エイプtoキャンプdeハプニング⑨
この章は多分に過激な表現が出てきます。PG12指定とさせていただきます。読む際にはお気をつけ下さい。
鈴木さんは俯いていたけど、おもむろに顔を上げ苦しそうな切ないような表情で私を見た。
「あ、あのさ。荒井さん、カレーの時のこと、ごめんなさい」
「え?」
今度は田中さんが鈴木さんの隣に座り込み、ガバリと頭を下げた。
「あの……油の件、ごめんね? 尾島君の班に回したの私なの。怖くて、思わず……。私が隣に回さなきゃ、あんなことにならずに済んだのに……」
「は?」
田中さんの涙声で謝っているのをポカーンと見てしまった。
「ごめんね、私達助けてあげるどころか、酷いことしてるよね。荒井さん全然悪くないのに。そうだよ、荒井さん全然悪くないのに、いつも尾島君達にあんな酷い態度取られたり、桂君と噂されたり、3年の女子に呼び出されたり……。平然として頑張っているけど、平気な訳ないよね。本当にごめんなさい」
とうとう鈴木さんと田中さんはグスグスと泣き始めてしまい、今度は私の方が面喰ってしまった。
「ああああの、2人とも、一体なにがどうして……」
「ううう、グスッ……だって、荒井さん泣いてたんでしょ? だって目赤いし、涙の痕が」
「ほ、本当に、ごめんなさい!」
「…………」
言えない。
まさかその尾島や裏番達に拉致られた恐怖で泣き、脅された揚句、今後の中学生活を掛けて夜這いの手引きまでしましたとは。
私は引き攣り笑いをしながら、激しく誤解している彼女たちに「ああああの、大丈夫だから、気にしないでクダサイ」と彼女たちに頭を上げるように言った。確かにあの時は辛かったが、もうその辛い日々とお別れが来そうだ。……たぶん。……きっと。
「あ、荒井さんって、あの人たち相手に本当にすごいよね。私だったらもう学校来れないかも」
「うん、そうだよね、尊敬する」
「ハハ、そ、そんな、大袈裟な……」
和子ちゃんや貴子がいるおかげですと心の中で呟いていると、鈴木さんは何か納得し難いことがあるのか、「でも」と言いながら涙顔が歪んだ。
「……確かに私達も悪かったと思うよ? けど、いくらなんでも成田さんや原口さん、尾島君達の態度、あれはないと思う。それに今日の縄跳びだって、私達、結構頑張って回してたよね? なのにあんなに文句を言うなんて酷いよ」
目の前の鈴木さんが熱く語るので、目が点になってしまった。
「だからさっきのカレーの時、あの伏見さんがビシッと言ってくれた時は、荒井さんには悪いけど、ちょっとスッとしちゃった。あと、佐藤君もかっこよかった! さっすが佐藤君よね!」
「本当! 荒井さん、羨ましいなぁ。なんか佐藤君の口調からして知り合いっぽかったけど、一緒のクラスだったの?」
「それに、ほら……東先輩とも噂もあるでしょう?」
鈴木さんと田中さんは涙を引っ込め、ウットリとした表情で言った。
(いや、別にその佐藤君とも雄臣とも、まったく何にもないんだけど……って、そうだ!)
私はここぞとばかり、自分の身に降りかかっている誤解を解くため、昨日入手した最新情報を漏らした。
「あああのね、みんな誤解しているようだから、ハッキリ言うね? 東先輩、彼女いるから」
「「えっ?!」」
「ま、前の学校の人だって。だから私、全然関係ないというか」
「「「「「「うっそぉ~!」」」」」」
目の前にいる田中さんと鈴木さん以外に、遠くに離れていた、数名の女子からも同時に悲鳴が上がった。
「…………」
(聞いてたのか……)
一斉に私に群がる女子達。少し前までは決してあり得ない光景に、私は心の中でそっと溜息を吐いた。
*******
「……ふぅ」
トイレで顔を洗い、顔を上げてタオルで拭うと、疲れた顔が鏡に映った。
(あ~あ、一晩、いや二晩ですごい年を取った感じだな。絶対10年分の気力、使い果たしたよ)
大きな溜息を吐くと、タオルをお菓子や水筒などが入っている袋に入れた。雄臣の話題を聞き出そうと迫ってきた鈴木さん達から「またあとで」と逃げるように出てきたので、髪の毛もまとめずにダラッとのばしたままだ。ヌボ~とした顔のまま鏡を覗き込み、髪をピンと輪ゴムでトップにまとめてトイレを出た。
なんとかマシな感じまで仕上げたのだが、目の充血はどうにもできなかった。重い足取りで和子ちゃん達のところに向かうが……唯一キャンプで楽しい時間の筈なのに、あまり気が進まない。
