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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
144/147

1月は氷解~Mr.ブルーの告白⑦~

「先に飲もう、荒井さん」


 星野君の声が聞えた途端、ノイズが入った記憶の中にいるぼんやりと霞んだ男達は、テレビを消すようにブツリと消えてしまった。

 深く沈んだ思考の海から飛び出すようにハッと顔を上げれば、立ちっぱなしだった星野君はいつのまにか隣に座っていて、コーヒーのプルトップを引いていた。


「冷めるから、荒井さんも飲めば?」

「あ……うん」


 私は何度か瞬きをした後に「そうだね」と呟くと、プルトップを引いた。星野君と私の間に置いてある貴子の分のコーヒーを横目で見ながら、心の中で「先に頂くね」と飲みだす。

 喉元を温かい液体が通り抜けていく感覚が気持ちよく、ホッと息をついてしまった。冷え切った身体が温まるのは素直にうれしい。

……が、日が落ちかけている1月の寒空の下で特に会話もなく、男子とただひたすら飲むこの状態は正直キツい。


(ちょっと、気まずいな……)


 星野君とは特に何もないとはいえ、男子と二人きりというのはやはり落ち着かない。それはジャングルの船の中で聞いた、貴子の言葉のせいもある。

(私を見てたなんて――キャッ、どうしよぅ! ……って、バカバカバカ! 鼻血垂らしてないで現実をしっかり見なさい、ブー荒井!)

 自惚れを戒めるために心の中でカツを入れたが、その実まんざらでもない緩いお顔でそっと隣を盗み見た。が、星野君は思いっ切り私に背を向けており、貴子が肩を怒らせながら消えて行った方を見ている。

(……ま、現実はこんなもんですよネ)


「それにしても、貴子遅いな」

「…………そ、そういえばそうっスね」

「貴子がコーヒー買って来いって言ったのに。どこまで行ってるんだ?」

「……ハハ、ハ」


 まさか、


『トイレとお土産のついでに、怒りの鬱憤を先ほど通りかかったゲームセンターらしきところで発散しているかもぉ☆』


 などとは言えない。

(あれだけ野猿と大喧嘩したうえに、小リスには余計なこと言われたしね……)

 それでも貴子は大人だった。隕石が落ちて大混乱になった状況の中でも冷静さを取り戻したのだ。

(そのキッカケが、しっかりティッシュで抑えていたのにもかかわらず、吸収できなかった鼻血が地面に滴り落ちている私の姿を見て、チィちゃんが悲鳴を上げたからだけど)

 尾島は遠慮ない澄み切った爆笑を披露しやがったが、チィちゃんがワタワタとティッシュを差し出しながらしきりに心配してくれたので、あえて尾島の態度は不問に付すことにした。いつのまにか喧嘩の雰囲気が吹き飛んでるのを蒸し返す必要はないし。

 それにしても、さすがはチィちゃん! この世は悪魔だけではない、天使も存在することに素直に感動する荒井美千子。

――しかし、小関明日香が仲直りのしるしに観覧車に一緒に乗ろうと横やり……いやいや、不意打ちの一撃をかましたのにはギョッとなった。星野君が、「おれ、高いところダメだから。余ったチケット、持ってない奴にやる」などと言って、すでにチケットがない尾島たちに残りのチケットを全部渡したのにも。


(なんか、いつの間にかグループデートのメンバーになってやしませんかね、私と貴子(ウチら)


……的な傍迷惑の展開に、とりあえず観覧車の件は、鼻血という盾で貴子も私も丁重にお断りさせてもらった。だって、誰が好きこんでグループデートのお邪魔虫にならねばならんのだ。だから観覧車は星野君を除いた7人で行ってもらうことにした。

(おかげで星野君ラブ彼女と、何故か険しい顔で尾島クンに睨まれましたケドネ)

 一方彼らを見送った貴子は「一生観覧車で回ってろ」と書いてある満面な笑顔で手を振ったが、連中との距離が開いた途端に再び不機嫌な顔になり、星野君に八つ当たり……ややや、ちょっとした不満と苦情を訴えた。


『どーして、日曜なのに星野カズユキはここにいるのっ? シニアの練習どうしたのよ!』

『今日は練習中止で各自で自主トレ。河田の連中がインフルエンザで多数ダウンしたから、中間近いし、感染予防のため』

『……だからって、なんでスケートよっ。こんなところでのんべんだらりとスケートしてて良いわけ?! 家で素振りでもしてなさいよ!』

『スケートもいい運動になるって啓介と明日香に無理矢理連れられた。そもそも当初は俺じゃなく龍太郎』

『ハァッ?! なにそれっ!』

『……だったけど、面倒だって。田宮は都合悪くて、佐藤は部活。だから俺が仕方なく。ちなみに啓介は部活サボり』

『…………あ、そう。ま、まぁね? たまには気分転換にスケートもいいかもね? アンタって、暇さえあれば野球するしか頭にないんだから! そーよ、大体さぁ龍太郎カツラがグループデートなんて、あの顔でちゃんちゃらおかしいったら! スケート全然似合わないし! リンクに失礼だし!』


 最初は腕組んだまま仁王立ちの姿でプリプリしていたのに、急に高笑いまで出てくるほど機嫌がよくなった気がするのは私のきのせいだろう。

 その後貴子が星野君に飲み物を買うように頼んで現在に至るのだが、できれば尾島たちが戻ってくるまでには貴子とこの場から撤退したいのが本音だ。

 貴子早く戻らないかなと悶々としながら手元の缶をジッと見ていれば、とてもイタイ事実に気付いてしまった。

(ヤバイっ! 私ジュースのお金払ってないじゃん!)

