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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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ダイヤモンドの野獣たち④

『……オイ、どういうこった? 思ったよりも地味じゃねーか!』



 ほぼ1年ぶりに会う赤髪ピアスこと桂寅之助先輩は、思いっ切り失礼な言葉を幼気いたいけな中学2年生の女子に投げつけた。

 いや、確かに地味だ。そんなことは重々承知している。だがこうも正面きって突きつけられれば、いくら控えめな私でも傷つくってもんである。

 ムスッと黙っていると、赤髪ピアスは「おや?」というように目を細めた。脱いだキャップで首のあたりを軽く叩きながら私の姿をジロジロと眺めるうちに、その顔が段々と険しくなっていく。なんとなくヤバイ雰囲気に慌てて愛想笑いを浮かべると、赤髪ピアスは私の引き攣ったイタイ満面な笑顔を無視し、もう一歩間合いを詰め顔を近づけた。


「なんか……オマエ、どっかでオレと会ったこと――」

「いえ! 初めてです! 初対面です! まったくもって会ったことがないであります!」

 

 私は赤髪ピアスが言い終わる前に敬礼する勢いで一気に畳み込み、うろ覚えの記憶を呼び起こさぬよう、すかさず封印した。

 ていうか一生忘れとけ。


「そうだっけか? なんか引っ掛かんな……」


 目の前の赤髪ピアスはもう一度首を傾げながら思いっ切り眉根を寄せたが、ここはヘラッと引き攣った笑いで誤魔化した。

 二人の間に若干微妙な空気が流れたが、赤髪ピアスは単細胞だったのか意外にあっさりと「ま、いっか!」と思考を放棄し、ガシリと私の肩を掴んだ。


「仕方ねぇ、この際地味なのはその豊満なボインに免じて大目に見てやるか!」

「ええっ、ななななんでそうなるのっ!」


 誤魔化したつもりが、思わぬ方向へ事態が転がりだした。


「ははぁ~なるほどなるほど、わかったぞ! もしかしなくてもチミ、オレっちのファンだな? 追っかけだな?! もぅ、水くせぇなぁ~。気を引くためにこんな遠巻きから見てたり、恥ずかしいからって声掛けてもわざと無視したり、やることがいちいち回りくどいっつーの! そんな照れなくてもオレの雄姿を応援させてやるから! おぉ、もしやその手に持ってるのはオレの為の差し入れですな?! 地味な割には意外とやること王道だな、オイ!」

「ヒョエー! 思いっきりズレとるがな!」


 赤髪ピアスはポロっと出た私の言葉をろくに聞かず、般若の笑いでドーンと私の背中に紅葉マークを施した。どうしたらここまで勘違い……いや、プラス思考ができるのか。地味地味と連発された怒りより、そのオメデタイご機嫌な脳みそをこさえている赤髪ピアスがちょっぴり心配だ。


「さ、こっち、こっち! どうせだから特等席で見学させてやるって! 大丈夫大丈夫、ボールが当たらないようにオレがガッチリ全身全霊でその貴重なボインを守ってやるから! でも万が一の場合の時は勘弁な? 残念ながら部外者だから保険はおりねぇけど、その気になれば相手からチョチョイと賠償金を巻き上げるぐらいの物騒な連中がチームに揃っているから安心したまえ! あ、それとも? いっそこのまま二人っきりで愛の逃避行がいいとかっ? 地味なくせに言うこと大胆だな、オイ! や、困ったなぁ~今オレっち、カメラマン且つ助っ人で草野球のバイト中なんだよね? あと少しでこんなショボいゲーム終わらせるから? ガッツリとバイト代せしめたら、ほら、そこの近くの『ホテル・ダブルスプラッシュ!』でダブルと言わず夜通しで熱いスプラッシュといこうぜ! ちなみに、ほぼ鏡張りの『魅惑のミラーで見られてムラムラ☆ルーム』がオレっちのオススメ! 是非この素敵空間で二人の未来を語り明かしたいところだがよ? 燃えすぎちゃって語り明かす暇がないのがこの部屋の難点なんだよな~。まったく、罪だよな、鏡って!」


 罪なのはアンタの頭だよ!


