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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
135/147

1月は氷解~Mr.タイガーの写真④~

 1組で物騒な睨み合いが勃発する少し前――。


 奥住さんの話によると、私と貴子が10組に行くのと入れ違いで1組に来た小関明日香は、私を呼び出すことなくそのまままっすぐ尾島のところ行き写真を渡したそうだ。

 写真の中身を見た尾島は最初驚いていたらしいが、そのうち仲良く笑いながらチチクリ合い始めた二人。それを見て黙っている筈もない原口美恵となんだなんだと興味心身顔の後藤君が近づいたのをキッカケに、二人の周囲に人が集まりだした。益々調子に乗った小関明日香は、写真をマグネットで黒板に貼りつける始末。

 笑顔で写真の説明をする小関明日香と、荒井美千子ってば女としてコレどうよ品評会をする尾島の取り巻き達。

 ところがそんな彼らに喝を入れたのは、学級委員の佐藤伸君と外の掃除から帰ってきた和子ちゃんだった。

 佐藤君は眉根を寄せながら、いくらなんでも本人がいないところで勝手に写真を公開するのはどうかと常識人の意見を小関明日香と尾島に言った。せっかく盛り上がったところに水を差されたからか、それとも一緒になって騒いでくれない真面目すぎる友達にカチンときたのか。佐藤君の忠告を鼻で嗤う尾島。それどころか、


『だって本当にマズイ写真なんだから仕方ねぇだろーが。それともなにか? もしやカッコはチュウのことが好きなんですかねェ~』


……などととんでもない発言をして、益々教室を騒がしくする始末。さすがに温厚な佐藤君でも、変な言いがかりを付けられて怒鳴りつけようとしたところを、小関明日香がまぁまぁと間に入った。


『ごめんねぇ、佐藤君! 私たちも冗談でやってるだけだからさぁ~。大丈夫、大丈夫。ミッちゃんはこんなことで怒らないし、写真のことも知ってるよ? 朝、龍太郎がミッちゃんに声を掛けたらしいからぁ』

『ちょっと、アンタら!』


 小関明日香が珍しく怒り顔の佐藤君を宥めたところにズカズカと割り込んできた和子ちゃんは、尾島と小関明日香に向かって怒鳴り声を上げた。

 外の掃除から自分の教室に戻る途中だった和子ちゃんは、1組から聞こえる騒いだ声があまりにもうるさかったので、なんとなく1組の教室を覗いたそうだ。慌てた様子で走ってきた奥住さんと光岡さんから事情を聞くと、迷うことなく佐藤君に続くように尾島に対抗した。奥住さんの「宇井、やめときなって! あの裏番が絡んでるんだよ?!」という必死の制止を振り切って。


『アンタ達……人の写真を勝手に貼ってなにやってんのよ!』


 和子ちゃんは尾島に一括すると、尾島はイラついていたのか、和子ちゃんの注意を一蹴した。


『いちいちるっせんだよ、ドテチンは! 大体おメェは1組じゃねぇだろーが、部外者は出て行けよ!』

『はぁ? なにそれ! それを言うなら小関さんも部外者なんですけどねぇ!』

『明日香はいいンだよ、オレ様が許可したんだからな!』


 二人の言い争いがピークなときに戻ってきた私と貴子は、この時初めて問題の写真とご対面することになった。

 ご丁寧にも通常のサイズより引き伸ばされていた写真それは、自分が立っている建付けの悪い戸口からでも十分目に入ったから。

 そこにはいけ好かない中年のオッサン――例えば色黒パンチ、例えばリーゼント、例えば金髪の長髪、例えば眉毛なしのスキンヘッド、例えば金色のアクセサリージャラジャラ、例えば歯が欠けている――連中と、引き攣っている変顔の荒井美千子のラブラブツーショットが激写されていた。

(なるほど……こりゃ酷いわ)

 羞恥で悶えるどころか、当の本人すら笑いながら「いくらなんでもこれはないよね」とツッコミをいれたいほど酷過ぎる写真。正月に健人小父さんが撮った素晴らしい雄臣の写真を見た後だけに、その落差が半端なかった。これがちょっとでも悪戯心を持ち合わせた余裕ある女子ならば、


『や~ホント、ワタシって意外とマズかったんだ~!』


……などと自虐ネタを披露して誤魔化すことできたかもしれない。だがあいにくそんな余裕も心も持ち合わせていなかった。


『あれぇ? やだ、啓介ケースケったら、ミっちゃんいるじゃん!』

『……え? チュウがいる……って、はぁっ?!』


 尾島の驚いた声に、私がいる戸口の方へ全員の視線が集中した。


『部活行ったんじゃなかったんだねぇ。ちょうどいいじゃん! 龍太郎にも頼まれたし、取り立てちゃおうよ』

『……いっ?! ……あ、いや、それ、は……』

『そうだ! せっかくだからこっちに来てもらわない? なんてったって主役だしぃ。それに啓介さっき言ってたじゃ~ん。この貴重すぎるブサイクを称えて自ら写真を授与してやらねば! ってさぁ』

『あ、明日香っ!』


(……今、なんて……?)


