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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
21/147

初めての文化祭③

少し長いです。

~10月■日 PM.04:31 体育館・バスケットコート~


 尾島ぁ! 暇ぶっこいてるなら、ちぃっと顔貸せや?



 バスケ部の2年生の声に、尾島は近くにいた人達にしかわからない程度の舌打ちと溜息を吐いた。

 これには私達3人も自らの怒りを納め、「上級生に対してそれはマズイのではないですか?」というように顔を見合わせる。が、当の尾島は何とも思っていないようだ。


「……別に暇じゃないッスよ、辺見へんみ先輩。御覧の通り、文化祭のリハーサルなんです。俺一応主役だし?」


 尾島はさすがに上級生相手だからか、いつものようなニヤニヤ顔ではなく、苦笑いをしながら肩をすくめた。「辺見先輩」と呼ばれたバスケ部員は舞台まで近づき、ボールをダンと舞台に置いて寄りかかる。


「なーに言ってんだよ。女子に囲まれて仲良くチチクリあってんじゃねぇか。ホント、相変わらずだなぁ、オマエ」

「はぁ?! こんなヌリカベみたいな奴らに囲まれても嬉しくもなんともありゃしませんよ! どうしたらこれがチチクリあってるように見えるんですかっ? 辺見さん眼医者行った方がいいんじゃないっすかぁっ!」


 尾島の大声にバスケ部員が吹き出した。

「ヌリカベ」という時点で和子ちゃんと幸子女史の目が釣り上がった。もちろん私も例外ではないが、なんせ上級生の前なので今の時点では3人とも言い返すことができない。それよりも、私は先輩に対して後輩らしからぬ尾島の態度にハラハラしてしまった。どうも奴の心臓には毛が生えているらしい。一方辺見先輩と言う人は、尾島の後輩らしからぬ態度と台詞に気を悪くするどころか、「そうムキになるなって」と笑いながらボールをポンポンと叩いた。


「それよりもさぁ、これから試合すんだけど、男子9人しかいねーのよ。1人足りねぇんだ。ちょっとだけだから、オマエ出て」

「ヤですよ」


 尾島は辺見先輩が言い終わらないうちに即答した。尾島から心底嫌そうに返答されたのにも関わらず、ニヤニヤしたまま上目づかいで見ている辺見先輩。これには尾島も腕を組みながらあからさまに溜息を吐いた。


「男子がいなけりゃ、女子に出てもらえばいいでしょうが。……飯塚いいづかさん! 男子の試合、出てくださいよっ」


 尾島は躊躇いもなくバスケ部の集団に声を掛けると、手招きをしていた2年の女生徒が「やなこった」というように顔の前で手を振った。手を振った飯塚先輩と呼ばれた人は、「5時で部活終わるし、どうせ一試合くらいしかできないんだからいいじゃん。出なさいよ? それとも腕が鈍ったから恥ずかしいのぉ?」と笑う。飯塚先輩の挑発するような意見に続くように、「尾島、降りてこいよ!」とあのデカイ後藤君もデカイ声で嬉しそうに手招きした。後ろに控えている満面な笑みの小関明日香と田宮君も頷く。

(うわぁ……)

 気の乗らない尾島には悪いが、笑顔の田宮君を見れて一瞬胸を弾ませる私。それとは反対に尾島は超不機嫌オーラを増加させ、私の幸せオーラを容赦なく弾き飛ばしていく勢いだった。

 辺見先輩は「YES」の返事をしないでダンマリを決め込む尾島を見ながら意味深に目を細め、「それともさぁ」と身体を起こして器用にボールを指先で回した。からかうようにゆっくりと口角を上げる。


