B&M~残りモノには「福」じゃなくて、「訳」がある・中編~
お食事中の人(それ以外の人にも)には不適切な文があります。お許し下さい。
『それでは、1組の体育祭サポート委員は、男子は「星野君」、女子は「荒井さん」に決定しました。両者席を立って下さい。皆さんも拍手をお願いします』
ブキミちゃんのハスキーボイスによる最後の判決と、その後に続くやる気のないクラスメートの拍手が教室内に響き渡った。
彼女のセリフの中に時々見え隠れする弾んだ口調は気のせいなのか。……いや、気のせいではない。その証拠にブキミちゃんの口元に滅多に見れない奇妙な笑いが浮かんでいる。それは、
“フフフ、本当に良かったわ。サポート委員が操りやすいメンバーで”
……という、あからさまな安堵を隠しもせずに、ニヤリとした眼と口をこちらに向けていた。
私は学級委員に促されて、一番最後に引いた「アタリ」というクジを握りしめながら席を立った。本当なら沢山あるクジの中から選べた筈なのに、成田耀子の提案のせいで運命が大きく枝分かれしてしまったのだ。
(くそぉ……あの「悪女」らめぇ~余計なことを言ってくれて、どうしてくれよぅっ!)
最後の最後までジリジリさせられ、私の後ろの席の子がハズレがとわかった時点でマジでそう思った。
紙袋の中に一つだけ残されたクジ。引かなくてもクラスの女子の顔が全員喜びに満ち溢れていたら、最後の1枚は当然「アタリ」と決まっている。が、早い段階で男子の「アタリ」を引いたのが星野君だとわかっていたので、悪女に対して抱いた憎しみは少しだけ静まった。そしてパートナーがあの星野君で良かったと心底安心した。運が悪かった、仕方がない程度で諦められるから。
それでも正直不安は拭い切れなかった。なんてったって体育祭を運営する通年の体育委員は、「後藤君」と「成田耀子」という尾島の取り巻き中心人物。
(……でも彼らは体育祭運営そのものが担当になるし、きっと忙しくてそれどころではないはずよね?)
なによりサポートするメンバーは星野君の他、学級委員の「佐藤君」と「ブキミちゃん」。そのうちブキミちゃんは生徒会も兼ねているので実質活動するのは3人だけど、その男子2人が最も安心できて気兼ねなく心から協力できる人物なので安心だ。確か佐藤君と星野君は以前も同じクラスだったから知らぬ仲でも無いだろう。それに女子の方の選抜メンバーを決めるのも、ブキミちゃんさえいれば、成田耀子に対抗できる。
(……それに、2組の「学級委員」は和子ちゃんだし。生徒会OBとして日下部先輩も手伝うから、貴子も「サポート委員」を今年もやるって言ってたっけ……ちょっとはマシかも!)
俯いた顔を起こして学級委員の方を見れば、2人とも「よろしく頼むな」という顔をして頷いてくれた。星野君の方を確認すると、やはり彼も「しょうがないよな」という顔で苦笑いだった。その表情は私を嫌がっている感じではなかったので、ホッと一息ついた。
……のだが。
『異議あり!』
その声は背後から聞こえた。
低くて耳障りだけじゃない。怨念が籠ってそうな呪いの言葉が、「俺(私)じゃなくて、本当に良かった~!」という安堵の雰囲気が漂う2年1組の教室を切り裂くように突き抜けた。
それはさながら「ギャートルズ」に出てくる、叫び声が石になって襲ってくるような感覚だ。どうやら「いぎあり」という文字の石が、学級委員に直撃したらしい。その証拠に2人は突然のダメージ(によるのかわからないが)になんとも顰め面である。
もう既に耳に染みついている声と殺気の方向に恐る恐る振り向けば、1組のボス猿が怖いほど真剣な顔で、どこかの独裁者のようにピンと腕を伸ばし手を上げていた。普段授業中には絶対ありえない姿だ。
(オォォイ! なななんでアンタが異議を申し立てるのよ!)
せっかく平和なメンバーで落ち着いたのに、これ以上何が御望みなのか。もしや、お猿さんが大活躍できる体育祭という神聖な競技の委員が、荒井美千子だと気に入らないってか?!
私は(心の中で)目を光らせた。
同時に即座に立ち直ったブキミちゃんの目もギラっと光った(気がした)。それは、
“ほほう、非常にムカつくわ。猿のくせにイチャモン付けるとはいい度胸ね”
……という御立腹な様子を隠しもせずに、眼鏡を上げながら厳しい視線をボス猿に向けている。無論(心の中で)私も。
バチバチバチッ!
