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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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エイプtoキャンプdeハプニング①

この章は多分に過激な表現が出てきます。PG12指定とさせていただきます。読む際にはお気をつけ下さい。


「ふわわわわぁぁぁ~」


 大きな欠伸が出た。

 オマケに涙も出る。それもこれも完全に寝不足のせい……と、目の前にある玉ねぎのせいだ。

(あ~あ、雄臣バケモノ対策練ってたら、寝るの夜中になっちゃったからな)

 こんなところにまで影響が及ぶとは……まったく、ろくな男じゃない。いや、その前に人間じゃなかった。この場合「ろくな妖怪じゃない」が正しい。


「それにしても……」


 私の前には野菜がてんこ盛りに置いてあった。

 それもこれもキャンプの自主炊事・カレー作りのためなのだが、私の班のメンバーが1人もいないのだ。

 私以外は、何故か全員釜戸の準備と飯盒焚きに行ってしまい、カレーの具材を切る人が私以外誰もいなかった。しかもかなり時間が経ってるというのに、全然調理場に帰ってきやしない。どうでもいいが、ついでに肉の量が考えられないくらい少ない……。

(くそぉ……絶対、尾島あのバカのせいだ! 縄跳び大会で1位になったのはテメェ1人だけの力じゃないくせに!)


 キャンプの目玉商品……じゃなくて、メインイベントその1である「クラス対抗大縄跳び大会」。

 男子の部は圧倒的に1組の勝利で終わった。

 大縄を回し、1人ずつ縄の中に入り、全員入った時点で引っかからずに飛んだ回数を競う。三回勝負で全合計数が多いクラスが勝ちと言う、平凡なルールだ。大縄の回し手を後藤君と佐藤伸君が担当し、一種目目の縄に入る先頭は尾島だった。この場合、最初に入る奴が一番キツイ。全員が入るまでずっと飛ばないといけないからだ。しかも回し手に近いから飛ぶ縄の高さが上がるし。けど尾島は息が上がった様子もなく、平然とした顔で飛んでいた。その勇ましい雄姿に女生徒達から黄色い声援が上がる。原口美恵と成田耀子を中心に。

 一方女子は可もなく不可もなく……5位という順位に落ち着いた。今回私は積極的に回し手に立候補した。これが結構キツいのだが、それをも凌ぐ重要な理由が二つあったからだ。


 一つは胸が揺れるから。

「なにをふざけたことを……」とお怒りになる方がいらっしゃるかもしれないが、胸が大きい十代前半の人にとっては死活問題である。決して自慢などではない。全校生徒が見てる前で、胸を揺らしながら飛ぶのは拷問以外なにものでもない。

 実はこの件に関する「御指導」が、意外な人物から意外な形でやってきた。今朝、早朝6時と言う迷惑な時間にも関わらず、一本の電話が我が家に鳴り響く。


『……はい?』

『俺だ』

『…………どちらの俺様でしょう……』

『時間がないから手短に言う。昨日確認し忘れた。今日の縄跳び大会、ミチのクラスの大縄の回し手はだれだ?』

『……えーと、後藤君と佐藤君?』

『あのな、野郎の方はどうでもいいんだよ。女子の方だよ』

『……鈴木さんと私』

『なんだよ、スナック菓子の名前が揃って回し手かよ。まぁいい。取り越し苦労だったみたいだな。回し手じゃなかったら、どんな手を使っても回し手になるよう忠告しようかと思ったんだ。まだそっちの方がマシだ。なんせバストの揺れが少ない』

『…………』

『いいか、念の為サラシを巻いていけ。サラシがなけりゃ、ガッチリスポーツタイプのブラだ。ほら、あれ、ベージュの色気が無いヤツがあったろ。それをつけていけ、いいな? 間違っても薄くて可愛いピンクのレースのブラなんかしていくなよ!』


 チン☆


 返事をする前にそっと受話器を置いた。

(……変態め、いつの間に……!)

 電話口で怒りがこみ上げたが、ここは自分の為でもあるので、大人しく従った。お陰で、胸の件はバッチリだった。この電話がくるまで、「キャンプだし、誰に見られるかわからないし」とフラレ……じゃなく、浮かれ気分でロックンロールな勢いで、生地が薄めの可愛いピンクのレースが付いているブラをしていたからだ。


 あともう一つの理由は、自分のせいで引っかかったら、天敵になにか言われるか、わからなかったから。それでも、あの天敵のグループ達は、


『もっと大きく回してくれればいいのにぃ、そうすればもしかして勝てたかも、ね~』


……と、尾島達率いる男子にわざと聞こえるようにさりげなく文句を言っていた。背の高い私が腕一杯力一杯使って回していたと言うのに。私は今さらなのでサラッと流したが、相棒の鈴木さんが気の毒だった。そもそもあの天敵グループは練習の時も全然やる気なんてなかった。理由は、髪のセットが乱れるから、だそうだ。奥住さん達一部が頑張ったけれども、女子の半分がアレでは結果が5位で当然だろう。

 ちなみに女子の試合の結果は、学年で最もスクラムが強い2組が1位となり、女子の部の肉三割を掻っ攫った。しかも男子の1位である、運動部粒揃いの1組より遥かに多い数を飛んで。そんな肉食系2組女子一同は草食系2組男子の皆さんから拍手喝采を受けていた。

