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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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ダイヤモンドの野獣たち⑩

 あらゆる方向から名前を呼ばれた私は、慌てて赤鬼の荷物を拾い上げ、どうしようとオロオロ辺りを見回した。

 呼ばれた私も相当困惑顔だったと思うが、私を呼んだ安西先生以外の人たちはもっと不可解な顔をしながら、面識がない安西先生に注目していた。当の先生は自分が注目されていることなど知らずに、大荷物を抱えながら女優のような笑顔でこちらに近付いてくる。

(な、なんで安西先生が駐車場ここに? ……って、車で来たからだよね)

 ぐるりと駐車場を見渡せば案の定、マリ先生の愛車である真っ赤なジープの四駆が置いてあった。

 とりあえず最年長の先生を優先するべきだと思い、なによりもデートなどという勘違いを訂正するため、星野君や桂先輩たちに「失礼します」と言う意味合いを込めて少し頭を下げた後、安西先生の方へ走り寄った。先生のいる方には尾島たちがいるが、特に何もアクションは起こさなかった。私が呼ばれていることはわかっているだろうし、なにより無視し続けたのは尾島あっちなのだから構わないではないか。


「せ、先生! お仕事は終わったんですか?」

「えぇ、今さっき終わってね? これから帰るところなんだけど……って、美千子ちゃん……それ、どうしたのっ?」


 安西先生は目を見開くと、非常に驚いた顔で私の顔とぶら下げている荷物を何度も見比べた。


「え? あ、いや、これは……」


 確かに先生が目を丸くするのも無理はない。だって、とてもじゃないがデートにしてはあるまじき姿だったから。肩にはスポーツバッグを下げ、首からはカメラ、両手には自分のカバンと化粧品が入った紙袋を持った私は、まるでじゃんけんに負けた小学生が友達の分のランドセルを次の電柱まで持たされるの図、そのものだ。


「これはその、知り合いの荷物を預かってまして……」


 私は持ち主である赤鬼の方をチラリと見ながらしどろもどろに答えると、先生は微妙に険しい顔を安堵に変え、ホッと胸を撫で下ろしたようだった。


「あ、そうなんだ。……そうよねぇ。だって、美千子ちゃん、そんな荷物今日持ってなかったものね? そう、お知り合いの荷物なの……そうよ、私ったら! だってこれ、まさか美千子ちゃんがこんなの持ってるはずないわよ! やだわ、私ったら、考え過ぎ!」


 先生は自分に言い聞かせるように何度も頷いていたが、視線は私の胸元に釘付けだった。先生の視線を追って胸元の古い一眼レフカメラをジッと見下ろせば、先生は急に私の肩を掴み、「それよりも美千子ちゃん!」と少し焦ったような声で話しかけてきた。


「そんなことより美千子ちゃんったら、水臭いんだから! お友達のところへ行くなんて言っちゃって、デートならそう言ってくれればもっと本格的にメイクしたのにぃ。で? どの子が美千子ちゃんの“boyfriend”なの?」

「@&$●×#▽☆*っ!」


 先生は周囲にいる男子をキョロキョロ眺めながら、素晴らしい発音で“boyfriend”などというこっ恥ずかしい単語を口にした。その様子はまるで先生自身もティーンエイジャーのようで、親友同士が気になる男子を告白し合う時のようなウキウキ顔。今にも荒井美千子と手を合わせてキャーキャー言い合うほどの生き生き振りだが、あいにくそんな単語に値する男は何処にもいない。

 近くにいるぶすくれているサルがあらためて目の端に映った突端、何故か色々な意味で居たたまれなくなった。訳もなく野球少年の中に“boyfriend”がいるなどと尾島に誤解されたくないだとか、


『荒井美千子にカレシぃ? ケッ、そんなことあるわけねぇだろ!』


 などとバカにされたくないと思ってしまったので、急いで否定の旨を強く告げた。


「ちちち違いますって! 誤解です、誤解なんです! たまたま偶然にっ」

「あら? ちがうの? ……あぁ、そういうことね! まだ“just friend”なんでしょ? もしやこれから進展――キャァッ、どうしよぅ、先生まだ心の準備ができてないわ!」

「……いや、先生……なんか、それはもっと違うというか……わ、私は強引に引っ張り込まれただけでして」

「キャー! いきなり引っ張り込まれて強引にっ?! 最近のジュニアハイの子たちは随分積極的なのね!」

「ヒェー! 解釈が激しく明後日の方向にっ」


 急にギラギラとした視線が全身に突き刺さった。発信源を追わなくともそこにボス猿がいることはなんとなくわかる。例え姿が見えなくても、軽く青筋を立たせている尾島の幻が見える自分が恐ろしい。一方、目の前の安西先生は目をキラキラとさせていたが、何か思うところがあったのか、すぐにキリリと顔を引き締めなおした。


