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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
25/147

タイガー&ドラゴン~虎と蝶と乙女達編~

長いです。

未成年の飲酒や喫煙シーン、ちょっぴり「エッチ・スケッチ・ワンタッチ!」風の表現があります。

「かんぱ~い!」


 華やかな掛け声と共にグラスが鉄板の頭上で合わさり、ガツンと当たった勢いで飲み物が少し鉄板の上に落ちた。水分の蒸発する音と熱々の鉄板から水蒸気が登る。もちろん飲み物の中身はアルコールではない、中学生らしくジュースで乾杯だ。

 やだ~零れちゃった、という声と乙女達の笑い声が店内に響き渡った。


「やっだぁ、零れちゃったぁ~」

「「「「「「…………」」」」」」


 後から色っぽいオカマ声で調子を合わせる赤髪ピアス男に、冷ややかな視線を送る女子中学生5名と、鬼の形相で睨んでいる年齢性別不詳のベティちゃん。

 鉄板があるテーブルを囲むのは女の子5名だけの筈が、知らぬうちに7名になっているのはどういうことか。只でさえ5人でも席が一杯なのに、さらに大柄な2人が座っているせいかギュウギュウで密着度が高い。私は一人お誕生席なので影響はないけど。

(……どうでもいいけど狭そうだな)


「ちょっとぉぉぉ、な~んでビールなんか飲んでるのぉっ? アンタ高校生でしょうがぁぁぁ!」

「「「「えっ?!」」」」


「バイト代から差っ引くからぁぁ」と付け加えたベティちゃんはすでに水割りだ。いや、そんなことより。

 ベティちゃんの言葉に笹谷さんを除く中学生4人は驚いた。いや、さっき「センコー」とか言っていたので学生だとはわかっていたが、どうみても二十歳前後に見える。専門学生か大学生だと思っていた私は正直ビックリだった。反応が気に入らないのか、途端に細い眉を歪める赤髪ピアス男。


「あぁっ? なんだその反応は! それは『うわぁ~大人っぽくてステキ!』って意味か? 『うわぁ……オヤジっぽくって最悪……』って意味か?!」


 赤髪ピアス男の言葉に全員眼を彷徨わせ、ジュースを飲む振りをしながら視線を逸らす。どう考えても後者だろ、という無言の訴えを察してほしい。


「おい、ボイン! どっちだ、答えろ!」

「『ステキ』のほうです」


(神様仏様ごめんなさい。即効で大嘘ついたことをお許しください。そしてどもらず速答できたことに感謝します)

……中学生になってから何度嘘をついたことか。神棚と仏壇のお供え物を増やしておこうと、この瞬間心に決めた。

 全員そっと笑いを堪えているが、ベティちゃんだけは『本当にごめんねぇぇぇ』と両手を合わせながら口だけ動かして謝罪を送ってきた。「そうだろ、そうだろ~」と満足そうに頷くこの赤髪ピアス男は、笹谷さんとチィちゃんの間に座り、まるで飲み屋のホステス扱いだ。ずぅずぅしくもチィちゃんの肩に腕など回している。しかも一気に飲み干したグラスをわざわざ私の方へ差し出し、「もう一杯つがんかい」と顎で指図する始末。

 私は「何が悲しくてこんな奴に酌などせねばならぬのだ」オーラを隠すように無表情を装い、無言で瓶を持ち上げグラスにビールを注いだ。断じて臆病風に吹かれた訳ではない。


「ささ、可愛子ちゃんたちぃぃぃ! お兄ちゃんなんかぁ、ほっておいてぇ、ジャンジャン食べてェェェ?」


 よいしょぉぉ! と焼き上がったお好み焼きをひっくり返しソースを塗るベティちゃん。途端に「ジュゥゥ~」というソースが焦げるイイ匂いが広がった。お客である5人は途端に笑顔になり、「イタダキマース!」と声を揃えた。やっと本来の目的にありつけた私達は頬を緩ませ、エロ店員が「おう、心して食え」と言い終わる前にお好み焼きをさっさと口に運ぶ。お腹が空いてた分、いつもよりお好み焼きが特別な御馳走に感じられた。

「オイシィ」を連発する私達に向かって、さらに蕩けるような満足顔で頷きながら、かいがいしくお好み焼きを切り分けるベテイちゃん。その姿は親鳥がせっせと雛鳥に餌をやっている姿にちょっと似てるな、なんて思ってしまった。


