表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学1年生編
16/147

笹谷さんの恋愛事情~前編~

長いです。

 人は生きている間に、どれほどの人に出会うのだろうか。


 親や兄弟、祖父母。恩師や同僚に恋人。そして伴侶、子供に孫。

 あまたの人と出会い、交流を深め、そして別れていく人生――その中でも友と呼べる人、それこそ無二の親友と呼べる人とは、どれくらい巡り合えるのだろうか。またそういう友人に出会える幸運な人は、どれくらいいるのだろうか。


 夏休みが明けて体育祭が終わり、季節は秋へと移り変わりつつあった、ある日の放課後。

 私は、その「無二の親友」と出会うことになるのである。


********


 バレー部の部室である2年1組の教室の窓から空を見上げると、灰色の雲が見えた。開いている窓の隙間からは、テニス部のボールを打っている音や後輩達の掛け声が聞こえ、僅かに湿った臭いもした。朝見た天気予報では、夕方から夜半にかけて雨になるのかもしれないとアナウンサーが言っていた。もうそろそろ振り出す頃だろう。

 さて、そんなバレー部の部室に生徒が2人。

 私と隣にいる同じ1年生の「笹谷さん」は、貴重品等の荷物見張り当番として、窓際に肩を並べて座っていた。


……いたのだが。


(どうしよう……何かしゃべった方がいいんだろうか)

 私はチラッと横を見て、この沈黙しまくりの雰囲気をどう打破しようか悶々としていた。

 何故なら隣に座っている笹谷さんは最近までろくに話もしたことがないうえに、あの「原口美恵」の友人の一人だったからだ。当然原口美恵と仲のよろしくない私とも犬猿の仲だった筈だった。……なのに。

 何がどうしてこうなったのには、もちろんきちんとした過程がある。

 笹谷さんは夏休み中に原口美恵とケンカをしたらしく、原口グループを抜けたのだ。彼女は奥住トリオの一員である「光岡さん」と一緒のクラスでもあるので、奥住トリオといることが多くなった。その関係で最近私や和子ちゃんとも仲良くしているのだが、さすがに気安く話ができるほど距離が縮まったわけではなかった。笹谷さんはいつ原口美恵と元のサヤに戻るかわからないし、ここは付かず離れずが無難だと顔には出さずとも心の中で身構えていた。

 笹谷さんはそんな私の心を知ってか知らずか、私達のグループに入っても実際私とは特に親しく口を利くことも無かった。あれだけあからさまに原口美恵から敵対心を向けられている私に、「気の毒だね」とも、その原因になっている「チビ猿」のことも、原口美恵の事は悪口どころか話題にもしなかったのだ。

 そう、笹谷さんと当番を組むはずだったチィちゃんが文化祭の委員で不在の為、見張り番交代要員として「一緒に当番を組もうよ荒井さん」と名指しで誘われたこの時までは――。


「荒井さんのところ、何やるの?」


 沈黙を破るように、とうとう笹谷さんは爪を一生懸命磨きながら話し掛けてきた。英語の単語の意味を調べてるふりをしていた私は、ビクゥと身体を硬直させ、そっと笹谷さんの方を見ながら恐る恐る尋ねてみた。


「……え? な、何って?」

「ほら、文化祭。確か内容の提出、締め切り今日までだったでしょう?」

「……え、あぁ! う、うん。一応決まったよ? け、結構揉めたんだけどね……」


 私はその時の様子を思い出しながらぎこちなく笑うと、笹谷さんは爪にフゥっと息を吹きかけ、こちらを見た。

(うっ! やっぱり顔も髪も超キレイ……)

 笹谷さんは顎より少し伸びているサラサラで綺麗な茶色の髪をワンレンにしていた。確か先輩に「少し髪が茶色いね」と注意されていたが、ギリギリラインなので、親の承諾書を提出しお咎めなしだったらしい。背は私と同じくらいだが、彼女はスラリとスタイルが良く、顔だちもきれいな卵型で色白だった。特に綺麗なのは瞳で、子猫のようなクリっとした奥二重で色も髪と同じ茶色。どう見ても私達と同じ中学1年生には見えず、大人っぽかった。そんな彼女は茶色い瞳を黒板の方に彷徨わせた後、コクンと息を飲んでニィっとした笑顔を作った。

 ガタン。

 彼女は爪磨きを机に置いて椅子を座り直した。


「……あのね、荒井さん」

「え?」

「ごめんね、荒井さん」

「えっ? ななななに?!」

「あのさ、一度ちゃんと謝りたかったんだ。それだけなんだけど……えーと、本当にゴメンナサイ」


 急に頭を下げられてビックリした。

 文化祭の内容とは違う謝罪の言葉に一瞬躊躇したが、彼女の言いたいことはすぐ理解できた。おそらく今まで私に対して取っていた態度の謝罪だろう。彼女からは特に嫌がらせを受けた訳ではなく、許すも何もないのだが……ただ一言素直に謝られればこちらとて悪い気はしない。私は警戒心を解いて少し微笑んだ。笹谷さんも私の笑顔の意味がわかったのか、照れ臭そうに「ゴメンね、急に」と笑った後、話題を元に戻した。


