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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
プロローグ
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卒業アルバム

『ワハハハハ!』


 男性陣の豪快な笑い声が玄関へ続く廊下まで聞こえてきた。

 温かい居間から遮断された廊下や階段は真っ暗で薄ら寒い。玄関の横と階段の踊り場にある窓から漏れる、外灯の僅かな明かりが余計に寒さを醸し出している。

 夕食のスキヤキとアルコールのおかげで身体が火照っている為、寒さは余り感じられなかったが。


「冷えるなぁ……」


 小脇に抱えている4冊の分厚いアルバムを、さっさと二階の自分の部屋へ避難させるべく居間から退散したのだが、ついでに尿意もあったのでお手洗いを済ませ階段を上った。階段を登る途中で、ひと際高い父の笑い声が耳に入る。


「……まーた、変なこと言ったんじゃないでしょうねぇ」


 ダイニングテーブルでスキヤキを前に演説しているサンタ……いや、男を心の中で悪態ついた。

 ヤツは遠慮なく肉にガッツいていた。

 今夜の為に用意した普段食卓にお目見えしない肉屋の最高級品、霜がふりふり降ってる牛肉。「沢山食べて」という言葉を素直に受け取ったサンタは、鍋の中の牛肉をどんどん口の中に入れた。

 もうスキヤキの肉は完食してしまった。

 席を立った時、鍋に残っているのは春菊と色の変わった白滝だけだった。アルコールも勧められた分だけ飲んでいた。今も飲んでいる。得意じゃないくせに。こういう席だけ、友人や同僚の人と飲むときだけ「飲んべぇ」に変わる。

 ヤツが今住んでいる、私達の新居にもなるあのマンションの冷蔵庫に酒の気配はなかった。あるのは常にジュース。しかも炭酸飲料。野菜ジュースを飲めと言っても聞きやしない。

 2人で飲んでいるときもヤツはあまり飲まなかった。「まぁまぁ、飲んでくださいよ」と私にだけ飲ませた。ある日何故私だけがと不服を唱えると、「君、飲んだらすごいよ? 身体擦りつけて積極的なんだもの。オジサン嬉しいんだもの」と鼻の下を伸ばしながらグラス一杯にお酒をついだ。


「……明日朝早いんだけど、大丈夫かな」


 苦笑しながら階段を登り、自分の部屋のドアを開けた。


***


 見なれた部屋はカーテンが引いておらず、コンビニの看板の明りや道路の街頭の光が差し込んでいた。

 壁のスイッチに手を伸ばし照明をつけると、夕方にやっと詰め込み作業が終了した荷物の山が目に入った。ダンボールの山を始め、ベッド、ドレッサー、タンス、本箱。結局たくさんあった本はお気に入りのものだけを残して、あとは売ってしまうことにした。本が詰められたダンボールの数をみて、サンタが目を吊り上げたからだ。


 薄ら寒い部屋の中に所狭しと荷物が積んであるのに、なんだか部屋の中がガランとしていた。色というか、生活感が無くなったせいだろう。

 ベッドの上にあった蓋があいているダンボールに、持ってきたアルバムを再び納めた。


「……ったく、急にこんなものを出せだなんて」


 ブツブツと文句を言いながらガムテープに手を伸ばしたが、ハタとその手を止めて、もう一度アルバムを手に取ってみた。

 アルバムと言っても家族の写真ではない。卒業アルバムだ。

 小学校、中学校、高校、短大。4つ合わせるとかなりの重量で、短大になるほどアルバムの造りが豪華になっている。一番上の小学校のアルバムは開ける気もしないので、早々横に置く。最初にケースから取り出したのは数メートル先にある中学の卒業アルバム。


「198○年 Y市立山野中学校卒業アルバム 絆」


 私はあまり卒業アルバムを見たくないし、見せたくない人間だ。ハッキリ言ってこの世から抹殺したい。答えは簡単、自分の写真が大変不細工だからである。

 だが自分の分はいくらでも処分できるが、他の同級生の分は無理だ。あぁ、卒業生全員一生このアルバムを持ち続けると想像するだけで寒気が走る。

 そんなにっくきアルバム達だが、この中学校だけは特別だった。厚い表紙を開き、真っ先に自分の写真が掲載されているページを開いた。

 3年6組。

 自分の写真を見ると思わず溜息が出た。

 何度見ても変わらない、変る筈もないぎこちない不細工顔にデコピンをした。


 私は幼少の頃から身体が大きかった。

 大きいうえに、少し太っていた。

 ポッチャリと言えば聞こえがいいが、ようするになんてことはない、デブである。それが小さいころからのコンプレックスで、特に小学校の頃がひどかった。おまけに引っ込み思案で、頭もそんなに良くない。このままではイカンとは思っていたが、思うだけで努力もせず流されたままだった。

