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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
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その男、チビ猿こと「尾島」!~前編~

「おはよう! ミっちゃん」


 昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声を掛けられた。


「お、おはよう!」


 元気よく返した(つもり)相手は友達第一号の和子ちゃんだ。


「ミっちゃん、近いからいいよなぁ~、何時まで寝ているの? うらやまし」


 明るい笑顔をたたえながら和子ちゃんの横から声を掛けてきたのは、同じクラスの中山幸子なかやまさちこだった。

 彼女は入学式の日に和子ちゃんに紹介してもらった。和子ちゃんと同じ下山野小学校出身で家も近所らしい、毎朝一緒に登校してきている。

 下山野と大野小出身の生徒は人数が少ないからか、それぞれ結束力が……いや、新密度が高い。山野小の連中には同じクラスになったことがない人なんて結構いるが、他の小学校は人数が少ないため、6年間のうちに一度は顔を合わせたことがあるのである。

 その為、クラスの中でも同じ小学校出身同士のグループが何組か出来上がっていた。特に女子にその傾向が強い。

 最初に声を掛けてくれた和子ちゃんがいる下山野小の子が集まるグループにそのまま入れてもらった私は、珍しい部類に入る。

 和子ちゃんの友達は、山野小出身の私を快く迎えてくれた。

 他の小学校出身の子が珍しいせいもあって、最初は質問攻めだったが。

 それでも、人と付き合うのが苦手な私としては、相手からいろいろと来てもらったほうが話題を提供しなくて済むし、間が持ってよい。

(こんなによくしてくれるなんて……)

 未知なる縁故に心を弾ませ、中学校の生活がスタートしたのであった。


***


「おらおら、オマエら邪魔なんだよ。ヌリカベみたいにデカいんだから、ちょっとは気をきかせろよな」


 出た。

 朝の賑やかな昇降口に響いた、まだ声変わりしていない高い声。

 上履きに履き替えた私たち3人に向かって「カッチーン」とくる辛辣な言葉を吐きだす悪魔は一人しかいない。

 以前の私なら「あ、ハイ、スミマセン、退かせていただきます」とショックとムカつきを隠しながらも引き攣り笑いを浮かべて素直に道を譲るところだが、今の私は違う。朝からイラっとする言葉を投げつられて黙っているほどお人好しではない。しかも味方は2人。人数ではこっちが上だ。


 振りかえるとそこには、背の低い五分刈りの生意気顔があった。くっきり二重の垂れ下がった目尻には小さい黒子。

 その男子の真新しい学ランは「着ている」というよりも「着られている」と言うほうが近い。


「うるさいよ、尾島! チビ猿は黙って猿山にでも帰ってな!」

「そーよ! 『邪魔』なんて言葉、百万年早いのよ! ていうか、声の主が小さすぎて見えないんですけどぉ?!」


 え~ここで出走馬の紹介をいたします。

 早々とスタートを切った先行馬は、全開の瞬発力が鮮やかな仕上がり万全の下山野小出身、ブラックダイヤモンドウイ。

 外から追走するのは、無駄のないシャープな走法……いや、ツッコミで好調をキープする同じく下山野出身、フローラルレッドサチコ。

 そーよ、そーよ! ……とは言えず頷きと目線で抗議を訴えるのは、スタートで大幅に崩れ流れに乗れなく詰めの甘い超逃げ腰NO.1、アライマイチクイーン。

 決して「ヌリカベ」を肯定するわけではありませんが、3頭……いや3人はクラスの女子の背の順で最後尾を飾るメンバーであります。

 ちなみに背の高い3人は仲良く揃ってバレー部でもあるんですねぇ。以上、パドック前から荒井美千子がお送りしました!

……などという実況中継してる場合ではない。炎ではなく下駄箱をバックに睨み合う、3頭vs1匹。


「あ~う、る、せ! いやだねぇ、凶暴な女は。大体ドテチンとヒラメとチュウのくせに生意気なんだよな。ホント、君達ジャマジャマ」


 大袈裟に溜息をつき心底嫌そうな顔。ふんぞり返ってシッシッと手を振りながら大きいスポーツバックを持ち直し、私たちの間を無理矢理通って行く。すれ違いざま、ワザとバックをぶつけるという小技も忘れないところがまた憎たらしい。


「ちょっと、危ないじゃないの! 痛いのよ!」


 真っ赤な顔をして怒鳴ったのは和子ちゃんだ。幸子女史も「あんた、サイテっ!」とチビ猿のスポーツバックをバシンと叩いてる。

 私も本当は言いたい、「ふざけんな、テメェ!」という台詞を。負けるな、アライマイチクィーン! ここは後方から追い上げてビシッとさせ! 一発逆転、大穴狙えぇっ!


「あ、あの、そのあだ名、や、やめてほしいんだけど……」


 出タ言葉ハ、震エタドモリ声デシタ、マル

 言いたいことの半分も言えず情けないオーラを滲みだしながら落ち込んでいると、チビ猿はこちらをチラっと見た後ヒャヒャと馬鹿にした笑いを漏らした。


「ナンダ、バカヤロウ。ヤメルカ、バカヤロウ」


 チビ猿は聞きたくもないモノマネをしながらさらに笑い声を上げて、上履きのかかとを踏みながら足早に教室へ行った。

 ギリギリギリ……ボボボボボ!

 前者は心の中で響く歯ぎしりの音であって決して虫の鳴き声ではない、無論悔しいからである。後者は恥ずかしさのあまり顔から火が噴く音。


「……ったく、アイツ本当生意気! もう行こう!」


 和子ちゃんの号令で私たち3人は、チビ猿の悪口をかますことで消化不良を解消しながら教室に向かった。

 しかし、しかしである。

 教室に戻っても、今のような小競り合いが繰り返されることは分かっていた。少なくともこの1年間、最低でも席替えがあるまでは。

 チビ猿こと「尾島」、彼もまた同じく「あ行」に生まれた男である。

 ヤツの席は後ろ、つまり和子ちゃんの隣の席なのであった。


***


 教室に入るとひと際高い笑い声が聞こえた。

 声の方に目をやるとチビ猿が友達と窓際で談笑している。そうかと思えばカーテンを身体を巻きつけぶら下がっている。行動が忙せわしなく、まるで本当の猿のようである。

 そう、入学式の日に教室で初めて見たカーテン巻きつけ、私をジッと睨んでいたヤツは尾島だったのだ。

 小学校生の気分が抜けない単なるアホだと思っていたら、どうでもいいところで頭の回転が速いアホ。しかも恐ろしいほど弁が立つ。

 背も顔も可愛らしいが、油断ならぬ悪魔のような中学生。

 彼はこの先3年間、良くも悪くも私を翻弄する存在になろうとは……その時は知る由もない。


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