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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
131/147

1月は氷解~Mr.ゴッドの進路・後編~

 一人暮らし――。


 なんていい響き。

 私にとっては非常に魅力的な言葉だ。 


 物心つくころから1人暮らしに憧れていたのだが、本格的に意識しだしたのは、雄臣が安西先生の家に来てからだ。彼が実際に家元から離れ、安西先生の家にお世話になっている姿を目のあたりにして、夢のような曖昧な思いに現実味が増した。それはまるで、真っ白なキャンパスにさまざな色を塗るような感覚だった。

 もちろん他にもさまざまなキッカケはあったが……約一年ぶりに東京の奥多摩にある父さんの実家へ行って元旦を過ごしたことが決めてとなった。


 荒井家では親戚一同必ず元旦には顔を揃え、大人も子供も関係なく正月を祝うのが毎年恒例の行事となっていた。

 妹は毎年楽しみにしていたが、私は行きたくなかった。それでも仕方なくついて行ったのは、お年玉という魅力的な目的のために他ならない。なんせ親戚が多いのでもらえる数も半端ないのだ。

 しかし――着いてから一時間も経たないうちに後悔する羽目になった。

 毎回毎回そうなのだが、こちらから挨拶したり話しかけたりしても妹と全然違う素っ気ない態度で余所余所しくされたり、手伝うと言えば「アンタは座ってていいよ」とぞんざいに返されたり……。

(なぜ私だけ?)

 いつものように自分の態度の中に原因があるのかと、散々自己分析をしながら探ってみた。去年の夏に帰省しなかったのがいけなかったのかなとか、もしかしたら私の遠慮するような、話しかけるのを待っているような態度もいけなかったのかなとか。しかし原因はいつもの如くわからず仕舞いで終わった。父方の親戚とはやっぱり折り合いが悪いんだと再確認しただけだ。

 結局私だけは親族との会話はほとんど皆無で、居心地悪いことこの上なかった。

 午前中は耐えたがとうとうお昼過ぎたころには我慢ならず、お年玉(もらうもの)ももらったので一人で帰ってきてしまった。「明日友達とお参り行く約束しているから、それにア・テストの勉強もあるし」などともっともらしい理由をつけて。案の定親戚は「なんだコイツ」という白けた顔。母は申し訳なさそうな、父は憮然とした顔をしたが、理由が勉強となると強くは言わなかった。ア・テスト様様だ、K県万歳。

 一人で正月の閑散とした電車に揺られながら、涙でぼやける景色を黙って眺めていた。荒む心は、早く大人になりたい、そればかり願っていた。大人になれば家族や親せきに縛られず、自分の好きなように生きれる。あんな狭苦しく息の詰まるような環境じゃなくて、自分らしく生きる居場所を見つけることができる。


(……あと4年だ。4年さえ我慢すれば荒井家ココから出られる)


 できれば雄臣と同じく中学を卒業した時点で実行に移したいところだが、どう考えても我が家の現状では無理だった。父は転勤がないサラリーマンだし、なによりも一人暮らしはお金がかかる。私一人にそんなお金を掛けられるわけがない。だから公立に行きながらバイトで資金を稼ぐことを考えていたのに……雄臣のせいで女子高に行かざる負えなくなりそうだったので、バイトは半ば諦めていたのだ。

 しかし、雄臣がO区に戻るなら――


(……そうよ。雄臣がO区に戻るなら、公立を進学先の候補に入れても大丈夫なんじゃない? そしたらバイトもできるし!)


 雄臣がいなくなることにチョッピリへこみ、一人暮らしを先越されると焦燥感で一杯だった心も、先の見通しが立ったことで気分が徐々に上がってきた。

(未知なる私の人生キャンパスに、輝かしい未来という名の絵が虹色のクレパスで次々描かれる幻が見える!)


『というわけでさ、父さんは都立でも私立でも好きなところに行けって言ったから、俺は共学の私立にでも行くことにするよ。都内でも私立の共学ならミチも進学できるだろ?』

『……はぁ、それはい~ですね。共学の私立ですね――って、えぇっ! わ、私も?!』


 組んでいた足をダイナミックに組み替えながら言った雄臣のセリフは、呑気に芸術を爆発させながら仕上げた素晴らしい私のキャンバスを切り裂いた。


『当たり前だろ。第一都立はY市に住んでるミチには無理じゃないか。それよりわりと近くにレベルの高い私立の学校があるんだ。●●学園、知ってるだろ? あそこなら父さんも文句は言わないだろうし、いいよな?』

『ななな何故にして私も行くこと前提?!』

『何を今更……あぁ、照れてんのか! バカだな、俺達は将来を誓い合った深い仲だろ? なんせお互いすべてを曝け出して洗いっこした間柄だもんな』

『健全な読者に誤解を招くような発言はお控え願います! ただ単に小さいころ一緒にお風呂に入っただけでしょーがっ!』

『やはり昔の記憶じゃ不満、か。ならすぐにでも記憶を塗り替えるため風呂場へ……といきたいところだが、さすがに安西家ココじゃまずい。さてどうするか――そうだ! ちょっと行ったところに「ホテル・ダブルスプラッシュ」があるんだ。なんでも浴槽プレイを重視した、「Hotな秘湯でもっと愛して☆アッチもアチアチ温泉ルーム」という部屋があってかなりオススメらしい。さっそく行ってみようぜ。なーに、父さんからごっそりお年玉せしめたから金の心配はするな』