「……それにしても未成年のくせに堂々とお酒飲むなんて、本当信じられない」

「貴子、それがお好み焼きを作ってやった俺様に対する態度か?! それにな、オレんちの飲み物は昔からアルコールのみって決まってるんだよ」

「焼いたのは蝶子さんで、と……お、お兄ちゃんじゃないでしょ。それに飲み物がアルコールのみってどんな家なのよ」

「……オマエがそれを言うんか。俺様に酒を覚えさせた、あの恐ろしいアッコの妹のオマエがっ……て、アチっ! モガモガフゴフゴフゴァっ~!」

「とってもオイシイわよっ、このお好み焼き! ほらほらほらお兄ちゃんも食べてっ!」


 笹谷さんは普段はクールで落ち着いている雰囲気なのに、どうやら目の前が姿が素のようで、不良な赤髪ピアス男の口に遠慮なく熱いお好み焼きをツッコんだ。一瞬見は「は~い、あ~ん☆」などのラブが込められた動作だが、実際はそんな甘いものではない。どちらかというと、「廃、闇!」などという必殺技に近いだろう。それにしても……さっきから気になることがある。「おにいちゃん」がどもりがちで、最初に「と」などの言葉が入るのだ。

……私のどもり癖が移ったのだろうか?


「そうだよねぇ? 貴子の言うとおり! 材料切っただけじゃん」

「本当、材料切って混ぜただけだしぃ、ねぇ?」


 和子ちゃんや幸子女史は未だに喉にお好み焼きを詰まらせている赤髪ピアスを無視し、早くもこの異常なメンバーに馴染みつつあった。普段同じクラスに2人もお騒がせがいるからだろう、十分免疫がついていたのかもしれない。赤髪ピアスな不良男を軽くスルーした上に、「蝶子さん()お好み焼きって、とっても美味しい~」と完全にナメている。2人に挟まれている蝶子さんも「あらぁぁ、うれしぃぃわぁぁ」と顔を赤くし、「あらためてカンパ~イ」などと3人でグラスを合わせているし。

 一方赤髪ピアス男はチィちゃんが慌てて差し出したビールを一気飲みし、お好み焼きを無事飲み込んだ。笹谷さんを睨みながら、「ふ~火傷したうえに死ぬかと思っただろうがっ!」と怒鳴ったが、当の笹谷さんはどこ吹く風で知らんぷりだ。


「ったく! ……それにしても貴子よぉ。どうでもいいけどオマエ、『まるやき』(ここ)に来るの久しぶりじゃね? しかもいつものメンツと違うじゃん。あの『猫なで声』のダチはどうした?」


 私の前にグラスをズズイと出しながら言ったエロ店員の言葉に、全員ピタリと動きが止まった。

 何故か『猫なで声』という部分でダチの名前がわかってしまった。おそらく和子ちゃん達も同じろう。「赤髪ピアスのくせに上手いこというな」と感心しつつ、「その話題、笹谷さんの前ではタブーですよ、ダンナ」と言うかわりに、相変わらず無言無表情なままグラスから溢れるほどビールを注がせてもらった。


「あぁっ?! こらぁボイン! あぁ~もったいねぇことを……」

「大変申し訳ございません」


 私の非常に控えめな態度に固まっていた笹谷さんはクスっと笑い、こちらを見て「良くやった!」というようにウィンクをよこした。赤髪ピアス男は心底悲しそうに手にこぼれたビールを性懲りもなく舐めている。


「……別にいいでしょ。大体、美恵は私じゃなくて他が目当てなようですし? それに中学になったら交友関係を広げないといけないですからっ?! 大体、と……お兄ちゃんが言ったんじゃん、『いろんな女を見ろよ!』ってさぁ」

「オマエ、そりゃヤロー共に対しての心得であって、女子の皆さんに対して言った訳ではないですがな」

「この際どっちでもいいですがな!」


 手酌でジュースを乱暴に注ぐ笹谷さんの不貞腐れた態度に、苦笑する赤髪ピアス男。「そぉねぇ、友達は多い方がいいわぁぁ。もぉちろんっ、男も女もねぇぇ?」とこの場を和ませるようにベティちゃんが菩薩顔で頷く。

(男も女も多い方が……いいのか。そりゃ、そうだよな)

 どちらにしても私は笹谷さんがとっても羨ましかった。

 見た目と人格はどうであれ、赤髪ピアス男やベティちゃんみたいな学校以外の「外の世界」の縁を持ってるし、今は「原口美恵」とは疎遠になっても、かつては互いの恋を励まし合う親友同士だったのだ。オマケにグループ交際みたいなことまでしていた。相手が例えあの類人猿や裏番であろうとも…………って、あ、あれ?


