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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
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恋せよ、乙女!~前編・運命へのハーフバウンド~

 恋。それは、青春の象徴であり、胸をキュンとさせる切ない感情。

 恋。それは、暖かい日差しがふりそそぐ、陽だまりのような心地よさ。

 恋。それは、根こそぎ全てを奪い尽くす、嵐のような――


「ミっちゃん!」

「ホェ?」


 バッコーン!


「○△×☆÷〒Ω■っ!」


 思考が止まり星が飛んだ。つーか、目が飛び出た。

 マヌケな衝撃音の後に下半身を襲ったあまりの激痛に、前屈みになる荒井美千子。

(う、うぉぉぉぅぅっ……! い、いったい何がどうなって――)

 一瞬訳がわからなかった私にも、目の前に転がっている憎いボールで大体想像できた。先輩が打った力強いスパイクが見事に決まった! ……まではよかったが、信じられないことにボールがバウンドしたその勢いのまま、私の股間めがけて鋭く入ったのだ。

 男性()股間を打つと死ぬほど痛いというが、ウソだ。男性だけではなく女性()十分すぎるほど痛いではないか!


「ミっちゃん! 大丈夫?」

「荒井さん! 平気?!」


 コートのラインに沿って立っていた1年生や、コート内の先輩達が慌てて近寄ってきた。しかし……緊迫した雰囲気とはおよそかけ離れた微妙な空気。


「クスクスクス、ククク……」


 殆どのバレー部員はいたわるような声を掛けてくれたが、一方では今起こった事件――いや、あり得ない珍事に笑いを噛み殺していることは、私にも(理解したくないが)理解できた。とりあえず激痛をこらえながら「だ、大丈夫です…」と弱弱しい声しか出せなかった。正直今は笑われていることより、たとえ痛みが激しくとも麗しき12歳の乙女が、股間に手を当てられないとこのほうがよっぽど辛い。


「やっだぁ、ミっちゃん! 本当面白いよねぇ~」


 隣に立っていた和子ちゃんは素直にガハハハと豪快に笑った。もうここまでくると笑いをガマンされるより、いっそ和子ちゃんのように笑われたほうが救われるってもんだ。

 女で良かった、男ならこれがホントの『珍(チ○)事件』!

……な~んてダジャレなど言えるわけもなく。私も「ヘヘヘ、ちょっと考え事を……」とわざとおどけ、何事もなかったように無理して立ち上がった。膝の砂を払い股間の辺りを見ると、ブルマにボールの跡がクッキリと泥の素材でプリンティングされている。

(……マヌケだ、マヌケ過ぎる……)


 たまたま、梅雨の貴重な晴れ間に行われた野外での練習。

 たまたま、若干泥まみれのボールが股間に直撃。

 たまたま、部活終了まで何度払っても落ち切れなかった、ご機嫌なボール模様のプリティングブルマで立たなければならない屈辱。


 情けなさを通り越して、逆に笑えた。それもこれも、神聖なコートの前で先輩のアタックに集中せず、よこしまな考えをしている自分が悪いといえば悪いが。

(そんなことより……)

 女バレの部員達に笑われたことよりも、他の部活の連中が見ていたらマズイと辺りを見回してしまった。

 左隣の男バレ(男子バレー部)を確認、特に異常なし。

 右隣のテニス部を確認、これまた異常なし。

 陸上のトラックを挟んで後ろのサッカー部……嫌な予感がしたが、確認しないことには落ち着かない。

 恐る恐る視線を向けると、1年が珍しくシュート練習をしていた。ゴールポストの網越しに、次々とシュートを打込むためにこちらに走ってくる姿が見える。すでにシュートを打ち終わったであろう、ある男子と目が合った。「しまったぁ!」と思った時には、時既に遅し。その男はニヤリと笑い、同じ1年部員の何人かにヒソヒソとこちらを見ながらジェスチャーでボールの形を作り、自分の股間に当てる振りをして顔を顰め、次の瞬間仲間と共に大爆笑していた。

 もうおわかりであろう。ジェスチャーをしていた奴はチビで五分刈り、色白たれ目の右目尻黒子男。

(……最悪だ、最悪すぎる!)


 よりにもよって、女バレ(女子バレー部)のコートの真後ろにあるサッカーのゴールポスト。

 よりにもよって、このタイミングで滅多に行われない1年のシュート練習。

 よりにもよって、股間に当たった瞬間をバッチリ見ていた超ラッキーマンが、サッカー部所属のチビ猿こと「尾島」。


 残酷な現実にガックリと項垂れ、「見なかったことにしよう」と自分に言い聞かせながらサッカー部から視線を逸らした。明日チビ猿から何を言われようと完全無視だ。

 それよりも。

 サッカーのコートを隔てて、さらに向こうにある誰もいないバスケットのコートをチラッと見て安堵した。今日のバスケ部は、野外のコートではなく体育館で練習だったことを心から神に感謝した。

