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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
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RUN・乱・ラン♪③

 用をたしてナプキンを変え、トイレの洗面所で手を洗うと幾分か気分が和らいだ。これで少しは持ちこたえられるかもと自分を励ましながら腰を摩る。


「それにしても二日目なんて、最悪だね。美千子も生理痛重いの?」


 私は首を振った。いつもならこんなに生理痛も酷くないし、不快感が少しあるだけだ。生理不順で周期が長い筈なのに、年に数回キッカリ28日周期で来る時がある。その時だけ生理痛が重く出血も多いのだ。普段生理痛が軽い分この当たり日の痛さが尋常ではない。それを貴子に言うと、「そっかぁ」と頷いた。


「貴子はどう? やっぱり重いの?」

「うん、私は28日ピッタリに来るよ。しかも二日目なんて最悪、薬ないともうダメ。腰痛くてオバァさんみたいになるもん。量も多いしナプキンじゃ不安だから……」


 貴子はヒソヒソ声で『多い日はタンポン使わないと安心できなくて』とこっそり打ち明けてくれた。ギョッとした顔で貴子を見ると、ん? とした表情している。『わ、私、使ったことないの』と囁くと、あぁと納得したように笑った。


「中学生じゃ使っている人、少ないよね。うちは姉貴が使ってるから、自然とね」


 私はハハハ……と力なく笑い、ポケットからハンカチを出して手を拭った。

 さすがは貴子。こんなところまでススんでいるとは……どうりで大人っぽい訳である。私なら考えられない。だってアレをアソコへ……と変な想像しただけで赤くなるどころか、さらに気持ち悪くなってしまった。

(ダメだ、別の事考えよう。今はマラソンに集中だよ。あと数時間持ちこたえないと)

 頭の中で大好きな「元●が出るテレビ!!」を思い浮かべ、ビートたけしと高田純次の何とも言えない、ド・ストライクなコメントを無理矢理記憶から引っ張り出した。なんとか気持ち悪さから気を逸らすように精一杯気分を盛り上げる。


「ねぇ、ねぇ、美千子は来週どうするの? チョコ、上げないの?」


 精一杯盛り上げたおかげか。薄ら笑いまで出てきたところで、貴子が肩を押しながら聞いてきた。


「え?」


 貴子の方へ向くと、彼女は意味深な顔をして体育館の入口の方を目配せした。

 そこにはかなり大きい人だかり……というより、大きな2つのかたまりが合わさっているという感じの、賑やかな集団がいた。

 集団はうるさい2年も3年もマラソンで出払っているので、堂々とベンチに座って寒さから非難しているらしい。……体育館などの施設の中にはトイレ以外入ってはいけないというのに。

 片方の塊には派手な赤と黒のジャージを着ているバスケ部の集団だった。もちろんその中には田宮君もいた。そして小関明日香や成田耀子も。

 もう一方は白とブルーのジャージ。その中心人物は言わずと知れた尾島で、佐藤君も一緒だった。他の部活のジャージもチラホラ混じっているが、その一つにグレーとピンクのシャリジャージが数名いる。こちらは原口美恵とその取り巻き連中だ。

(うわぁ、最悪。……和子ちゃん達、来なくて大正解だな)

 マーキング中の猛獣が揃っているせいなのか、それとも生理中だからか。急激に気分が下降し、腰が痛くなった。せっかくの高田純次大先生のコメントも効果が薄れていく。

 隣の貴子も、嫌な連中がいるなという複雑極まりない顔をしている。私は首を振りながら苦笑いで返した。


「そ、それ、さっき幸子女史からも言われたよ。でも、やめとく」

「告白しなくてもさ、チョコだけあげたら?」

「ん……だけど、ほら……」


 田宮君の周りにいるバスケ部女子の人だかりに視線をやると、「あぁ……彼女・・らね」と今度は貴子が苦笑した。


「……なんか最近人気が高いから……そ、それに見てるだけで十分だし。どちらかというと、目の保養っていうか……」

「なるほど。確かに田宮君って笑うと可愛いよねぇ。目尻の皺がイイ感じだし? 背も高くなってきてるしね?」


 そうそうと興奮気味で相槌を打つと、貴子は「やだぁ、美千子ってば」と笑った。私達は顔を見合わせてあらためてフフフと笑う。

(まだ私には告白なんてなぁ……。その前にもっと痩せないと。それに私にはリバー様がいるし!)

