ダイヤモンドの野獣たち⑥
「ありがとうございました!」
グラウンドに爽やか……ではない中年の濁声がこだました。2チームの選手たちは帽子を取り、頭を下げて握手をした後解散。それぞれのベンチの方へ戻ると、相手チームへエールを送るために円陣を組み、小気味よい大声を張り上げた。
試合結果は6対2で大野ゴールデンカップスの勝利だった。
……というより、勝っても不思議じゃないと思う。だって、こっちはナインの中に、元気ハツラツなティーンエイジャーが4人もいて、しかも全員野球経験者なのだから。
そう。意外なことに、本日カメラマン兼助っ人として参戦した桂寅之助先輩は、リトルリーグ経験者だった。相撲力士こと相模力は、星野君や諏訪君と同じリトルリーグのチームを経た後、河田中の野球部へ入部(容姿からしてたぶん現在は退部と思われる)。星野君は言わずと知れたシニアの職人スラッガー。そして最後の4人目、またの名を三番目の試練である総二朗と呼ばれた男は、同じくリトルを経た後、中学1年生のくせして現在シニアの控え投手。
(……オイオイ、こりゃどう見ても反則だろ)
いくら人数が足りなかったとはいえ、オヤジ中心の草野球に若いバリバリの現役選手を投入するとは……さすが鬼頭組長、いや、鬼頭店長監督。見た目通りやること結構えげつない。
それでも、私がくる直前までは同点だったというのだから、今回の相手は強かったのだろう。それがあの桂寅之助先輩がセンターオーバーを放った後から試合の流れは変わった。次の三番打者である総二朗はフォアボールで一塁へ、本命四番打者の星野君は内野安打。あっという間に一死満塁。トドメは見た目をまったく裏切らない、「ドカベン」ならぬドデカイ相撲力士が放った特大ホームランで一気に4点追加。その後は抑えられてしまったが、次の7回表の相手の攻撃が無得点の時点で、ゲームセットというわけである。
(やっと終わったよ! 今のうちどさくさに紛れて退散しとくか。貴子の家に行くの遅くなっちゃうしね)
グラウンドを見れば、勝者の大野ゴールデンカップスがトンボがけをしていた。やっているのは、もちろん若者オンリー。ドン引き物騒中年連中は悠然とベンチに戻ってきた途端、「終わった終った」と殴り込みが終わったヤクザのように一仕事終えた満足顔でグラウンドを去っていく。
(シメシメ、ナイスタイミング! アイツらが仕事をしているうちに、玄さんに急いでいるので帰りますって言えば万事OKだよね? 星野君に挨拶したいところだけど、どうでもいいオマケが3人もいるからな……。そうだ! 玄さんに伝言を頼めばいいか! もしこっちに気付いたら頭を下げればいいもんね。それに星野君は明日学校で一言謝れば――)
ウンウンと一人納得し、自分の分のトンボがけを押し付ける赤鬼と相撲力士の小競り合いを横目で見ながら、ベンチに戻ってきた玄さんにいそいそと近付き声を掛けた。
「あ、あの……お疲れ様デシタ。し、試合も終わりましたし、用事があるので、これで失礼を……」
「おう、嬢チャン、ありがとな! いや~愛ある熱烈な声援ぶりにオイちゃん思わず下半身まで痺れちゃったぜ!」
「……。い、いや、愛……が込められていたかどうかは…………イマイチ自信がありませんが……」
「わけぇのに謙遜するなって! それよりこれから『まるやき』で打ち上げだから、嬢ちゃんも来い! やっぱ酒の席には華がねぇとよ~」
「え?! (わたしゃ、コンパニオンかい!)」
「あ、心配すんな? いくらなんでも中学生には手を出さねぇよ、犯罪になっちまうもんな! 残念ながら女は『もどき』の蝶子しかいねぇが……って、や、蝶子も心根は意外と悪くねぇんだよ? けど見た目がバケモノじゃなぁ~」
「や、あの……(人のこと言えないのでは……)」
「な~に、蝶子と酒屋のボンもいるから、寅之助もそうそう嬢ちゃんに手ぇ出せねぇだろ。だから安心しなっ。ハッハッハ~!」
「……それはそれは心強い……(わけ、あるかっ!)」
大変なことになった。
