1月は氷解~Mr.ブルーの告白④~
大変長らくお待たせしました。m(__)m
「知ってるか? あの滝、ちょっと角度を変えて見るとさ、蛇口が見えるんだぜ!」
通路を挟んで目の前に座っている猿が、ヒヒヒという下品な笑いをしながら、偉そうに説明している声が耳に入ってきた。
そうすると、猿を挟むように両隣に二人ずつ座っていた女子は、「うそ!」「えぇ?」と黄色い声を上げ、崖の上から流れている滝を見上げた。ご親切にも、日光ではなく山野中の猿は、蛇口の位置を証明するために、率先してジャングルをクルーズしているボートから身を乗り出そうとしたが、お約束通り横ヤリが入った。ボートの最後尾で、このジャングルを案内していたお兄さんによって。
『はいはい、そこの少年! ボートから身体を乗り出さないように。危ないですからね。なんてったって、ワニもいるんですから。ま、その場で回ってるだけですがね。それより、余計な発言はお控えくださいますよう、お願いいたします。少年少女の夢を壊さないように』
船内に響き渡る、お兄さんのキレのあるビブラートボイス。電車の車内アナウンサーばりのネットリした声色は、他のお客様の笑いを誘った。一方、お兄さんから指導を受けたボス猿は、「チェッ」などと言いながら唇を尖らせているが、笑いを取れたことに満足しているのだろう。得意顔で口はニンマリと弧を描いている。
(……なによ。女子に囲まれてニヤけちゃってさ。そんなにお調子に乗りたけりゃ、一生この船にでも乗ってりゃいいのよ!)
学校でもスケート場でも、私達が乗り物の順番待ちしているときでさえも、「ワリィ、待たせた!」と言いながら堂々と割り込んでちゃっかり一緒に並んでくる図々しいお調子者な男、尾島啓介。若気の至りどころか、幼児化真っ盛りな中二男に、最早掛ける言葉などない。
大体十代前半というのは、たとえ男女が一緒に遊びに来たとしても、恥ずかしさ故に男子と女子はそれぞれ固まって行動し、時々パイプ役の男女が二言三言交わすというのがセオリーのはずなのに。
それがどうだ。目の前で繰り広げられているのは、中学生にはあるまじき行為。しかも目障りなハーレム状態。
その中心でふんぞり返っている尾島の態度に、さっきからイライラが募るばかりだった。しかも……。
(何か面白おかしく発言するたびに、こちらをチラ見するのも、やめて欲しいんですけどねぇ)
そう。厄介なことに、尾島は何かアクションを起こすたびに、こちらに向ってどうよという視線を投げつけてくるのだ。その隣でチィちゃんが思いっ切り不安そうな顔をしているというのに。まったく、こんな状況下で、一体私に何をせいというのだろう。
どうやら隣の貴子も、尾島の無神経な態度にカチンときたみたいだ。青筋を立てながら、
『さっきからなんなのよ、アンタは。いい加減自分のグループデートに集中しなさいよ!』
キツイ目配せ&エアーボイスで、尾島に説教を垂れた。だが当の尾島は反省するどころか、むしろ貴子の有難いアドバイスを、思いっ切り違う方向に変換したようだ。キョトンとした後に、どや顔をしながら流し目を送ってきた。
『どうだ、今のウケただろ? オマエら女二人で寂しそうだったから、仕方なく面白いネタを披露したんだぜ? あ~オレって、何気に親切? いや、むしろ神? まいったね~こりゃ!』
などという、まったくもってオメデタイ方向に勘違いをしてそうなうえに、囲まれている女子の熱い視線を無視しているときたもんだ。どうやら尾島の脳内変換機は年中無休で故障中らしく、せっかくの貴重なアドバイスは塵と化した。
「「…………」」
あまりにも空気を読んでない尾島の態度に、とうとう私と貴子は「こんな奴知り合いでもなんでもありませんから」的な態度で、明後日の方角を見て無視を決め込んだ。貴子曰く、こう機嫌よく調子に乗っている時は間違っても、「何が何でも超勘違いを訂正してやろう」などと鼻息を荒くしながら、親切心を前面に出してはダメなんだそうだ。むしろ完全無視を決め込む方が結果的には無難だという。正直、私もその意見に賛成だった。ここは全部見なかったで済ますのが得策というもの。
(……だって、チィちゃんが傍にいるから下手なこともできないし。オマケに小リスの隣にいる女子も睨んでるし)
睨まれるのがチィちゃんなら話もわかる。(本当にされたら悲しいけどね)しかし何故、小関明日香の友人らしき女子にまで、睨まれなければならないのだろう。
どうやら貴子も彼女の視線に気付いたようだ。まだこっちをジト目で睨んでいる、彼女の常識ならぬ態度に、「何、アレ」とわからないように呟きながら、思いっ切りガンを飛ばし返した。厚子お姉さま仕込みの強烈光線に、さすがに強気の様子だった彼女も怯えた顔を見せた。隣に座っている小関明日香の陰に隠れたかと思えば、二人は女子特有のコソコソ話を始め出す。
「……いったいなんなの、あの二人。超~感じ悪いんだけど」
「う……ん。本当に、なんだろうね?」
「それに、あの明日香の顔見て。あの様子だと、絶対ロクなこと言ってないくさい」
ウンザリという顔で、「私って、なんでまともな幼馴染がいないんだろ」と落胆する貴子。私は貴子の気持ちが嫌と言うほどわかり、無言でポンポンと肩叩いて慰めた。だって、私もロクな幼馴染がいないから。ほら、雄臣とか、雄臣とか……雄臣とか!
