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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
142/147

1月は氷解~Mr.ブルーの告白⑤~

 目の前に聳える、大きなホイールを眺めた。

 夕日を浴びながらゆっくりと回る観覧車は、遊園地の象徴であるはずなのに、とても寂しそうに見えた。その姿はもうそろそろ楽しい時間は終わりですよと告げているようで、入園したばかりの心逸るお客を出迎える時とはまるで真逆の風景だ。


 そして――現在荒井美千子も、ワクワクなどとはまったく真逆な状況にいたりする。


「荒井さん」


 背後からいきなり名前を呼ばれ、必要以上にビクゥと身体が跳びあがった。うるさいほど跳ね上がる心臓を抑え、そろそろっと声の方へ向けば、キャップを目深にかぶった男子が、キョロキョロと辺りを見回していた。


「あれ? 貴子は?」

「……あ~、いや、そそその、まだトイ――いえ、化粧室から戻ってきてなくてですね……おそらくお土産売り場の方にも……」


 しどろもどろと友達の不在理由を伝えると、声を掛けた男子――星野君は「……ふ~ん」と遠くを眺めた後、スッと目の間に何かを差し出した。


「コレ」

「あ……」

「熱いから」

「どどどどうも、ありが、とう……」


 渡されたのは、私がリクエストした通り、暖かいミルクティーだった。おずおずと手を伸ばし、缶をありがたく頂戴すれば、星野君は私の顔をジッと見たまま、「もう大丈夫なのか」と聞いてきた。その言葉にピシリと固まる私に気付かず、彼はトントンと鼻のあたりを叩く。


「良かったな、止まって」

「……え――」

「鼻血」

「…………ハイ、オカゲサマデ……」


 一生思いだしたくもない不名誉な出来事で頭がいっぱいになり、顔から火を噴くほど恥ずかしかった。

 星野君も荒井美千子の衝撃的な光景を思いだしたのだろう。顔を伏せ気味にしてもわかるくらい、にゅっと口角を上げた。


「…………」


 昨年末の忌々しい草野球事件以来に拝見する、星野君の目尻皺ありなド・ストライク笑顔。我ながら結構な確率で貴重な現象に遭遇しているなと感じるほど珍しいスタースマイルに、喜んでいいのやら、戸惑っていいのやら、正直微妙だ。

(しかも、心なしか身体も震えているように見えるのは、わたしの気のせいでしょうか……)

 どうみても何かを我慢しているような星野君は、だんまりとした私を怒ったと勘違いしたのだろう。無理矢理笑いを逃がすように、咳ばらいをした。

……目尻の皺は一向に減ってないけど。


「……ゴホン。あ――…………その、ゴメン、荒井さん」

「…………いえ……」

「あ…………いや、気にするな」

「え?」

「鼻血なんて大したことない」

「…………そ、そうッスよね」

「誰でも出るし」

「…………」


 謝るということは、多少なりとも悪いことしたと思っているのだろう。

 しかし――。



 誰でも出るなんてフォローは、いくらなんでも無理があるんじゃないでしょうか、星野君。



*******


 星野君と二人きりでラブラブ! ……ではなく、二人きりでいる羽目になった数十分前。

 私と貴子は、下船許可が出たジャングルクルーズのボートから、速やかに撤退するつもりだった。

 幸いにも下船の出入り口は、尾島達が座っていた場所と反対側にあったので、私たちはチィちゃんと幸子女史だけに向かって「先行くわ」と合図を送り、下船する人の列に素早く並んだのだ。準備と心構えが功を奏したのか、グループデートの人たちは大人数で動きが鈍かったからか。大変ありがたいことに、私たちと尾島達の間には何組かのお客が並び、かなり空いていた。ヨシヨシと思いながら船から降りた瞬間、


『美千子、行くよ!』


 貴子の号令で駆け出したまでは良かった。

 しかし――ダッシュして間もなく、長い厚子お姉さまのベルボトムジーンズを自ら踏んでしまい、「ビタン!」と効果音が辺りに響き渡るほど、派手に転んでしまったのだ。オマケに転んだ拍子に鼻の粘膜を切ったのか、鼻からタラリと地面に滴り落ちる赤い血。

(うぉぉっ~どうしてこうなるの?!)

 恥ずかしさと思った以上の痛みのあまり、両拳を振り上げて地面に叩きつけたい衝動に駆られた。

 それでも、まるでコントのように転んで鼻血を流す私を、思いっきり笑いを我慢する貴子に起こされたまでは良かった。

 が、その後が最悪だった。


『ヒッヒッヒ~! あ~ヤベェ、超ウケる! ウケすぎるだろ、キミ! これは――そう、あれだな! 人が鼻血で困っているときにティッシュを渡さないと必ず降りかかるという、世にも恐ろしい「呪い・of・鼻血」ってヤツだな! ティッシュの伝道師、ノグティーにお祓いでもお願いした方がいいんじゃねぇの? お~イヤだ。怖い怖い! 笑いすぎ、ややや、怖すぎて、チビリそうだぜっ、アッハッハ~!!』


 猛スピードで追いかけてきた元祖鼻血男こと尾島に、衝撃の現場をライブで目撃されただけでなく、爆笑されるという屈辱的なトドメをさされたのだ!

(これはその……俗にいう、アレよね)

 人のことを鼻血男あれこれと言うと、結局自分も同じ目にあうという、すなわち因果応報、または人を呪わば穴二つという言葉を身をもって噛みしめろと、神が下した試練のようなもので――――あってたまるかっ、ゴラァァっ!


