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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
23/147

タイガー&ドラゴン~虎編~

長いです。

未成年の飲酒や喫煙シーンがあります。ちょっぴり「エッチ・スケッチ・ワンタッチ!」風の表現があります。

 そのひとに出会ったのは、年末が差し迫る、ある寒い冬の日のことだった。


 この日のことは、とてもよく覚えている。


 自転車を走らせながら、頬に感じた冷たい乾燥した空気。

 首に纏わりつく、手編みのセーターの感触。

 古臭い木枠の引き戸と江戸書体の文字。

 ソースが焦げる、香ばしい匂い。

 汚い壁に貼られた、お品書きや懐かしい風景写真。

 まな板の上で響く、軽やかな包丁の音。


 そして、


 瞳を閉じても、まぶたの裏に焼きつて離れない、それはそれは鮮やかな――。



 何処にいても、何をしていても、一生拭い去ることのできない、染み込んだ、赤。

 恐らく、肉親よりも濃く、温かい血の通った、赤。



 私は忘れないだろう。

 笹谷さんや尾島達によって導かれた、言葉では言い尽くせない、この奇跡のような出会いを。



 きっと、きっと――生涯忘れることは、ないのだろう。








*******




「おい、そこのボイン!」


 低いがハッキリとした声が店内に響き渡った。

 顔を寄せ合ってコソコソ囁き合いながら座っていた5人は、声の主がいるカウンターの方へ向いた。

 どう見ても5人以外に客はいないので、私達に声を掛けたことは間違いないらしい。


「ボインのくせに無視すんな。のんびり座ってないで豚玉とミックス玉、運べや!」


 数年後、流行語大賞にもノミネートされる「セクハラ」という言葉で訴えられても文句を言えない台詞と共に、ドンとお好み焼きのタネが入っている器が低いお店のカウンターに置かれた。

「ボイン」と言う言葉に、鉄板がひいてある机を囲んで座っていた私以外の4人が一斉にこちらを見た。注がれる視線の先は、祖母の手編みである白いタートルネックのセーターを思う存分盛り上げている私の豊満なバスト。

 どういう状況なの? と思う読者の方々も多いだろう。ハッキリ言って、どうしてこんな状況なったのか私が聞きたい。

 ただ今絶賛成長中である「デカイ胸」を指摘され、フルフルと震えるほどこっぱずかしかった。赤い顔のままカウンターの方を睨む! ……が、数秒でリタイヤ。とても対抗できる相手ではないと悟った私は、黙って立ちあがり座敷から降りる。床に置いてあるお店のサンダルを履いた。


「……ちょっと、なんでミっちゃんが運ばなきゃなんないのよ?! 私達はお客なのよ! 従業員らしくお金もらってる分の仕事しなさいよ!」

「そ、そうよ! こっちまで運びなさいよ、このエロ店員!」

「……だって、と……お兄ちゃん」


 和子ちゃんはその正義の塊のような心ゆえに堪えられなかったのだろう。男の不遜な態度にたまりかねて、封印を解くように一気に行動に出た。それに幸子女史も続く。まるでどこぞで聞いたような会話が飛び交っているが、生憎相手は「類人猿」ではない。

 5人の女子中学生から非難の言葉と視線を浴びているのは、カウンターの中でスゴイ勢いでキャベツの千切りをしながら煙草をふかしている愛想の悪い男。とても飲食店の店員には見えない身なりと態度の青年。


「ピーチクパーチク、うるせぇぞ、ガキ共! オラオラ、オッパイ星人もチャッチャと運んで、そのでかいボインにヘラ挟みながらお好み焼き焼けや! ……あぁ、チィちゃんは何もしなくていいでちゅよ? 可愛い君はオイラの為に微笑んでくれるだけでいいからね?」


 青年はプッと短くなった煙草を流しに吐き捨て、4人に抹殺しそうな強面の睨みと強烈な文句をおみまいし、1人に蕩けるような満面の笑みと口説き文句を捧げた。口は「超」が付くほど悪く、「~からね」なんて言葉使いが世界一似合わない男だが、身なりは背が高くなかなかの男前だ。