「それで、文化祭だけど、8組は何やるの?」

「あ、うちの第一候補は劇をやることになって、」

「え~! 何やるのぉ?」

「ああああの、その、映画知ってる? ……『バック・トゥ・ザ・フューチャー』……」

「え? 映画? ……名前だけは聞いたことあるような……」


 イマイチ理解をしていない感じの笹谷さんを見て、「そうだろうなぁ」と心の中で苦笑した私は、得意分野である洋画の話題を喜々として説明した。


『バック・トゥ・ザ・フューチャー』


 それは80年代中頃に公開され、爆発的に大ヒットした映画名である。

 マイケル・J・フォックスが演じる主人公こと『マーティ』が、思わぬアクシデントで友人である博士が作ったタイムマシンに乗りこんでしまい、過去に行ってしまうというお話。現代に戻るまでのハラハラドキドキ感といい、自分の存在を消さないように両親をカップルにさせる奮闘ぶりといい、アイデアも斬新ながら音楽もイケてるという非の打ちどころのない作品。またタイムマシンとして改造された『デロリアン』が、シルバーボディのガルウィングという超クールな車なのだ。(美千子熱弁)


 笹谷さんは、「そんな話だったんだ。名前だけは知ってたけど、以外~」と感心しながら頷いた。それもそうだろう。この年頃の女の子が、洋画を映画館にまで足を運んで見る人は少ないと思う。親、兄弟に大の洋画ファンがいるならまだしも。

 この頃の女子中学生がファンになる対象の多くは、ジャニーズなどの「アイドル」であり、映画はその「アイドル」が出演していたものや、薬師丸ひろ子や原田知美が演じる「角川映画」の邦画、アニメ映画が人気の時代であった。もちろん洋画もヒット作が多かったが、視聴対象年齢が大人向けばかりだったように思う。上映館も総合娯楽施設に隣接している大型映画館などではなく、圧倒的に小さかったものが多かったし、設備も十分ではなかった。

 そういう御時世もあって、女子中学生が外国のアクターに熱を上げる子は自然と少なかった記憶がある。友達になった子に洋画の話題を出しても、クエスチョンマークが返って来るだけだけ。現に目の前の笹谷さんも、「マイケル・J・フォックス」というアクターについて説明をしたが、興味が無いようで、「ふ~んそうかぁ」と相槌だけ打っていた。


「あ、でででも、決まったのはいいんだけど……た、体育館の舞台が使えるかは今日の抽選次第で……」

「そっかぁ。なら、抽選会、当選するといいね。それにしても荒井さんって、映画詳しいんだね、好きなんだ?」

「うん! 今はこの人達に夢中でさ」


 いそいそと雑誌の切り抜きが挟まっている下敷きをとり出してお披露目をした。海外アクターの切り抜きが丁寧に並んでいる「メイドイン美千子」の力作だ。自慢じゃないが、中学進学と同時に通い出した知り合いの英語塾の先生から入手した、外国のアイドル雑誌の切り抜きまであった。そこには、なんとこの時点ではまだ日本で認知度が低い(ほぼ無かったと言ってもよい)ブレイクする前の「リバー・フェニックス」が微笑んでおり、当時としては激レアものだったと確信している。そこを力強く指さす。


「このひと! これから絶対人気出るから! すっごいファンなんだぁ」

「へ、へぇ~そうなんだ。……けど、文化祭でそんな難しそうな内容やるなんて、大変だねぇ。荒井さんがアイデアを出したの?」


 興味津々と目を輝かせながら尋ねてくる笹谷さんに、「え? い、いや、違う! 私じゃないよ」と慌て手を振りながら否定した。


***


 数日前の「結構揉めた」ホームルーム。

 文化祭と言うものは必ずなんらかのテーマがある。もちろん我が山野中学校も例に漏れずテーマを与えられていた。


『明日へ繋がりゆく日々~過去・現在・未来~』


 今年のテーマがそれだった。

 文化祭の催し物をなににするかと話し合いが始まると、2学期になっても通路を挟んで私の斜め後ろの席に落ち着きやがった尾島は、「どうせなら目立つ劇がいいんじゃね?」と意気揚々と無責任な発言をした。体育館を使う劇の枠は各学年1クラスだというのに。

 尾島は『はじめ人間ギャートルズ』を押した。「なんだよそれ?!」という周りの呆れた意見にも関わらず、尾島は更に余計な一言付け加える。


『オレが「ゴン」をやってやるから、宇井、「ドテチン」を頼んだぜ! 心配すんな、マンモスの肉、分けてやっから!』


 メデたくチビ猿と遠い席に離れた和子ちゃんに対して、久々五分刈りに戻った頭を振り返り堂々とサムアップで合図する自称「ゴン」こと尾島アホザル。教室に冷やかしの声やら忍び笑いが響く中、綺麗にセットされた自慢の髪を揺らす勢いで立ちあがった和子ちゃんは、すかさず冷めた声で吐き捨てた。