 とは言わず、かろうじて耐えた自分、スゴすぎる。

 しかし心の中で自画自賛している場合ではない。その間にも性懲りもなく私の肩を掴みながらズルズルと引きずる赤髪ピアス。その姿はさながら、


『いいから、いいから! ちょっとだけ、な? 何にもしないから、入るだけ! ためしに、入口から出口へ通り抜けるだけ!』

『えぇ~! で、でも……やっぱりぃ~』


 などと付き合ったばかりのカノジョをなんとか宥めすかしながら強引にラブホの入口に連れ込むお調子者のカレシの図、そのものだ。

 私が口を挟む隙を与えぬままフェンスにあるグラウンドの出入り口のところまで無理矢理引っ張られると、さすがの私も本気で慌てた。


「い、いや! そそそそうじゃなくてっ! 私用事がありましてっ、ちょ、ちょっと本当に困ります!」

「今更カマトトぶんなよ、にあわねぇぞ! ……って、あれ? やっぱ、おかしいぞ……このどもり具合、どっかで聞いたことが――」


 キラーンと目を光らせながら赤髪ピアスがこちらを見下ろすと、ガシャンと金網を掴む音が真横から聞こえた。私と桂寅之助先輩が音の方向へ顔を向けると、そこには――


「寅ニィ、何やってんだよ! もうそろそろチェンジだから早くグラウンドにっ……て、あ、あれ……? なっ、なんでっ?!」


 金網越しに強い口調で赤髪ピアスに言ったのは、同じ「大野ゴールデンカップス」のユニフォームなどを着ている、色黒坊主でつぶらな瞳の――


「ほほほ星野君?!」

「荒井さん?! ……って、どうしてここに?! や、だって、今日、バスケ部の『練習試合』見てんじゃ……」


 毎度おなじみのどもった私の驚いた声に、星野君はそのつぶらな瞳を大きくしながら驚愕の表情を浮かべると――


「あ――――――っ! 思い出したぞ……テメェはあんときの犯罪まがいのボイン!」


 赤髪ピアスは足軽の封印をいとも簡単に吹き飛ばしてしまった。


***


「しまっていこうぜ~」

「「「うぉぉぉぉ~い」」」


 ダイヤモンドの軸になる捕手がおもむろに立ち上がり、マスクを取りながら野太い声を掛けると、グラウンドに散っている「野球少年」……じゃなかった。「野球中年」の皆様は手を振りながら声を返した。回も終盤に差し掛かっているので、若干気力が足りないのは気のせいではない。

 現在試合は六回の裏。一塁側ベンチである「大野ゴールデンカップス」の攻撃。バッターボックスに入るのは――


「寅之助! ホームランじゃ、ホームラン!」

「一発叩き込んで、トドメをさしてまえぇっ!」

「ほうや! 愛しのミチコチャンに下半身のバッドを叩き込む前に、ここいらで一発いいとこ見せろや!」


 聞き捨てならない声援が一塁側に座っているプレイヤーズベンチから放たれた瞬間、私は遠慮がちに飲んでいたスポーツ飲料を豪快に噴出していた。少し鼻にも逆流したとようで一人激しく咽ていると、私の隣に座ってスコアをつけていた星野君がビックリしながら「大丈夫か、荒井さん!」と慌てて背中を摩ってくれた。しかし反対に並んで座っていた巨体の男は「きたねっ!」と仰け反る。


「…………」


 悪いのは自分だが、さすがに「汚い」とハッキリと言われムッとしてしまい、思わず隣の巨漢を睨んでしまった。


 だが。


「アンだぁ?! ぅぉらぁっ!!」

「……あ、いえ……」


 すごい睨みと巻き舌で倍返しされたため、瞬時に私のファイティングスピリットは消失し、自動的に愛想笑いが顔にセットされた。

 ちなみにこの巻き舌で返した男子は同じ中学生であるらしい。しかも中学生のくせに、図体がデカイうえに短めのモヒカン&眉毛なしでヒゲあり。

 よってこんな悪役商会みたいな男に勝てるわけがない。空気読め私。

(ややや、それよりも!)

 口から噴出した汚水が、膝の上に置いてある預かったカメラにかかってないか念入りに確かめた。とりあえず目だった飛沫はかかってなかったのでホッとし、一応そ知らぬふりして腕でササっとふき取った。

 危ない、危ない。この少し古くて高そうなカメラを水浸しにしたら、バッターボックスにいる赤髪ピアスからバッドを投げつけられる。


「バカヤロッ! 誰が『愛しのミチコチャン』だっ! そのボインはな、オレのスケでもなんでもないっ」


 ズバーン!


 ストラ~イク!


 その赤髪ピアスこと桂寅之助先輩はベンチの野次に怒鳴り返したようだが、途中で途切れた。言い返している間に相手チームの投球がキャッチャーミットど真ん中に決まったからだ。余計なシャウトをしたせいで、審判の冷静な「ワンストライク」の声がグラウンドに響く。

 バッドを構えた赤髪ピアス男は一瞬唖然としたが、すぐにキャップから覗く目を光らせながらギロリと一塁側のベンチを睨んだ。なんでも現在は「山野中の鬼夜叉」から「美園の赤鬼」という通り名を賜っているらしい。どちらにしても物騒な話である。


「オイ、ゴラァッ! テメェらが変なこと言うから貴重な一球を見逃しちまったじゃねぇか! 一幸カズ相撲力士すもうりきし、そのロクでもねぇジジィ共を黙らせろやっ」


 桂寅之助先輩は外野の先のフェンスではなく、味方のベンチに向ってビシっとバットを翳した。赤鬼の顔から察するに、スタンドではなく、この屋根がかろうじてついているショボいベンチにボールを叩き込みたいようだ。しかしベンチに座っている野球中年は赤鬼の苦情をギャハハハ~という大爆笑で軽くあしらった。


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