「でもね、美千子ちゃん。中学生でそういうお付き合いはあまり感心しないわ。せめて中学卒業するまで待たなきゃダメ、ね? せめて“kiss”くらいに止めておかないと。ほら、イマイチ日本の教育はティンエイジャーに対して、正しい性の知識を説明することを避けている節があるでしょ? だから先生があらためて言っておくわ! そりゃ先生もね? 若い頃は色々とあったし、マムとダッドがうるさくて反抗したこともあるから強くは言えないけれど……でも親になった今、その気持ちがとても良くわかるの。これが息子ならどうでもいいかって感じだけど、女の子となるとリスクも高いし……やだ、今更だけど本気で心配になってきたわ! どうしよう、美千子ちゃん! 先生どうしたらいいのっ!」

「ヒャーッ! 一段と話が大袈裟にっ! そそそそうじゃなくって、単なる草野球の観戦でして! 引っ張り込まれたのはグラウンドで、あの、その、クラスメートが試合をやっていたものですからっ」

「私にとっても美千子ちゃんは娘同然だしっ――って、え? クラスメート? 野球観戦? あら、強引にって……カレシにじゃないの?」


 頭から「絶対恋バナ☆」と決めつけていた先生に、全然違うと首をぶんぶん振って否定した。先生はあれだけ性教育云々を懇々と諭したのに、何故かあからさまに残念そうな顔でショボくれる。


「やだ、私ったら……強引に引っ張り込まれたなんていうからてっきり勘違いしちゃって。もぅ、そういうことは早く行ってくれないとぉ」

「………………ハハ、言おうと思ったんですが」


 全然聞いてくれないからと弱弱しく抗議しようとすると、後ろから背中をバシンと叩かれた。しかもナンパされた時に叩かれた同じ場所と数ミリ違わない位置。

(い、痛いよっ!)

 あまりの激痛に涙目で見上げれば、泣くも黙る殺人(赤)鬼スマイルがズームアップされていた。今まで事の成り行きを黙って見ていたのに、急に行動を開始したのは、「性の知識」と言う言葉に惹かれたからなのか、それとも安西先生の美貌に惹かれたからなのか。凶器そのものの顔を無理矢理愛想良く笑いながら肩を組んでくるもんだから、「ギャァッ!」と腰を抜かしそうになった。


「いや~非常に気が利く我が後輩よ、荷物ありがとうありがとう。この際ボクの大事な荷物を落としたことはキレイサッパリ記憶から抹消してやろう。それよりもこちらのキレイな方はどなたなのかな? ん? あぁ! いきなりスミマセン。ボク、このボインさんのマブダチであり、先輩後輩などというきわめて健全なお付き合いをさせていただいております、桂寅之助と申します。オイ、一点の曇りもないほど真っ新な清い関係の後輩よ。ここは日頃の感謝をこめて、チミの面倒をみている恩人であり師匠であるボクを、ぜひともこの美しいご婦人に紹介してはくれまいか。素晴らしいところがありすぎて何処から説明したらいいか非常に迷うかもしれんが、そこはチミのセンスと心意気に任せたいと思う。しかし、その前に一言言っておこう。いいか、人間というのは見た目だけでは判断できねぇほど奥が深い生きモノだ。これがどういう意味か、わかるな? そこんとこ踏まえてどうか夜露死苦っ!」


(おいおい……日頃どころか、会うの今日で2回目だろ!) 

「師匠」というより「支障」そのものな赤鬼は、原口美恵に負けないくらいの猫なで声を出した。が、どう聞いても猫じゃなく、その名の通り虎。良くて化け猫のような迫力で脅迫している先輩の人となりをどう上手く誤魔化しながら……もとい、美化しながら穏便に言い包めばいいというのか。しかも目の前の安西先生は、「これから何が出てくるんだろう」という珍動物を見るような興味深い目で見ており、赤鬼は期待を込めた目で待ち構えている。

 超難問を突きつけられている、超難関なシチュエーションに挟まれた荒井美千子は――


「………………ど、同級生のお兄さんです」


 超ナンセンスなアドリブで簡潔にまとめてみれば、桂寅之助先輩はスケベ丸出しの緩い笑顔のまま、目にもとまらぬ早業で私の脇腹に鋭い鉄拳をキメた。


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