(ていうか、幼馴染なんて雄臣とアラタだけだし)
さっきから、正確に言うとスケートをしているときから、全然消えてくれない雄臣の顔。
何故か正体不明のモヤモヤした気持ちと共に、ヒョコヒョコと幼いころの雄臣が顔を出す。まるでモグラ叩きのモグラのように。一生懸命ハンマーで雄臣を叩きながら、懸命に原因を突き止めようとするが、記憶に心当たりがまったくないので、さらにモヤモヤは追加されるばかり。
しかも想像の中ですら、雄臣の動きは素早く、なかなか私のハンマー裁きの餌食にならないときたもんだ!
(自由にできる自分の脳内ですら、鈍臭いってどういうこと?!)
悔しさのあまり、無理矢理雄臣のことを、現在クルーズ中のアフリカジャングルよりも遠い彼方へと叩き飛ばした。もう行ったきり一生帰ってこなくてもいいのにと、星になった雄臣を見送る荒井美千子。しかし雄臣が去ったとしても、このジャングルにはまだ危険な生物がうろついている。それもバイオセーフティレベルが高い病原菌持ちだ。しかも半径2メートル以内という、超至近距離に。
(凶暴ウイルス持ちの霊長類(野生猿)とか、齧歯類(子リス)とか、ね)
今だに無邪気な顔をして毒を吐いている……いや、乙女の内緒話をしている小リスの姿に思わず身構えると、話が終了したのか、小リスはこちらに手を振ってきた。両者の間でどういう取り引きがあったのか知らないが、小リスは満面な笑みで、こちらにVサインを寄越している。これには私も貴子もどう返していいかわからず、ただポカンと眺めるだけだった。睨んできた女子も、もうこっちの方には見向きもせず、睨んできた時とは打って変わったはにかみ顔で、反対側に座っている男子に話し掛けた。
「……ちょっと、美千子」
「え?」
貴子は目の前に繰り広げられている状況に、何かピンとくるものがあったのだろう。ボートのエンジン音とアナウンスでうるさいのをいいことに、身体を寄せてコソッと囁いてきた。
「明日香の隣の女子がこっちを睨んでた理由、わかったかも。あの子ね、多分星野狙いだわ」
「いっ?!」
「ホラ、隣の星野に話し掛けてる顔見てよ。頬赤いし、すっごく嬉しそうだし。絶対間違いない」
「……う……そ」
突然降って沸いた驚きの事実に、思わず斜め前方に視線をやってしまった。そこには貴子のいう通り、彼女が薄ら頬を染めながら、反対側に座っている星野君の方を向いて、熱心に会話のボールを投げている。良く良く見るとその顔は、恋する乙女そのもので、貴子の見解が正しいのを証明していた。てっきり彼女も尾島絡みだと思い込んでいた私は、予想外の展開にアワアワするばかりだ。
「ほほほ星野君をっ、す、すっす、すす好きってこと、なのっ?」
「やだ、美千子ったら。動揺しすぎ」
「や、だだだだって!」
「でも残念。彼女、前途多難かも。ありゃ相当厳しいわね」
「……は? な、なんで前途多難? 厳しい……って、ダメってこと? あ、あんなに可愛いのに?!」
私からしたら、十分可愛い部類に入る、星野君ラブらしきな彼女。実は彼女、話をしたことはないけれど顔は知っていた。同じ山野小出身だからだ。成田耀子ほどではなかったが、結構モテの中心組に属していた記憶がある。なのに、どこが前途多難なのかわからない。あの可愛さでダメだったら、荒井美千子などはどうしたらよいのでしょうと、心の中でやさぐれていると、貴子は「やぁねぇ、恋に顔は関係ないでしょ」と苦笑した。
「そうじゃなくて。この場合、肝心の星野の方が、ぜんっぜん彼女の好意に気付いてないし、気付く可能性も限りなく低いってこと。ようするに彼女に対して星野は、熱い投球を受ける捕手じゃなく、弾き飛ばす職人スラッガーってとこかな」
「…………上手いッスね、貴子さん……」
「しかも星野の態度がワザとじゃないだけにねぇ。……正直、尾島とは違った意味で性質、悪いかも」
「…………さ、さいざんスか」
急すぎる展開と、巷を騒がせている「ねる●ん」よりもシビアなカップリング事情に、一人置いてきぼりを食らう荒井美千子。とりあえずこれ以上ジロジロ眺め回し、「貴●~んチェッーク!」などとしている場合ではない。怪しまれぬよう、視線をボートのボロい屋根に向けた。ホヘ~とバカみたいに呆けていると、貴子は意味深に眉毛を上げながら、さらに声を潜めた。
「大体星野もさ、自分に話し掛けてくれる女そっちのけで、美千子の方ばかり見てるってどうよ? もうこの時点で、彼女は完全に脈なしってことでしょ」
「なるほど…………って、ホエぇぇっ?!」
「まぁ、あの星野に気の利いた態度を望む方が間違いなんだけど。なんせ筋金入りの朴念仁だし」
「た、貴子!」
朴念仁はともかく、その前の爆弾発言に、小さな悲鳴を上げてしまった。
確かに――斜め前の席には、さっきから黙ってこちらをジッと見ている、将来有望なプロ野球選手候補が静かに佇んでいた。隣の女子から熱心にモーションを掛けられている星野君は、鼻の下を伸ばすどころか、聞いてるんだか聞いてないんだか、わかりずらい態度で前方を眺めているだけ。しかもこっちに顔を向けながら。
(本気で、まさかの私?! や、しかし……。ハっ! ももももしや運命の男豹は――星野君?! でもでもでも、そうすると泥沼の三角関係勃発……って、マズイじゃん! そんな展開、雑誌の記事に無かったよ!)
