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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
20/147

初めての文化祭②

長いです。

~10月■日 PM.04:17 体育館舞台・リハーサル~


 ダンダンダン、ガコン。

 ナイシシュー。

(…………)


「おーい、黒子とグレコ、試しにリアカー引いてみてくれ」

「江崎! 尻向けるな! もっと観客こっち側に身体向けろよ」


 期待を裏切らず真面目に声を張り上げて指導するのは、黒ぶち眼鏡の片岡君つるちゃん。出演者達にあれこれ指示し、どギツイ台詞も笑って言おうものなら容赦なく激を飛ばす鬼総監督化している、らしい。


 ダンダンダン、キュキュ、バン、ダンダン。

(…………)


「尾島と諏訪、もっと中央に寄ってくれるか?」

「声小さいぞ、ノグティー!」


 これ以上ないくらいに丸めたボロボロの台本を振りながら、唾を飛ばす片岡君つるちゃん。普段のキリリと落ち着いた雰囲気とは最早かけ離れている、ようだ。


「片岡がクラスメートをあだ名で呼ぶところ初めて見たよ」

「ほんと、なんか思ったより熱いよね……イメージが崩れた」


 普段の様子から想像がつかないくらい豹変している片岡君つるちゃんの姿を見て、舞台袖でボソボソ囁き合う女生徒達。


 ダンダンダン、ガコン……ダンダン。

 ナイシュー。

(…………)


「普段真面目な人ってさ、一度熱くなると手がつけられないって言うじゃん? 怒らすと怖いっていうし。確か山野小だよね、片岡って。やっぱ昔からあんなに真面目だったのかな? ねぇ、ミっちゃん。……ちょっと、ミっちゃん!」

「えっ?」


 急に肩を叩かれた私は、慌てて舞台に引いてある幕の隙間から視線を引くと、呼びかけられた声の方に振り向いた。叩いたのは和子ちゃんで、その横には幸子女史が「聞いてた?」という顔でこちらを見ていた。


「え? あ、か、片岡君ね。すごいよね、こんなに真面目に指導してくれて、さすが学級委員」


 咄嗟にアハハハと誤魔化し笑いをしてしまった。耳に入って来た話題にかろうじて答えたつもりだが、後半はまったくもって聞こえていなかった。和子ちゃん達には悪いが、現在私を支配している関心事は、舞台で演じられているショボい劇やそれを熱く指導している片岡君つるちゃんなどではなく、分厚い幕の向こう側で繰り広げられている神聖な部活動に他ならない。

 ほんの数メートル先で行われている、バスケ部のシュートやパスの練習。

 ナイスなタイミングでブッキングした、我が8組のリハーサルの使用日とバスケ部の体育館使用日。こんな間近で堂々とバスケ部を見れる機会はそう滅多にないことだし、次何時めぐってくるかわからないほど貴重な時間を、できることならこの幕を全て開け放って観察したいところだが、ボールは飛んでくるわ、お互いの気が散るわ、せっかくの劇の内容が漏れるわで、仕方なく中カーテンを引きさらに幕を下していた。

 正直監修などという立場でなけりゃ、出番のない出演者や裏方のようにのんびりと上のベランダからバスケ部の練習を拝みたいというのが本音だ。


「そっかぁ、ミっちゃんは幕の向こう側が気になるよねぇ?」


 幸子女史の意味深な声に、慌てて人差し指で「シーっ!」と言いながら、スパイのように辺りをキョロキョロ見回す。本気で焦っている私の思いっきり挙動不審な態度に、和子ちゃんと幸子女史は「ククク」と笑った。幸いにも周りにいた女子は少ないし、ほとんどは舞台に集中しており、尾島達の言う台詞に笑っているのでホッと胸をなで下ろした。


『大丈夫だって! 周りは気付いてないよ』

『どれどれ? 田宮たみや、部活でてるんだぁ。超ラッキーだったね』

『……うん』


 こそこそと顔を寄せて囁き合う、ヌリカベ……ではなく乙女な3人。

 私は頬を染めながら和子ちゃんと幸子女史に微笑み、再び幕の隙間からバスケ部の方を覗く。和子ちゃん達も後ろから同じように覗いて……というより大胆にも舞台袖から身体を出した。私もここぞとばかりに2人に続く。


『けっこう部員少ないね』


 幸子女史の言うとおり、部活に参加している生徒は少なかった。3年は既に引退しているし、文化祭が間近なので部活は自由参加なのだろう。顧問の先生も不在なせいか、部活特有の緊迫した空気は流れておらず、練習も流している程度だった。