……ただし、その真っ赤に染め上げた髪と耳にズラッと並んでいるピアスさえ無ければ。


「態度が違い過ぎるじゃないのよ、この給料泥棒!」

「ホント信じられな~い、このスケベピアス男~」

「……クク……だ、だって、と……お兄ちゃん」


 どう見積もっても「素行の悪い不良」にしか見えない相手に、ヘラを振りあげながら大胆に文句を言う和子ちゃんと幸子女史。「お兄ちゃん」と言ったのは笹谷さんで、和子ちゃん達と青年の会話に必死で笑いを堪えていた。茅野ちのさんことチィちゃんは予想に反し、頬を染めて黙って俯く。「……ここは青褪めるところでは?」と突っ込みたいが、空しいのでやめた。


「バカヤロッ! 男は全員ドスケベなんだよ! 大体な、スケベを粗末にするやつはスケベで泣くって昔の人も言ってるだろぅが?! ……ま、オマエらみたいな色気のないガキ共には到底理解できねぇだろうけどな~」

「「なんですってぇっ?!」」


 赤髪ピアス男はハッ! と鼻で笑いながら器用に手元を動かし、私達が注文したお好み焼きのタネを次々と準備していく。

(……スケベでなくて1円玉の間違いでしょーが)

 ムカつく誰かさんにソックリなのが余計癇に障る。絶対身内だと思い笹谷さんにこっそり聞いたが、どうもそうではないらしい。やたらと眼を泳がせ曖昧な言葉で濁していたが、ハッキリと「尾島に兄はいない」と言った。

 それにしても、この扱いの差は酷過ぎる。和子ちゃん達はまだいい。けど私はいきなり「ボイン」。いくらなんでも初めて顔を合わせてから小1時間も経っていない年下の女子中学生を「オッパイ星人」呼ばわりするとはいかがなものか。

 いつものごとく表情に出さず心の中で思い切り舌打ちし、非常に歪んだ得意の外面そとづらスマイルでいそいそとカウンターに近づいた。器を持って席に戻ろうとする私の背中に、エロ店員はすかさずトドメを刺す。


「こらボイン。顔、ブサイクになってるぞ」


*******


 秋の色鮮やかな紅葉が散り、吐く息が白く変わり始め、日に日に冬の景色が濃くなっていく12月。

 セーラー服や学ランだけでは登下校が厳しくなり、制服の上にジャージや学校指定のコートに袖を通す生徒達が多くなり始めた、そんな冬のある日。

 期末試験が終わった後の部活の帰り、和子ちゃんが言った提案が事の発端だった。


『ねぇねぇ、試験も終わったことだし、ここらでパーっとやらない? クリスマスも近いし!』


 まるで無事にプロジェクトが完了し、打ち上げをやる会社員のような口調の和子ちゃん。期末試験から解放された私達の中に反対する者はいない。幸子女史がマフラーを首に巻きながらすかさず賛同する。


『いいね、それ大賛成! 私達でクリスマスパーティーでもしようよ! ……って、終業式の日がクリスマスだよね? 終業式の後って、部活? 年末も部活。正月明けも部活……』


 幸子女史の言葉に全員溜息をついた。そう、私達中学生の運動部に休暇などいうものは存在しない。一年中というわけではないが、盆暮れ正月以外はほとんど部活なのが現状なのである。そりゃぁ部活が楽しくないってわけではないが、季節は大人も子供も心が弾む12月。こういう時期にお楽しみを求めてソワソワするなというほうが無理な話だ。


『でもさ、今年は27日の午前中までって岩瀬が言ってたでしょ? なんならその後集まってパーティーしない? クリスマスは過ぎちゃてるけど年末の忘年会って感じでどうかな?』


 5組の下駄箱から靴を持ちながら言ったのは笹谷さんだった。相変わらず綺麗な茶色いワンレンで、髪の毛が秋よりも少し伸びている。部活中は先輩が髪を括れとうるさいのでおとなしく従っているが、結び目の跡が気になるらしく一生懸命手櫛で伸ばしていた。


『それイイじゃん、貴子たかこ! 誰かの家に集まる? それぞれ持ち込めば安く済むし?』


 和子ちゃんはウキウキと明るい表情で笹谷さんの意見に賛同した。「貴子」というのは笹谷さんの名前で、10月初旬に私と仲良くなり始めてから、笹谷さんは和子ちゃんとも意気投合したようだった。2人が心を通わせるキッカケとなったのは「オシャレ好き」という点であり、ファッション雑誌を広げては「あーでもない、こーでもない」と議論を交わしている。ちなみに今笹谷さんが着ている学校指定のコートとカバンは5つ年上である彼女のお姉さんのお下がりであり、デザインが一新したものを身につけている山野中の在校生のものとは若干異なる。もう既に手に入れることはできない、使いこんでイイ感じのヴィンテージアイテムを2つ身につけている笹谷さんは、何処からどう見てもオシャレ上級生そのもの。違う意味で女の子達の注目の的であった。


