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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
31/147

RUN・乱・ラン♪②

「ちょっとぉ、寒いから私も入れなさいよぉ」


 背後から声を掛けたのは、貴子だった。

 長くなった茶色いサラサラのワンレンを2つに括って、唇にはリップが塗ってあるらしく濡れているように光っている。もちろん貴子も女バレ専用のシャリジャージ上下を着こんでいた。


「あら? 美千子、どうしたの?」

「ほら、アレだよアレ」

「今日二日目だって」

「……あちゃー、薬飲んだ? 私持ってるよ?」


 貴子は眉根を寄せながら私の前に座った。私は「大丈夫、一応飲んできた」と再び顔を上げ、溜息を吐いた。

 ともかく早くこんなマラソン大会などを終わらせて、家で横になりたかった。こんな凍えた芝生の上では横にはなれない、凍死してしまう。

 拡声器を通して「2年男子、スタート地点に集合しろ!」という箕輪の声が辺りに響き渡った。またその声が辛い身体によく染み渡るからやり切れない。


「あ、そうだ! ね、ね、貴子、昨日どうだった? やっぱ日下部先輩くさかべせんぱいに告白されたの?!」


 斜め下に見えるグラウンドのマラソンスタート地点に集まっている男子生徒を見ながら、幸子女史が声を弾ませて貴子の肩を叩いた。


「えぇ?! ……昨日って、その……」


 貴子はほんのり頬を染めながら声を段々と弱めていく。そんな可愛らしい彼女の身体に、「このぉ、羨ましい奴め!」「し、幸せ者~」「詳しく聞かせなさいよ!」と私達はふざけて一斉に抱きついた。笹谷さんも「きゃぁ~助けてぇ~」と調子を合わせて暴れだす。


「あ! ね、見て! あそこ、日下部くさかべ先輩いるよ! ほら、貴子、手を振ってあげなよ!」


 幸子女史がスタートラインの前方にいた上半身だけ白とブルーのジャージを着たサッカー部の集団の方を指さして叫んだ。「ほら!」「え、いいよ」と幸子女史と貴子が押し問答していると、サッカー部の集団の方がこちらに気付いたらしく、何人かが日下部先輩を叩いたり肘鉄を食らわせながら、逆に私たちの方を指さした。


「やった、気付いた! せんぱ~い、頑張って下さ~い! ……ってほら、貴子も!」


 幸子女史は立ち上がって2年のサッカー部男子に向かって声援を送ると、貴子を無理矢理立たせ前面に押し出した。貴子は「え、ちょ、ちょっと」とグラウンドに背を向けそうになるのを、3人でガシリと身体と腕、足を押さえつけて、代わりに貴子の腕を振った。日下部先輩は照れ臭そうに片手を上げるだけだったが、顔は嬉しそうだった。おまけに周囲のサッカー部員から、さらに激励の一撃を受ける日下部先輩。

 そのうち箕輪の「位置について、ヨーイ!」の声が響き渡り、「バン!」というピストルと共に2年の男子が一斉にスタートを切った。男子は競技場のグラウンドを一周した後、外に出て公園をグルリと囲む5キロのマラソンコースを1周半するのだ。


「始まったね」


 貴子がホッとしたようにポツリと呟くと、私達も溜息を吐いた。


「……日下部先輩って、素敵よねぇ」

「文句無しの満点よね、なんせ落ち着いているし?」

「きょ、今日はメガネじゃないんだね」

「うん、サッカーの試合と走る時はコンタクトなんだって」

「「「ちょっとぉ、いつのまにそんな情報をっ」」」


 幸子女史、和子ちゃん、私の順で感想を漏らすと、貴子がポロっと答えた。キャァキャァ騒ぐ4人は、恋に一喜一憂する乙女な中学生そのもの。そんなピンクの雰囲気のおかげで私の身体も少し熱くなり、痛みは多少和らいだ……気がした。貴子の顔を見たら、頬を染めているし、まんざらでもなさそうな顔をしている。

(……良かった。貴子、もう桂君のことは過去になったみたいだね)


 かつては手首に絆創膏を貼るほど桂君のことを思いつめていた貴子。


 3学期になると晴美先輩と桂君の噂は揺るぎないものに変わり、最近では卒業する晴美先輩との短い学校生活を満喫するためなのか、かなりの頻度で一緒にいる現場を目撃することが多くなった。

 しかし、私から言わせてもらえば、桂君は晴美先輩に言いように操られているだけのような気がしてならなかった。どうみても晴美先輩は、彼女の立場やポジションにハクを付けるためだけに、桂君を利用してるとしか思えないのだ。その見返りにお楽しみな時間がもらえれば、それはそれで年頃の桂君にとっては十分魅力ある取引になるのかもしれないが。

(まったくもって不潔だけどね。でももう貴子には関係ないよね? 日下部先輩の方がう~んと素敵だし!)