『……おいおい。どっかで同じようなセリフを聞いたことがあるのは私の気のせいですかね』

『なに? もうすでに「温泉ルーム」を知っているというのか?! 中学生にくせに、なんて破廉恥な!』

『いつも無視するくせに、なぜそこにだけ反応するんスか。つーか、そんな中学生を誘った雄兄さんも十分破廉恥でしょ! それに大変申し訳ありませんが、そのような場所で浴槽プレイする気もなければ、照れているわけでもありません。ましてや将来も誓い合ってません! それより、私には雄兄さんの行く私立なんて無理ですって! だだだ第一、そこまで成績追いついてないし!』

『そこの高校、結構制服が可愛いんだよな。紺のブレザーにチェックのスカートでさ。俺は断然セーラー服よりブレザー派。セーラー服は脱がせにくくていけない。あ、そうそう。恋人同士はお互いのネクタイを交換し合うらしいぜ』

『……ハハハ、ま~た全然聞いちゃいないよ、この人(こうなりゃアッシは地元の公立、最悪の場合は女子高へ進ませてもらいやす、ゲヘヘ☆)』

『あぁ、ミチの親父さんには公立や女子高より俺と一緒の高校へ進学させたほうがいいって言っといたから。いっそ俺のマンションで同棲するっていうのどうよ、ゲヘヘ☆』

『Oooooooops! わかっちゃいたが、やっぱり人間じゃないよこの人! 中編の後半部分で色々褒め称えた私の気持ちを返せ!』

『結婚前に互いを知るというのも大事なことだろ。ま、例えミチに問題はあったとしても、それは徐々に調教……直していけばいいか』

『無視なうえに問題は私だけですかいっ』

『でも父さんはあんまりいい顔はしないかもなぁ。その時は先に婚約でもして……そうだ! この際無理矢理既成事実でも仕込んで納得させようぜ。我ながらナイスアイディアだな!』

『ヒェェェ~ナイスどころか犯罪臭が漂ってるよっ』

『……ったく。父さんもいい気なもんだよ。息子を自分の妹に押し付けといて、自分はニューヨークで優雅な独身気取りの生活を送っているんだからな。おまけに相変わらず変なのもウロウロと寄せ付けているみたいだし。油断も隙もありゃしない』

『ハイッ、ハ~イ! そこまで言うならいっそ雄兄さんがアメリカに行って健人小父さんを見張ったらいいと思いますっ! ねっ、ねっ?』

『バカ言え、息子にまで色目を使うあんな頭悪そうな化け物がうろつくアパートに住めるかよ。しかしそのまま放って置くのもマズイな……万が一にも父さんと揃って帰国だけじゃ飽き足らず、いきなりあなたのママよなんて俺はゴメンだぜ。やっぱり悪い芽は早め早めに摘み取っておかないといけないよな』

『そうなのよ! 悪い虫は早め早めに駆除した方が後々憂いがないって雑誌「ahan・ahanアハン・アハン新春女豹特大号~狩って狩られるこの一年~」の特集記事でも――って、何言ってんだ私! だだだ大体こんな遠いところから一体何ができるんスかっ?!』

『……おい。駆除がどうのこうのと言った勢いはどうした新米女豹よ。そんなことよりミチも協力しろ。将来はおまえの義父とうさんになるんだからな。ここでとんでもない部外者が乱入したら余計ヤヤこしくなるだろ? 遺産問題で揉めたくないしな。よし、今のうちから徐々にプレッシャーを掛けて精神的に追い込んでやろうぜ。敵の電話番号は既にGET済みだ。まずは連日無言電話攻撃から始めるとするか』

『うわぁ……何気に電話番号を入手しただけでなく、遠く離れた地から無言電話たぁ、地味にワルで陰険ですな』

『だろ? ほら、昔から言うじゃないか。「小さなあくからコツコツと」ってさ』

『明らかに間違ったコツコツでしょ、それっ! ていうか我が家の無言電話はやっぱり雄兄さんかっ!』


 夏に「父親としっくりこない」と言っていた割には、筋違いの悪に手を染めるほど父親を心配している雄臣。それに目の前のテーブルに広げられている数々の写真を見る限り、雄臣はしっかり東小父さんから愛されていると思った。なんだかんだ言っても仲がいいのだろう。だって、これを撮影したのは恐らく健人小父さんだろうから。

 かの有名なロックフェラーセンターのスケート場でスケートをしていたり、ゴーストバスターズに出てくる図書館の前で呑気にポージングしている写真を見て、思わずため息が出た。

(きっと雄臣もいろいろ注文つけたんだな。でも……いいなぁ)

 我が家は写真をあまり好まないので、撮られるたびに何故かブサイクさが前面に出る私にとっては、我が家の写真事情はありがたいことこの上ない。だが正直羨ましかった。父との関係が平行線どころか、離れていくほど悪くなっていると感じる私にとっては眩しい関係だ。それにしても――

(受験生なのに、呑気にスケートしてていいのかなぁ? 滑るなんて縁起悪くない? でも雄臣の成績じゃ当日事故か病気にでもならない限りいらぬ心配か)


 某テレビ局の朝の番組にもちらりと映るスケート場で優雅に滑っている雄臣の写真を手に取り、嫉妬を含んだジト目で眺めていると、ピリっとした違和感が頭の隅に走った。


(…………あ、れ? なんだろう……)


 頭の中で、広いリンクで滑走している人の映像がフラッシュバックしていた。その中には、この写真の中のように滑っている幼い雄臣と、仲良く手をつないで滑っているのは……私? 


