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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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ダイヤモンドの野獣たち⑤

(……困ったな。厄介な奴らに捕まっちゃたかも)


 私は桂寅之助先輩から目を逸らし、ハァと溜息を吐いてしまった。さっきまでは人のことを一生懸命口説き落としてたくせに、星野君の呼びかけですっかり1年前の記憶を呼び起こしたらしく、私に対する態度が180度変わってしまったのだ。


『……やっぱりどこかで見たと思ったら! そうだよ、その鈍くさくて地味な雰囲気……去年の暮のキャベツもまともに切れない犯罪まがいのボインじゃねぇかっ! やいやいボイン! テメェよくも素敵なオレ様の顔をすっかり忘れ、初対面なんて抜かしやがったな? おぅおぅ、オレ様を忘れた落とし前、キッチリつけてもらおぅじゃねぇのよっ。とりえずこの差し入れらしきケーキの箱は没収しとく! ついでにオレ様の助手と肩もみでもやってもらおぅかっ!』

『えぇ! そそそそんなっ! そ、そりゃお互い様というもんじゃ……』

『ダアホ! 言っとくけどな、この桂寅之助様が本気マジで怒ればこの程度じゃ済まねぇぜ……なんならオレ様のスゴさ、今すぐこの場で味あわせてやってもいいんだぜ!』

『ヒィっ! ままままさかっ、公衆の面前で健全な小説には載せられないアンナことや、コンナことを……』

『そうそう~アダルティな読者様のハートをがっちり掴むアンナことや、コンナことをだな……って、オィッ! ヤれるわけねぇだろ、こんなところで! 思わず想像してウットリ夢見ちまったじゃねぇか!』

『……あのぉ、それは私のせいになるのでしょうか……』

『当たり前だ! ともかく! そのEカップに成長したボインに免じて、この程度ですべて帳消しにしてやろうってんだ。オレ様の慈悲深い心に感謝するんだな! それともなにか? そのボインを思う存分堪能させてくれるとでも言うのかよ?!』

『助手と肩もみ、喜んでやらせていただきます!』


 ものの数分で決着がつき、ていうか、星野君が慌てて中に入ってくれたので大事にならなかったのだが……荒井美千子はすっかり赤髪ピアスのジャーマネという名のパシリと化していた。


 しかも待ち受けていた試練はこれだけではなかった。

 赤髪ピアスと星野君(言っておくが、星野君は桂先輩に命令されて渋々)に連行されてベンチに入ってみれば、さらなる厳しい試練・その一がお出迎え。その人物とは――


「ひでぇよ、寅之助さん! オレは『相撲力士すもうりきし』じゃねぇ、『相模さがみ つとむ』!」


 そう叫んだ隣の男である。

 生意気にも赤髪ピアスに物申すほど勇敢でモヒカンの巨漢な彼は……っておいおい、なんだかライムを効かせたラップにでもできそうだぞ。やらないけど。そのかわり、


『あぁ、一字多いけど、一瞬見たら漢字似てるよね! しかもそのモヒカン、マゲのつもりですか? ヒャハハハハ!』


 と心の中で爆笑するぐらいは許してもらいたい。ともかく、そんな彼は髭が生えているクセに私と同じ中学2年生だという。まったく、恐ろしいったらありゃしない。


「くそぉ~俺は力士じゃねっつーの!」


 いつまでも根に持つしつこいタイプの相撲力士こと本名・相模さがみ つとむは、桂寅之助先輩の言葉に相当臍を曲げているようだ。

 いつの間にか人が丹精込めて作ったシュークリームを勝手に取り出し、遠慮なく頬張りながら悪態ついていた。

(もう赤髪ピアスに捕まった時点でシュークリームは諦めた)

 こう言っちゃなんだが、手にしている白鳥がヒヨコに見え、口の端から白鳥の首がひょっこりはみ出ているその姿は残酷な光景以外何物でもない。しかも文句を言いながら口から放たれているシュークリームの残骸。丹精込めて菓子を作った私の努力が、こんな仕打ちで一瞬に消えたこの事態を哀れと言わずしてなんというのだろう。「きたねっ!」などと私を罵倒できる立場ではなかろうよ、相撲力士よ。

 私の背中を摩っていた隣の星野君はため息を吐いた後、相撲力士と煩くヤジっているオヤジに声を掛けた。


つとむ、食いながらしゃべるな。それに玄さん達、声掛けたら寅ニィ打てない」


 星野君は苦い顔だが落ち着いた声で私の隣の力士と野球中年たちを諌めると、ヤジの中心人物らしきオッサンである「玄さん」と呼ばれた人は、耳に掛けていた煙草をつまんで口に咥えながらニヤっと笑った。唇の間から覗かせている、ギラッと光る金歯とヤニのついた黄色い歯が、色黒パンチパーマのお顔に華を添えている。一見殺伐とした光景だが、あまりにも絶妙な具合でマッチングしすぎて、いっそ清清すがすがしさを感じさせるほどだ。


「…………」


 確実に只者ではない、試練・その二であるこの「玄さん」という人は、本名「鬼頭玄造きとうげんぞう」と言い、大野商店街振興会長且つ「大野ゴールデンカップス」の監督であった。

