真夏の合宿の夜~後編~
少し長いです。
少々ヤンチャな暴れっぷりシーンや軽いイジメの描写があります。
奥住さん達が小学校5年生の時、夏休み明けに大阪から一人の女の子が、尾島率いる『ロクでもないんジャー』や原口美恵のクラスに転校してきた。
その転校生は色が白くてスラリと背の高い、可愛いというより中性的で綺麗な女の子だったそうだ。
残念ながらその転校生は山野中にいない。彼女は1年くらいしか大野小におらず、再び転校してしまったからだ。
尾島は転校してきた彼女を、ある日を境に何かと目の敵にしていた。そのある日と言うのが、体育でバスケがあった日で。男女混合試合をしたときに、尾島と原口がいるチームと対戦していた転校生のチームは、尾島達を完全に封じ込めて大勝してしまったのである。
その転校生は天才的にバスケが上手かったのだ。
「尾島を負かした」という情報を聞きつけた小関明日香さんは、特別クラブのバスケ部に彼女を誘った。
彼女は快く入部したが、尾島達や原口美恵達のイジメ同然の心ない態度で一週間も経たずにバスケ部を辞め、その延長でクラスでも孤立した。運悪く彼女に好意的だった小関明日香さんは、違うクラスだったから。
学年で一番バスケが上手かった尾島は、そのプライドをズタズタに傷つけられた。
それからというものの、なにかとその転校生のことを「関西弁をしゃべる」だの「男女」だのと言って難癖をつけた。奥住さんが尾島達のクラスの子から聞いた話によれば、尾島はその転校生を目の敵と言うより「キライキライも好きのうち」もしくは「好きな子に振り向いてほしくて、ついついイジメてしまう典型的な素直になれないアホガキ」丸出しだったらしい。もう、それはそれは見てる方が憐れに思うほどの熱心さで。
それを気に入らない原口美恵とその取り巻き達が、嫉妬と対抗心メラメラで転校生を無視しハブ攻撃をした。そのトバッチリを受けないように見て見ぬ振りするをする、その他のクラスメート達。また、担任がひ弱そうな若い新任の先生だったものだから、クラスは最悪の状態になり、酷い有様だったという。
大人しい転校生はどんな仕打ちにも黙って耐えたらしい。
私にはその気持ちがわかりすぎるくらいわかった。言い返せば相手が余計に調子に乗ってくる奴らだと分かっていたのだろう。しかも「関西弁」などで対抗しようものなら、これでもかとそこを突いてくるメンバーだ。
しかしそのイジメも、1年も経たないうちに幕が閉じる。彼女は再び大阪へ転校することになったのだ。
梅雨が明け、茹だるような暑さが始まった、6年の1学期が終わる終業式。
その事実を先生から告げられたクラスメートは驚愕し、なんとなく気まずい雰囲気にシーンとなった。その日の帰りの会まで転校する事をずっと黙っていた彼女は、一言「お世話になりました」と言っただけで、あとは無言だった。
黙って帰りの支度をする転校生に、複雑な思いで見送ることしかできないクラスメート達。かろうじて頼みの綱である担任も不在なせいで、思いっきり暗雲立ち込める空気の中。
何を思ったのか、尾島は黙って教室を出ようとした転校生の背中に大声で、「なんで転校すること、言わなかったんだよ!」と詰った。クラスメートも固唾を飲んで見守る。
突然好きな女の子が居なくなってしまう悲しさ。しかも「さよなら」も言わずに。
尾島の気持ち、わからなくもない。
しかし彼女にしたら「なんで転校すること、言わなかったんだよ!」と詰られたところで尾島の行動を理解できないし、したくもないだろう。
彼女は振り向いて暫く背の低い尾島を見下ろした後、他のクラスメートを見回し、俯いた。俯むいた顔には、転校してきた時には短かったサラサラな髪が彼女の表情を隠すように覆っていた。シーンとなる教室。俯いたまま何も言わない彼女に尾島は痺れを切らし、何を勘違いしたのか、とんでもないことを言いだしたのだ。
『て、転校するって一言言ってくれればよ、お別れ会くらいできたんだぜ! それを何も言わずにハイさようならなんてさ、たとえ短い間でも一緒に過ごした仲間にすることかよ?!」
尾島が偉そうに言い終わった瞬間、パーンと乾いた音が響き渡った。
一瞬何が何だかわからないクラスメートも、転校生が腕を振り切った姿と、尾島が頬を赤くして横を向いている姿で察しがついた。あのおとなしい転校生が尾島を殴ったと。
転校生は鬼のような形相をしながら、うっすら涙を浮かべた瞳に怒りを滾らせていた。綺麗な分だけ、それはそれは恐ろしかったらしい。
『……なんで、なんでアンタらに転校のこと言わなアカンの?! 黙って聞いてりゃあ、調子に乗ってあんだけイジメくさっといて、ようそこまでえらそうなこと言えるわ! お別れ会? そんなもんせんといて結構、むしろこっちからお断りや! この際言わせてもろうけどな、このドチビ! そないにバスケで負けたのが悔しかったんなら、つよぉなって、男らしくバスケで勝負してこいや! 腐った女みたいに口だけはペラペラペラペラしょーもないことを言いよってからに……二度とその顔私の前に晒すな! ええかドチビ、オマエも、あんたら全員も、今度私の前に現れたりしたらっ、シバいて道頓堀に沈めたるっ!』
転校生は華麗な容姿とは程遠い「横山ヤスシ」も真っ青なドスの効いた声で、一年間の鬱積を晴らすかのように一気に怒鳴り散らした。そこには「大人しくてなにも抵抗しない可憐な転校生」の姿は何処にもない。
あまりにも衝撃的で声も出せず呆然としている、尾島とクラスメート達。
シーンとした空気を破った鋼の心臓の持ち主は、『ロクでもないんジャー』の中でも一癖あって雰囲気の怖い、悪っぶている桂君だった。
『……はぁ? なんだよオマエ、急にキレてさっ。バカじゃねぇの? 大体オマエだってさ、』
ガンっ!
