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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
121/147

ダイヤモンドの野獣たち⑦

「これも持てよ」


 不躾な声の方に顔を向ければ、そこには目尻がキュッと上がっている険しい顔の男がいた。


「え……」

「え、じゃねぇよ、チチコ。片手が空いてるからまだ持てるだろ」


 髪型だけは彼の兄とは全く違った。髪はわずかに茶色だが、チリチリどころか野球少年らしく短くスッキリとして坊主に近い。しかし目元はスケコマシな兄にそっくりだ。よく見ればうっすらと鼻にちりばめられているそばかすがある。

 ニコリともしない男・伴総二朗は、感じのよろしくないセリフと共にグイッと救急箱を私に押し付けた。思った以上に強く押し当てられた場所が痛い。

 あまりの態度の悪さを目のあたりにし何も言えずに唖然としていると、何も反応しない私にイライラしたのか、無言で救急箱をドンとベンチの上に乱暴に置いた。


「ほんじゃ、よろしく」


 フンという捨て台詞と共にスタスタと歩いていく伴総二朗を黙って見送ることしかできなかった。

(ちょ、ちょっと、一体なんなのよ! もうちょっと言い方があるでしょうが! 私よりも年下のくせに、なんて生意気な!)

 カッと頭に血が上り、とても目上の人にものを頼む態度ではない彼の背中に、救急箱を投げつけたかった。どうやらこの「大野ゴールデンカップス」のメンバーは、星野君を覗いて全員、地味で鈍臭い女性を思いやる気はないようだ!

 その一連の様子を見ていた星野君は、さすがに頭に来たのだろう。滅多にない様子で目を吊り上げながら、「おい、総二朗が持てよ! ツトムも手伝え!」と怒鳴った。

 それでも伴総二朗はシニアの先輩である星野君の言葉も完全に無視。相撲力士などは、


「そんな重いもんじゃねぇだろ。むしろチチコのそのデカいチチより軽いんじゃねぇ~の~? 今更救急箱一つ増えたからって大したことねぇって。いけるいける!」


 と軽く言い放ち、ガハハと笑いながら人の横を通り過ぎていく。

 そんな二人の言動に、星野君は普段からは考えられないような舌打ちをした後に盛大なため息を吐いた後、私の方を見て頭を下げた。


「荒井さん、ごめん。本当に」

「え、あ、い、いいよ! ほ、星野君のせいじゃないし……」

「いや、荒井さんを巻き込んだ俺にも責任ある。そのせいでアイツら、特に総二朗のせいで嫌な思いさせた。普段はここまでひどくないんだけど、ちょっと、とっつきにくいヤツでさ……って、これ、全然言い訳にならないな」

「……そ、そんな、ハハハ」


 愛想笑いで誤魔化したが、心の中ではとっつきにくいどころか、とっつかまえてとっちめてやりたい衝動に駆られた荒井美千子。しかし相手はこれまた厄介なチリチリこと「伴丈一朗」の弟だ。代打として兄が仕返しに来ても困るので、生意気な態度は私の寛大な心で不問にいたすことにした。


 例え、いけ好かない態度で乱暴に救急箱を押し付けられただけでなく、初めて伴総二朗に会った瞬間、「だれ、この女」というセリフと共に睨まれたり、「荒井美千子です」と名乗ったら名乗ったで、初対面の上級生を「チチコ」呼ばわりしたうえに、「部外者は立ち入り禁止だぜ」と顎で追い払う仕草をされたとしても、だ!


 考えるだけでグツグツと煮えたぎった怒りが沸き起こるが、培ってきた我慢というスキルでなんとか沈めた。それに、こんな忌々しい出来事はさっさと記憶の底へ葬り去るのに限る。もう金輪際このグラウンドに近づかないと決めたし、一生会うこともないだろう。いや、ないようにする。

 それより、普段からあんな生意気な態度で学生生活大丈夫なのかなと余計なことを考えてしまった。が、すぐそんな気遣いも無駄だと悟った。同じ河田中であるスケコマシな兄と、彼の隣で歩いている相撲力士がバックに付いていれば、支障などあるはずがない。まったく……山野中の狼も問題だらけだが、河田中の狼兄弟もろくなもんじゃない。兄が「チリチリ」なら、弟は「チクチク」といったところか。