意外な種馬……ではなく。ダークホース・星野一幸の熱っぽい求愛行動ならぬガン見に、都合のいい胸キュン的な恋の展開を脳内で繰り広げてしまった、荒井美千子。だが、はたと我に返り、サムい自分の妄想に「そんなこと、ナイナイ」と歯を剥き出しにして嘶いた。第一、私を見ていたとは限らないではないか。どちらかというと、貴子の可能性が高い。ホラ、幼馴染だし。
「……あのさ、それ、私じゃないんじゃない、かな? むしろ貴子を見てたのでは……」
「やぁだ。それはないよ」
私の言葉に、貴子は「違う」と手をブンブンと振りながら否定した。
「ワタシに対してだったら、あ~んなまどろっこしい視線寄越す前に、遠慮なく平気で話し掛けてくるもん、星野は。付き合いだけは長いからね」
「…………はぁ」
「そっか、なるほどね。だから明日香の隣の彼女、完全に敵対心剥き出しで睨んでたんだなぁ」
やたらとフンフンと頷いていた貴子だが、ズラリと目の前に並んでいるグループデートの面々――幸子女史や元気のないチィちゃんから始まって、何故かこっちを睨んでる尾島、隣の小悪魔スマイルな小リス、星野君ラブ女子、星野君、諏訪君、後藤君――の顔を次々と眺めると、人生に疲れた、場末の飲み屋の女将のような溜息を漏らした。
「……とてつもなく厄介で、面倒臭そうなの、ぶぁ~っかり」
「え? な、何?」
「ううん、なんでもない。……あ~どっちにしろ、ガンバって、美千子」
「ガンバッテ――って、ナニを?! ななななんでそうなるのっ?!」
貴子はそう言ったきり、不安と疑問でいっぱいの私の問い詰めには何も答えず、目を逸らしながら力なく笑うだけだった。
『どうやら見慣れた建物が見えてまいりました。まもなくこのアフリカ・ジャングルの旅も終わりに近づいてきたようです。このたびは当遊園地のジャングル探検船をご利用いただき、真に真にありがとうございました。危ないですので、船が止まるまで今しばらくお待ちください……』
クルーズ終了らしきアナウンスが、案内係のお兄さんから発せられ、鬱蒼したジャングルの間から、このアトラクションの乗り場である建物が見えてきた。そうすると貴子は急にキッとした顔で、未だに不安が拭いきれない私の方に向き直った。
「ささ、そんな情けない顔をしないで、美千子。それより降りる準備して。下船したら、速攻ダッシュよ。これ以上面倒なのはヤでしょ?」
貴子の言葉に、さすがの私も我に返った。大きく頷きながら、しっかりとカバンを抱え直し、いつでも飛び出せる体制を取る。
たまたまこのアトラクションで鉢合わせし、つい流れで一緒になってしまった、尾島達と私達。これ以上は絶対ロクなことにならないと断言できるし、さらなるややこしい展開にならぬために、いかにして素早く出れるかという段取りを頭の中で描いた。
美千子、他人に対して結構扱いヒドイです☆
そして文中の「ねるとん」ですが、 今なら、「あいのり」に近い番組かな? え? 「あいのり」も既に古いですか? でも最初に「パンチDEデート」を入力しちゃった私って……。うぅ、歳がバレる。(T_T)
文中の「貴さ~ん、チェック!」ですが、この小説の時期に既出かどうかは不明です。ごめんなさい。ん~非常に微妙な時期だと思うんですよね……。