 尾島はこの際どうでもよい。女バス(女子バスケ)の成田耀子に見られる方がもっと最悪だ。ましてや男バス(男子バスケ)の部員である田宮俊平たみやしゅんぺいに見られたら日には、この町から永遠に去らねばならないだろうから。


*******


『田宮俊平。1年9組バスケ部所属。下山野小出身。身長163cm、体重50キロ、血液型A型。好きなものはバスケ、唐揚げ、アイス、ゲーム。嫌いなものはアイス以外の甘いもの、にんじん、しいたけ。家族構成は両親、妹。6年生のバレンタインチョコ獲得数は5個……らしい』


 以上、これが私が知りうる「田宮俊平」情報の全部すべてだ。

 恋はある日突然やってくる。私のそれは「親睦遠足会」と共にやってきたのだ。


***


 中間試験の前のある放課後。私は片手にノートと筆記用具を持ちながら憂鬱な気持ちで廊下を歩いていた。


『1年5組』


 後ろの扉から目的の教室の中を覗き込むと、何人かの生徒が座っていた。どの教室も同じ形なのに、自分の教室ではないというだけで違和感が漂う。

 軽く中を見渡し、本来居なければならないチビで五分刈りの男が不在とわかると、「ヤッパリ」という舌打ちしたい気持ちと、「所詮私は代理だし、ヤツと2人よりも1人の方が楽だし」という安心感が複雑に絡まった。

 これからこの教室で何が始まるのかというと、各クラス2名ずつ「親睦遠足会」の実行委員が集まって予定や決まりごとを確認し、各担任の先生やクラスに報告する為のミーティングが行われるのだ。


 イカしたマシンをチャーター、HAッ! ハイウェイ飛ばして、ビーチでご機嫌バカンスやっちゃえYO、Yeahっ!


……なんてことはない。「クラス分の観光バスを貸し切って、隣県の海辺で弁当食って帰る」というただの遠足にすぎない。大した行事でもないのにわざわざ集まって会議する必要があるのかなと思うのは私だけだろうか。

(本当ツイてない……)

「先生たちで勝手に決めればいいジャンYO!」ともはや実行委員向きではないラッパーが、何故この会議に出ることになったのか聞いてほしい。


 あれは実行委員を選出するためのホームルームにまで遡る。

 我がクラスは話し合いや挙手……では決まらず、やや気が短く面倒くさがり屋の担任・梨本先生リポーターの案により「クジ引き」で決めることになった。生徒も声を揃えて「異議なし」。


『よ~し、手っ取り早く現在座っている隣同士でペアになってもらうぞ! 文句はナシだ! そのペアでジャンケンして勝った運の良い奴は、前に来てこのトランプを引けぇい!』


 担任リポーターは1年8組の生徒たちが「実行委員を決めるなんて面倒だなぁ、オイ」という、自分と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろう。準備万端よろしくケースに入ったトランプを取り出し教壇に広げた。

(トランプで決めていいのかな?)

 教頭や教育委員会が見ていたら甚だマズイんじゃないかと思いつつ、私は隣同士のジャンケンでアッサリと負けてしまい、運命をグリコ……いや、江崎君に委ねた。

 クラスの半分の生徒が教壇に集まり、次々とトランプを引いていく。全員席に着席すると、期待と不安を抱えながら隣同士でトランプを確認し始めた。江崎君が引いたトランプは「スペードのエース」だった。周囲を確認すると、ハートかスペードのカードを見ながら「一体このくじ引きの後に何が始まるのか?」とヒソヒソと囁き合っている。その間に先生は残りのトランプをシャッフルし、中から一枚引いてめくった。


『あ~、ダイヤのエースか。赤の1だな。ハートのエースを持ってるペア。委員決定。拍手~』

『『えええぇっっ~!』』


 先生からアッサリ委員決定の宣告がなされると、真後ろの席からペアで悲鳴が上がった。

 なんとアタリの「ハートのエース」を引いたのは、「尾島&宇井ペア」だったのだ。

 エースと聞いて一瞬ヒヤリとしたが、隣の江崎君と顔を見合わせながらよかったねと一安心した。しかし――。

(ものの数分で委員が決まったのは良かったけど……)

 私は心配になって後ろを振り返った。案の定後ろではすでに不穏な小競り合いが始まっていた。それを見たクラス全員は満場一致で思っただろう。このペアで大丈夫だろうか、と。

 文句を言い合う実行委員をよそに、1年8組には祝福とは言い難い不安を含んだまばらな拍手が響き渡ったのであった。


「田宮俊平」名前だけ登場です。

美千子が体験したバレーボールが股間に当たるという事件、実は菩提樹の実体験であります。

(小説の内容は実体験ではないですよ!)

信じられないようですが、事実です。

「何故砂のグラウンドのような地面の上を跳ね返ったボールにあんなに殺傷威力があったのか?」

体育館ならわかるんですけどね。今だに謎です。(笑)


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