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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
136/147

1月は氷解~Mr.タイガーの写真⑤~

 写真と言う言葉で、あの日に起こった悲劇を思い出した私は、深いため息をついた。

 ここにいる三人が三人とも思い出したくない出来事に話が流れてしまったのは、余計な勘違いをした私のせいだ。それでなくとも貴子とは滅多に時間が取れないというのに……。折角部活が早く終わった貴重な日に英英部まで出向いた甲斐がなくなってしまった。


「……確かに貴子のいう通りだね。尾島や小関、写真を笑っていた連中はもちろん最低だけど、冗談だったとはいえ写真を売りつけようとした桂兄弟が一番悪いよ。どう見てもカツアゲだし」


 和子ちゃんは英語の問題集をパララと捲りながら当然というように頷くと、貴子は和子ちゃんの同意を貰ったからか、「でしょう?!」と意気込みながら和子ちゃんの前にある机をバシンと叩いた。怒りからか、それとも近くにあるガスストーブから熱気を浴びたせいなのか。いつもはほんのりピンク色の頬が真っ赤なリンゴのように色づいている。私自身も少し熱いかなと思ったが、ストーブを消すとたちまち寒くなるので、換気の為に少しだけ窓を開けた。サーッと流れてくる冷たい空気が気持ちいい。


「でもミッちゃん、あれから桂龍太郎は何も言ってこないんでしょ? 尾島サル達もたっぷり絞られたみたいだし、結果オーライで結構結構! まぁ、ミっちゃんにしてみれば、あんな写真をみんなに見られたり、先生に誤解・・されたのは可哀想だけどね。……しっかし貴子の啖呵も素晴らしかったけど、先生たちが乱入してきて尾島達を叱り飛ばしたときはスカッとしたなぁ! 恐ろしいくらいタイミング良く先生が入ってきたもんね? しかも山野中ワースト教師がだよ?」

「ホント、すっごいタイミングだったよね~」


 和子ちゃんの素朴な疑問と大きく相槌を打つ貴子に対し、私は「ハハハ……」と弱弱しい笑い声をあげるしかなかった。

 脳裏に浮かぶのは、貴子の意味深発言の後のシーンとした教室に響き渡る、野太い怒鳴り声とズカズカ入る先生方の姿。そして、いつのまにか私の横にスッと音もなく立ち、


『ワタクシがあの連中(・・・・)に関わっていると、そのうち身を滅ぼすと忠告した意味がお分かりになって?』


……などと囁きながら眼鏡と歯列矯正をギラリと光らせて、不気味な笑いを湛えるデンジャラスなクラスメート。

(一体あの場にいた何人の人が、先生の乱入がただの偶然の産物であろうはずがないと気付いただろう。おそらくゼロだな)

 彼女の救援は涙が出るほどありがたかったが、回を追うごとにやり方がダイナミックなっていくのはどうかと思う今日この頃だ。結局私にも余波が来るので、できればそういった方向にならない方法でことを進めていただけると嬉しいのだが。


「美千子にはとんでもないトバッチリが行って悪いことしちゃったけど……でももうムカついたから、我慢できなくてさぁ。美千子、あの時は本当にごめんね?」


 貴子は申し訳なさそうに謝ると、私は慌てて手を振った。


「やややや! こ、こっちがお礼を言わなきゃだよ! 本当は私が言うべきだったのに……。こ、こちらこそ……あの時は、本当にありがとう」


 窓から滑りこむ冷気を背にあらためて頭を下げると、和子ちゃんと貴子は「いいよいいよ」と朗らかに笑った。


***


 和子ちゃんが言った通り、あの後桂兄弟からお金を巻き上げられるという物騒なことにはならなかった。偶然・・割り込んできた先生方が、写真を没収してしまったからだ。

 タイミング良く怒鳴り込んできたのは、来月の球技大会の件で生徒会の人達と急遽・・生徒会室でミーテイングを交わすことになった三人の先生方だった。しかもその先生達は、和子ちゃんが言った通り生徒たちに圧倒的不人気トップ3を飾る御方。

 2年保体担当・箕輪、2年英語担当・一之瀬、そして生徒会の顧問をしている教頭の三人。

 皮肉にも尾島がネタを披露し、笑い飛ばしていた方々が当の尾島の前に立ちふさがったのである。

 箕輪が「何をしているんだ!」と怒鳴りながら1組の教室に入ると、なんと貴子は今の今まで神妙な顔をして尾島を諭していたのに、すかさず優等生の仮面を被ってクシャクシャになった写真を先生に渡したのだ。しかも、


