最高で最悪のクラス④
史上最高のクラスと噂された、1組。
しかし、私にとっては史上最悪なクラスとなった。
本格的な氷河期は始業式の翌日からである。
突然尾島のいつもの調子でからかうような言葉が一切無くなった。それは尾島が一晩で改心したというオチでもなんでもない。その証拠に他の女子には相変わらずいつもの調子だ。尾島は私限定で「声かけるんじゃねぇ」と冷たい目で睨み、誰から見てもわかるほど避けるような無視攻撃になったのだ。信じられないことに、始業式の翌日から一言も口を聞いていない。今でもだ。その尾島の態度が恐ろしい程クラス全員に浸透し、雄臣や桂龍太郎の件がさらに追い打ちを掛け、私の存在は好奇心と腫れものに障るような扱いで浮きまくっていた。それは同じクラスで頭は超がつくほどいいが、変人と呼ばれているオカッパメガネ&歯列矯正の「伏見かおり」、通称「ブキミちゃん」に次ぐ扱い困難な存在と化している。
雄臣のことで心に不安を抱えていた私にとって、2年のクラス編成はせめて無事に平穏な1年を過ごせるかどうかの大事な要素だったのに……。
葛籠の蓋を開けたら金銀財宝ではなく魑魅魍魎の生き物が出てきてしまったという現実。
1組の男子の名簿にバーンと書かれていた「尾島啓介」という名前に続き、その名簿をずっと下まで目で追えば、「後藤洋」「佐藤伸」「諏訪英行」「田宮俊平」そして「星野一幸」。
男子の名前を見て、一部「ドッキーン!」と心臓が高鳴った私だが、女子の名簿に「成田耀子」「原口美恵」の名を発見した時点で高鳴りを通り越し心肺停止した。
やっと自分の羽を使って世に飛び出そうと巣立った幼い野鳥が、舞い上がった途端猟銃でズドンと容赦なく撃ち落とされた瞬間である。
禁猟区を犯した密猟者達に、「クラス編成ヲ見直サナイト、学校ヲ燃ヤス!」と放火魔も真っ青な予告文を学校へ送りつけようかと思ったくらいだ。例えプラス要素がとてつもなくデカくても、それにマイナスを掛ければどんな答えもマイナスになるのが自然の法則ってもんである。
(……くそぉ……何が悲しくて10クラスもあるっていうのに、私がいる1組に「ロクでもないんジャー」のメンバーが4人も集中していて、天敵が2人もいなけりゃならんのよっ!)
転校したい、切実にそう思った。
いや、佐藤君ましてや田宮君に罪は無い。けど現在の尾島と仲がよろしいという時点で完全にアウトだ。その証拠に彼らとは同じクラスになってから一度も口をきいていない。
唯一救いだったのが……幸子女史とチィちゃんには悪いが、小関明日香と桂龍太郎が一番遠い10組(それでも小リスはしょっちゅう遊びに来る)ということだけ。奥住さん、光岡さんが一緒のクラスだったということだけ。
「元気だして、『ミチ』! 例えクラスの中で『ミチ』が浮いていても、私達は絶対味方だよ!」
「そうだよ! 例えクラスの男子全員が荒井ちゃんに対してよそよそしくてもさ、荒井ちゃんには東先輩がいるじゃん! こうなったらもう東先輩と付き合っちゃえよ! 笹谷ちゃんと日下部先輩、荒井ちゃんと東先輩、いっそのことグループ交際なんてどうだっ?! 山野中のモテ男2人、仲よさげだしねぇ?」
「「「「「「おい!」」」」」」
幸子女史の後に続いた奥住さんの無責任な発言に全員突っ込んだが、それ以上に確信をつくような疑問を投げてきたのは、光岡さんだった。
「……それでもさぁ、奥住。あの尾島の態度は異常じゃない? どう見たって普通じゃないでしょう? あ、でも逆に好かれても大変なことになること、間違いなしだけど」
光岡さんは心配そうな不安そうな、どちらにしても浮かない顔をしながら言った。
「ん~そりゃあそうだけどさ。尾島って昔からあんなもんじゃなかったぁ?」
奥住さんは別になんてことはないと首をかしげた後、すぐに目を見開き、さも今自分が考えついたことが正しいというようにニヤリと笑い、頷きながら言った。
「ははぁ……ようするにさ、尾島は悔しいんだよ。だってさ、今まで好き勝手いじくってた文句の言わないお気に入りのオモチャの、本当の持ち主が現れちゃった訳だからさ。しかも! その持ち主は、幼馴染と言う超強力な絆を引っ提げた超絶完璧な男ときたもんだ! これじゃぁ面白くないの当然じゃん? 尾島の出る幕、全然ないもんねー。それこそ『尾島』じゃなくて『お邪魔』? やっだぁ、私ったら上手い!」
「「「「「「「…………」」」」」」」
アクセルをめいっぱい踏み込み、暴走する奥住さん。
「今ならわかるよ、あんだけ荒井ちゃんが尾島のことなんでもないって否定し続けた理由。あれほどのイイ男がいたなら当然だわ。もう、いいよ尾島なんてさ、ね~荒井ちゃん? そのうちあの男も自分の至らなさに気付いて大人になるさ! そうやって大人の階段を登る訳だよ! ま、どう見たって今の尾島は階段を突き落とされたって感じだけどねっ! やっだぁ、私ったら何気に冴えてるぅ~」
「「「「「「「…………」」」」」」」
和子ちゃんを遥かに凌ぐ大物がここにいた。
勝手に階段から突き落とした隣の席のお猿さんとは普段結構ヨロシクやってるのに、本人がいなければいないで好き勝手なことを言ってる、何気に冴えた奥住さん。心の中でそんな奥住さんを感心しつつ、「そうか、私はオモチャだったのか」と複雑な気持ちで一杯になった。
「……でも、羨ましいな。ミっちゃん」
ボソリと小さい声が聞こえた。
声の主は、ようやく150センチになった、小さくて、元裏番お墨付きの可愛らしい、お菓子作りの得意な女の子。
(……羨ましい? なんで? どこが? クラスで超浮きまくってるのに?)
「……え? オ、オモチャにされてることが?」
「やっだぁ『ミチ』! こういう場合さ、着目点、そこじゃないでしょ? しかも何気に『オモチャ』って、いかがわしいでしょ!」
幸子女史の意味深な顔とツッコミに瞬きをするものの、意識はチィちゃんに向いていた。ここにいる乙女達全員が茅野陽菜美に注目する。
幸子女史が「ホラホラぁ~、言っちゃえば?!」と言うと、チィちゃんの顔は真っ赤になりながら、はにかんだ、やわらかい笑顔になった。
それは、貴子が日下部先輩を見るような、真美子が雄臣を見るような、まるで……恋している時の女の子の顔。
「私も、1組になりたかったんだよね」
突然の意味深な告白に、数人の乙女が奇声を上げ、チィちゃんに群がった。歓声や悲鳴や笑い声が教室に響き渡る。
私は呆然としてしまい、その場で固まったままだった。
から騒ぎをする乙女たちの仲間に入るまで、私は思ったよりも長い時間を要した。