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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
27/147

タイガー&ドラゴン~リスの暴走編~

少し長いです。

未成年の飲酒や喫煙シーン、ちょっぴり「エッチ・スケッチ・ワンタッチ!」風の表現があります。

 ねぇねぇ、龍太郎。やっぱ晴美先輩もこれくらい胸デカイの?



『まるやき』の店内温度がマイナスまで下がった。

 一瞬にしてシベリアの大地と化した店内。下手すればバナナでクギが打ててしまうほど、モー●ル1もビックリだ。

 吹き荒れる目に見えないブリザードに全員固まり、数ミリも動けなかった。

「ネェさん、ここでは史上最悪の禁句用語ですがなっ!」と、たとえ小関明日香に忠告したところで、時既に遅い。和子ちゃんと幸子女史、チィちゃんは顔を真っ赤にしてるが、その他は真っ青だった。私の「ボイン」など忘れ去られて一安心……どころではない!

(考えろ、考えるんだ、美千子!)

 緊急サイレンが鳴る頭の中で死ぬ気で知恵を振り絞った結果、ふと今日のテーマである「クリスマスパーティー」というキーワードを思い出した。人間絶対絶命ピンチの場面になると、意外な力が発揮されることを身を持って学んだ瞬間である。


「あ~! そうだぁ~すっかり忘れてた! チィちゃん、確かケーキ作って来たんだよね?! せっかくだから皆で食べましょう! 蝶子さん、冷蔵庫の中ですかぁ?! チィちゃんもいいよね、ね?」


 シーンとした店内に空しく響き渡る私の声とパチンと手を合わせる音。遭難した雪山で山小屋を発見した時のような声を出した私は、縋るようにベティちゃんの方を見た。ベティちゃんもこの不穏な空気を察したのか、「アイわかった、ガッテン承知!」というように頷き、「そうそう、チィちゃんがもってきてくれたお菓子出さないとねぇぇぇ」と素早く冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。


「えっ? ケーキ? うそぉ、楽しみィ!」


 爆弾発言の主である小関明日香は天然ちゃんなのか、自分が言った台詞などとうに忘れ「ケーキ、ケーキ」と浮かれている。しかも「よかったね~啓介ケースケ、甘いもの好きじゃん?」といまだ固まっている尾島を呑気にチョンチョンと突いていた。

(……そっか、尾島は甘いものが好きなのか。そういえばよく菓子パン食べてるもんなぁ……って違う!)

 なんでこいつらにケーキをやらんとならんのとブツブツ文句を言い始めた和子ちゃんを「まぁまぁ」と宥めながら、そぉっと笹谷さんを盗み見た。


「…………」


 そこに座るのは、美しい雪女が一人。

 目で人を殺せるというのはこのことかもしれない。それも非常に危険な意味で。

 絶対零度の視線で桂龍太郎を睨んでるのもそうだが、その延長線上にいる小関明日香にも容赦ない氷結光線を送っていた。膝の上でギュウっと拳を握り、怒りを抑えている。

 不本意とは言え、原因の一部に私の「ボイン」が噛んでいるので居た堪れなくなった。笹谷さんは手首に絆創膏を貼るほど思いつめていたのに。彼女の苦しい恋心を逆なでするような事を言う小関明日香と、二股男の桂龍太郎に複雑な視線を投げつけることしか出来ない自分が不甲斐ない。桂龍太郎はもう少し笹谷さんに思いやりのある態度をしてもいいんじゃないか、小関明日香に至ってはもう少し女性として言動に慎みをもってもらいたい、と思ってしまった。

 正直、同じ天然でもまだ「アダモちゃん」のほうが人畜無害だし可愛らしいと思う。

(多分小関さんは、桂龍太郎と笹谷さんのこと知らないんだろうけど……さぁ)


 ベティちゃんは営業二重スマイルでケーキの箱を持ってきた。店内はすっかりクリスマスムードに移り変わり、とりあえず内心安堵のため息をついて笹谷さんの方を見たら、大きく息を吐き、引き締めた顔を上げてこちらを見た。「ゴメン、もう少しでるところだった……」というような弱弱しい笑みに、私は「いいのいいの」と笑った。


