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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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ダイヤモンドの野獣たち③

 区民センターの薄暗い建物から出ると、緩い日差しが眩しくて僅かに目を細めた。空を見上げれば晴れているが雲が多く、すっかり秋の色が濃くなっている。公共施設の独特のにおいから解放されてスッと息を吸うと、肺が新鮮な空気が一杯になった。

 季節は11月。空気は少し冷たかったが、特に寒いと身体を縮めるほどではなかった。ハァっと息を吐くと、私の息のせいではないのに、カサカサと落ち葉が風に煽られ、転がるように移動する。


「……さて、貴子のところへ行こうかな」


 もらったばかりの化粧品の試供品と余ったケーキの入った箱を持ち直して、区民センターの入口の前にある扇状に広がった緩やかな階段を登った。階段を登りきるとちょっとした広場が見え、子供たちが遊具で遊んだり、ボール遊びをしていた。ふと顔を横に向けると、広場の端にあるバスケットコートが目に入る。

 懐かしい場面を思い出してしまった。

 遠足のキャンプ前に雄臣と歩いているところを見られたときのことを。散々嫌味を言われた不愉快な思い出だ。

 だが今はそのコートの中に山野中の生徒はいない。かわりに小学生らしき子供たちがゴールめがけてお遊びでシュートしていた。

 

「…………」


 ボールがゴールの籠に入り喜んでいる子供たちを見ると、今日部活が終わって用具を片付けていたときのことが頭を過った。用具倉庫の傍にある、体育館から出てきたメンツと鉢合わせした時のことを。

 訳もなく溜息を吐いた後、ゴールから視線を逸らして後ろを振り返り目線を上げた。多目的室の窓がいくつか見え、左端の一室が私が先程までいた部屋だ。今でもオバサマ方が歓談をしながら、安西先生から一生懸命メイクアップレッスンを受けているのだろう。

(貴子、せっかく楽しみにしていたのにな……)

 貴子の残念そうな顔を思いだして、ふぅと息を吐いた。


 実は母と一緒に来る筈だった、安西先生が販売員をやっている化粧品メーカーの商品お試しのイベント。

 しかし、母はどうしても外せない町内役員の用事が入ってしまい、私だけが行っても仕方がないので、メイクに興味がある貴子を誘ってみた。案の定二つ返事でOKをもらったのだが……これまた貴子も用事の入ったお父さんの代わりに病院に行くことになってしまったのだ。

 中学生1人で化粧品のイベントに行っても仕方がないので、断るつもりだったのに。いつの間にか私が急遽忙しい母に代わって差し入れのお菓子作りも代打することになったのだ。

 それがなければ、今頃私は――。

(差し入れに行かなきゃ、試合見れたのに……。けど、無理して試合見てたら、折角早起きして作ったシュークリームが無駄になっちゃったものね)

 今頃「練習試合」を見て一生懸命応援しているであろう友人たちを思い、一人苦笑した。無理矢理頭から「練習試合」のことを追い出し、バスケのコートを見ないように広場の端にそって歩いた。そのまま足早に区民センターの入口に向かうと、入り口を挟んで広場の反対側に見えるのは、金網で周囲が囲われている広いグラウンド。どうやら草野球をやっているらしく、野太い掛け声が聞える。

(もうそろそろ、貴子も病院から帰ってきてるころだよね。部活の帰りにそのまま行くって言ってたし)

 私は部活の練習中に貴子と話した内容を思い出し、ぼんやり化粧品の試供品が入っている袋を眺めた。

 相変わらず部活を休みがちな貴子。特に最近、前にも増して貴子の元気がなかった。本人は明るく振る舞っているのだろうが、傍から見たら空元気なのがバレバレだった。

 お母さんの容体が夏からずっと芳しくないのだ。今日も部活が終わったらすぐに帰って行った。

 久しぶりに二人きりで話した貴子によると、家を出て寮に入っているお姉さんが近々帰ってくるかもしれないとのこと。せっかく入った学校をどうするかで家族と揉めているそうだ。休学にするか、それとも学校が遠いので退学し、断然近い医師会の準看護婦の学校に入って一から始めるか……。

 どちらにしても、本人達にとって辛い選択には変わりない。

 貴子の力になってあげたかった。けれど、私には何もしてあげることができない。時々お見舞いに行って、こうして差し入れしたり、話を聞くことしかできないのだ。

 彼女の心を芯から支えてあげられる人が傍にいればいいのに、と思う。もちろん私はそのつもりだったけど、こういう時ってその……同性じゃなくて、ホッとできるような優しい男の人がいいんじゃないだろうかって思うのだ。苦にならず甘えられて、温かく包んでくれる人なら尚いい。できれば、それが日下部先輩であって欲しいのに。

(なんか、遠慮してるんだよね……貴子)

 一回だけ貴子のお母さんの病室で顔を合わせた日下部先輩。

 貴子の話によれば、先輩は結構頻繁にお見舞いに来てくれるのだそうだ。申し訳ないからいいと言っても、「そんなこと気にするな」と爽やかに返す日下部先輩。中学3年生なのに、なんてデキた人なのだろうと思う。でも肝心の貴子はなんだか辛そうだった。本人も気にしないでと言うのだから甘えればいいのにと思うが、貴子としてはそうもいかないのだろう。確かに、実際貴子の立場になったらそう思うかもしれない。なんだか申し訳なくて。だって、先輩は受験生なのだ。

(……それなのに。あの幼馴染の連中や原口美恵ときたら……昔のよしみで一回くらいは見舞いに来てもいいんじゃないだろうか)

 かつては仲良くしていたはずなのだ。

(特に原口美恵と小関明日香、そして最近女バスの3年と付き合い始めたあの金髪強面男!)