 図々しくもお金を渡す前に、半分ほど飲んでしまったミルクティーの缶を慌ててベンチに置き、カバンからお財布を取り出した。


「すっすすすみません! あの、ジュースのお金をっ!」


 かなり年季の入った愛用の古いガマ口財布をガバっと開けて小銭を出せば、星野君は少々大袈裟じゃないかというほど驚いた顔で、私の手元に釘付けになった。


「百円で、大丈夫?」

「……え」

「ゆ、遊園地の自販だからもっと高かった、かな?」


 さらに50円玉を取り出しつつ星野君を見れば、驚愕した表情から怖い……いや、どちらかというと苦痛に近い険しい顔に変わったので、オロオロしてしまった。

(……マズイ、完全に怒ってるかも)

 しかも去年の夏祭りの日にも、お金を払わずラムネをタダ飲みしたという前科がある荒井美千子。ここは男が金出して当然というような鼻持ちならない女と認識されたらマズイ。

 釣りはイラねぇぜと150円を押し付けるように差し出せば、星野君はハッと我に返り、お金はいいというように頭を振った。


「……いい。大した金額じゃないし」

「でもでもでもっ、悪いし!」

「本当に、いい。それより」

「それより?」

「その財布……」


 星野君は思いっ切り開いている、ガマ口財布を僅かに震えた指でさした。


「さ、財布?」


 目をパチクリとしながら彼の指先を追い、自分の財布を見た。この財布がなんなのだろうと首を傾げれば、星野君はゴクリと咽喉を鳴らした後、ゆっくりと口を開いた。


「荒井さん、聞いていいか」

「な、何?」

「……その財布ってさ、どうした?」

「どうした?」

「いつもらったとか、誰からもらったとか、自分で買ったとか。ともかく、その財布、どうやって手に入れた?」

「どうやって……って」


 質問の内容はわかったが、何故こんなことを聞かれるのか理由がわからなかった。この財布がなんなのだろうと星野君に訊こうとしたが、彼の顔がとても真剣だってので、とりあえず訊く前に素直に答えようとしたら、意外な言葉が返ってきた。




「身内の人にもらった、とかじゃないか?」




 ビックリした。

 だって、その通りだったから。



 私は目を見開いたままゆっくり頷くと、かなり年季の入っているガマ口財布の布の部分キュッと握りながら答えた。


「う、うん。そうなの。だ、だいぶ前に、お、おばあちゃんからもらったもので……」


 ちなみに私が言ったおばあちゃんとは、母方の渡部のほうだ。

 渡部の祖母は荒井の方とは違い、東小父さんに負けないぐらい私を可愛がってくれる人だった。母の実家は近畿のS県にあるので、なかなか遊びに行けない(本当は「行かせてくれない」だけど)私に、季節が変わる度に手紙や写真のハガキを送ってくれた。ご無沙汰している不幸モノの孫なのに、手紙だけでなく、時々手編みのセーターや文房具、ちょっと変わったもの――例えば蛇の抜け殻だとか、宝石の原石など――も一緒に送ってくれた。

 だから私も、渡部の祖母から何か届く度に返事を書いていた。たとえ送られたものが流行ハズレで、「ちょっとこれは……」というものでも、大事にとってあった。

 中でもこの財布は、戦争で亡くなったおにいさんが生前にプレゼントしてくれたという貴重な代物で、形見同然の大事なものだった。大切な思い出の品を、真美子ではなく是非私にと聞いたときは、思わずジーンときてしまったほどだ。

(……ま、学校には持っていかないけどね)

 大事なものだけど、さすがにこのタイプの財布は型が古いので、学校には違う物を使っている。中学生としての見栄もあるし。

 星野君に大まかな説明をすると、「そうか」と呟いた。なぜだろう、この財布のことを聞き出す前に比べて凄味が増している。まるで推理を組み立てる探偵のようだ。


「……近畿に住んでる、荒井さんのおばあさんから……」

「うん。な、何年か前に送ってくれたもなんだ。物はかなり古いけど、十分使えるし。さすがに中はところどころ黄ばんでいるけど」

「近畿……」

「え……と、この財布、き、気になる事でもあるの、かな?」


 さっきから私の財布を睨んだまま、考え込んでいる星野君があまりに真剣なので、好奇心ついでに思い切って訊いてみることにした。貴子が来るまでつなぎにもなるし、気まずい雰囲気もなんとか持ち越せるかもと呑気に構えていたら、まったく想定外な言葉が返ってきた。


「俺、その財布、前に見たことある」

「え?」


 何を言っているのだろうかと首を傾げた。だって、私はこの財布を学校に持って行った記憶がない。だから、星野君は見たこと無い筈なのだ。星野君の言葉に戸惑っていたら、彼は円らな瞳を鋭く光らせた。




「もしかして、荒井さんって親戚に、『モモタ』っていう人、いないか? 俺らと同い年の女の子、いないか?」




『モモタ』




 冷たい北風が、私と星野君の間をヒュッと通り抜ける。




「俺の知っている子にも、モモタって子がいる。その子、近畿……大阪に住んでたんだ。その財布と同じもの、持ってた。おばあさんの形見だって、言ってた。だから、もしかして親戚なんじゃないかって」




 勢いよく続く彼の言葉は止まらない。




「お願いだ……もし知っているなら、教えて欲しい。彼女のことを」




 モモタハルカのことを――。


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