「はぁぁい、チィちゃ~ん」


 ベティちゃんがチィちゃんにケーキの箱を渡すと「え、でも、そんな大したもんじゃ……」と小さい声でいいながら顔を赤くした。みんなが注目する中、そっと箱を開けるとそこにはなんとも可愛らしいケーキが鎮座していた。


 綺麗にデコレーションされたブッシュ・ド・ノエル。


 丸太の形をしたクリスマスのケーキで、ロールケーキの上にチョコレートのクリームでデコレーションしてあり、手間暇がかかるものだ。しかもキリ株の上にはフルーツが乗っており、雪に見立てた粉砂糖が振ってあってなんとも豪華な一品である。


「うわぁ~!」


 それこそ有名ケーキ店に劣らない完璧なクリスマスケーキに、一同歓喜の声が上がった。これには男子中学生共も「すげぇな」と感心と称賛の溜息を漏らした。いつの時代も料理上手というのは男性の心を鷲掴みするものだ。「超ウマソ……」とケーキを凝視している尾島に、チィちゃんの顔はケーキの上に乗っているイチゴのように真っ赤になりながら「あの、お口に合うかどうか……」と呟いた。


「すっごい美味しそう~!」


 小関明日香は素直に褒め称え、目を輝かせながら「今日はラッキー!」と無邪気に喜んでいる。ベティちゃんが「それじゃぁぁ、切りましょうかぁぁぁ! どうやって人数分切ろうかしらぁぁぁ?」と試行錯誤しながらケーキに包丁を入れた。女の子たちは甘いものを目の前にしてホクホク顔だ。

 この時点で「晴美先輩」などという言葉は宇宙の彼方に消え去ってしまい、もう二度と戻ってこないだろうと、やっと安心できた。……しかし。


(……どうしよう……アレ)


 私は自分のカバンが置いてある方をチラリと見た。その中には昨日焼いた「シュトレン」が入っているのだが、この状況では非常に出しずらい。チィちゃんのケーキの前に出せば良かったと早くも後悔しはじめた。元々ケーキとパンでは違うものだし比べるものではない、とはわかってはいるけど……どう見たってこのケーキの後に私の「シュトレン」は厳しい。


「「「「「オイシィ~!」」」」」


 チィちゃん以外の女性陣(?)は小さく切り分けられたケーキを頬張り、ご満悦顔だ。男性諸君も一口で食べ終わってしまい、「ウマイな」と食べている。あの桂兄弟でさえでもだ。想像以上に貴重な光景を見れてなんとも摩訶不思議なクリスマスパーティー……なのだが。

(こりゃ、このまま知らんふりする方がいいな。ん、そうしよう)

 せっかく作ったけど、このまま出さずに持って帰ろうと決めた。

 この後で出してもシラけた雰囲気が漂いそうだし、それこそなんか言われたら立ち直れない。ただでさえ「ボイン」などと呼ばれているのに。幸いにもみんなは、私がお菓子を持って行くと言った事を覚えてない様子だ。

(そうそう、知らんぷり!)


「足りねぇな。おっそうだ! おい、ボイン。確かオマエもなんか持ってきたって言ってただろ? すぐに出せや」



 無情にも閻魔大王が、か弱い乙女を地獄へと突き落した。



(神様、あなたは何処にいるのですか? ていうか、存在するのですかっ?!)

 今日はよほどの厄日らしい。閻魔大王の言葉にビクっと反応し、壊れている機械のようにギギギと声の方に向いた。どうでもいい時には人の思考を読むくせに、肝心なところで役に立たぬ男・桂寅之助は、「ん? どうした、はよださんかい」というように図々しく手を差し出している。


「そうだよ、ミっちゃんも作ってくるって言ってたもんね」

「え~うそぉ! 今日はトコトンラッキ~楽しみィ」


 和子ちゃんや小関明日香の声に後戻りできなくなってしまった荒井美千子、ピンチでボインな13歳。

……何故いつもこのような事態になってしまうのか、原因があるのならぜひ教えてほしい。

尾島アイツが絡むと本当ロクなことが起きない、どうしてくれよう……)