「オマエ、本当にバスケやりたくないわけ? ……それってマジであの女のせ」

「わーったよっ!」


 再び辺見先輩が言い終わらないうちに、尾島の鋭い一声がそれを遮った。

 あまりの大きな怒鳴り声に、一瞬シーンと静まり返る体育館。「一体なんなの?」というふうにビックリしている和子ちゃんや幸子女史。8組のキャスト達も「なになに?」と次々と幕から顔を出した。辺見先輩の声が聞こえなかったのか、「あの一年生、なんで怒ってるんだ?」というようにバスケ部の連中も固まっている。


 私も自分が怒鳴られたようにビクッと心臓が跳ねた。が、「あの女」と聞いた時点で何故かわかってしまった。尾島の一喝した気持ちに気付いてしまった。


 ある名前と笹谷さんのことが頭をかすめる。聞いてもいないのに、「どうでもいいんだけどね」と言いながら笹谷さんが話してくれた、奥住さんから聞いた話とは違った視点での『浪花の転校生』と尾島の話を。



『本人は全然気にしてない振りをしてたけど……もう、本当に後悔してたみたいなんだよね、モモタをイジメてた事。夏休み中も2学期が始まっても、無理矢理カラ元気で頑張っちゃってさ。けどみんながいないところでは思いっきり落ち込んでるんだもん。尾島だけじゃなく私達にも原因があったから……なんか気の毒で、ね。モモタも仲の良い女子がいれば少しは違っていたかもしれないけど……って、これ、私が言える立場じゃないね。さすがに尾島も正月明けごろにはいつもの元気を取り戻してたけど、よほど心に堪えたんだね……結局あんなに好きだったバスケもあっさりやめちゃうし。辺見さん、熱心にバスケ部に勧誘したのにねぇ。なんかサッカー部に入っちゃったでしょう? ねぇ?』



 チラリと見た笹谷さんの顔が、「バシン!」という衝撃音で消えた。

 尾島は持っていた台本を床に叩きつけると舞台から飛び降り、辺見先輩からボールを奪い取った。傍から見てもわかり過ぎるぐらい顔が赤く、ギロリと効果音付きの迫力で上級生を睨んでいる。まるで怒れる猿のようで、いつものおふざけ半分とは明らかに違う本気モード。直接睨まれているわけでもないのに、「桂龍太郎かつらりゅうたろう」に引けを取らないくらいの眼力に震え、台本を握る手に力がこもった。

(……そ、そりゃ、触れられたくない過去のネタを出されちゃ、怒るの当然だよね……)

 例えこの男が私にとって好ましい人物でなくても、好きな女の子との苦い思い出を無理矢理引っ張り出され怒り心頭の姿に、キュゥっと胸が締め付けられた。同時に人の傷に土足で踏み入る大人げない辺見先輩に対して不快な気持ちになってしまった。


「やれやれ尾島! 辺見サンなーんかしちゃえってんだ?!」


 上から急に大声が振ってきて、全員声の方へ振り向いた。

 尾島を煽ったのは、いつのまにかベランダに上っていた諏訪君だった。声は軽いふざけた感じだけど、眼は笑っていない。諏訪君の隣には島崎さん(アダモちゃん)と仲の良い友達がいて、一斉に「尾島く~ん、頑張ってぇ~」と呑気な声援を送った。まるで緊迫した空気の中を通りすぎるアホウドリのように。


「おい、尾島……舞台は」


 総監督の片岡君つるちゃんが私達の隣に並び、ケンカが始まりそうな雰囲気を察して心配そうな声を上げた。いつもなら威厳たっぷりの片岡君でも、上級生にガンを飛ばしている尾島に対して意見を躊躇している様子だ。


「……片岡。リハーサル、もう俺の出番ねぇよな?」


 尾島は辺見先輩を睨んだまま、唸るような低い声で片岡君に確認した。疑問形だが、そこには決定事項しかない。尾島は主役なので出番がないなんてことはほとんどない筈だが、片岡君はアダモちゃんのピンクの声援にも反応しない尾島の厳しい口調と、久しぶりに本名で呼ばれたこの異常な事態もあって、「あ、ああ……」と息を飲むように頷いた。