 どっからどう見ても名前の雰囲気を裏切らず、


『むしろ「きとう」というより「おにがしら」だろ!』


 などとツッコミを入れたいほど、あこぎな商売をしてそうな玄さんは、これでも商店街の中にある「バーバー鬼頭」の店長である。決してヤクザではない。

 そんな存在自体が神がかり的な「玄さん」こと鬼頭店長は、日曜という書き入れ時にも関わらず、試合以外の休日は煙草のかわりに赤ペンを耳にさして競馬場をうろついているんだそうだ。「大野ゴールデンカップス」という名前も、「一年の計は元旦でなく金杯にあり!」という競馬ファンのゆるぎない情熱から命名したと自慢していた。

 そんなどうでもいい情報を頭の中で流していると、玄さんは球場内のベンチなのに堂々と口と鼻から煙を吐き出し、ケッと鼻で嗤った。


「バカ言え、そう簡単に寅之助に打たせてたまるかってんだ! こっちはな、金が掛かってんだよ! ったく……ヒットの数だけバイト代弾むなんて言わなきゃ良かったぜ。大体な、こんな声援ぐらいで動揺するたぁ、自称百戦錬磨の寅之助もまだまだ修行が足りねぇだろぅがよ?! それよりな、酒屋のボン(星野君のことだ)。優男も結構だけどな? ボケーとしてると隣の嬢チャン、本当に寅之助にヤられちまうぞっ! ヒャハハ、モテモテだねぇ~ミチコチャン!」

「…………」


 玄さんの言葉にベンチの選手は爆笑ったが、私は鼻のところをハンカチで抑えながら「ハハハ」と引き攣り笑いをするしかなかった。本当は、


『オラァ! 誰が好き好んでアタイがあんな赤鬼にヤられなきゃならんのよっ?! むしろここは鬼退治やろ! 桃太郎アタイ自ら、再起不能になるまでってやるわい!』


 と言いたいが、言えない。

 なんせこのベンチに座っている「大野ゴールデンカップス」のメンバーが、玄さんだけでなく、これまた見ただけでドン引きするような雰囲気の持ち主ばかりだからだ。

 どう見てもカタギとは程遠い、オールバックだの、金髪の長髪だの、眉毛なしのスキンヘッドだの、金色のアクセサリージャラジャラだの、歯が欠けているだの(決して入れ歯や差し歯の注文待ちとかではない)……如何にも、


『若い頃、絶対色々ヤラかしましたよね』


 というタイプのオジサマたちばかりだった。

 ともかくそんな連中相手では、中学生の女豹初心者が太刀打ちできるわけがない。

 隣の星野君は苦い顔をしながら小さい声で「ごめんな、荒井さん」と謝った。別に星野君が悪いわけではないので愛想笑いで誤魔化していると、再び聞こえてきた「ツーストライク」という審判の声。見るとバッターボックスの桂寅之助は見事なほどの空振りをしており、チキショーとホームベースに向ってバッドを振り下ろしていた。その姿は金棒を振り回し暴れまわる赤鬼そのもの。全然笑えない。


「オラオラ、寅之助、真面目にやれぇ! ここで塁出ねぇとバイト代ピンハネすんぞっ」

「「そうじゃ、そうじゃ! ピンハネじゃ!」」


 ヤニ男・玄さんが追い打ちを掛け、他のプレイヤーがさらに煽った。「じゃかぁしぃっ!」とバッターが怒鳴り返した次の瞬間、三投球目が放たれる。


 カキーン!


 そこそこ速い(らしい)相手の投球をバッドに当てた赤鬼は一塁に向って走った。球は意外に伸び、ボールはセンターオーバー。赤鬼は一塁ベースから二塁へ。その間、センターは慌ててボールを拾いセカンドへ送球されるとワンテンポ遅れるようにスライディングで滑り込む赤鬼。判定は?


「セーフ!」

「やった!」


 星野君は純粋な野球少年らしく素直に片手でガッツポーズをとった。メンバーも「ヒヤヒヤさせやがって!」と文句を言いつつもやんややんやの拍手を送っている。しかし……星野君がセンターオーバーのツーベースと呟きながらスコアブックに書き込むと、すかさず横から玄さんが口を出した。


「ボン」

「はい?」

「『センターオーバー』じゃない。ありゃ相手の『エラー』だ。スコア、書き直せ」

「えぇっ! でも、あれはどう見てもヒットじゃ」

「ボン!」

「…………了解」


 星野君は再びため息を吐きながら消しゴムをかけると、反対側に座っている相撲力士は遠慮なく爆笑した。ヒットが相手のエラーに変わったことも知らない桂寅之助先輩は、呑気にⅤサインをしてベンチにアピールしている。おそらくバイト代のピンハネが免れたと思っているのであろう。事実を知ったらどうなるのか。その先はあまり想像したくない。


「さ、大野ゴールデンカップス、本日のクリーンナップ登場だ! 惚れるなよ、ミチコチャン! ワンアウト二塁か……総二朗そうじろう、絶対打てよ! セコイ小細工せずに思いっ切りかっ飛ばせや! おら、一幸ボンつとむも準備しろ」


 玄さんがこっちを向いて声を掛けると、星野君は頷きながら立ち上がり、スコアブックを玄さんに渡した。隣のつとむと呼ばれた相撲力士も急いで最後のシュークリームを頬張る。私は隣の圧迫感から解放され、ホッと息をつきながら改めてグラウンドに目をやった。


 視線の先には、次打者が待機するサークルからバッターボックスに入る三番打者の男の子。試練・その三である、総二朗と呼ばれた男。


 私はその男から視線を外し、俯いてひざ元の桂寅之助所有のカメラをジッと見た。バッターボックスの男とは似ても似つかない、しかし人を「チチコ」呼ばわりするところはソックリな総二朗の兄を苦々しく思い出しながら――。



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