『先生、校則違反です! 桂龍太郎君が持ってきたものを、尾島啓介君と小関明日香さんが黒板に貼って人を笑いものにした挙句、お金も巻き上げようとしていました!』


……などと偽りなき真実を堂々と宣言しながら。

 校則違反と言っても、普通ならよっぽどのものでない限り、先生方も見て見ないふりをしてくれるし、それこそ写真程度の私物なら「今回だけだぞ」と教育的指導ぐらいで済む。

 しかし。今回の場合は写真は写真でも、女子中学生と何かやらかしたような過去を持っていそうな中年オッサンとの肩を組んだラブラブツーショットというデンジャラスな内容。それ故、これは一体なんなんだと大騒ぎになった。一緒に写っている中年オッサンの顔が全部同じ人物なら「親戚です」と適当に誤魔化せるが、ご丁寧にも6枚中6枚とも違う人物。

 ようは「荒井美千子はオッサン相手に破廉恥な交際(のちでいう援助交際)をしている」と誤解されてしまったのだ。

 どう見ても写真に写っている私の顔は思いっ切り怯え、歪んだ惹きつり笑いをしているうえに、写っているナスビ踊る連中は全員野球のユニフォームを着ていたというのに、だ!

 そして何より、たとえ少額でもお金を巻き上げようとしたカツアゲ行為が一番問題になった。

 しかもこの件に絡んでいる生徒のうちの二人が、10組の担任である箕輪の教え子。益々立場も機嫌が悪くなった箕輪は、写真をその場で即没収した。

 次の日、一連の関係者(桂龍太郎や小関明日香、尾島啓介)は呼び出され、こってりと絞られた。一時貞操観念を疑われた私も、誤解が解けたにもかかわらず、苦笑顔の担任チンタオから一応注意を受けた。

 先生曰く、この場合写真を売りつけたのも、勝手に人の写真を笑いものにしたヤツも悪いが、


『荒井にとっては気の毒だったかもしれん。だが、カツアゲを受けたらすぐ先生に報告しろ。金品が絡む場合は生徒だけでなんとかしようとするな。荒井にしてみれば報復を恐れる気持ちはわかる。けど黙って言いなりになれば、被害が大きくなって取り返しのつかない事態になるかもしれないだろ? 味を占めてもっと高額な金額を要求したり、他に犠牲者を出すことにもなりかねん。……まぁ、今回の場合、桂と小関の話じゃ「冗談のつもり」だったらしいがな。けどな? もしもっと早くに先生たちが事情を知っていれば、こんなに大騒ぎになることはなかったかもしれないじゃないか。それに荒井も尾島達に好き勝手言われたままじゃなく、ちゃんと自分で抗議しないとダメだろ~。なんでもちゃんと抗議したのは、佐藤と隣のクラスの宇井に笹谷だけだったというじゃないか。おまけに写真これを撮ったのは、あの「桂寅之助」なんだってな? こう言っちゃなんだが、荒井が付き合うにはちと大物すぎるんじゃないか? せっかく成績もいい調子で伸びているのに、ここで内申書を落としたくないだろ。これからは誤解をされるような軽はずみな行動は慎む方がいいと思うぞ』


 だそうだ。

 心底不本意で胸糞悪い説教だったが、ここは大人しく黙って神妙に聞くふりをしておいた。これ以上何言っても言い訳にしかならないと思ったし、2年3学期という高校受験に響く時期に先生の心象を悪くしたくない。なによりカツアゲを先生に報告しないで貴子に頼んでなんとかしようとしたのは事実だ。

 でもこの言われなき説教のおかげで、貴子が「私が先生に写真を渡したから……」と酷く落ち込み、わざわざ桂寅之助のところに乗り込んで私が写っている写真のネガを全て回収してくれたのだ。なんでも桂寅之助によると、裏番が先生に言った通り本気でお金を巻き上げる気はなかったらしい。ただ弟に写真を頼む時に冗談で、


『荒井美千子から写真代を巻きあげてみるか~』


 などと軽い冗談のつもりで言っただけだそうだ。……まったく、おつむと尻は軽いのだから、せめて言動ぐらいは年上としての配慮を持って欲しいものだ。

 貴子により没収されたネガは、無事私の懐に収まった。貴子がネガを没収したのは、今後間違っても現像されぬようネガごと廃棄する為と、先生に没収されていない・・・・・・行方が分からぬ残りの4枚の写真がどんな写真か確かめる為だ。しかも桂寅之助を顎で使ってタダで現像させた貴子。いやはや、スゴ腕ハンターもビックリな貴子の女豹っぷりに、荒井美千子完全に首ったけだ。私が男なら確実に惚れているどころか、下僕にされてもいいと思っている。なんとなく厚子お姉様に群がる湘南●走族の気持ちが理解できた荒井美千子。

 あの桂寅之助も文句を言いつつ貴子に従うのは、どうも昔から貴子に弱い……というより、彼女のバックについているスケ番・厚子お姉さまの影がチラついているから、らしい。付き合いの古い舎弟関係上、笹谷姉妹には強く出れないみたいだ。桂寅之助にしてみれば、貴子は可愛い妹同然というのもあるのだろう。


 ともかく、ちょっとした騒動になったこの不幸写真事件は、こうして幕を閉じたのだった。


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