学校行事的宿泊前夜ノ怪~鬼神修羅対斉天大聖編~
この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます。読む際にはお気をつけ下さい。
「……デートならオレらに構わず、2人でとっととどっかに行ってくれませんか?」
練習の邪魔なんですよねぇ!
とうとう出た。「ロンギヌスの槍」並みの征服力を持つ男が。
勇敢にも、その槍を持って神に攻撃を仕掛けているのは、クラス一無謀で悪魔のような男でなく、悪魔そのもの。またの名を、釈迦にケンカを売る怖い者知らずの孫悟空……じゃなくて、類人猿。
一方、ケンカを売られている神……ではなく、どちらかというと鬼神・修羅は、後輩の失礼な口のきき方に怒りもせず、フッと笑った。
もちろんその笑い方には親愛の意味など微塵も籠められていない。
(……むしろ思いっきりバカにしてらっしゃいますよね)
長年裏の顔を見続けてきた私にはわかる。尾島も野生すぎるカンで瞬時にそれを察知したのだろう。見る間にタレ目がつり上がり、瞳孔にメラメラと仄暗い炎が点火された。
いやいや、その炎、ぜひとも明日の遠足のキャンプファイヤーまで大事にとっとけよ、と言いたい。
(そんなことより、逃げよう。ここはどう見たって逃げるのが得策だろ)
こんな妖怪同士の争い、しかも厄介な親玉クラス。まともな人間が敵う筈もないし、積極的に参加する必要もない。こんなところでグズグズしていたら、こっちが煽りを食って殺られてしまう。
だがしかし。
(2人でとっととどっかに行ってくれませんか、ですか)
私の頭の中で尾島の台詞が何度もリピートしていた。
そりゃ、尾島に嫌われていることはわかっていたけど……そんなことわざわざ言われる筋合いもない。大体バスケをあれほど避けていた尾島が、何故こんなところで呑気に練習などしているのか。しかも大人しく練習してれば良いものを、なんでこんなところにまでご丁寧に顔を出してくるのか。
そもそも、彼がいちいち絡んでくる原因は、一体何なのだろうか?
(私、尾島に嫌われること何かしたのかな? 裏番のお墨付きなほど、地味に生きている私が? それともただ気に入らないだけ?)
ただ気に入らないだけ。
(キツイな……)
それを認めるには、心にかなりのストレスと痛みを伴った。
もし「気にらない」というのが本当の理由だとしたら、とてもヘコむことだし、もはやどうにもすることはできないと思ったからだ。そりゃ、世の中全員に好かれることはまずありえない。実際私にも苦手な人は沢山いる。けれども、その感情をいちいちむき出して接するほど、もう子供じゃない。
(……嫌なら、放って置いて欲しいのに。なんか疲れた。とっとと帰ろう)
本気でそう思ったので、天然ボケをカマすようにわざと時計を見て、
『もう8時すぎそうなんで、アッシは先に帰りやすぜ、ダンナ。あとは妖怪同士よろしくやって下せぇ。むしろ相討ちになってることを望みますぜ、ゲヘヘ』
と雄臣に一言言おうかと思った、その時。
「あ~ミっちゃんだぁ! 噂の東先輩とデートなんて、やるぅ~! ね、啓介?」
出てこなくていい処まで首を突っ込む、妖怪・ろくろっくび……いや、小リスこと小関明日香が、絶賛炎上中の尾島の後ろからひょっこり登場した。
「……ほ~んと。こんな夜遅くよくやるよなぁ~。明日キャンプだってぇのに、お熱いですねぇ~。それとも一晩会えないから? ちょっとの時間でも逢瀬ってことですかねぇ?!」
尾島の槍が真っすぐ心臓に突き刺さった。
勢いよく刺さった槍は簡単に抜けないほど深く抉りこみ、傷つけられた痛みは悲しみと憎悪の感情となって全身を蝕ませた。
(……な、なによ。呑気に夜遅くまでバスケをしているやつが、明日キャンプなのに逢瀬がどうのこうのなんて言える立場か?!)
怒りで急に息が苦しくなり、新鮮な空気を求めて鼻と口を少し開けながら、呼吸を忙しなく繰り返した。その間にも喉が締め付けられ、心臓の辺りがズキンと痛む……というか動悸がどんどんと激しくなっている。
小リスの余計な発言と孫悟空の厭味、しかも2人は似たような顔に憎たらしい笑みを浮かべており、それ以外の外野は冷やかし笑いをしていた。
(……ふ、2人仲良く一緒に燃えてしまえ! 揃って……揃って、この世から消えてしまえ~!)
完全に切れた。
一気に疲れが吹っ飛び、私の身体にも怒りの炎が焚きつけられ、全身に力が漲った。
(そうだ、そうだよ!)
何故、小リスや尾島なんぞにここまで言われて黙ってなきゃならんのだ。
何故、3年の女子や裏番なんかに説教されねばならんのだ。
何故、クラスでひっそりと縮こまる様に生きないとならんのだ。
ついでに、雄臣や多恵子小母さんにあれだけ言われ、遠慮しないといけないのだ。
(間違っている! 絶対、間違っている!)
こういう場面こそハッキリと言わねば。人生決めねばならないところをビシっと決めなくて、いつ決めるというのだろう?!
武者震いが体中を駆け巡った。
震える拳をギュッと握り、刺さった槍を無理矢理引っこ抜くように心臓に手をやった。大体、こんな槍、大したことないではないか。たかが猿の如意棒もどきに傷つくほど、無駄に苦労している訳ではない。
私はゆっくり顔を上げ、ギラっと尾島と小関明日香を睨んだ。
一瞬、尾島がビックリしたように目を見開いた。彼の瞳が動揺し、怯んだ気がしたが気のせいだろう。その証拠に生意気にも真っ向から睨み返し、怒りの炎はいまだにその目に宿ってる。
(いーじゃないの。その炎、買ってやろうじゃないのさっ!)
出会ってから、早1年と2カ月。まともに真正面から対抗するのは、初めてではないだろうか。その自信がさらに拍車を掛け、後先考えず憎悪と共に「一言物申す!」の態勢に入ろうとした、その時。
雄臣の弾んだ華やかな笑い声がそれを遮った。