(え? でも、それって、おかしい……よね? だって私はその光景を遠くで見てる(・・・)んだもの。雄臣と滑っているのは私じゃない)


 では雄臣と滑っているもう一人の子は誰だろうと考えたが、それ自体おかしな記憶だと思った。そもそも私はスケート場に連れて行ってもらった記憶がない……はずだ。


(……あ、そういえば年末、貴子に今度スケート行こうって誘われてたな。それが頭に残ってたから、ゴッチャになったとか?)

 違和感の原因を探っているうちに、モヤモヤは雄臣の行動によって散布した。彼がフンと笑って残りの写真をかき集めたからだ。


『よりもよって、それかよ』

『え?』

『独り言だ。それよりなかなか上手に撮れてるだろ』


 雄臣は静かに呟きながら集めた写真を整えて私に渡した。指紋をつけぬようあらためて一枚一枚写真を手に取ってじっくり見れば、雄臣の言う通り本当に上手く撮れていた。スナップのアングルが思っても見ないところから撮られている珍しいものもある。まるでプロのカメラマンに撮ってもらったような芸能人の写真集みたいで、このまま写真を引き伸ばして壁に飾っても十分アートにもなるだろう。さすがは健人小父さんという気持ちを込めて、私は素直に頷いた。


『……なんせプロ仕込みだからな。だいぶブランクはあるが』


 雄臣の言葉に「え? プロ?」と顔を上げれば、目の前の彼は一瞬瞳に力強い光を宿したが、すぐに目を伏せてフイッと顔を背けた。


『なんでもない。ただ単にモデルがいいだけだろ。素材が良ければどんな料理も大概うまいもんな』

『ソレモソウデスネ』

『棒読みで答えるんじゃない。それより好きな写真選んでいいぞ。生徒手帳にでも挟んで肌身離さず持っていればお守りにもなるからな』

『なるほど、魔除けですね』

『お守りだ。仕方がない、ミチには1枚三百円で売りつけてやろう』

『金取るんかい!』


 新米女豹と鬼神・修羅の会話は、いつの間にかニューヨークのペントハウスから正月の漫才寄席の舞台に変化したという、毎度バカバカしい展開になったのは言うまでもない。



 ちなみに――。

 アイドルのプロマイドより割高だった雄臣の写真を手に入れることはなかった。

 それは決してお金がなかったからというセコイ理由ではない。魔除けどころかその写真自体に怨念が籠ってそう恐ろしやとか、健人小父さんと一緒に写っているものを選んで雄臣は切り取ってしまえばイイじゃ~んとか、これから誕生日が来る和子ちゃんへのサプライズプレゼントにしようぜイエイッとか、前々から脅されていた伏見さんとの取引材料に使っちゃえよホゥッ! ……などという邪な思考が読まれたからである。

 おかげで「ニューヨークのお土産、オマエだけ無しな」と脅された荒井美千子。土下座してなんとか許しを請えば、雄臣が取り出してきた土産は予想以上のものだった。


『こっ、これはっ――!』

『そうだ。ニューヨークと言ったらコレだろ。遠慮せずに開けていいぞ』


 満足そうに頷く雄臣が差し出したのは、ビニールに入った白いブツ――ではなく、Tシャツだった。

 正直土産に関してはセンスがイマイチという前科があった為(奈良・大仏の提灯)、彼がどんなものをチョイスするのか不安を拭いきれなかったが……誰でも一度は見たことがある「アイ・ラブ・ニューヨーク」のロゴの一部、英語の‘I’の文字と真っ赤なハートが見えた途端に不安は塵となって吹き飛んだ。漫才の寄席から再びペントハウスに戻る安西家のリビングルーム。

 これ欲しかったんだよ~とルンルン気分で早速ビニール袋からTシャツを取り出して広げてみれば――。

 確かに「アイ・ラブ」の部分は記憶と違わない形だった。しかし――「NY」の部分にプリントされている「AY」とはなんぞや?


『……こ、これは?』

『そうだ。「AY」って言ったら「東雄臣」だろ。遠慮せずに着ていいぞ』

『バッタもんかい!』

『マグカップもあるぞ』

『揃えるな!』


 やっぱり漫才の寄席だった安西宅のリビングルームには、荒井美千子の派手なツッコミが響いたのであった。


文中にある雑誌やTシャツ、マグカップは架空のものです。ご了承くださいませ。m(__)m

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