ガタンッ、ガシャーン!
桂君が文句を言い終わらないうちに、派手な音と女子の悲鳴が教室に響き渡った。
なんと彼女はスカートにも関わらず、傍にあった机を見事な長い脚で蹴り飛ばすというトドメを差し、ギロリと睨んで桂君を黙らせたのだ。
『「オマエ」って、気安く呼ぶなやっ! このハゲっ!』
ホンマ、ガキくさいアホな連中ばっかで、かなわんわっ。
浪花の転校生はそう吐き捨てると「清清した」と言わんばかりにスッキリとした表情でクルリと踵を返した。
最後の最後でUSA並みのハリケーンをブチかまし、尾島にビンタと「大失恋」という苦い置き土産を残して教室を退場した彼女は、肩を怒らせながら大野小を去った。
***
「……と、いうわけよ」
奥住さんが人差し指を得意そうに振りながら話を締めると、「その転校生ヤルゥ! エライ!」とはしゃぐ和子ちゃんを除いた6人が複雑な視線を絡ませた。まるでその現場に居合わせたかのように、全員ダンマリである。
「……転校生スゴイけど、ちょっと切ないねぇ」
「いやだ、幸子。ここは切ないじゃないでしょ、自業自得でしょ! それにしてもあのお猿、本当にサイテーだわ」
幸子女史がしんみり呟いたのに対して、手痛い意見を返したのは和子ちゃんだった。
私も尾島と転校生の別れのエピソードには、和子ちゃんと同意見だ。彼女が一年間受けた仕打ちを思うと、尾島に同情も言い訳の余地もないと思う。もしかしたら彼女にも何か問題があったのかもしれないが。
この場合どちらが悪いかというのは愚問だろう。それこそ過ぎてしまったことは、どうしたってやり直しがきかないのだから。
どうやら恋というのは厄介で、人の心はとにもかくにも難しいらしい。
「大体ねぇ、そんな手痛いしっぺ返しをされたっていうのに、尾島、心を入れ替えるどころか反省した形跡が全く見られないっていうのはどういうことよ? 全然ガキのまんまじゃん! 第一同級生なんて子供だよ、子供! 全然良さがわかんない。やっぱ恋する相手は年上じゃないと! その点少年隊のヒガシなんて最高! ね、チィちゃん?」
和子ちゃんは目をハートマークにさせながら「尾島なんてどうでもいい」と言わんばかりにサラッと話の方向を変え、熱烈ファンである「少年隊」がいかに素晴らしいかといういつもの持論を披露した。チィちゃんも少年隊ファンなので「もちろん」と笑顔で頷いている。
その後は「1年生の男子で誰が一番カッコイイか」という議論になり、これには白熱した意見が飛び交った。結局「同級生はオヨビじゃない」という和子ちゃんを除いた全員が、「1組のサッカー部の佐藤伸君が一番素敵」と意見が一致したところで、議論は終了した。
タイミング良いのか、見回りに来た岩瀬先生が「早く寝ろよ、明日しごくぞ!」という声が廊下に響いた。
全員各布団に戻り、教室の電気が消え、明日の練習の為に目を閉じた。でも、なかなか眠気は訪れてはくれない。尾島の苦い失恋話を聞いたせいなのか、それとも肝心な自分の恋が「進展の兆し全くなし」と落ち込んでるせいなのか。
閉じた瞳を開いて教室の窓から見上げた夜空に描くのは、愛しい人の笑顔。
(田宮君……全然顔見ないなぁ)
夏の星座に並んで田宮君の爽やかな笑顔が、いつのまにか尾島の顔に変わった。
(出てくんなよ! ……ったく、サッカー部はよく練習一緒になるのに、なんでバスケ部と練習かぶらないかなぁ?!)
夏休みに入ってから田宮君の顔を一度も見ていないという事実に気分が一行に晴れなかった。同じ体育館を使うから練習が重なることは皆無なのはわかっていても、せめて前後で練習が重なってもいいじゃないかと文句を言いたい。女バレの練習の前後は男バレとかバトミントンかとか卓球とか体操部ばかりで、バスケ部に当たったことが一度もないのだ。
(神様のイジワル!)
群青色の空に向かってしっかり文句を言ったところで、瞼が重くなった。
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余談だが、部活の合宿はこの年を最後に無くなってしまった。
何故なら、私達の後に女バスが合宿をしていた時、不審者が中学に侵入して警察沙汰になったからである。
バスケ部の2年の先輩が深夜にトイレで起きた時、夜中の学校の恐ろしさに友達を起こしてトイレまで付いてもらった時のことだ。
扉をしつこく叩く音と呻き声が階下から聞こえてきた。抜群のロケーションなだけに、女バスの2年生達は悲鳴を上げて自分達が寝ていた教室に戻った。同時期に同じ物音を聞いていたバスケ部顧問が声のした方に向かうと、なんとベロンベロンに酔っ払ったオヤジがクダを巻いて扉をガンガン叩き文句を言っていたのだ。もちろんすぐに警察に通報され、泥酔オヤジは2人の警官に抱えられながら学校から連れ出された。まだ酔っ払いだから良かったものの、これが刃物を持った変質者だったら冗談では済まされない。男子ならまだしも年頃の女子中学生を預かる学校側としては、不祥事があってはならぬと判断したらしく、泊まり込みの合宿は一切禁止になってしまったのだった。
ここで関西在住の乙女の皆さまにお詫びを申し上げます。m(__)m