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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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ダイヤモンドの野獣たち⑫

『ドウモコンニチハ アライミチコサン。コンナ ニチヨウビノユウガタニ グウゼンデスネ。ハハハノハ』


 尾島は冥府からわざわざ下界へ狩りにやってきたような死神顔を、ズズイと近付けた。

 体育祭以降滅多に合うことのなかったその瞳には地獄の業火が燃え盛り、骨まで残らぬ的な怨念が籠っている。私の腕を抱え込むように絡む尾島の腕の感触と怖いお顔に心臓がバクバク、「もうイヤーン☆」というより、「もうアカン……」と悲鳴を上げていた。

 思いっ切り怯える私を見かねたのか、それとも面白がっているのか。小悪魔スマイルの小関明日香は尾島が掴んでいる反対側の私の腕を掴んで立たせてくれた後、私を間に挟んで横からフォローと言う名のチャチャを入れた。


『やだぁ、啓介ケースケったら怖ーい! どさくさに紛れてミっちゃんのDカップボインに腕くっつけてヤラシー!』

『アホッ! ヤラシイじゃなくて柔らかいっ――――て、ババババカヤロゥッ! オ、オレ様は親切心で助けてやっただけで、決してちょっとでも感触を味わいたいなんて下心はねぇっ! それにDじゃなくってEっ! ……あ……イー、イー……あ~イー天気だな、今日はっ。ハハハノハッ』

『え~ヘンだなぁ? どうみても曇りなんですけどぉ?』

『うるせっ! とととともかく、一幸や寅ニィに先越されて羨ましいからオレもなどという、やましい気持ちなんて一切ねぇからなっ!』

『ふ~ん、あっそ』

『…………わ、わかりゃいいんだよ……』


 段々と声が小さくなるが不貞腐れ気味の尾島に、小関明日香は特に言い返しもせず、急に「あ!」と大声をあげた。


『それより啓介ケースケさぁ~前から聞きたかったんだけどぉ』

『あぁ?』

『体育祭終わった頃からぁ、な~んかおかしくない? 鏡を見ながらポーズとったりぃ、急にニヤけたりぃ、枕を抱きしめながら顔押し付けたりぃ。オマケにいかがわしい本とかコソコソ読み始めちゃってさぁ』

『ホアァァァっ?!』

『だって、ここ最近さぁ、「デキるハンターはこれを読め! ~スゴすぎちゃってゴメンナサイ☆女豹を落とすトドメの100選~」とかぁ、「奇跡と呼ばれたハンター達 ~騙して落として身ぐるみ剥がしてバキュンと一発ヤっちゃえよ~」とかぁ、「月刊ザ・ハンター ~ニブチン女豹大特集! ワタシ達、こんな仕打ち(ワナ)に弱いんデス~」もあったかな? これ全部寅ニィのところから勝手に持ち出して読んでたでしょ。何でぇ?』

『なななっ、なんで明日香がそんなこと知ってんだよぉぉっ!』

『だって、啓介ケースケって、エッチ本とかその手の大事なものを隠すところ、いっつも同じなんだもん』

『うわぁぁぁっ、今すぐだまれぇっ! いっそ消えちまえぇぇっ! てかっ、勝手に人の部屋を漁んなぁっ!』

『あの本、一体何のために使ってたの? ねぇねぇ、教えなさいよぉ~』

『●&%▽@■$#Дっっ!』


 人の横で無邪気に問う小悪魔小関明日香は、宇宙語を叫びながら相当に焦る尾島を荒井美千子ごとユサユサと揺すったのだった。


***


「ほぅ~なるほどね。チュウが通ってる英語塾の先生ね。ふ~ん、あっそう。それでこの区民センターに? お使いできたというわけですか。そんでもって? ついでに野球の試合観戦などを? それはそれは~日曜なのにご苦労さまですなぁっ!」

「…………」


 3バカトリオの小競り合いを苦々しく眺めていた私の前に割り込んできたのは、久しぶりに「チュウ」呼ばわりをしたうえに、嫌味な言葉をオンパレードする尾島だった。

 口角をグイッとあげて笑っているように見えるが、その笑顔の奥は言わずと知れたご機嫌斜めの魔王が鎮座している。玉座の上で堂々と不貞腐れながら、「ケッ!」と鼻毛を抜いている幻が見えるのはなぜであろう。

(人のことを散々無視してくれたうえに、試合観戦にも誘ってくれなかった私に対しての言葉がコレですか)