 人数も少ないので、広々と体育館全面を使っているコート。しかも男バスのシュート練習に使っているゴールは舞台側。1年も2年もごちゃ混ぜに並んで次々とドリブルしたと思ったら、片手でボールを器用にカゴに入れていく。おそらく「レイアップシュート」というやつだ。順番が回って来た田宮君も、キレイなフォームで身体をフワリと浮き上がらせボールをリングに入れた。絵になる完璧なシュートの様に思わず胸の前で両手を合わせ、感動の溜息を漏らしてしまった。


『……こりゃ、重症だね』

『ホント、完璧に目がハートになってるよ、ミっちゃん』

『それにしても、田宮ねぇ。確かに1年男子のなかではマシな部類だけどさ、けっこうボーっとしてるよ? 半分天然入ってるし』


 何故同い年の男子を好きになるのというニュアンスのキツイ意見を披露したのは和子ちゃんだ。以前にも述べた通り、和子ちゃんは同年代の男子生徒に対して評価が厳しい。「男は絶対年上の大人でなければならぬ。ガキはお呼びでない!」という揺るぎない信念を掲げている。まぁ、少年隊のヒガシのような完璧な男がアベレージでは、そりゃお呼びでないだろう。否が応でも厳しくなるのは当然と言えば当然なのだ。


『……和子さん、相変わらず同学年の男子に厳しいッスね。それよりもさ、ミっちゃん。前から言おうと思ってたけど、田宮の事そんなに好きなら、「仮ネーム」書いてもらえばいいじゃん。頼んであげようか?』

「ええっっ~?!」


 仮ネーム。

 それは山野中の恋愛事情において重要アイテムの1つである。


 我が中学校では、制服に学年色のネームプレートをつけるのが校則で決められているのは、9部を読んだ読者はご存じであろう。各自1つしか学校から配布されないので、万が一にも紛失した場合には、近くの大葉書店で注文しなければならない。新しいネームが出来るまでの間は、簡易性の手書きの名札である「仮ネーム」を付けるのが決まりであった。

 さて、その「仮ネーム」。どういう経路かは未だに不明なのだが、好きな相手に「仮ネーム」を渡して名前を書いてもらうというのが、当時生徒達の間で流行していた。

 手っ取り早く言えば、「仮ネームを書いてください」と言うことは「あなたのことが好きです」と告ったも同然であり、ラブレターなんぞ渡すよりも遥かに効果が高いアクションだったのだ。

 しかもその「好きです」のランクが、友達から本命までと幅広くアバウトだったのも生徒達に安心感をもたらした。

 ガチガチのマジ本命のような重い空気を臭わすことなく、「ねぇ、ちょっと、これ書いてくれない?」と軽く頼むことで照れ臭さを誤魔化せるという、なんとも都合のイイ代物だったのである。

 実際に仲の良い女の子同士で交換している人もいたし、憧れの部活の先輩に頼む(同性同士を含む)人もいた。中にはコレクションのように仮ネームを収集している物好きさえもいた。(当時のレアアイテムは、もちろん桂兄弟の仮ネームである)

 バレンタインや卒業の時にもらう第2ボタンや本ネームのように季節限定ではなく、「年中無休の24時間OK!」というイイ気分のコンビニのようなお手軽さ。これでは生徒達の心を鷲掴みするのも無理はないだろう。


 幸子女史の思いがけない提案に、「スターどっきり(秘)報告」で仕掛けられた芸能人のような大声で反応してしまった。慌てて口を押さえる前に、和子ちゃんや幸子女史に「ちょっと! 声大きい!」と横から手を伸ばして口を押さえられた。しかもシュート練習が終わってコートの中央に集合しているバスケ部員が、私の声に反応してこちらを振りかえったのだ。もちろんそのメンツに田宮君も入っており、女子の中には小関明日香こせきあすかさんも成田耀子あのオンナも入っていた。カーッと顔全体に血が巡り咄嗟に俯く。


「いたっ!」


 幸子女史が叫んだと思ったら、自分の頭にも「パコーン」という爽快な衝撃音と痛みが走った。和子ちゃんも「いったぁ……ちょっと、痛いじゃないのよ!」と文句を垂れながら、すごい勢いで後ろを振り返った。

(ちょ、ちょっと……)

 頭を押さえながら後ろを振り返ると、至近距離に整った顔があったので不覚にもドキっとしてしまった。そこには、細く丸めたクシャクシャな台本で後頭部を叩きながら睨んでいる「チビ猿」が約一匹、仁王立ちしていた。