 小関明日香が告げた尾島の言葉がゆっくりと頭の中に浸透すると、足元から血の気が引いた。



 迫りくるように激しくなる動悸。

 ガンガンと頭に響く不協和音。

 ギュウっと縮む咽喉。

 震える指先――。



『ミっちゃ~ん、龍太郎が朝予告した通り写真持っきたよ! なんか1枚三百円でここに全部で6枚あるから、千八百円よろしくだってぇ! お金払わないとみんなにバラ撒くって言ってたけど……なんかみんなに見られちゃったねぇ~!』

『……ちょっと、やだぁ明日香ったら!』

『いくらなんでもそれはヒドイよぉ~』


 クスクスクス、アハハハ~!


 小関明日香の能天気な言葉、成田耀子と原口美恵の心のこもってない返答、そして周囲の笑い声に二の句が継げなかった。


 失礼なことを言うのはどの口だオラァ! だとか、そういうことならもう買わねぇよ! だとか、言いたいことはたくさんあった。が、そういう類の言葉を吐き出したいという感情はとうに通り越してしまっていた。

 残っているのは、人をコケにする小関明日香の小さい首根っこを締め上げたいという衝動と、本人がいなければ陰で何を言ってもイイと思っている尾島に対しての絶望だけ。

 怒りも頂点に達すると無言になる人がいると言うが、その時の私がまさにそれだった。あまりにも酷い仕打ちに、こいつら全員敵に回しても構わないから、その場で写真を破り捨ててしまおうと、黒板に近付こうとした私の腕をガシっと掴んだのは――。


 腕を掴んでいるその華奢な手にそって視線を上げれば、再び般若のお面を被った貴子がいた。

 顎をクイッと動かし、今度は「オメェじゃ相手にならねぇ、引っ込んでな!」という合図を送りながら。


『たたたたかこ……?』


 私の呼びかけにも振り返らない貴子は、研ぎ澄まされたビスクドールのように美しいお顔のまま、ツカツカと黒板に近付いた。人だかりを蹴散らしながら……というより、あまりの迫力に全員息を飲みながら道を開ける中を突き進んでいく。その開き具合は桂龍太郎にも引けを取らないほどだった。

 遂に貴子は障壁そのものである尾島に向って、正面からタイマンの態勢に入った。猿対鷹(貴)の睨み合いはどうみても霊長類より猛禽類の方に軍配が上がっている。


『どいて』

『……はぁ? な、なんだよ、別にオレは』

『邪魔だからどけって言ってんだよ!』


 貴子は厚子お姉さまにも引けを取らないドスの効いた声で啖呵を切った。

 尾島はまさかこんな言葉を浴びせられるとは思わなかったのだろう。何が何だかわからず目をパチクリしてボヤっとしていた。いつになく鈍い尾島の反応にイラっとした貴子は、なんと思いっきり尾島の足を踏みつけたのだ!

 イテェと尾島が叫び声をあげてうずくまるのを皆が唖然と見ている中、貴子は急いで写真を剥がしゆっくりと写真を握り潰した。しゃがみこんでいる尾島に向かって一言、「あんたサイテー!」と吐き捨てながら。

 それでも怒りがおさまらない貴子は、尾島が持っていた茶封筒を乱暴に奪って中身を確認した後、茶封筒をバシンと勢いよく教卓に叩きつけながら小関明日香を振り返った。


『桂龍太郎が言うには写真は全部で10枚よ。6枚じゃない! 後の4枚はどこよ!』


 有無も言わせない貴子の怒鳴り声に、小関明日香は珍しく一瞬怯んだ。しかしすぐヘラっとした笑いを浮かべて「え~そうだったっけぇ~?」とワザとらしい言葉で首を傾げてたり、「や、やだなぁ、貴子ちゃんがそんなに怒らなくてもさぁ」などと貴子の腕に馴れ馴れしく触った。

 貴子が小関明日香の手を振り払っている傍で、サイテー男扱いされた尾島はやっと痛みから復活したのか、途端に貴子に向かって文句を言い始めた。


『……イテテ……んだよ、いきなり! イテェんだよっ! それに写真ははじめっから6枚で10枚じゃねぇ、変な言いがかりつけんじゃねぇよ!』


 女性である貴子に向かってギャンギャン吠えながら詰め寄ろうした男らしくない尾島は、相当頭に血が上っていたようで、今にも取っ組み合いの喧嘩を吹っ掛けそうな勢いだった。

(マ、マズイ……いくらなんでもこれでは貴子が!)

 いくら厚子お姉さま仕込みの貴子が強かろうと本気になった男の力にかなうはずがない。慌てて止めに入ろうと私が近づこうとした時。

 貴子は怯みもせずに尾島を真っ直ぐに見据えると、「アンタさぁ――」と静かな声で口火を切った。



『こんなガキくさいことしてて、楽しいわけ? また(・・)性懲りもなくおんなじこと繰り返すの?』




 貴子の言葉に、尾島はピシリと音が聞こえるぐらい顔を強張らせた。




『こんなこと、いつまでも許されると思う? ずっと続かないってこと、時間は無限じゃないってこと、いつまでも一緒にいられないってこと、アンタちゃんとわかってんの?』




 あと一年しかないんだよ?

 来年は、卒業なんだよ?

 嫌でもバラバラになるんだよ?




 悲しそうにクシャリと顔を歪めながら吐きだされた貴子の言葉に、尾島はギュウッと眉根を寄せ、唇を噛みしめながら項垂れた。

 そこには最早怒りはなく、深手を負わされて立つことのできない、完全に闘争心をもがれたライオンのようだった。

貴子さん、頑張りました。

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