『何処に集まろうかね? ……27日って確か土曜だよね? あ~父親が年末の休みに入るから、ウチは駄目かもしれない』


 幸子女史は腕を組みながら、みんなはどう? と振り向いた。これには全員「あ、うちもそうかも……」と難色を示した。それ以降になると年末正月とみんなの予定が合わないということになり、全員眉根を寄せる。


『でもせっかくだから、みんなで集まりたいよね? 来年の今頃は『ア・テスト』の準備しないといけないだろうし……』


 隣の7組の下駄箱の前で靴を履いていたチィちゃんの「ア・テスト」という言葉に、5人は顔を曇らせ項垂れた。

 アチーブメント・テスト、略して「ア・テスト」。K県の中学2年生は必ず通らなければならない試練。

 そうなのだ、気分的にクリスマスや年末を気兼ねなくのんびり過ごせるのはおそらく今年だけだろう。2年生は「ア・テスト」、3年になるといよいよ「高校受験」が控えている。


『……あのさ、家でパーティーがダメなら外で食べない?』


 笹谷さんの言葉に他の4人が「どうする?」と顔を見合わせた。もちろん私は構わなかったが、外となるとお金がかかるのが難点だ。全く無いというわけではないが、中学生の限られたお小遣いの中で食べられる物と言えば、ファーストフードくらいしかない。しかもこのローカルな地元にはそんな気の効いたお店どころか、フードコートがある大きいスーパーすら無かった。そば屋かラーメン屋がいいとこである。ファミレスも隣町の国道のほうまで自転車で走らなければならない。


『私、安くて美味しいお好み焼き屋さん知ってるんだ。そこ顔見知りだから、ランチが終わった後に開けてもらうよう頼んでみるよ。お菓子も持ち込ませてもらうからさ。どうかな?』

『『『『それにしよう!』』』』


「この案件は全会一致で可決されました」というように、予算委員会に出席している議員並みの拍手をかます5人。安くて、おいしくて、さらに持ち込み可。しかも貸し切り状態とくれば「OK!」という言葉以外出てくる筈もない。

 それからはトントン拍子で話が進んだ。場所の予約などは笹谷さんに任せ、他の4人がお菓子などの持ち込みを担当した。最近母親の影響でお菓子作りを始めたので、私の「す、過ぎちゃったけど、クリスマスにちなんだお菓子でも作って持って行くから」という言葉に、チィちゃんも「じゃぁ、せっかくだから私もなにか作ってこようかな……」と乗ってきたので、ますますパーティの話は盛り上がりを見せたのだった。


***


 そして27日当日。

 午前中は部活に専念し、一旦家に帰ってから「お好み焼き屋」から近い区民センターの前で待ち合わせということになった。本当は部活の後そのまま直行したかったが、制服や学校指定のジャージでお店をうろつけば校則違反になる。

 部活で汗をかいたというわけではないが、気分的にシャワーを浴びてみた。急いで着替え、母方の祖母が編んでくれた手編みのセーターに袖を通す。少しラメが入っている素材でお気に入りの一着だ。クルリと回り、正面を鏡で見ると、嫌でも胸のあたりに視線が行ってしまった。

(なんか、最近益々目立ってきたなぁ……)

 小学校の時もかなり大きいかなと思っていたけど、中学に入ってから少し身体が締まるのと反比例するように盛り上がってきた。和子ちゃん達は羨ましいと言うが、この年頃にDカップの胸など邪魔にはなっても、全然役に立たない。肩は凝るわ、走る時胸は揺れるわ、オバサン用の可愛くないブラになるわでまったくいいことがないというのが現実だった。普段ならこんなに胸が目立つけ恰好ではいかないけど、今日はパーティー。特別な日なので解禁だ。ジーパンも止めて某私立の制服のように緑のチェックのスカート(もちろん下にはブルマ)と紺のハイソックスを履く。

(……ちょっと胸が目立つけど、女の子ばっかりだしかまわないよね?)