小さくざわめく1組の教室を横切る一本の導火線。
それはボス猿である孫悟空と、その猿を押さえつけようとするオカッパ眼鏡の三蔵法師から放たれており、中央で派手に火花を弾かせてる。
どうでもいいが、最近こんな光景ばっかりだ。
『……あら、尾島君。それはどういう意味かしら? それともなに? この結果に御不満でも?』
『御不満もなにも、男子は今日1人欠席者がいるだろ、「マイケル」だよ! もしかしたら星野がクジ引く前に、そのマイケルがアタリを引いたかもしれねぇじゃねぇか! 不公平だから、マイケルが学校きたらやり直しした方がイイんじゃないでしょうかぁっ!』
『マイ……いえ、「本間君」が休みなのは仕方ありません。諦めてください』
『それじゃ星野が気の毒だろーがっ!』
『それなら何故クジをやる前にそのことを言わなかったのすか? 後からそのような戯言を申されましても、迷惑以外何物でもありません』
『~っっ! そ、そ、それじゃ公平じゃねぇだろっ!』
段々ヒートアップしていく妖怪と坊さん……じゃなく、尾島とブキミちゃん。
尾島の意見に悪女と取り巻き達は「そーよ、そーよ!」と同意していたが、尾島以外の男子には微妙な空気が流れていた。せっかく無事委員が決まったのに、今更やり直しなんて冗談じゃないという空気が。そりゃそうだろう、万が一もう一度やり直しになった場合、今度は自分にその厄介な役割が回ってくるかもしれないのだから。しかもパートナーは「荒井美千子」。自分で言うのもなんだが、体育祭という派手な行事に選抜された委員にしては非常に微妙な人材だ。しかし、やり直し意見を豪語するのは、裏番とは違う意味で学年一厄介なボス猿。結果、だれも意見ができない。
(こんな時にが休むなんて……まったく間が悪いよ、本間君! ……ってもしかして、またわざと?)
本間君の気も間も抜けた顔が、頭の中を横切った。
***
マイケルという名の愛称で2年1組に在籍している、こんな大事な時に休んだ「本間君」。
しかし彼はハーフどころか、「本間マイケル」という名前でもなければ、「パォッ!」などと雄たけびを上げるわけでもない。生粋の日本人である本間君の正式なフルネームは「本間厳太」と言う。冗談のようだが、本名である。
そんな本間君が初めて尾島とご対面した時のことだった。
『ホンマにゴンタか?!』
などと尾島からバカにされ、笑われた。
普通なら佐藤君のように苦笑しながら『やめろよ』と対抗するか、1年の時に一緒だった「グリコ」や「ノグティー」のように不本意だけども黙りこむか、「ツルちゃん」のように青筋を立てるか――ともかく、尾島のあだ名命名の心をくすぐる反応が何かしらあったのだが、本間君の場合は皆と少し違った。
彼はなんと反応を示すどころか、尾島の爆笑に対して欠伸で返したのだ。
しかもこの本間君、「厳太」などと厳つい名前とは程遠い身なりと雰囲気であり、彼の事を言葉で表現すれば以下のような言葉が出てくる。
ダルイ。
メンドクサイ。
やる気がない。
天然くるくるパーマ。
万年寝太郎。
ヘコキ虫。
まだまだ上げればキリがないが……まぁ、こんな感じである。
こんな感じの本間君は授業でもやる気を見せるどころか、思いっきり眠気を披露して先生に何度も何度も注意されていた。たまに起きたと思えば、直後にオナラをかます始末。
『マイケル、クセぇよ! 屁なんかすんな!』
もしくは、
『マイケル、またかよ! 屁なんかすんな!』
この台詞は一年を通して我がクラスで飛び交う最も印象深い言葉となるのだが、本間君はそんなことを言われてもどこ吹く屁……じゃなく風で、屁だけにヘラヘラ笑っていた。しかし彼の後ろと隣に座っている生徒はたまったものではない。
しかもこの本間君、時々学校を休むクセがあった。
それも学校の行事がある時や、大事な決めごとをしなければいけない時に限って狙ったかのように本間君の席が空いているのだ(もちろんキャンプも休んだ)。その理由は様々で、病欠の時もあれば、単なる寝坊の時もあり、親戚が危篤だという時もある。1年からそんな感じで、一体何人の親戚が生死の境を彷徨ったかわからぬ程だ。
学校に来れば来たで、いきなり靴下を脱いで背もたれに干すという意味不明な行動を取る本間君。
どうも彼は大の靴下嫌いらしく、常に素足に直で上履きを履いていた。(間違っても石田●一のような無駄な色気や、ましてやセレブ感などとは当然無縁である)たまにその上履きすら脱いで教室を歩いている時があった。野生児丸出しで、某ネコ型ロボットの寄生虫……ではなく、友人である「野比の●太」のような「本間厳太」君が生み出す奇怪なエピソードはこれだけではなかった。