ダイヤモンドの野獣たち⑪
「いやぁ~それにしてもこんな素敵な女性が、このセンスのかけらもないボインさんの……おっと、ヤベェ。あれ? 名前ボインだっけ? え? アライミチコ? サンキュー、星野! そうそう、アマイチチコさんね! いやいやいや、チチコさんのお知り合いだとは! いやはや、この桂寅之助、実に運命を感じますっ」
そう言って鼻息荒く安西先生の白魚のようなほっそりとした両手をガシリと握りしめるのは、星野君に人の名前を堂々と確認しただけでなく、途中全然違う名前に変換された挙句結局チチコ呼ばわりしたよこの赤鬼! ……こと桂寅之助。しかも慌てて星野君が訂正したにもかかわらず、このデリカシーの無い赤鬼は全く聞いておらん。
(な・に・がっ、『チチコさん』だ!)
たとえ無駄に「さん」付されたとはいえ、「チチコ」につけるんじゃありがたみは半減、恨みつらみは倍増である。
しかし――冴えないアドリブで赤鬼の期待を大きく裏切った私は、先生から見えないきわどい角度に鋭い鉄拳でどつかれたという過去があるため、思わず首を締め上げそうになる衝動をなんとか堪えた。……ほら、怖いし痛いのヤダし。
「いやいやホント! オレも運命感じちゃうッス!」
物騒な敵は獲物に狙いを定めた瞬間、次から次へと仲間を呼び寄せ集団で狩りを行うのがお約束というもの。
赤鬼の手の上にリアルグローブのような手を重ねたのは、まだ義務教育中の幕下なくせに生意気な相撲力士こと相模力。
(つぶれるから、先生の手がつぶれるから! 今すぐどけてくれっ)
だがラッキーなことに、被害を被ってるのは先生の手をかばっている赤鬼の手。痛みを我慢して顔を歪めている赤鬼を眺めながら、なかなかジェントルマンじゃないかと感心してしまったが、よくよく考えてみればアレだ。単に先生を独り占めしたいがために他ならない。
「バケェロゥ! てめえらみたいなガキ共が馴れ馴れしく触るんじゃねぇ! 散れ散れ! え~ゴホン。申し遅れました。ワタクシ『大野ゴールデンカップス』の監督兼大野商店街でおなじみの、『バーバー鬼頭』店長・鬼頭玄造でございます。こんな鼻ったれのガキ共など相手にしなくて結構ですよ? あなたのような素敵な女性は、ワタクシのようにナイスなミドルが相応しいというもの。美しいアナタの下僕、鬼頭、鬼頭玄造をどうかヨロシク!」
赤鬼たちの小競り合いにズカズカと割り込んできた、色黒パンチなハイエナのボスこと玄さん。ナイスなミドルと言うより『なすびが躍る』などというありえない珍事件のようなお顔で、赤鬼と相撲力士の手を安西先生から無理矢理剥がしながら自己紹介をお披露目した。色黒パンチから放たれる野獣のオーラで部下を牽制しつつ、安西先生には胡散臭い笑みを向けている。白い歯ならぬ金歯をキラリと光らせながら。
「ずりぃよ~横暴だぜ、玄さん!」
「力士のいう通りだ。下僕どころか唐変木のしみったれたクソジジィのくせによぉ、ケッ!」
「じゃかぁしいっ! ガキはクソして寝る時間だっ、けぇれけぇれ!」
我こそが「安西マリ」の隣に立つ男! ……と言わんばかりに、このこのこのとお互い取っ組み合いでポジション争いをしながら、俺が俺が俺がと醜い争いを繰り広げる三人。星野君の「恥ずかしいからやめてくれ」という常識人の制止も虚しく、当の安西先生はほんのりバラ色に染めている頬を両手で覆い、永遠の乙女なポーズをとった。
「やん、恥ずかしいわぁ。なんか照れちゃうぅ」
(先生、照れてる場合じゃないのでは……)
なんせ女王のエスコート役を争っている人物は、赤鬼と巨漢モヒカンと色黒パンチ。どうみても街角に貼られている「この顔見たら、110番!」のような怪しい3人相手に恥らうなんて、やっぱり先生のツボはいまいち理解不能だ。
(けど、ここはなんとしても私が女王を守り通さねばっ)
とりあえずこの目の前の野獣共を蹴散らすため、ヘナチョコ魔導士から女王の傍に控える王族専属の近衛騎士となって、猛獣共の鼻先に鋭い剣先を突きつけっ! ……ることはできないので、鉄槌を受けていまだに痛い脇腹を摩りながら、先生の横から思いっ切り殺傷力MAXな熱視線で3バカトリオを懲らしめた。が、そんな荒井美千子の胸中も知らない先生の朗らかなまんざらでもない笑顔を見た途端、何故かやるせない溜息が漏れてしまったのだった。