 競技場を出ていく2年男子の後ろ姿を、なんとなく目で追った。


 先頭を陣取っているのはサッカー部のジャージである白とブルーの集団。その中心にいる日下部先輩。


 現在2年生である彼は、成績優秀だけではなく、サッカー部の副部長と生徒会の役員を務めており、「優等生」を模範にしたようなお方である。

 3年の元部長の菊池先輩のようにすこぶる爽やかで明るいってわけでもないし、特別顔がイケメンってわけでもないのだが、黒目が大きく優しい目元をしており、キラッと光る(ように見える)八重歯が魅力的の男子だった。普段は銀縁のメガネをしてるが、スポーツの時になるとメガネを取ってしまう。これがまた女生徒には堪らないらしく、後で言うところの「萌え」をつくと言ってもいいだろう。メガネ特有の大人っぽい真面目なお固い雰囲気から、メガネを取った途端、スポーツを得意とするヤンチャな少年っぽい可愛い雰囲気に180度変身してしまうのだ。それに加え、女の子が近付くと困ったような弱ったような照れ臭そうにする姿に、女子生徒の十人中十人が母性本能をくすぐられ完全にヤラレてしまうとの噂だった。また、山野中一のイイ女・晴美先輩が言い寄ってもビクともしなかった、というのが彼の女子人気にさらに拍車を掛けた。


 そんな影で絶大な人気を誇る日下部先輩が見染めた女生徒が、目の前にいる笹谷貴子である。


 彼は頭も人柄も雰囲気も良いだけではなく、女の目の付けどころも相当肥えた眼力をお持ちのようだ。キッカケは去年の秋の運動会。体育祭委員であった貴子は、生徒会役員と一緒に仕事をする機会があり、そのときに日下部先輩とお知り合いになったとのことだった。

 山野中の『伝説』通り、サッカー部である彼は、バレー部員の中でも抜きんでて綺麗系で大人っぽいクールな雰囲気の貴子が、スピーディー且つ出しゃばらない仕事ぶりと痒い所に手が届く心気遣いに、完全ノックダウンされたらしい。

 体育祭が終了した辺りから、バレー部の方をサッカー部の集団がチラチラ見ては日下部先輩をからかっていたが、それはどうやら貴子が目当てだったみたいだ。3学期に入ったとたん、日下部先輩が貴子に猛烈アタック! ……とまではいかないが、サッカー部から転がって来たボールを貴子が拾うと、日下部先輩自ら取りに行くという光景が目に付き、廊下や部活の帰りに顔を合わせると積極的に挨拶するまで行動に出てきた。そしてとうとう昨日、部活の帰りに、貴子だけサッカー部の2年生数名に拉致されてしまったのだ。


「んで、やっぱ、昨日、告白されたの?」


 幸子女史の言葉にグッと息を飲む2人。一方貴子は顔を真っ赤にした。それだけで答えを出したと言ってもよい。


「「「告白されたのね?」」」


 3人が大きい声で一斉に叫ぶと、貴子は既に茹でダコ状態で湯気が見えそうな頭を、コクリと縦に動かした。その姿はギュゥっと抱きしめたいほど可愛くて、女の私でさえも「ハートにズキュン☆」ものだった。さすがに身体が本調子でない私も和子ちゃん達と共に「キャー!」とさらに騒いだ。静かにしてと人差し指を唇に当て慌てる貴子。


「え、え、じゃぁ、カレシ決定なの?」

「……あ、いや、そういうんじゃ……」

「どういうこと? 告白されたんでしょ?!」

「そう、なんだけど……」


 貴子は幸子女史と和子ちゃんの迫る意見に困ったように微笑んだ。

 静かに話し始めた貴子によれば、サッカー部2年数名に拉致られはしたが、それは日下部先輩が頼んだ訳ではなく、周囲が煮え切らない日下部先輩を見かねて、貴子と2人っきりにしたかっただけらしい。

 日下部先輩は貴子に「なんか……情けないんだけど、アイツらのおかげで一緒に話せて嬉しい」と言ったそうだ。とりとめのない話を少しした後、とうとう日下部先輩は「君が好きだ」と告白した。お互い真っ赤になりながら黙っていると、「あ、でも、そんなすぐ付き合ってくれっというわけじゃなくて、最初は、友達から。色々話をするだけでも……」と欲求不満な飢えている野獣を匂わすことなく、なんとも健全で清い男女交際希望を前面に押してくれたのだ。

 盛り上がりを見せる展開に、「ギャー!」とパワーアップした興奮で騒ぐ乙女なヌリカベトリオ。


「で、で、貴子はどうなのさっ?!」

「なんて答えたの?」

「え……それは」


 鼻息の荒い2人の質問に貴子が答えようとしたところで、拡声器から出るあの「キィィィィーン」という不快な音が響き渡った。

 いいところに水を刺すのは、お呼びでない体育教師・箕輪。


「1年女子、もうそろそろ準備しろぉ! 今のうちトイレ済ませろよ!」


 超デリカシーのない言葉を周囲に振りまいている箕輪の声で、一気にピンクな雰囲気が空と同じグレーに塗り替えられてしまった。少しはマシになったお腹の痛みが再びぶり返してくる。どうやら痛みが和らいだと思ったのは気のせいだったらしい。


「あ~もう! 思いっ切りいいところなのにぃ」


 ボヤく幸子女史に貴子は苦笑いをしながら「まぁまぁ」と言った。後で詳しく報告するように! と3人から迫られた貴子は、観念したように笑って頷いた。ひとまず貴子の恋の行方話は休戦に持ち込み、私達はマラソンの準備をし出した。


「……それにしても、美千子大丈夫? トイレ行っておいたら?」


 貴子がシャリジャージの下を脱ぐと顔を覗き込んだ。私も同じくフラフラになりながら下を脱ぎ頷く。部活用のジャージ着用可だが、上下着てしまうと学年がわからなくなるので、上着のみ残す。一枚脱いだだけなのに、本格的に寒い……。


「ちょ、ちょっと、トイレ行ってくる」

「あ、私も行くよ」


 ハァと一息溜息を落としてトイレの方へ歩きだしたら、貴子も隣に並んでくれた。和子ちゃん達は私達2人分のジャージを持って、向こうで待ってるからと下の方へ降りて行った。1年の女子らしき生徒もボチボチ競技場のトラックに降り始めている。私と笹谷さんは「急ごう」とトイレがある体育館の方へ歩きだした。

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