……裏番……。




……なんだか、妙な不安が広がるのは気のせいだろうか。




「そうそう、原口以外にも交友関係広げることはいいことだと思うよ? せっかく3つの小学校から生徒が集まってきてるんだからさぁ」


 和子ちゃんは笹谷さんの言うとおり! というようにキッパリ言い切った。「原口ってだれだ?」という赤髪ピアス男に、「美恵のことよ。紹介して2年も経ってるんだから名前ぐらい覚えてよ」と笹谷さんは素っ気なく返す。


「でもさぁ。私、最近原口を見てると気の毒になってくるんだよねぇ……」


 幸子女史がお好み焼きを細かく切り分けながらボソリと呟いた。「え~なんでよ? 別にあの尾島バカ一筋で幸せそうじゃないの」という和子ちゃんのキツイ意見に、幸子女史は苦い笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「それが誰にでもわかるくらいハッキリしているから、余計にねぇ。尾島もいい加減なんか行動してあげればいいのにって思うよ。あれじゃ蛇の生殺しじゃん。気が無いならスッパリ断ってやりゃあいいのにさ。どう見たって原口は本気だけど、尾島はその気ゼロだもん」


 幸子女史の意見に和子ちゃんを除いた女子中学生4人はなんとも気まずそうな顔をした。心当たりがあるだけに、だ。あれだけ積極的なアプローチを受けて気付かない男は相当ニブイ奴だし、救いようがないと言うべきだろう。もし田宮君がそんなに鈍かったら……ハッキリ言ってやりきれない。


「ま、いいんじゃない? 原口だってキャアキャア言ってる間は夢見れるし? 尾島バカも言われてる間が華だともいうしねぇ? そっか、素っ気ないお騒がせ者の尾島とアプローチ全開で猫なで声の原口美恵か。考えてみればすっごいお似合いじゃん! 根性が似たもの同士っぽいから? チョイとキッカケさえあれば案外コロっとまるく収まるかもよ? この際2人が無事カップルになった暁には祝杯あげてやろうよ! 少なくとも奴らの相手になる筈だった、何の罪もない未来の伴侶を2人救ったことになるんだからさぁ~」

「「「「「「…………」」」」」」

「よし、景気良く前祝いだ! 尾島と原口、そして明るい日本の未来の為に、かんぱ~い!」


 和子ちゃんは高々とグラスを上げた。

 乙女たちはいつもの光景なので苦笑でスルーしたが、赤髪ピアスとベティちゃんは「宇井和子の真の姿」に動揺したのか、同じ男性としていたたまれなくなったのか、ダンマリングのまま目を泳がせた。

「……あ、オイラ、夜の準備始めちゃおうっかな~」と逃げる、いや、席を立とうとする赤髪ピアス男。それを逃がすまいと「あ、あら、やっだ~! と……お兄ちゃん、遠慮せずもっと飲んで!」と無理矢理座らせる笹谷さん。そして、和子ちゃんの奴当たり先の恰好な的を確保しようと、「ささ、遠慮せずどうぞ」と自ら進んで赤髪ピアス男のグラスに酒を注ぐ私。


「あ~エーとぉぉ……みんなの話からいくとぉぉ、もしかしてぇぇ、『ケイクン』と知り合いなのかしらぁぁん?」


「テメェは大人しく座ってろ!」という男らしい目つきで赤髪ピアス男を睨ではいるが、口元はかろうじて口角上げているしゃくれ顎の器用なベティちゃん。さすが店長、どんな時でも営業スマイルを忘れない。

 一方「ケイクン?」と眉根を顰める女子中学生4人に、笹谷さんが「あ、尾島マヌケのことだよ。まったくもって似合わないけど」と捕捉してくれた。怖いくらいすぐさま反応したのは、もちろん和子ちゃんだった。