 今まで無視していたあの態度は一体何処へ行ったのか。安西先生に紹介するまで小関明日香の言葉に相当パニクった後、真っ赤な顔でダンマリングのまま固まっていたくせに。


『フ~ン、あっそ。いかがわしい本の隠し場所がわかるほど小関明日香は尾島アンタの部屋に入り浸ってるんですか。そんなに仲がいいんですかっ、へ~!』


……という荒井美千子の超軽蔑な眼差しを見て我に返ったのか、一瞬だけ尾島は焦ったように、「や、その、明日香は単なる幼馴染であってだな」とワタワタ慌てた。しかし。


『一体部屋でナニしてんでしょうねぇ、アンタら。もう超不潔金輪際近寄るなこのエロエロ星人どもめ!』


……的な荒井美千子の全然誤解は解けてないばかりか余計深まったよ視線を吹き飛ばすように、「もうヤメだ、ヤメ!」と急に尾島は怒鳴り散らしたのだ。

 まったく、私は一切悪くないのに。こんなの逆ギレもいいとこだ。


「ホントだよねぇ。だから尾島ケースケがあんだけ宣伝してた練習試合にみんな来てたのにぃ、ミっちゃんだけギャラリーの中で見かけなかったんだぁ。ほーんと、あんな綺麗な人の頼みじゃ断れないよなぁ。ね、後藤?」

「んなの知るかよ。一人くらい観客がいねぇからって大したことねーだろ? 第一試合に勝てばどーでもいいし」


(……なんなの、この人たち)


 尾島の言葉にも厭きれたが、小関明日香のセリフにはもっと開いた口が塞がらなかった。

 だって彼女は、尾島が私にだけ勧誘をしなかった現場にいたし、しかも「ミっちゃんには声掛けないの~?」と嫌がる尾島の後を追いかけていた張本人なのだ。なのに今更この台詞。後藤君の場合はもはや問題外で、解説もフォローもする気になれない。むしろここまでくると軽く殺意を覚えるどころか、感心のあまり文句も失せるというものだ。怒りを乗り越え、まるで無の極地に達しそうな己の心。いっそ悟りでも開いて、教祖にでもなったほうがいいんじゃないだろうか。

(試合を見に来ない奴はすべてカス同然な扱いなんて、アンタらどんだけエラいのよ。グラウンドから追い出そうとした伴総二朗の方がまだ筋が通ってるわい。全然可愛げないけど)


「…………」


 その辛辣な言葉を吐いた伴総二朗はもうこの駐車場にはいない。つい先ほど帰ったばかりだ。

 全然可愛げのない伴総二朗は赤鬼や相撲力士とは違い、安西先生を囲む私達を睨むように遠巻きに眺めるだけで近寄ってこなかった。かと思えば、いきなり自分の荷物を担ぎ、私たちの横を通り過ぎながらさっさと駐車場の出入口の方へ歩き出してしまう伴総二朗。しかも赤鬼や力士、シニアの先輩である星野君に挨拶もせずに。


『おい、総二朗! 何処に行くんだよ、打ち上げ来ないのか?』


 結局デカミニコンビも安西先生に渋々紹介していると、星野君はもろシカトな総二朗に声を掛けた。しかし総二朗は声を掛けられても完全無視。もう一度声を掛けたらやっとダルそうに振り向いた。


『……もうさっき解散になったでしょ? これでオシマイですよね? それに「まるやき」は遠慮しときますよ。関係のない部外者が沢山来そうだし? だからお先に失礼します。セ・ン・パ・イ』


 みんなが注目しているにも関わらず、堂々と慇懃無礼な態度で挨拶をした伴総二朗は、「フン」と鼻で嗤った後、すぐに険しい顔で睨むように後藤君と小関明日香、尾島と星野君、最後に荒井美千子に目線のピントを合わせたらすぐ背を向けて歩いて行ってしまったのだ。

(ちょ、ちょっと、なんで私を睨むのよ! 私は関係ないでしょうがっ)

 ズカズカ歩いて去る超失礼なチクチクの背中に文句を言っていると、後藤君が「なんだよ、ありゃ?!」とデカい声を張り上げた。後藤君は睨まれただけだけど、態度が気に入らなかったのだろう。「星野カズ、先輩としてガツンとシめた方がいいぜ?」と再びデカい声で星野君に訴え、同じく小関明日香も「なにあれ。総二朗、感じワル~」と口を尖らせた。が、一番文句言いそうな尾島は「ほっとけ、あんなやつ」と吐き捨て、星野君は険しい顔で黙ったままだった。

 当然伴総二朗のおかげで辺りには気まずい雰囲気が漂ったが、すぐに消えた。一旦休戦をしていた赤鬼と力士がハモりながら、「あんな失礼な奴はほっといていいですよ~」と安西先生にフォローをしてくれたからだ。

 しかし、二人はお互いハモったのが気に食わなかったのか。再び試合開始のゴングを鳴らし始めたので、伴総二朗の存在はすぐに忘れ去られたのだった。

文中にあるハウツー本の書籍は実在しません。あくまでもフィクションです、ご了承ください。m(__)mそれよりハウツー本ってなんかおもしろいですよね。ちなみに菩提樹のオススメは扶桑社から出ている「大人養成講座」です。かつて新人OL時代、先輩からこれ読んで大人になれと渡されました。読了後、一歩大人へと近づいた思い出は人生の大切な宝物です。

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