***
赤鬼から鉄槌を受けた私は、改めて言葉を選び直しながら桂先輩を先生に紹介し直した。先生はその派手な容姿の面々に恐れを抱くことなく、素直に「こちらこそよろしく~」と朗らかに頭を下げた。その様子を見て気をよくしたのだろう。今度は相撲力士が巨体のくせに、ホイホイとゴキブリ並みの速さで寄ってきたのだ。
しかも目を剥くほどの強烈な衣装に着替えて。
『そんな服、一体何処の洋品店(死語)で売ってるんスかっ?!』
……というような、ダボっとした派手な紫色の上下。しかもこの涼しい季節に可哀そうなほど汗だくな力士には少々キツイ、水分吸わなそうなテカっているサテン生地。ちなみに幼稚園のお遊戯会的な生地でできているこの衣装の見せ所は、これまた園児には全く無縁である背中に描かれた刺青のような和柄の龍である。
なんとも体質に合っていない奇抜なファッションをチョイスし、どうやらシコを踏む前に軽く道を踏み外しちゃったのね不良の相撲力士は、それこそ正真正銘の「張り手」を派手にキメながら赤鬼の横から割り込んできた。色々と予想外の出来事をまともに食らった赤鬼と私は、視覚をヤられるという精神的苦痛を受けただけでなく、土俵の外に突き飛ばされる肉体的ダメージを受ける始末。
つーか、力士と呼ばれるからには、ヤンキー服着る前にまわし一本で勝負してみろやっ! ……などと脳内でツッコんどく荒井美千子。
『……ぃってぇ……って、あぁぁんっ?! あんでボインまで倒れるのよっ! てか、預けたカメラがっ!』
遠慮なく人の上に乗って覆いかぶさってた赤鬼は、ガバリと起き上がり大声を上げた。傍から見たらまるで押し倒されているように見える破廉恥な体勢で下敷きになった荒井美千子のことより、私の首から下げていたカメラの安否を先に確認をする桂寅之助。「大事なお宝ショットがっ!」などと悲鳴を上げながら舐めるようにカメラを見回し、傷がついてないことにホッと安堵すると、急にギラリと目を光らせながら被害の元凶である力士を睨んだ。
『ボイン……このケースにカメラを入れとけ! オラァァァっ相撲力士っ! てめぇ~いますぐ土下座こいて、キッチリ詫びを入れろやぁっ!』
『不可抗力ッス。 それより自分は「相模力」ッス! おい、チチコ。寅之助さんだけじゃなく、オレも紹介しろ?』
『やめろよ、力! 大丈夫か、荒井さん!』
私を踏み台にして起き上がった赤鬼は、白星をキメた力士とタイマンを張りはじめた。
一方争いの発端となった先生は、急いで止めに入った唯一まともな星野君と同じタイミングで、「美千子ちゃん、大丈夫?」と駆け寄ってきてくれたのだが……。カメラのケースを投げつけられてボー然とした私を起そうとした星野君を見て、急に目をランランと輝かせながら奇声を発した。しかも私の腕を掴もうとした星野君の両手を大胆にとって握手を交わし、そのままグルグル回転する勢い。おかげで私は地面に転がったまますっかり忘れ去られた。
(……まぁ、赤鬼の(サンド)バッグがクッションになったからいいんですけどね……)
『キャァ、どうしよう! 美千子ちゃん、わかったわ! この人でしょ?! 初めまして、うちの美千子が大変お世話になってますぅ。これからも末永くどうぞよろしくねっ』
『はぁ……あ、いや、それより荒井さんが』
『やだ~優しい上に男らしいじゃないの! 美千子ちゃん、やるぅ! で、二人はいつからお付き合いを?』
『は? 頭突き合い?』
『え――あらあらもう!』
先生の上を行く超勘違いをした困った顔の星野君と、「好青年の上にユーモアも持ち合せてるなんてなかなかポイント高いぜこの男子!」とさらに喜んでいる先生の暴走を止めるため、ここは自力で起き上がり早めに紹介を強制終了しちまおうとしたら――。
いきなりガシっと腕を掴まれ、ぐいんと引っ張りあげられた。
急に片方の腕に力が入ったものだからビックリして腕を掴んでいる主を見れば、笑顔だけど目は笑っていない不機嫌さMAXの尾島が聳え立っていた。
背後にミニマムコンビの傍らである小悪魔小関明日香、デカいくせに腰ぎんちゃくのような後藤君を引きつれて。