 二人の姿をぼんやりと遠くから見ていた貴子の傷ついた横顔が頭から離れない。

 なんだか無償に頭にきて、もどかしさにイライラしたところでフッと自嘲した。

(何言ってんだが……私だって人のこと言えないじゃん)

 ちょうど3年前、私だって同じことをしていた。幼馴染のお母さんが入院していたのに、ロクに見舞いも行かなかった。それどころか、雄臣のお母さんが母を詰るのを見て、「二度と行くもんか」と思っていたのだ。もう先は長くないことを知っていたのに。

 おそらく雄臣は、私が貴子のお母さんのお見舞いに行ってることを知っている。彼はそのことをどう思っているだろう。多恵子小母さんの時は全然来なかったくせにと、今更偽善者面かよと鼻で嗤っているだろうか。

(結局、私がやってることって、自己満足ってやつなんだろうな)

 今の自分と、3年前の自分の取った行動を比べると苦笑しか出てこなかった。もちろんあの頃の不安定さは、すべて自分のせいとは思っていない。そこまでお人好しでも自虐的でもない。あの当時、父と母がギスギスピリピリしていて、家族全体が今にも切れそうなもろい吊り橋の上を渡っているような感覚だったせいもある。しかし――。

(……って、やめよ。そんなこと考えたところで、時間が戻るわけじゃないし)

 この際偽善者でもいいじゃないか、と思った。それで貴子の気が少しでも晴れて元気になれば結果オーライだ。ようするに、何らかの支えになればそれでよい。そのためのシュークリームと試供品に視線を落とし、無理矢理口元に笑みを浮かべた。気合を入れるように背筋をしゃんと伸ばして歩く。負の感情を弾き飛ばすように。


 その時、カッカッカッとコンクリートの上をスパイクで走る音が聞こえた。その音に被せるように突然聞えてきたのは、私を纏っていた真面目な雰囲気を無理矢理剥ぐような力強い掛け声だった。




「Hey! そこのカ~ノジョ!」




(……はっ?)


 私は頭に疑問符を浮かべながら、一応周囲を確認するように見回した。もし呼びかけたのが私じゃないのに振り返ったら、非常に恥ずかしいし。



「やっだな~ユーだよ、YOU! 両手に荷物抱えた、そこのEカップボインのカ・ノ・ジョ~! よければオレッちの熱いタマで愛のキャッチボールしながら親睦を深めな~い?」



 いきなりズッコケそうになった。バナナも石もないのに。

 普段でも滅多にお目にかかれないナンパのひな型のような口説き文句、しかも所々声の主の人間性が色濃く出ている内容がこれまた残念極まりない。大体ここは如何わしそうな親睦を深めるより、まず「お茶しない?」が基本だろ。いやいや、そんなことより。

(どぅあれが、ボインじゃっ!)

 私はカッと目を見開き、ガバっと後ろを振り向いた。そこには、爽やかに手を挙げながらこちらに向かって走ってきてくる、野球のユニフォームを着た背の高い男。ユニフォームには「大野ゴールデンカップス」などというこれまた微妙なチームのネーミングが堂々と男の胸を飾っている。残念ながら野球帽を目深に被っているので、顔が見えない。しかし、帽子からはみ出している髪の毛が……。



(…………赤い髪…………)



 激しく嫌な予感がした。

 


 アフォな口説き文句で声を掛けてきた野球青年は帽子をおもむろに取った後、その手を振りながら強面の顔を満面な笑顔にして近寄ってくる。青年の赤い髪と耳にある派手な金銀のピアスは秋の色づいた木々に溶け込み、哀愁を感じさせるどころか奇襲を試みるためにわざと迷彩化にしたとしか思えない。



(あわわわっ! ななななんであのオトコがここにぃっ?!)



 大概厄介ごとというのは、しまったと思った時点で既に遅い。

 もう二度と会わないと思っていたのに、どうしてくれよう!

 このままあの男を無視していくにはバッチリ目が合いすぎてしまったではないか! 「アバヨ!」などと言って走って逃げるには、私の足では遅すぎる。しかし相手の青年はこちらに近付くにつれ、何故だか勢いとオーラが段々と下降気味になった。私の目の前まで来たときには、何かが違う、納得しかねるという険しい顔。



「……オイ、どういうこった? 思ったよりも地味じゃねーか!」



 私の頬が思いっ切り引きつった。

 しかもこの男は、私のことを思いっきり忘れているようだ。

赤髪ピアス、再び参上!

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