本当に今更だが、どうして私の周りには人の話を聞かない&勘違い連中が集まってくるのか。この玄さんを始め、赤鬼にブキミちゃん、それに雄臣――。何か悪い霊にでも取り憑かれているとしか思えない。ここは墓参りより、思い切って除霊を頼んだ方がいいのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、私の言葉を思いっきりスルーした玄さんは、「これ持ってくれや」とスコアブックを私に押し付けて、グラウンドの出入り口があるフェンスへ向かって歩き出してしまった。迫力に負けて思わず「ウィッス!」と素直に受け取ってしまったところで、ハッと我に返る荒井美千子。
「ヒョェっ! ちがっ! わわわ私、これから大事な用事がありましてですねっ!」
慌てて玄さんの後を新入りの舎弟のように付いていくと、それを引き留めるように、若頭である赤鬼に後ろから大声で怒鳴られた。
「こぉらっ、ボイン! オマエはまだゲームセットじゃねぇ、こっちに戻ってこい!」
「ヒっ!」
赤鬼の咆哮に条件反射で振り返ると、怖いお顔で睨みながらこっちにこいと手招きしていた。どうやら赤鬼は最後の最後まで私をコキ使うらしい。
(気付かぬふりしてそのまま玄さんについて退場すれば良かったのに……振り向いた私のバカ!)
そうは思っても後悔先に立たず、だ。まぁ、この時点で赤鬼の言葉を無視してバイナラできるようであれば、はじめからグラウンドに引っ張り込まれてはいない。
これ以上怒鳴られるのも嫌なので急いでベンチに戻ると、いきなり赤鬼のデカいスポーツバッグと古い一眼レフカメラを肩と首から提げさせられた。
「ションベン行ってくるから、オレの荷物頼んだぜ」
「……なんとなくそんな予感はしてマシタ」
「おぉ? ボインのくせに先を読むとは、オマエも意外と隅には置けないな、オイ!」
「……お褒めに預かり光栄デス」
「よしっ。とりあえず駐車場まで運べ。いいか、このカメラはオレにとって命と言ってもいい代物だ。特に慎重に扱えよ。それこそ女の身体を撫でるようにソフトでナイーブなタッチを心掛けろ。間違ってもいきなり乱暴に鷲掴みしたり、理性を欠いた野獣のようにハァハァと涎なんか垂らすんじゃねぇぞ!」
「……コレ、単なるカメラですよね?」
「バカモン! な~にが単なるカメラ、だ! まさか……使い古しのくたびれた女、いや、カメラだからって、軽々しく取り扱っていいなんて思ってたんじゃねぇだろうな? だとしたら、ドえらいミステイクだぞ、ボイン。ピッチピチの真っ新な女子大生を味わうのもいいけどな? だからといってお互いイイトコロをすべてを知りつくしている、大技小技が巧みな古女房をないがしろにする奴は男とは言えねぇ。新旧両方平等に愛でてこそ、真の男っつーもんよ!」
「……それって、俗にいう二股っていうやつじゃ――」
「バカヤロ! 勘違いするなよ、あくまでもカメラの話だよ、カメラの! ともかく、このカメラはオレの分身だと思って大事にしろ。なんせこのカメラにはな……隣のテニスコートでプレイしているお姉さま方のパンチラ・サービスショットが納められているんだからな!」
「……それって、俗にいう盗撮っていうやつじゃ――」
「そうそう~盗撮ってバレぬようギリギリの際どい角度で迫るのが至難の業で――って、アホンダラ! 思わず自分の怒鳴り声でションベンをチビりそうになったじゃねぇか! ヤベェヤベェ、こうしちゃいられねぇ。ションベン漏れちまう~」
どうやら相当尿意を我慢してたらしく、まるっと誤魔化すように超ダッシュで行ってしまう赤鬼。あまりの早業に大荷物を下げながら、
『いっそのこと、お姉さま達からパンチ並みのサービスショットを、急所ギリギリの際どい角度に思いっきり打ち込まれればいいのに』
……などと心の中でツッコミを入れつつボケーと突っ立ている私を、さらに追い打ちを掛ける男がズンズンと近寄ってきた。
相変わらず話的には進展せずにごめんなさい……なんだか赤鬼と足軽の章みたくなってきた。(^_^;)