 将来伴侶になるであろうリバー様似の、金髪碧眼である未来の夫を思い浮かべ妄想を繰り広げると、再び気分が高揚して来た。なかなかいい調子である。


「そ、それよりもさ。昨日、和子ちゃんと話してたんだけど……」


 私は昨日貴子が拉致られた後、3人で話し合った話題を彼女に告げた。

 昨年暮れにお世話になった『まるやき』の店長こと「蝶子さん」に、お礼としてチョコを上げてはどうかと話が出たのだ。決して、「蝶子さんって男だよね?」という意味ではない。あくまでも休憩時間を開けてくれた感謝のしるし、としてだ。貴子は顔をパァっと綻ばせて嬉しそうに頷いた。


「蝶子さん、きっと感激して泣いちゃうわ!」

「そ、そう? ……でさ、来週の祝日に集まってチョコ作らないかって言ってるんだけど。ちょうど試験休みに入るから、14日の土曜日の午後にでも渡しに行こうかって」

「……え? 土曜日?」


 貴子は急に気まずそうに声を弱め俯いた。頬が薄ら赤くなった様子にさすがの私もピンときた。バレンタイン、試験一週間前で全部活動停止、しかも土曜で午後はフリー。


「……あ、も、もしかして、日下部先輩?」

「へっ?! あ……あの」


 下からのぞいて言うと、貴子は恥ずかしそうにしながらも観念したのか頷いた。「実は……」とモジモジしながらキョロキョロ辺りを見回し、お預けになった貴子と日下部先輩のその後を教えてくれた。私は一足早くお宝情報をGETのようだ。


『土曜の午後……一緒に図書館で、勉強しないかって』

『えっ! さ、早速デートっ?!』

『……そう、なるの、か……なぁ』

『そそそそうですがな!』


 興奮した面持ちだが、逆に声を顰める2人。

 さすが日下部先輩、勉強と言う大きな盾を掲げて、しかもバレンタインの日に初デートを誘うとは……なかなかの策士である。私たちはヒソヒソと話しながら、ざわついている集団の横を通り過ぎ、外に出ようとしたところをある声が呼びとめた。


「ちょっと、ちょっと、貴子ちゃん!」


 呼びとめたのは、あの「小リス」こと小関明日香だった。

 興奮したような大きな声が響き渡り、それぞれ固まって談笑していた集団も話を止めて、小関明日香の方へ注目した。

 シーンとした空気が体育館入口に広がった。

 小リスは満面な笑みに小悪魔的なスパイスを口元に湛えながら、ズンズンとこちらに寄ってくる。私はその笑みを見ただけで、背中が寒くなり気分が悪くなってしまった。無性に嫌な予感が……こういうときの予感は何故か当たるのだ。


「ちょっと、聞いたよ、貴子ちゃん! あの日下部先輩から超熱烈な告白されたんだってぇ? バレンタインデートの時チョコあげるの?!」


 彼女の大きな声は体育館入口付近に響き渡った。


 その場にいた生徒達全員、息を飲んだと思ったら、すぐにざわめきだした。「え?」「うそ?」「日下部先輩と笹谷さんが?」などの声が僅かに聞こえてくる。

(ななななんで小関明日香が知ってんのぉ?!)

 こんな昨日の放課後出来立てホヤホヤのショッキングネタ、ニュース速報でもなけりゃ知り得る情報ではない。小リスはお宝情報どこから仕入れてきたのだろうと頭を捻りつつも、固まったまま黙っていることしかできなかった。


「ね? ね? どうなのよ!」


 当の小関明日香は屈託のない顔をして貴子に詰め寄った。


(……もしかしなくても、最悪な展開なんじゃないの、コレ)


 だって、本人のなんの了解もなく、あんな大きな声で皆の前で披露していい内容では決して、ない。普通の神経ならばありえない。ハッキリもしない噂話なんて、本人目の前にして大声で言っていいことではないし、もし確かめたかったらこっそり聞くのが礼儀ってもんだ。ましてや後方の集団の中には……。

 集団の中には、かつて貴子と親しかった人も沢山いるのだ。

 彼女の友人であった原口美恵、そして「ロクでもないんジャー」のメンバー。もちろん、あの桂龍太郎までご丁寧に揃っている。

 原口美恵は口に手を当て、ショックを隠せない様子だ。尾島、諏訪君、後藤君にいたっては、目を見開いたままだった。

 では、桂龍太郎は?


「…………」


 一言で言うなら、「ヤバイ」である。

 冷やかな目で笹谷さんを見ている……というより、睨んでいた。

(おいおい……不良なら、マラソン大会くらいバッくれろよ! こんな時に限って何故ご丁寧に参加している?!)

 無論心の中だから言えることであって、実際はその姿を見るだけで怖い。

 しかし、彼らのことはこの際置いておく。問題は目の前にいる、無垢な顔をしながら、背中に黒い翼と細くて先が鋭利な尻尾をブンブン振り回している、薄ら寒いこの小リスだ。

(でも私じゃ何の役にも立てない……)

 ここに和子ちゃんがいないことが悔やまれた。小悪魔に対抗できるパーティーとしては私では役不足だ、しかもコンディションが非常によろしくない。激しくなる腹痛腰痛を抱えながら必死にここからの撤収方法を考えていたら、箕輪の事を思い出した。そうだ、もうそろそろ1年女子のマラソンが始まる。ここでくつろいでいる皆さんには、あのアナウンスは聞こえなかっただろう。「もうそろそろ集合時間だって箕輪が言ってたよ」と口を開こうとする前に、ある声に遮られた。


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