 尾島は学校指定のジャージではなくサッカー部専用の白とブルーのジャージを着用しており、足元は相変わらず踵を踏んだ汚い上履きだった。少し前までは見下ろしていたのに、最近は生意気にも目線の高さが近いせいで「チビ猿」から卒業しそうな勢いだ。よほどの成長期なのか、食べる量も半端ではなく、親御さんには弁当を2つ用意してもらっているらしい。朝錬の後早弁、昼間にもう一個弁当を取り出してかっこんでいる。その他にもコンビニで「ナイススティック」だの「まるごとソーセージ」だの「アップルパイ」などを買ってきてはムシャムシャと食べていた。

(黙っていれば結構イイ顔なのに……。おまけに性格が温厚で、もう少し背が高くて、頭が良くて、私に優しければ言うこと無しだな)

 しかしそれは最早「尾島」ではない。自分の都合のいい妄想を慌てて振り払った。愛しの田宮君ダーリンが傍にいるというのに……なんてことを考えるのだ! まだまだ修行が足りぬぞ、荒井美千子!


「……オマエらな。人がせっかく一生懸命劇に集中してるっちゅうに、なに呑気にバスケ部なんか見てんのよ! 特にチュウ、そんな大声出せるんなら、監修としてつるちゃんと一緒に唾飛ばすぐらい指導したらいかがですかねぇ?!」


 ブチッ。

(……コ、コノヤロ……)

 確かに尾島の言うことは一理あった。が、果たして私が指導したところで、この「リアル磯野カツオ」が大人しく従うかどうかは、それはまた別の話である。一瞬キレそうになるも、今はそれどころではない。なによりバスケ部の視線をどうにかしなければならないし、ましてやどもりながら怒る姿など田宮君ダーリンに見られたくなかった。引き攣り笑いを浮かべながら「そうッスね、ささ、舞台稽古に戻りやしょう、親分」と下っ端チンピラよろしくさっさと舞台袖に促そうとする前に、和子ちゃんがすかさず尾島の頭を叩き返した。


「野生猿はイチイチうるさいのよ! 第一ミっちゃんが言ったこと、アンタ今まで一回でも聞いたことあんの? 一度も従った事ないじゃんっ!」

「そうよ! 私らだけじゃなくて、他の子もベランダから見てるでしょうが! 男のくせにネチメチと細かいんだから……尾島って絶対うるさい小舅になるタイプだよね」

「「ホントサイアクぅ~」」


 まるで狩人のように息の合ったハモり方でまとめる2人。

 和子ちゃん、さすが私と尾島の関係を見極めている! ……と言いたいところだが、素直に喜べないのは何故であろう。幸子女史も未来の尾島の姿を見通せるその千里眼に頭が下がる。尾島は途端にヒクリと顔を歪ませ、台本を叩く手を止めた。


「……じゃぁなんですか? 男は細かくちゃいけない法律でもあるんすかっ? 人のことうるさい小舅呼ばわりする前にさぁ、自分が嫁にいけるか心配しろ、このヌリカベ! このままだとアンタら全員ババァになるまで独身決定! 間違いねぇよ、賭けてもいいぜ?」

「「なんですってぇ?!」」


 いつものようにヌリカベ組と類人猿がギャンギャン言い争いを始めたので、これはいよいよ舞台袖に引っ込まなければと3人の姿をバスケ部員から隠すようコートに背を向け、身体を押して退場しようとした。……しかし背後から聞こえてきたボールを弾ませる音と男性の低い声がそれを遮った。



「尾島ぁ!」



 4人とも声のする方を向けば、背の高い男子生徒が軽くドリブルして近づいてくるのが見えた。ジャージの色からして2年生であることは間違いない。


「暇ぶっこいてるなら、ちぃっと顔貸せや?」


 疑問形のわりには否とは言わせない命令口調。誰かさんに負けないくらい気が強そうで、恐ろしいことにニタニタ笑っているその表情は1年後の尾島の姿のようだ。しかもこの顔は見たことがある。もちろん密かにバスケ部を遠くから眺めているので、自然と目に入るのだが、それだけじゃない。この先輩は入学当初、何回か8組に顔を出しては、尾島のことを呼び出していたのだ。

 その後ろのバスケ部の集団では、一人の女生徒が「コートに下りてきなよ」というよう手招きしながら笑っている。こちらもやっぱり2年生だった。

 呼ばれているのは尾島一人。その尾島は――


「チっ……」


 嫌そうに小さく舌打ちをした後、横を向いて溜息を吐いた。


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