 一人でプンスカ怒っていると、星野君が一番大きいプラスチックボックスの上をトントンと叩いた。


「荒井さん、その救急箱俺持つから。このボックスの上に乗っけて」

「え? で、でも……」


(……確かその箱には、キャッチャーマスクやプロテクターのほかにも結構道具が入っていたんじゃ――)

 とてもじゃないが、そんなことできなかった。それでなくても重そうなのに……さらに荷物を押し付けたら、完全に嫌な女になってしまう。前を歩いている二人がそう言ったら、遠慮なく投げつけるように渡すけど。


「だだだ大丈夫! た、確かにそんなに重くないし。駐車場までなら」

「……そうか。なら、お願いしてもいいか? わるい、正直助かる」


 さすがに星野君もそのまま私の好意を受け取った。お互い顔を合わせると、どちらからともなく苦笑いを浮かべた。だって、私たちの顔には、「あの連中に何言っても無駄だ」と悟っているのがありありと浮かんでいたから。

 私は片方に化粧品が入っている紙袋とスコアを持つと、もう一方で救急箱を持ち、荷物を持った星野君と歩き始めた。


「そういえば、なんで荒井さんはここに?」

「え?」


 急に問い掛けられた星野君の声に、早く荷物を届けてさっさとオサラバと逸る心が少し緩んだ。


「寅ニィのせいとはいえ、結局グラウンドに連れ込んだ俺が言うのもナンだけど。荒井さん、区民センターに用事があったんだろ? 今更だけど無理矢理引っ張り込んで大丈夫だったか?」

「あ、あぁ……それはですね……」


 こっちも今更だったが、今日この区民センターに来たワケを簡単に説明した。母の知り合いが化粧品のイベントをやるので、母の代わりに差し入れに来たこと。本当は貴子も一緒に来るはずだったのだが、都合が悪くなり1人で来たこと。桂寅之助に拉致られ……いや、声を掛けられた時は既に用事が終わり、帰るところだったこと。これから化粧品の試供品を貴子の家に届けること。一通り説明すると、星野君は「へぇ、そうだったのか」といいながら抱えている箱を持ち直した。


「化粧品のイベント、か。……そう言われてみれば荒井さん、その手に持ってる袋――」

「えぇっ、ややややっぱ、わかる? い、一応派手にならない程度には抑えてもらったんだけど……って、べべべ別に今日は学校じゃないから化粧は校則違反じゃないよねっ?」


 化粧などと似合わないことをやった恥ずかしさで、星野君が言い終わる前に慌てて言い訳をすると、星野君は「え?」と眉根を寄せた。


「化粧? 荒井さん、化粧してるのか?」

「え」

「そうか、今は中学生でも化粧するのか。初めて聞いた。てっきり大人の女の人というか、オバサンだけかと思った」

「……ハハ。オ、オバサン、ね……」


 星野君は私の超勘違いと言う名のヘナチョコ投球をいとも簡単に捉えると、鋭いスゥイングで容赦なく打ち返した。おかげで女豹熟練度が大幅ダウンの荒井美千子。

 いや、この場合落ち込む方が間違っている。だって、星野君のような朴念仁度が……違う。男気のレベルが高い人に、「いつもと違う自分にを気付いてもらいたいわ☆」なんて方が図々しいのだ。

(そ、そうよ。こんな軽い化粧程度じゃ普通気付かないわよねぇ?)

 一瞬でも、


『せっかく軽く化粧をしてもらったのに、男性陣誰一人突っ込んでくれないなんてどういうことっ?』


 などと思った自分がおこがましい。

 そんなことより、またしても重要なことが一つ判明した。私の顔はやりすぎても「おかちめんこ」になるが、化粧の度合いが軽くても代わり映えしないという事実が。自分の顔をどうすればマシになるか……などという新たな深刻な問題に直面していたら、再び「それよりさ、荒井さん」と声掛けられた。


「ハ、ハイ?」 

「今日部活だったんだろ? バスケ部の『練習試合』どうだった?」

「え……」


 チラッとこちらを見ながら言った星野君の言葉に、深刻な問題などはすぐに吹き飛び、たちまちモヤモヤとした嫌な気分になった。


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