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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
43/147

幼馴染というより、ただの知り合い~中編~

 ハァハァ……


 目的地である自分の教室の前で立ち止まり、全力で駆けて来たせいで乱れた息を整えた。


「2年1組」


 よりにもよって、新しい教室は体育館から一番遠くてボロい校舎の端だった。唯一救いだったのが一階の教室だということだが、それも今この状況では意味がない。何故なら廊下にはもう誰もおらず、この時点で予鈴はおろか、本鈴も鳴り終わって授業が始まっていたからだ。僅かに一之瀬の声と2年1組の生徒の声が聞こえた。

 一之瀬のいつものように良すぎる発音で、


“Be quiet! Please open your text book!”


 という声が響いている。


「……最近、本当にツイてない……」


 思わず小さい声で呟いてしまった。

(春の嵐と共にやってきた「神風」と再会してから……って、まてよ。いや、中学に入って「類人猿」に会ってから……、いやいや、それ以前の小学生の時も――)

 そこまで考えたところで無理矢理思考を中断させた。ようするに、生まれて物心ついてからツイテないことだらけだったことに気付いてしまったからだ。どうやら今に始まったことじゃないらしい。

 とりあえず落ち込むのは後にして、目の前の災難を突破しようと決めた。ここでウジウジしたところで、解決どころか時間が無駄に過ぎゆくだけで、事態は悪くなる一方だ。


(けど、教室の中には……ハァ)


 頭の中をチラつく数名の顔。そのそうそうたるメンツを思い出して、最大の溜息を吐いた。

(ああ、どこか遠くへ行きたい……それも私のことを知らない、最果ての『網走』辺りに……いやいや、この際北方領土でもシベリアでも!)

 ありったけの願いを込めて祈ったがやめた。大体そんなこと叶う筈もない。

 グッと腕に力を入れて、覚悟したように思いっきり! ……ではなくて、そっとクラスの後ろの扉を開けた。静かに開けたつもりなのに、建てつけが悪いのか、「カラカラ、ガコっ」と大きい音を立てて開く引き戸。

 その音に気付いて一斉にこちらを見る、2年1組の生徒達と一之瀬先生。


「……お、遅れて申し訳ありまセン……」


 扉の前で小さい声で謝罪する私を見て、一之瀬は眉をひそめた。


「本鈴はとっくに鳴ってるぞ」

「ハ、ハイ、スミマセン……」

「名前は?」

「あ、荒井です」


“NO,NO! English!”


「あっ! ……マ、“My name is Michiko Arai”」


 扉を閉めるや否や、その場で慌てて姿勢を正して答えた。この時点で教室内に忍び笑いが響き渡ったが、一之瀬の御仕置タイムが既に始まっているので、ここは無視して大人しく従った。一之瀬先生は本鈴が鳴った時点で席に座ってないと、英語での受け答えを要求し、しかも発音が良くないとしつこく繰り返しの刑に処するのだ。恥ずかしいなどと言って黙っていたり、適当に流していると、授業中立ちっぱなしの刑が追加される。


「オーケー、ミス・アライ! こういう遅れた時、英語でなんて言うかわかるか?」

「……あ……、“I’m sorry I’m late.”」

「グッ! その通りだ。次回から気をつけろよ? ま、“Better late than never.”だ。ミス・アライ、この意味わかるか?」

「……サ、サボるよりは遅れた方がまだマシ……」

「エクセレント! おぉ、よくわかったな、ミス・アライ。グッジョブ! “Take your seat(席に着け)!”」


 どうやら一之瀬の期待に応えたようで、胸を撫で下ろした。

(……ハハ、やっぱ安西先生のところで習ってて正解だよ。先生、ありがとう!)

 心の中でお礼を言いながら、そそくさと席の一番後ろを通る、のだが……。たちまち生徒達の声でザワザワとする教室。その中から、


「ほら、やっぱり……」

「英語習って」

「幼馴染だって」

「あずま」


 という囁き声が耳に飛び込み、好奇心と殺気の混じった視線が突き刺さっていると気付いた時は、非常にマズいポカをやったと悟った後だった。

(シマった……「わかりません」と言っておくんだった~!)

 後の祭りである。

 どうやら今の受け答えは、最近自分に降りかかっている事態を煽り更にややこしくさせたらしい。私は「ここはどこ? わたしはだれ?」と全ての記憶を無くしたかのように、教室に充満する異様な空気に気付かないフリをしながら、窓側から2列目の一番前である自分の席に向かって通路を歩いた。


 ポンポン!