『な、なんで尾島アンタがここに……』


 ハラワタが煮えくり返るほど悔しかったので、ここは何か言ってやらないと気が済まなかった私は、垂れる鼻血を抑えながら睨みあげた。が、返ってきたのは、「は? そりゃ走ってきたからだろぅが、アホかオメーは!」というすげない言葉とニヤニヤ顔。

 ホゥ……そうですか。そういえばこの男、学校一と言ってもいいくらい、俊足の持ち主だということをすっかり忘れてましたよっ。すみませんねぇ、忘れっぽくって!


『いやいやいや! チュウも知ってるように、残念ながらオレ様はティッシュ持ってなくてよ? でも、ティッシュを持ってない女子失格の荒井美千子のためだわ! マジ仕方ねぇ。使用済みのタオルで良ければ貸してやるよ? だからそう涙目で睨むなって! ちなみにスケートの後に全身を拭いた汗つきのタオルだけど、我慢しろ? や~これがホントの、鼻血だけに特別大出血サービスってヤツだな! ウマい、ウマすぎるよ、オレ!』


 はじめは私の横にしゃがみこみ、人の背中をバンバンと叩きながらキリッと真剣な顔で覗き込んだ尾島だったが――やっぱり笑いが納まらないのか。「大出血サービス」のところでは、すでにしりもちをつきながら、ヒーヒーと腹をよじっていた。

(くそぉ……オマエの汚いタオルなんぞ借りなくとも、ティッシュぐらい持ってるわい!)

 大変ムカついたので、大袈裟に自分のカバンから堂々とティッシュを取り出せば、尾島は急に笑いを止めた。「あ、コラ! テメェ~やっぱティッシュ持ってんじゃねーか!」と喚いているが、フン。そんなの知るかってんだ。


『ちょっと……ホントっ、アンタはさっきからいったいなんなのよ?! いちいちいちいち美千子にべったり付きまとって、何がしたいわけっ? それに確かもうチケット無いってさっき散々喚いてたわよね?! だったらさっさとお仲間と共に遊園地から退散して、お帰りくださいよ? はいどうぞっ、出口はあちらです、どうぞお引き取りをっ!』


 傍にいた貴子は、尾島の態度にとうとうキレたのか。尾島とこちらに向かって走ってくるお仲間を順にさしながら、ゲートがある方角に向かって、両手で帰れジェスチャーをした。すると尾島は、顔を真っ赤にしながら、スクッと立ち上がり、貴子にずずいと攻め寄った。


『バ、バババカ! べべべ別にっ、べったり付きまとってるわけ……ね、ね、ねーだろーがっ! ハッ! だ、誰がチュウなんかにっ』

『ヘェ、あっそう! 美千子、今の尾島のセリフ、聞いた? もう尾島は「美千子なんか」には付きまとわないそうよ? むしろもうこれで縁を切るし、話しかけないし、絶対関わりませんだって! 良かったわ~これで平和になれるわね、私たち! ではこれにてサヨウナラ! ごきげんよう!』

『ゲッ! ババババカヤロっ! 勝手なことぬかしてんじゃねぇよ! な、何も縁を切るだなんて言ってね~だろうがっ!』

『なによ。美千子を「なんか」扱いしといて、よくもそんなヌケヌケと……。この際言わせてもらいますけどねぇ? もうすぐ中3になるっていうのに、いまどき小学生でもやらないような幼稚なアプローチしてんじゃないわよ! この間の写真の時にあれだけ親切に忠告したのに……一ヵ月も経たないうちに忘れてるなんて、アンタ、どんだけバカぁ?! 自分が恥ずかしくないわけ? つーか、追いかけてくるほど一緒に回りたいなら、呑気に爆笑してないで、大丈夫かの一言くらい言いなさいよ! この万年幼稚園児が!』

『ハァァっ?! ア、アホかっ! だれが幼稚園児だ! それにいつ一緒に回りたいなんて言ったよぉっ?!』

『じゃぁ、なんでしつこくついてくんのよ』

『っ!! や……だ……だ~か~らっ! それこそ超カン違いだってぇの! だ、大体よ、さっきから思ってたけどさ、なんでオマエらがここにいんのよ? 確かドテチンと3人でスケート行くんじゃなかったのかよ? つーか、そっちこそ、オレ様たちについてきたんじゃねぇのぉ~?!』

『はぁ?! なによそれ!』

『わざわざ時間なんかズラしちゃってよ、さも偶然一緒になりましたなんて装うじゃねェよ! 初めからオマエらが素直に一緒に行きたいって言えばよ? 仕方なく連れてきてやっても良かったんだぜ!』

『…………ここまで発想が自己チューでオメデタイと、ムカつくの通り越して、殺意すら覚えるわ! アンタ、リンクで派手にスっ転んだ拍子に、頭おかしくなったんじゃなのぉ? あ、ゴメンナサ~イ、元々おかしかったかわよね!』

『オイ! そりゃどういう意味だよ?!』


 ボチボチ帰ろうかとゲートへ向かうお客が見ている中で、派手な痴話ゲンカ……いやいや、言い合いをする貴子タカ尾島サル


「…………」


 あれだけ尾島に対しては「無視するのが一番」と豪語した貴子だったのに――長年の付き合いからか、それともよほど腹に据えかねたのか、それとも日頃の鬱憤がたまっていたからなのか。この時点では無視などという言葉は完全に撤回されていた。


 結局今世紀最大の大脱走は、私の不祥事によって失敗に終わり、鷹と猿の争いをグループデートの連中が仲裁に入るという最悪な事態でピリオドが打たれたのであった。


結局話が進まず……わ~ん(T_T)

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