「はぁぁっ? 『ケイクン』?! ……蝶子さん。どう見たって『ケイクン』なんてつらじゃないでしょ? 全国の『ケイクン』に失礼でしょ?! BAKA(ビーエーケーエー)だとか類人猿だとか野生猿なんかで十分でしょっ?! むしろ猿に申し訳ないでしょっ!」

「お、落ち着いて、和子!」

「か、和子ちゃぁぁん、大丈夫ぅぅぅ?!」


 震える拳をダンっと机に叩きつけながら怒鳴る和子ちゃんを、慌てて宥める幸子女史とベティちゃん。私も「尾島の話題」を逸らすべく、先程から気になってたことを、ここぞとばかりに笹谷さんに聞いてみた。


「あ~! そ、そういえば、さっきから気になっていたんですけど。笹谷さんとお、お兄さんって、本当の兄弟じゃないんですよね? どういった御縁で? 近所の知り合いなんですか? 山野中の卒業生なら、先輩ですねぇ!」


 一気にしゃべった。

 噂好きな近所のオバサンみたいな言い草だが、これだけ言葉が出れば上出来、私もやるぅ! と称賛を自分に送る。

 しかし、笹谷さんの顔を見るとたちまち気まずそうに眼を泳がせた。赤髪ピアス男は呆れてるんだが、怒ってるんだが、悲しんでいるんだが、なんともいえない複雑な表情でこちらを見ている。「もしかして、やっちまった?」的な雰囲気に、自画自賛タイムは瞬時にして消え去った。


「あ~え~と、実は……」


 笹谷さんはグラスを静かに置きながら息を整え、全部言い終わる前に口を挟んだのは、赤髪ピアス男の悲痛な訴えとベティちゃんの高笑いだった。


「なんだよ、ボイン! まさかとは思ったが、オマエ俺が誰だか本当にわかんないわけぇ? マ・ジ・でぇっ?!」

「オホホホホホォォォォ! やっだぁ~超ウケるんだけどぉ~! あ~あぁ、もうお兄ちゃぁ~んって大して有名じゃないってわけぇねぇぇ? やっぱ卒業しちゃうとぉぉ、『裏番』なんて効力失っちゃうのかしらぁぁ~? 『鬼夜叉』が聞いてあっきれちゃうぅ~! そういえば今は『龍ちゃん』の時代だもんねぇぇぇ、ホント、笑えるわぁぁ~!」

「黙ってろっ、このクソジジィ!」



 ガッキーィン!



 鉄板の真上でヘラが交差し火花が散った。

 2人とも親の敵! と言わんばかりに睨み合い、手をプルプルさせながら押し問答を続けてる。


(隊長、予定通り和子ちゃんの意識を尾島から逸らせはしましたが、別の問題が発生です! どうやら「ジジィ」と言う言葉はベティちゃんにとって禁句用語らしいことが判明しました!)


……と川口探検隊長に報告するように心の中で叫ぶ荒井美千子。

 そんなことより、ベティちゃんの言った言葉が頭の中で反響し、「まさか……」と忘れかけた不安が広がった。気分は「ちょっとちょっと、奥さん! 今のきいたぁ?!」に近い。

 笹谷さんはオホンと咳払いをして居住まいを正した。いまだ頭上で攻防戦を繰り広げ、若干押され気味である赤髪ピアス男の方をあらためて紹介するように手を差しだす。


「え~こちらのエロ店員は今年の春、山野中を卒業された先輩でして。忘れ去られた(・・・・・・)『伝説の裏番』もしくは『山野中の鬼夜叉』こと桂寅之助かつらとらのすけ先輩です」

「こぉらぁ、貴子ぉぉっ! 『忘れ去られた』は余計だぁっ!」


 虚しく叫んだのは赤髪ピアス男。……そして、



「なにやってんだよ、兄貴と蝶子は」

「ドテチンてめぇ……さっきから黙って聞いてりゃ、何が『猿に申し訳ないでしょ!』だぁ?! ふざけんなっ!」



 湧いて出てくるというのは、こういうことだろう。

 笹谷さんの衝撃的な告白とエロ店員の雄たけびの他に、クリスマス・パーティーには決して相応しくない顔と声がゾロゾロと奥の暖簾から出てきたのであった。



川口探検隊長、覚えている人いらっしゃいますか?

当時水曜スペシャルの番組を見たときはマジ衝撃的でした。あの時の心躍る娯楽番組、今の時代に求めるのは無理だろうなぁ。

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