 叩かれたのは、左腕。

 なるべくそちらを見たくないのだが、無視するわけにはいかぬ。チラリと見れば、腕を叩いた主、ベリーショートで好奇心旺盛な目をクリクリさせた女の子が「すごい!」と口真似だけした。なんとか引き攣り笑いをしながら視線を上げると、彼女の隣にいる、ある男と目があった。瞬時に熱くなる私の頬。

 男はだらしなく学ランのボタンをとめず全開にしており、カラーをつけていない。しかもガクランの下はカッターシャツではなくて、校則違反である派手な真っ赤なTシャツだった。中1までは、いや、進級して始業式までは、好奇心旺盛なヤンチャな目をした悪戯小僧そのものだったが、ここ最近子供っぽさが微塵も感じられない程、冷ややかな目つきをしていた。

 彼は鋭い眼光で睨んだ後、その五分刈りより少し伸びたオサルさんみたいな頭をフイっと窓の方に視線を移した。……まるで、おめぇの顔なんぞ見たくねぇ、というように。


「…………」


 私は我に返り、負けじとスッと黒板の方を向きながら、一番前の自分の席に向かった。

 静かに席に付き、机の中から英語の教科書やらノート、筆箱を出して鉛筆を握る。その握る手は僅かに震えているが、気にしないことにした。そもそもベリーショートの彼女の隣にいる男とは、始業式の翌日から一度も口をきいてない。それは、なるべく平和に生きる為には、重要不可欠なことだ。それよりも、同じ教室の遠くの方に座っている『猫なで声』の彼女からの厳しい視線が緩くなったことに逆に感謝しなければならない。もともとこれが正しい関係だし。

(……だからって、あからさまに無視、か)

 もう中学1年の時のように、振り向けばすぐ後ろに居るわけではない。冷たく感じる視線も、とりあえず今は3席分の距離が開いたおかげで、居心地悪くならずに済んだ。

 気を取り直し、ノートに下敷きを挟もうと手に取ると、その下敷きには私を慰めるように微笑んでいる海外アクターの雑誌の切り抜きが挟まれていた。彼らの金髪は、2人の男性を嫌でも思い起こさせた。


 1人は現在山野中の女子の心を独り占めし、安西家に居候している3年の東雄臣あずまゆうじん

 彼の少し長いブラウンの髪は、日差しを当てると金髪のように見える。その100%ナチュラルな色は校則違反はおろか、生徒も先生をも虜にした。もちろん、顔も体格もしぐさも頭脳も、だ。特に英語。彼のネイティブ並みの発音と会話力はこの頃の中学生には脅威と言っていい。そんな存在そのもが神の恩恵を受けている雄臣だが、私にとっては絶対的に迷惑な存在になりつつあった。

 もう1人は、ある意味雄臣とは対極の立場にいるだろう。

 私の腕を叩いたベリーショートの彼女の隣に座っている、冷たい目をした男の親友だ。不良にもかかわらず、ここ数年賑わせている「リーゼント&剃り込み(ビーバップ)」や「PUNCH☆(アイパー)」でもない、忘れ去られた兄と同じく短髪。しかし髪を不自然なくらい真っキンキンに染めているので、まっとうな道を大幅に逸れているのだが。もしや兄弟揃って同じ床屋なのだろうか。これで身内がもう一人青く染めていたら信号機だなとどうでもいいことを思ってしまい、慌ててバカな考えを振り払った。ともかくそんな彼は、2年になっても山野中の「裏番」として学校一の問題児の名を独り占めしている。


 教科書を読む一之瀬の良すぎる発音を聞き流しながら、頭の中は別な映像が再生されていた。それはほんの十数分前の体育館裏の出来事。

 この授業に完全に遅れる原因になった、「桂龍太郎」との短いやり取りだった。


*******


『さっきから、ピーチクパーチクよぉ……るっせえんだよっ、このブス共! ギャァギャァ騒いでんじゃねぇ! 寝れねぇだろーが!』


 山野中裏番の怒声が体育館裏を突き抜けた。


 蜘蛛の子が散る様に逃げて行った、3年のオネェ様方。予想外の演出に私は唖然とし、マヌケ面のまま首を逸らし頭上をポカーンと見上げていた。窓枠に手を掛け見下ろしている、悪役商会のような迫力あるその顔と金髪の頭を。

 逃げ遅れたと思った時には、既に3年の先輩達の姿はない。残るブスはこの場に一人。


……ということは?


(え? え? ももももしかしてこの落とし前、私がしなきゃならんのっ?!)

 3年オネェ様の集団リンチなど足元に及ばないような絶対絶命のピンチに、頭が真っ白になった。裏番の快適な睡眠を邪魔したのは大変申し訳ないとは思うが、決して私が望んでやったことではない。

 私はハハと無理矢理笑い、顔を仰いだまま体育館の壁伝いに校舎の方へ移動した。


 ヒュッ!


『●□$▼×@%&っ?!』


 気が付けば、大きくて黒い物体が頭上を舞い、目の前に着地していた。青い空をバックにしながら、彼のヤンキー使用の極太ズボン(またの名をボンタン)がムササビのように膨らんだ光景は、最近見た怖い映像の中でもベスト3に入るだろう。

(にににに、2階から飛び降りたぁぁぁぁっ!)

 窓枠から顔を出していた筈が、いつのまにか裏番は強面の恐ろしいその顔を、ドドンと目の前に近付けていた。しかもほぼ眉毛ナッスィングの睨みを利かせた鋭い眼差しをギラギラさせながら。

(オオオオ、オーマイガッ!)

 あり得ない出来事続きに驚愕して声も出ず、ショックの為か力が抜けてその場に座りこんでしまった。

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