表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
30/147

RUN・乱・ラン♪①

「ちょ、ちょっと!」

「が、我慢できない……」

「つーか、無理! ありえない!」


 ただごとではない台詞が、周囲にいる中学生の口から漏れていた。……ていうか、こういう言葉しか出てこない、と言うほうが正しいだろう。

 私達が今いる場所は、歯がガチガチと上手くかみ合わないほど極寒で、しかも唯一の希望である日差しはおろか、空はまるでグレーの絵の具を溶いた水を間違って画用紙にぶちまけたのような曇り空の下にいるのだから。

 季節は冬真っ只中である2月。屋外の気温は5度以下。半端なく寒い。


「こらぁ、シャキッとしろ、シャキッと! もうそろそろ2年男子スタートするぞ!」


 競技場がある大きい公園の一角で拡声器でアナウンスして回っているのは、3年の男子保体担当教師の箕輪だった。思いっきり北風が吹いているにも関わらず、いつものように乳首が浮くほどピッタリとしたTシャツの上に薄手のジャージ前全開と言う姿で、堂々と闊歩している。現在行われている競技に興奮しているのか、顔が赤く、生き生きとした表情。


「あ~あ、帰りたい……」


 思いっきり嫌そうにボソリと呟いたのは、和子ちゃんだった。

 学年色のジャージの上に、女バレ専用のグレーと刺し色でピンクが入っているシャリジャージ(歩くとシャリシャリ言う防水防寒用のウィンドブレーカー)を着ているにも関わらず、身体を縮こませ、ブルブルと震えていた。


「本当、こんな日にわざわざ曇りになんなくてもさぁ。……しかも雪になりそうじゃん」


 同じような格好で寒さと戦いながら空を見上げるのは、幸子女史。しかも学年色のジャージと体操着の下には、渋々借りた母親の毛糸のチョッキと父親のズロースが装着してあるとのことだ。「親に無理矢理押し付けられたせいで、ありえない恰好をしてきた」と朝一番に悔しそうに舌打ちをしていた。言わなければわからないのに、あまりの寒さに思わず口が滑った模様。

 しかし私も似たようなもんだった。ポケットにはカイロも入っているし、それだけではなく祖母手作りの腹巻きに挟んで腰とお腹にカイロを当てている。


「……ちょっと、ミっちゃん、大丈夫?」


 和子ちゃんが心配そうな声に、私は芝生に座って膝の上に乗っけていた顔を起こした。「ミっちゃん、顔色悪いよ」と呟く2人。私は弱弱しい笑顔で「大丈夫」となんとか立ち上がった。ゆっくり立ち上がったつもりが、フラリとよろける。

(……ハァ。結構キツイな……)

 どうして私達はこんなに寒くて凍てつく大地に立っているのか。

 それは、これから5キロのマラソンコースを走らねばならないからだろ、と自分で問うて自分でツッコむ荒井美千子。


 今日は山野中の3学期のメインイベントである、「校内マラソン大会」の日であった。

 山野中では1学期に遠足や郊外活動(修学旅行を含む)、2学期に体育祭と文化祭、そして、3学期には合唱コンクールとマラソン大会、球技大会が行われる。マラソン大会と球技大会は毎年交互に行われており、今年はマラソン大会の年だった。男子が約7キロ、女子が5キロのコースを学年ごとに別れて順番に走る。でも実質走るのは1、2年だけで、3年はウォーキング可だ。これは受験を控えた3年の為の配慮であり、心理上受験前に勝負事でハッキリ勝ち負けをつけぬ為の対策であった。

 私達の年代は運悪く在学中に2回マラソン大会をすることになるのだが、このマラソン大会がかなりの曲者なのだ。


「山野中大マラソン大会」、別名「部活対抗体力合戦」


 別名が付く通り、マラソン大会とは表向きの名前であって、要はどの部活が体力的に優秀な人材が揃っているかという、しょーもない部活同士の戦いなのである。

 大体部活動はそれぞれ趣向も意図も異なるので、比べて競うのは基本的に無理な筈だ。「しかし体力は別!」というのが運動部の顧問や保体の先生たちの持論であり、体力の度合いを比べるには、「走る」が最も手っ取り早いと考えているのだ。もちろん、正確な体力測定云々を抜きにしての話だ。

 このイベントになると、部活の部員同士……というより、顧問同士が火花を散らす。


 正真正銘、マラソン本業の陸上部を担当している3年体育教師の箕輪みのわ

「恐怖のGOGOランニング」で名を馳せている、バトミントン部顧問こと2年英語担当・一之瀬いちのせ

 サッカー部の顧問で、同じく2年担当体育教師の堂本どうもと

 野球部顧問で普段はおとなしい国語古株教師なのに、「こっちが本業じゃないか?」と噂されるほど、部活の野球となると途端に厳しくなる二重人格の住友爺すみともじい


 特にこの4者は並々ならぬ情熱を注いでおり、「隔年2月限定鬼の四天王」と呼ばれるほど、マラソンに掛ける気合の入れようったら尋常ではなかった。

 しかし先生方が気合いを入れたところで、走るのはあくまでも部員達である。よって生徒にしてみれば迷惑以外なにものでもない。それ以上納得できないのは、運動部でもないのに走らなければならない文化部の生徒達だろう。


「ミっちゃん。あまり辛いようなら、先生に言った方がよくない?」

「でもさ、あの『おき』が生理くらいで休ませる?」

「問題はそこだよね」


 私は非常にありがたいことに、生理二日目というなんとも「グッジョブ!」なコンディションであった。

(くそぉ……いつもは生理不順なくせに、マラソンする今日に限って規則正しく28日周期ピッタリにお客が来るってどういうこった?!)