『言いだしっぺの尾島に、一番責任の重い総監督を希望します!』


 もちろん、「尾島よ、ふざけてないで、真面目に考えろ!」という梨本先生リポーターの一喝で、『はじめ人間ギャートルズ』はアッサリと却下された。当然だろう。大体文化祭のテーマと全然接点がない。かろうじて「過去」という部分が、かぶっているだけではないか。

 そこで最近覚えの新しい『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が候補に上った。意外なことに、この名前を上げたのも尾島だった。担任のリポーターも担当教科が教科だけに、「おお?!」と窓に寄りかかっていたヤル気のない身体を起こして、嬉しさを隠せない様子だ。

(類人猿、ナイスアイデア!)

 大好きな映画の名前が思わぬ人物から飛び出し、私も興奮してしまった。自称洋画ファンとしては大賛成だ。映画の内容も文化祭のテーマからかけ離れている……訳でもない(?)ので、そのまま勢いに任せて、「1年8組版・『バック・トゥ・ザ・フューチャー』」と決定した。


***


「……そっかぁ、尾島マヌケかぁ。相変わらず無責任なヤツねぇ。どうせ諏訪オタンコナスも面白がって『ヤレヤレ!』って言ったんでしょ?」


 ギクリ。

 図星だと顔に書いてある私に、笹谷さんはプっと吹き出し、「やっぱりね」と笑いを大きくした。


「アハ、アイツら、全然成長しないし。まだバカばっかりやってるんだ」


 笹谷さんは笑いが廊下に漏れるとマズイというように口を手で覆い、笑いを堪えていた。確か彼女は5、6年の時、原口美恵と共に尾島達『ロクでもないんジャー』と同じクラスだったと聞いた。その当時と重ねているのか、面白くて仕方がないというように身体を震わせている。


「フフっ、あ~おっかし! ……あ、一人で笑ってごめんね? 知ってると思うけど、私、尾島や諏訪と小6の時一緒のクラスだったの。なんとなくその姿が目に浮かぶんだ。けど、尾島がねぇ~、ふーん、そっかぁ」


 やたら「納得」と言いたげな言葉を連発する笹谷さん。頬に掛る茶色い髪をそっと指ですくい、パラパラっと落とすと「あ、枝毛」と言って、指で枝毛の髪を摘みながら学生カバンのポケットに手を伸ばして小さいハサミを取りだした。


「……なんか、尾島が映画の話題を出したの、わかる気がする。うん、なるほど。小学校の時よりは格段の進歩ね。方向性はちょっと違うし、マダマダだけどさ。……でもねぇ、あの思考が園児の尾島マヌケにしては、なかなか――」


 そっかぁ、そんなに……なんだね、尾島は。


 笹谷さんはそっと枝毛を切りながらブツブツと呟くと、切った枝毛をハラリと床に捨て、茶色い瞳をキラリと輝かせながらこちらを見た。笹谷さんの呟きは小さくて途中聞き取りにくかったが、最後だけは少し聞こえたので、「好きなんだねって……何が? 映画がってこと?」と尋ねた。

 しかし自分で尋ねておきながらそれはないだろうと思った。大体尾島が映画を好きだなんて話聞いたことがなし、「映画」という単語すらあの男の口から聞いた記憶もない。


「あ、違う、違うんだ! ……えっと、そうじゃないんだ。ん~むしろ……尾島って、映画あんまり好きじゃないかも。本人も苦手だって言ってたし。小6の時にね? みんなで一緒に映画見に行ったの。そしたらさぁ、尾島どうしたと思う? 一人だけ完全に爆睡! すっごい鼾掻いてくれちゃって、私達超恥ずかしい思いしたんだから。……しかもあの尾島バカ、『彼のオートバイ、彼女の島』という映画のタイトルを、『熟れ熟れオッパイ、熟女の谷間』なんて言うんだよ?! それも女子の目の前でっ!」


 笹谷さんは過去の忌まわしい記憶を口にして興奮したのか、急に目を吊り上げながらバンッと机を叩いた。その迫力に思わずのけぞっていたら、笹谷さんは「あらやだ、私ったら」と急に元に戻った。……一瞬般若が見えた気がするが……幻?


「あ、いや、だから何が言いたいかと言うとね? それほど尾島はまったく映画に無関心ってこと。だからそんな尾島が急に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんて、おかしいでしょ? まったく興味のない映画のタイトルを正しく知ってるなんて、ありえないでしょ? だから……一体ダレの影響なんだかと思ってさぁ」


 笹谷さんの意味深な視線と弧を描いている口元を隠すように当てている拳を見て、心臓の鼓動が僅かに速くなり、スッと身構える気持ちになった。


新キャラ、笹谷さん登場です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