどろっこしさを飛ばしていきなり「台風」が来た心境だ。しかもかなりの大型。
(じょじょじょ冗談じゃない! これ以上争いごとに巻き込まれるのはゴメン被る!)
それこそこちらが「異議あり!」の旨を唱えようとした、その時。
『私、体育祭サポート委員、立候補します!』
原口美恵の鋭い声が私の背中に突き刺さった。
彼女の力強い「恋人宣言」に、教室内に黄色い悲鳴が飛び交い、冷やかしと口笛の嵐でどうにもできない状態になった。私は「ガッチャ! これ幸い!」というように、笑顔と揉み手で「いやいやいや、原口美恵さんにこの体育祭サポート委員を譲りますんで、ゲヘヘ」と言おうとしたら、前方から機嫌が最高潮に悪いブキミちゃんの魔光線と背後から刺す人間以外……そう、猿の殺気に動きを封じられてしまった。とうとうこの騒ぎに終止符を打ったのは、今までノホホンと見ていた担任の青島先生。
『いやいやいや、今年の生徒は積極的だな~。そんなに委員やりたけりゃ、4人とも前へ出ろ。ここは恨みっこなしでジャンケン3回勝負にしよう。3回先に勝った方がメデタク委員決定』
『『『『…………』』』』
(……おい。この時点で委員を希望してるのは原口だけだろ、青島先生よ……)
どうみても4人の心中を無視した鶴の一声で委員選抜方法が決定し、それぞれの思惑を秘めた温度差のある男女4人が、大勢が見守るギャラリーの目の前でジャンケンの勝負を行った。
――その結果。
男子は温度が高い方の「尾島啓介」が勝利し、女子は温度がマイナスの方の「荒井美千子」が勝ったのであった。
紙袋に残った最後のクジを引いた私は、この時一つの教訓を得る。
「残りモノには福がある」という諺は、必ずしも全ての事態において適用することではないということを――。
本間君、この先も出番があるといいなぁ。出したいなぁ。