「……そーこなくっちゃ。決まりだな」


 辺見先輩は尾島の眼光に一瞬怯み、「やべぇ、本気で地雷踏んだか」と緊張したものの、すぐに挑戦を受けるような表情に戻った。しかも徐々にニヤけるような笑顔。尾島が乱暴にパスしてきたボールを難なく受け取り「おしっ! 試合すんぞ! 1年対2年でやるから、飯塚、審判頼む!」と次々指示して行った。不安そうなバスケ部員達も辺見先輩の声で散らばっていく。

(せっかくのリハーサルなのに……)

 私達は顔を見合わせて「どうしよう」と目で無言の会話を交わした。体育館が次第にザワつきだすと、和子ちゃんは勇敢にも、ジャージを脱いで乱暴に舞台の上に置く尾島に「あ、あのさ……先生来たらさすがにちょっとヤバくない?」と屈みこみながら小声で言った。


「あぁっ?!」


 尾島は超不機嫌な声で和子ちゃんを睨み上げた。

 先程みたいな恐怖の眼力は多少なりとも軽減しているが、険しい目つきと眉間に深く刻み込まれた皺が「男の戦いに女が口出しすんじゃねぇ」と物語っていた。尾島の迫力に押されて言葉を飲みこんだ和子ちゃんに、関わらないほうがいいと私が肩を叩こうとした時、尾島と視線があった。


 その時の私は、どのような顔をしていたのだろう。


 不安そうな顔をしていたのか。

 気の毒そうに憐れんでる顔をしていたのか。

 それとも、「そんな争いごと、よそでやってくれ」という顔だったのか。


 尾島は眼を見開き、動揺したように瞳を揺らめかせた。

 でもそれは一瞬の出来事で。すぐに口を一文字に引き締め、背を向けた。

 尾島が1年生のバスケ部員の方へ駆け寄ると、真っ先に後藤君の胸ぐらを掴んで何か言った。後藤君は慌てて首を振り顎で女子部員の方を差すのと、田宮君達1年生の部員が2人の間に入るのが同時だった。尾島が女子部員の方を睨むと、小関明日香が飯塚先輩の後ろに隠れた。後藤君は小関明日香の方へ今にも跳びかかりそうな尾島の身体を羽交い絞めするように抑え込み、田宮君達を交えて軽く円陣を組んだ。

 話し合いが終了すると尾島は一人眼をつぶりブツブツと呟きながら、首や手首足首を回して身体をほぐしだした。一通りの柔軟が済むと散らばってドリブル、パス、シュート練習を始める。離れたところでは辺見先輩が、1年の方をチラチラ見ながら2年の部員と真剣に話し合いをしていた。

(あの辺見さんと言う人、「あの女のせいでバスケやめたのかよ」って言いたかったんだろうなぁ……)

 尾島の事がまだ諦められないらしい辺見先輩。あれは完全に尾島にバスケをさせる為の挑発だ。

(なによ……尾島もそんなのいつものように鼻で嗤って流せばいいのに。いちいちムキになっちゃってさ。あんな挑発程度でバスケやるくらいなら、始めから辞めなきゃいいじゃん)

 沸々と湧いてくる不快さを散らしたくてバスケのコートから目を逸らせば、足元にある尾島のサッカー部専用のジャージと叩きつけられたクタクタな台本が目に映った。


 それは、台本を叩きつける程、今まで見たことない迫力のガンを飛ばす程、過去(モモタ)に囚われている尾島の私物。


(……結構苦労して作った台本なのに)


 あたかも自分が叩きつけられたような気分になったのは、多分被害妄想だろう。

 こんなモヤモヤした嫌な気持ちになるのは、「文化祭」の準備のせいで普段と違う生活パターンだからに違いない。


 ましてや――。


 どうでもいいと思っていた尾島が、いまだに『モモタ』のことを忘れられないことにイライラしてるなんて……絶対、気のせいに決まっている。


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