(疲れたな。一応顔を出すだけで早めに部屋に戻ろう)
自分の部屋の前を通り過ぎながら廊下をトボトボ歩いていると、先にある隣の大部屋から黄色い声が聞こえた。そこは原口美恵と成田耀子がいる部屋である。この声の感じからして、おそらく尾島達がいるのだろう。
ついさっきまで拉致された出来事がまるで夢のようだった。
頭の中で連合軍の先鋭隊員達の顔が浮かんでは消えていく。あの先鋭部隊には、佐藤君と星野君の姿はなかった。居れば絶対にあんな無茶なことはしないだろう。例えそれが地味で鈍臭い私に対してであっても、だ。
(そうよ、やっぱり紳士は違うんだよね。でも……田宮君はいたな)
そう、田宮君は尾島の傍にいた。同じ部活の後藤君とも仲の良い彼は、最近では星野君や桂君に代わって「ロクでもないんジャー」に入隊しそうな勢いだ。今日のカレーの油事件の時も……悲しいが尾島や原口達と一緒の態度だった。オマケに連合軍のメンバーに混じっていたという事実に、正直落胆の色を隠せない。
(もっと紳士っぽい人柄を想像していたのに。人って見かけによらないんだな。いくら目尻に皺があって、私好みの顔でも、ハァ~)
再び大きな溜息を吐いた。
どうやら恋というのは、夢見る間は人を幸せにするものだが、実際はかなり厳しいもので、そう上手くいかないものらしい。現に今の私には、どうも山野中の伝説の1つである「桃色ハプニング」から程遠いようである。
(それなのに、そのほど遠い私が「桃色ハプニング」作戦に加担せねばならぬとはっ!)
最も縁がない者がその手引きをしなければならないこの現実。この世はなんと無情で皮肉なのだろう。まったく、一体誰がこんなしょうもない作戦とネーミングを考えたのか。「桃色ハプニング」というより、「もういいよ、ハプニング……」と是非改名して欲しい。
しかも今日カレーのときにあれだけ酷い扱いを受けたにも関わらず……いや、中2になってからずっとなのだが、そんな敵同然な奴らに手などを貸してしまったお人好しぶりに、正直自分でも飽きれてしまった。
(私って、相当マヌケでオメデタイだろ?)
なんだか無性に腹が立ってきた。
プリプリと怒りながら歩いていたら、真横の成田耀子と原口美恵のいる大部屋がガラっと開いた。
急に開いたので、私はビックリして音の方を見てしまった。
中から開けたのは「ブキミちゃん」こと伏見かおりだった。彼女の背後に部屋の中が見え、中にいたメンバーも音にビックリしたのか、話を止めてこちらを見た。
案の定、中には尾島達がいた。
小関明日香まで。
輪の中心にいる、尾島と一瞬目が合った。
が、彼が何か言おうと口を開きかけたところで、私は慌てて開いた襖から廊下へプイッと視線を戻し、
『ああああっしは部屋の中を見てませんぜ! ましてや夜這いしにきたクセモノがわんさか居るなんて間違っても言いやせん、へぇ!』
……というように、その場から立ち去ろうとした。けれどもその前に、その尾島や男子の視線と女子の厳しい視線が遮断される。
バン!
なんとブキミちゃんが勢いよく襖を閉めたのだ。
「荒井さん!」
「ハッ、ハイィ?」
いきなりブキミちゃんはメガネを上げながら一歩ズズイと踏み込んできた。その顔は笑っておらず、不機嫌さが滲み出ている。私は後ろめたさ満載の為か、声が裏返ってしまった。
「悪いけど、荒井さん達の部屋に行かせてもらえるかしら? ここの部屋、うるさい誰かさん達が押し掛けてきたせいでゆっくり休めないの。……いったいどうやって忍び込んだのかしら。非常に迷惑なのよね」
ギクッ。
その原因に一枚噛んでいたりして。何気にブキミちゃんの鋭い視線が痛い。眼鏡越しなのに。
「あ……う、うん。どうぞ」
「助かったわ」
「い、いえ」
圧倒的に人を寄せ付けぬオーラを放ちながら、ツカツカ歩いていくブキミちゃん。その姿を恐る恐る見送っていたが、ハッとカレーの時のことを思い出し、私達の部屋に入ろうとした時、思い切って声をかけた。
「ああああの、伏見さん!」
「なに?」
「カ、カレーの時なんだけど……」
「カレー?」
「そそその、油、ありがとう。助かりました」
丁寧に頭を下げると、ブキミちゃんはそんな私をジッと見た。彼女の視線が痛いくらい刺さり、あまりの気まずさにどうやってこの場の会話を終わらせようかと考えを巡らせながらモジモジしていると、ブキミちゃんは急に例の不気味な笑顔でニヤリと笑った。