 やはり立っているのが辛くて、項垂れるのと同時に座りこんでしまった。

 そうなのだ。心配してくれる2人言うとおり、プールじゃない限り、あの「沖先生」は生理ごときでマラソンを棄権させるなんてことは絶対にしない。1年女子保体の担当「沖先生」は、箕輪と同じく非常に生徒に厳しかった。まぁ、保体の先生は極度に厳しいか、フランクで面白くて生徒に人気があるかどちらかではないだろうかと私は思っている。そんな沖先生は生理痛ぐらいではビクともしないうえに、「月一回の出血くらいなんだ! 運動して思う存分垂れ流しとけ!」などとピンクの口紅を塗っている口から唾を飛ばすようなお人だ。


「……だ、大丈夫。なんとかいける……かも」


 私は膝の上に頭を乗っけながら、縮こまった。「ミっちゃん、頑張れ!」と2人は私を挟むようにピッタリ寄り添ってくれる。この年頃女子特有のジャレ合いに「フフフ」と笑い声を上げる3人。


「……それよりもさぁ。来週のバレンタインどうするの、ミっちゃん」


 気分がすぐれないものの、心はドキっと反応してしまった。

 そう、来週の土曜はバレンタインなのだ。女の子にとっても男の子にとっても1年でもっとも落ち着かないメインイベント。もちろんチョコをあげたい相手はいる、が……。


「本当に、田宮にあげないの?」


 幸子女史が具体的な名前を言ったので、カァっと顔が赤くなってしまった。コクンと頷くと「なんで~」と不満そうな声を上げる。


「……だ、だって、見てるだけでいいし。チョコなんて恥ずかしいし、告白する勇気なんて、とても……」


 私が声を小さくして言うと、「え~! やってみなけりゃわからないじゃ~ん」と幸子女史が残念そうに口を尖らせた。私は苦笑しながらまた膝の上におでこを乗せた。

 本音を言わせてもらえば、そりゃ私だって……という気持ちは、ある。できればチョコを渡したいし、告白もしたい。けど、相手はあの田宮君。

(普通に無理だよ)

 最近の女子の間で、「爽やかだし乱暴じゃないし背が高いし、イイ感じだよね」というのが、田宮君について聞く噂だった。佐藤君や尾島ほどではないにしろ、笑うと目尻の皺がなんとも可愛らしいということもあって結構人気が高い。おまけにあの成田耀子が狙っているという話まで伝わってきていた。私に言わせてもらえば、「みんな、気付くの遅すぎですからっ!」と全女生徒共に喝を入れたいくらいだ。


「そうだね、いいんじゃない? 無理することないよ。本人が告白しようと思った時でいいんだからさ。周りが騒いだり、おせっかいしたら上手くいかなくなるよ」


 和子ちゃんは優しい声で言いながら腰の辺りをさすってくれた。

 そう、和子ちゃんは「好きなら告白は本人の口から言うべし!」という硬派な考えの持ち主で、よっぽどの事がない限り橋渡しなどを引き受けないし、そういった行為が嫌いだった。「お願い、一緒についてきて?」だとか「ねぇ、代わりにお願い!」などの代理を頼む女は、「ケッ」と鼻毛以下の扱いをする厳しいお方である。その関係で入学当初、尾島目当てで和子ちゃんに近づいた原口美恵と上手くいかなくなったくらいだ。


「え~でもさぁ」


 幸子女史は不満そうだったが、私は苦笑いで誤魔化した。それに田宮君に関しては、今のところ眺めているだけで十分お腹が一杯というのが正直な気持ちだった。もれなく付いてくる成田耀子と争う気力はこれっぽっちもないし、まず勝てる気がしない。……そして、小関明日香。


(なんだかなぁ……)

 彼女は何故かいつも田宮君の傍にいた。もちろん同じクラスで同じ部活だから、当たり前と言われればそれまでなのだが……どうもあのクリスマスパーティー以来、私は彼女が苦手になってしまった。貴子(笹谷さんのことで、お好み焼きの一件以来名前で呼び合う仲に昇格)の言葉を聞いたせいもあるかもしれない。


『問題は自分のお気に入りが他の人と友達以上(・・・・)になりそうなのを嗅ぎつけると容赦ないのよね』


 あのリスのような可愛らしさに潜んでいる毒がいかなるものなのか、私にはまだ理解できないが、あの天然爆弾発言を思えば、近づかない方が無難であることはわかる。どちらにしろ厄介な相手ばかりが、気になる人の周りをウロウロしているのは確かだ。縄張りをマーキングしている手強い獣達の領域に近づくほど私もバカではい。

(成田耀子、小関明日香、それに原口美恵かぁ。………………って、あれ? 何故、原口美恵?)

 最後に出てきた名前は全然関係ないどころか、そもそも彼女は田宮君狙いではない筈。

 訳がわからず辛い頭を捻って考えてはみたがすぐに止めた。第一それどころではない。なんせ腰とお腹が痛い。心なしか頭痛がひどくなってきた。

(薬飲んできたけど、大丈夫かな)

 心配になってお腹を摩ると、後ろからトンと背中を叩かれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