 心の中で理不尽な奴当たりをしながら「ハハ……」と疲れた笑みを浮かべ、少し後ろに移動した。カバンの中からアルミホイルに包まれたブツを取り出して、そっと机の上に置く。


「「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」


 一体中身はなんだというような顔が一点に集中した。あのケーキの後では「シュトレン」に関するウンチクを述べたところで敵う筈もないので、黙ってアルミホイルの包みを開けた。そこにはケーキを同じく長細くて粉砂糖がふんだんにかかった白い物体がチョコンとあるだけ。

 全員無言で眺めており、シーンとした空気が辺りを包む。予想通りの反応に落ち込むどころか妙に納得してしまった。


「……これなぁに?」


 沈黙を破ったのは小関明日香で、ジロジロと眺めまわした。私は「パンだよ」と短く答え、ケーキを切った包丁を取り、ちり紙で刃の部分を拭ってパンに刃を当てた。通常のパンより固めでお菓子に近いパンなので、普通のパンより切りやすい。切れ込みが入ると辺りに洋酒の香りが広がった。ささっと適当に切り分けて、お好きに取ってくださいというようにアルミごと前に差し出した。


「え~これがパン? なんか普通のと違う~。何入ってるの? 干しブドウ?」

「……ラム酒付けのドライフルーツとナッツだよ」

「え~じゃぁ、フルーツケーキなの?」

「ちょ、ちょっと違うんだけど……」


 小関明日香の素っ気ない質問に遠慮がちに答えた。明らかにチィちゃんのケーキよりもトーンダウンしているが、それも仕方がないというものだ。私も彼女の立場だったら、同じ事するかもしれない。むしろ無理矢理褒め称えられるほうが余計に落ち込む。

 でも、次の言葉にはさすがに閉口した。


「あ~残念。わたし干しブドウとかドライフルーツ苦手。洋酒もダメなの、ゴメンねぇ。ほら、啓介、アンタ大好きなんでしょ?」


 小関明日香はアルミホイルからパンをヒョイと摘みあげ、尾島の前にグッと差し出した。


『アンタ大好きなんでしょ』


 彼女の言葉にドキっとしてしまい、顔が赤くなっているのを見られたくなくて少し俯いてしまた。訳もなく何故か心の中がホンワリ温かくなった。それがなんなのかわからないけど、一人でも口に合う人がいればそれだけで作って来た甲斐があったというもんだ、とスカートの上でそっと汗ばんだ手を握る。


「へっ?! ……べ、別に、大好きなわけねぇだろっ!」

「え~だってあんたブドウパン大好きって言ってなかったっけ~?」

「………………ブドウ、パン……」

「そうだよ、しかもナッツも入ってるよ? アンタの好みばっかじゃん、食べてあげなよぉ。せっかくミっちゃんが作ってくれたのにさ~」

「……あ、いや、パン、な……。や、でもよぉ、これまわり砂糖だらけじゃねぇの。……虫歯になっちまうつーの!」


 息が、


「…………」


 ヒュッと、止まってしまった。




『大好きなわけねぇだろっ?!』

『食べてあげなよぉ』

『虫歯になっちまうつーの!』




…………今日一日、色々言われてきたけど、これはさすがに堪えた。




 いや、いつも通りの展開だ。尾島からはいつも酷いことを言われている。今に始まったことじゃない。それこそ入学した時から続いていることで、こんなこと日常茶飯事だった。

 普段なら誤魔化し笑いなどをしながら、心の中で愚痴っている。実際にさっきまで出来ていた筈なのに。


 今回だけは、無理だった。


 何故か怒りで頭に血が登るどころか、逆に音が聞こえるほど血の気が引き、身体の芯が冷えて寒くなった。悲しみを通り越して虚しくなってしまった。

 握る手に力が籠り、目頭が熱くなり、身体が震え出して、喉がキュウっと縮みだしたのだった。


小リス、大暴走。


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