 身体は大きくやや太り気味、消極的で頭は中の下、しかも運動神経はゼロで生真面目の面倒臭がり屋。暗いし卑屈っぽい。

 最悪である。

 これでは友達もままならない、私だってこんなやつの友達になんかなりたくない。当然のごとくそんな小学校時代はあまり友達がいなかった。今でも思うのだが、その当時を思い出すたびに「しっかりしろ、努力が足りない」と自分に喝を入れてやりたくなる。


 だがありがたいことに、ときに年月というのは人を変えてくれる。


 地味だった私も今ではそれなりの大人になった。特別抜きん出ているわけではないけど、世間並みのOLになったと思う。

 学生の頃はその年頃特有のふっくらとした体系だったが、社会人になった途端、仕事のストレスと大変さで見る間に痩せた。痩せて背が高いとくれば、あらゆる服が着こなせて得だった。おまけに胸だけは大きかったので、ボディだけはグラビアアイドル並みだ。不細工だと思っていた顔は意外とパーツが大きく、特別美人ではなかったが上手く化粧すればそれなりに映えた。

 良く見せるメイクを覚え、流行のヘアースタイルに髪を整え、雑誌を読み漁って洋服のセンスを養い、資格を取って自分の肥やしにした。おかげで一時期は稼ぐ給料、自分に投資してばかりだった。



 そして、魅力的な女性になるための大事な要素――恋愛。



 学生の頃は冴えない容姿に対するコンプレックスと、幼少のころから積み上げられた僻みで、ただ勉強一筋だった。

 本心は恋がしたかったけれども……ある時期に受けたトラウマが酷くて、とても踏み出す勇気がなかったのだ。

 おかげで勉強も就活も真面目に取り組むことになり、就職難と言われ始めた当時、就職浪人になることだけは避けることができた。

 社会人になり、小さな誘惑に爪先だけちょこんと浸しながらも、バリバリ稼いでいよいよ夢へ向かって進もうと準備をしながら自分を磨く努力をしていたのに。


 恋というのは、否応なしに、突然とびこんできてしまう。本人の気持ちとはお構いなしに。


 でも、嬉しかった。

 普通に恋をできることが、想いを寄せる男性がいるということが、本当に嬉しかったのだ。



 たとえそれが幸せな恋ではなかったとしても、だ。



 それからは人並みに恋を重ね、出逢いと別れを繰り返してきた。

 こうして考えてみると、人の一生と言うのはなんて不思議なのだろうと思う。

 実際私は地味で鈍臭くて恋とは無縁の女だった筈なのに、気が付けば雑草のように強かな女になってしまった。いや、ならずにはおれなかった、というほうが正しいかもしれない。

 決して幸せとは言い難い日々を経て、居間で飲んでいるサンタに出会うまでの間、ため息が出るほど色々な出来事を繰り返し、幸も不幸も私の前に現れては通り過ぎていった。

 まるでパートナーが次々と変わる、フォークダンスのオクラホマミキサーように。




 これからも、生きている限り「手を取り合っては離れ」が続いていくのだろうか。




***



 次のページをめくった。


 3年7組。

 中学のアルバムを開くと必ず見てしまうページがこの3年7組だった。

 担任は箕輪。超怖かった、ゴル●13みたいな眉毛でいつもしかめっ面をしてた。背が低く年中ピッタリとしたTシャツを着て、乳首を浮かせていたマッチョな体育教師。ぎこちない箕輪の顔にフハっと笑いが漏れてしまった。


 口を押さえながら、目線はいつものところに止まった。


 爽やかな笑みを浮かべている男の子。目尻に浮かぶ皺がなんとも可愛らしい。

 少し右に視線をずらすと、色黒坊主でつぶらな瞳の男の子。彼の笑い方は少しぎこちなかった。


 そして、目線を上げると――。


 茶髪の五分刈りで生意気そうな笑みを浮かべている男の子。こちらは目尻に黒子がある。

 自然とこちらも照れくさいようなくすぐったいような気持ちになり、ぎこちない笑みをしてしまった。

 男子全員、きちんと白いカラーをつけた学ランを着て並んでいる澄まし顔の写真。

 当時人気者と言うかクラスの中心にいるような「カッコイイ」と言われる男子達は、真面目に制服を着ることが「カッコ悪い」とでも言うように、白いカラーをつけた子はいなかった。長ランだの短ランだのボンタンだのを着ていた。3人ともいつもはカラーなんぞつけていなかったくせに、この写真はついている。


 爽やかな笑顔で、目尻に皺がある「田宮」。

 色黒坊主で、つぶらな瞳の「星野」

 茶髪の五分刈り、目尻黒子男の「尾島」。


 大人の恋愛とは違う、淡い恋の思い出。甘くて苦くて笑えて、そして切なくて……不器用すぎた中学生の日々。



 そう――彼らは一生忘れられない、私の青春。

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