 このときの判断の甘さを数時間も経たないうちに後悔する羽目になるとは……この時は夢にも思わない。


 昨日の夜焼いた粉砂糖をふんだんにふりかけた「シュトレン」をアルミホイルに包んだ。チィちゃんはケーキを焼くと言っていたので、私はパンにしてみた。なかなか地元のパン屋でも売ってないようなものをと母親と相談した結果、ドイツのクリスマス用のパンにしたのだ。パンを静かにカバンに入れてダッフルコートを着こむ。寒さも吹き飛ばすほどのウキウキした気持ちで自転車に跨った。「何故にそんなに気合が入っているのか?」と言われると少し照れ臭い。小学校までロクに友達を作らなかった私は、初めての友達とのパーティーにとっても浮かれていたのだ。 


 自転車を勢いよく走らせ、待ち合わせの区民センターに着くと既に全員揃っていた。

 心なしか全員オシャレをしているように見えたのは、決して気のせいではないだろう。やっぱりちょっと気合いれてきた良かったと、心の中で安堵のため息をついた。オシャレ上級生の笹谷さんや和子ちゃんはもちろんのこと、幸子女史もチィちゃんも色つきリップだし。しかもボンボンのついたゴムやポニーテールなどして髪型も全員バッチリである。かくゆう私もムースを付けてサイドを流してみた。……ドライヤーが無いので椅子の上にのっかり、暖房の強風に眼をシバシバさせながらのセットだったが。まぁ、結果が同じならば、過程はこの際どうでもいいのである。


『すぐそこなんだ。申し訳ないけどお店の前道路だし自転車置くスペースないから、区民センターにおかせてもらおう。たしか夕方遅くまでやっているから』


 笹谷さんがそう言うと全員自転車を施錠し、区民センターを後にした。

 区民センターは市立図書館やスポーツ施設、大きい広場やグラウンドも併設されているので何度も来たことがあるのだが、大野小の学区であるそこから先の場所には足を踏み入れたことがなかった。オノボリさんのようにキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。どうやら笹谷さん以外のメンバーもそうらしい。持参したお菓子やジュースの種類、トランプ持ってきたなどの話をしながらお店の前に到着すると、全員照れ臭いような緊張したような顔を見合わせた。

 紺色の暖簾には江戸文字の書体で「お好み焼き まるやき」と書かれてあった。

 その奥にはいかにも年季入ってます! というような木製の枠に曇りガラスの引き戸。引き戸の真ん中に垂れさがっている「準備中」の札。一瞬見た感じではお好み焼き屋というより居酒屋というほうが近かった。しかし扉の前にいる私達の鼻をくすぐるのは、僅かに漂うソースの焦げた匂い。昼食を食べていない5人を一斉にニヤけさせる、なんとも憎い香り。 


『こんにちは!』


 引き戸を勢いよく開けたのは笹谷さんだった。

 笹谷さんの後に続いて「オジャマシマース」と4人の乙女達が続いて中に入る。中は思ったよりも広かった。長い鉄板を囲んでいるコの字型の低いカウンター、10名ほど席があり、狭い通路を挟んで座敷にテーブルが3席ほどある。壁には変色した紙に書かれているお品書きと額縁に収まった写真、誰だかわからないサインが書かれている色紙、ビール会社のポスターがところ狭しと飾られていた。


『……オイオイ、外の札が見えねぇのか? ただ今「まるやき」は準備中ですがな』


 低いやる気のなさそうな声が帰って来た。

 声の主は、カウンターの席にだらしなく踏ん反り返っている男。机一杯にスポーツ新聞をひろげ、どこぞの巨乳美女がパンツいっちょでオネダリのポーズをしているスケベな記事を読みながら、煙草なんぞをふかしている。


『『『『『…………』』』』』


 男はだるそうにこちらを振り返り、口と鼻から煙を吐き出した。



文中にある「ア・テスト」についてすこしお話を。

これは神奈川県で行われていた制度だったみたいです(80年代当時)、私は後に全国制度ではいと聞いてびっくりしました。

2年の3学期に主要教科5科目に加え、音楽・美術・体育・家庭教科/技術と9科目のテストをまるで受験本番さながらのような形式で実施。恐ろしいことにこのテストの結果云々で、下手すれば3年に上がる前に志望校がほぼ決まってしまうような代物。個々の気持ちはどうであれ、「3年になってから受験に本腰」なんて呑気なことを言えなかったのが、当時神奈川県在住の中学生の実態でした。この制度は90年度の中ごろまで続き、色々と問題があった為、1997年に完全撤廃になったそうです。       

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