 2組のリーダーである和子ちゃんと貴子の顔がわざわざ1組の方を向いて、


『あらぁ奥さま~、1組男子の大縄跳び、見ましたぁ?』

『見ましたザマスよ! なんでも運動部ホープが粒揃いザマスって? ねぇ?』

『なんだかそのようですわねぇ。でもその割には……フフ、大した実力じゃないようですわぁねぇ?』

『そうザマスねぇ。なんせ……女子に負けてるザマスものぉ~! オホホホ~』

『あらやだ奥さまったら~あんまり笑うと気の毒でございますわよぉ~』

『そうそう、奥さまっ! いいことを思いついたザマスわ! いっそのこと、粒揃いというより、カス揃いと改めたほうが親切ってもんじゃありませんザマスこと?』

『やっだぁ奥さまったらぁ~、1組男子がおかわいそうですわよぉ』

『『オホホホホ~』』


……というような、上から目線且つ鼻で嗤っていたとしても、それは勝者の特権なので誰も文句を言えない。

 お陰で屈辱的な敗北を味わった尾島は、今にも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしながら怒っていた。ま、それも仕方なかろう。人間というのは、それぞれ違った形で試練が与えられる生き物なのだ。ヒヒヒ。


***


 私は玉ねぎから包丁を上げ、戦利品らしい薄っぺらく色の悪い肉を摘んで持ち上げた。

(……ま、私はカレーに入っている肉が好きじゃないから少なくていいけど。どっちかというと、肉は別添えがベストよね。衣サクサクのカツを添えるのが王道ってもんよ。しかもこの肉、思いっきりまずそうだしな……)

 まな板の上に置いて、勢いよくダンッと切る。


「なぁ、これどうするんだ?」

「やだぁ、切りすぎちゃったぁ~」


 肉を切っていたら、隣の班から声が聞こえてきた。


「…………」


 他の班は和気あいあいとしながら、みんなで手分けしてカレー作りをしているというのに。私一人に雑用を押し付ける、あまりにもベッタベタな嫌がらせをする班員に溜息が出た。

(やることが子供ガキなんだよね。まぁしょうがないか、メンバー全員尾島や原口の手下だしな)

 チッと心の中で強がってみたが、寂しさは拭えなかった。正直な所今すぐにでも放り出して、違う班の奥住さんや光岡さんのところに行きたいところだったが、さすがにこの班ごとのカレー作りは学校側で決められたことなので、このまま頑張るしかない。

(……上等だよ。去年の暮れから料理の腕を上げた私の包丁さばきを唸らせてやろうじゃないのさ!)

 忘れもしない去年の暮れ――某お好み焼き屋の某不良店員にコキ使われた私。

 お菓子作りはもとより興味があったが、キャベツの千切り極意の厳しい洗礼を受けてから、料理にも目覚めた。

(まぁ、単なる悔しかっただけなんだけど)

 キッカケはなんであれ、私はあの時から包丁を持つ快感を覚え、自分の手で食材を自由自在に切り刻む……じゃなかった、思った通りの形に変化するのがすっかり楽しくなってしまった。中2に上がってから勉強に打ち込む他に、家の手伝いを積極的にやり始め、中でも料理の習得と自分の弁当も作りの腕を上げるのに躍起になっている荒井美千子。

(高校出たら、一人暮らしじゃい……絶対あの街を出てやるっ!)

 私の心は既に未来へ飛んでいた。壮大な夢を胸に秘め、叶えるまでは絶対故郷に帰らんと後にする……というより、むしろ2度と戻るもんかい。だって、金髪碧眼のダーリンと国際結婚で海外永住コースだし。

(そうよ。そのためには最低でも一人暮らしができるくらいの生活能力はないとダメよね。家事炊事は必須能力だわ!)

 ダーリンから「サスガ、ヤマトナデシコネ!」などと言われながら、熱い抱擁とチッスを受けている未来の荒井美千子をニヤけた顔で思い浮かべていたら、涙が出てきた。嬉しさと感動のせいかと思えば、超高速でタマネギを切っていたせいだった。


「うっうっうっ……ズズズ」


 玉ねぎが目にしみて涙が出てくるついでに、鼻水が出てきた。

 さすがに材料に入るのはマズイと思った私はポケットからハンカチを出して、目と鼻水を拭った。ついでに思いっきり鼻をかみたいが、金髪碧眼のワイフがこんなところで醜態をさらすわけにはいかぬ。

(……う~もどかしいなぁ! チーンとティッシュで鼻かみたい!)

 グズグズと鼻にいつまでもハンカチを当ててたら、周りからヒソヒソと話声が聞こえた。何気にそっちの声の方を向けると、隣の班の子と目があった。その子はなんとも気まずそうに視線を逸らす。


「え?」


 違う方向を見ると、目があったその子も同じような仕草をした。訳がわからずぐるっと辺りを見回したら、全員視線を逸らしたり、気の毒そうな眼をしていた。


「…………」


 私は下を向いて、黙ってその憐みの視線を耐えた。


 おそらく周囲は私が泣いていると思ったのだろう。ハッキリ言ってこの手の類は、一番性質が悪いと思う。気の毒だけど、それを助ける力がない、というやつだ。まだ尾島や原口、成田耀子のわかりやすい行動の方が救われる。……どちらにしても決して気分のいいものではないが。

 私はそっと溜息を吐いた。

(いかんいかん。外国へいけば、最初はもっと孤独感が襲ってくる筈。それに慣れる為の修行修行。周りは全て埴輪だと思えばいいんだ)

 ハンカチをしまい、一心不乱に野菜を切った。だいいち料理は1人でやる方が捗るのだと思いながら。あっと言う間に切り揃えられ、ボールに山盛りになる野菜達。最後のジャガイモにとりかかろうとしたら、後ろから声かけられた。


「……あれ、他の連中は?」


 低い強張った声にハッとまな板から顔を上げ後ろを見ると、星野君が立っていた。


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