ダイヤモンドの野獣たち②
相変わらず外面完璧の品行方正な優等生で、学校のアイドルと化している雄臣。
だが、私と2人きりの時は毎度おなじみの鬼神修羅を発揮しているのも相変わらずだった。今でも英語のレッスンで顔を合わせればすぐに本性がずるむけ。先日だって――
『おい、ちゃんと英語やってるか? 今のうちに中学必須単語&熟語をすべて叩き込んでおけ。日本人がいくら英語を勉強しても身につかない訳がわかるか、圧倒的に単語数が足りないんだよ。あと場数だな。ま、これは仕方がないことだが』
『や、やってます!』
『フン。英検3級取ったくらいでいい気になるなよ。英英部にはちゃんと行ってるんだろうな?』
『い、行ってます!』
『よし。ならバレー部なんてさっさとやめちまえ。大体マネージャーなんてパシリじゃねーか。それより一緒に勉強でもやろうぜ。そっちもア・テストが控えてるだろ? 手伝ってやるから、俺の受験勉強も手伝え。なーに、ミチにとっても来年の受験対策になるし、一石二鳥だろ。ついでに俺と一緒に社会勉強も始めてみるか! 名付けて、「大人の社会科見学を体験しよう! ~女体の神秘・あれこれ~」だ。若干保体よりだが、気にするな。まったく……こんなナイスアイデアが浮かぶ自分が怖いぜ。これぞまさしく天才だな!』
『……ねぇ。雄兄さんは品行方正の優等生の筈ですよね? 受験生ですよね? そんなことしてる暇なんぞありませんよねっ?!』
『照れるなよ。ちょっとした息抜きだからさ。ほら、小出し小出しにしないと……色々と溜まるだろう?』
『溜まるねぇ…………って、ななななに言ってんスかっ?!』
『バカ、ストレスのことだよ。まぁ、その想像はあながち間違っちゃいない。地味で鈍臭いわりには、なかなかの耳年増だな……スキルアップの補修でも受けたのか?』
『そんな眉根を寄せた本気顔で聞かないでくださいよ。第一そんな補修、一体何処でやってるんスか』
『いいぞミチ、その調子だ。ん~そうか。ミチにはまだまだ禁断の果実は早いかと思っていたが……そこは慣れだな、慣れ。心配するな、次第に良くなる』
『オ願イダカラ人ノ話ヲ聞イテクダサイ』
『ミチ、これも夜の為、人の為だ。慈善事業だよ。ほら、テレビでも言ってるじゃないか! 「一日一発!」ってさ』
『そりゃ、「一日一善」でしょうがっ! しかも「夜の為」の「よ」の漢字が違うよ!』
日本●舶振興会も真っ青な言葉を吐く雄臣、日本政治界のドン・笹●良一もビックリである。
これでは「戸締り用心、火の用心」じゃなく、「とにかく用心、素の雄臣!」だ。いっそのこと高見山に代わって荒井美千子自ら派手に大太鼓を叩き、街中を練り歩いてやろうか。
(ったく……油断も隙もありゃしない!)
――しかし、しかしである。
二人きりの時はこんな感じだが、不思議なことに学校では以前のようにしつこく私を追い回して脅す……いや、掻き乱すことは少なくなってきた、と思う。あくまでも「思う」程度だが。体育祭以来不用意に学校で声を掛けたり、人の教室にまで来るなんてことはなくなった。それも当然だろう、なんてったって彼は受験生。本腰で受験勉強をしなければならない立場である。それに、ここのところ週末は予備校と頻繁に東小父さんと住んでいたマンションがある地元の東京O区に帰っているみたいだった。ライクなカノジョと逢瀬でもしてるのだろう。私のことで時間をとられている場合ではない。
(ヨシヨシ、いい傾向だぞ! 大体私だって雄臣に構ってる場合じゃないし。もうそろそろア・テストの対策を本格的にお願いしなきゃ)
先日から先生に言おう言おうと思っていたお願いごとを思い出し、一言声かけてから今日は帰ろうと先生の方へ向けば、主婦の皆様はまだ井戸端会議に花を咲かせていた。
「やっだぁ、安西さんならまだまだイケるって! 私の知り合いなんか、45歳で出産したんだからぁ! 今からでも遅くはないんじゃない? もう一人がんばりなさいよぉ。 上の子とだいぶ離れてるから、息子ちゃんも面倒見てくれるんじゃないの?」
「う~ん、でもこればっかりはねぇ」
「そうよねぇ。フフフ、やだぁ、一人じゃ無理だものねぇ? 今日さっそく、旦那さんに頑張ってもらったら?」
「あらら、なんか羨ましいわ~」
「「「「「「ホホホホホ~!」」」」」」
安西先生を含めたオバサマ方の意味深な笑い声が区民センターの一室に響き渡った。
「…………」
まだまだ女豹の若葉マークをつけている私には到底ハードルの高い話である。今は女豹よりも勉強だなと思う荒井美千子なのであった。
***
「そ、それでは先生、失礼します……」
部屋の入口のところで頭を下げると、「ごちそう様~」「次、楽しみにしてるからね~」と声を掛けられた。新作メイクをバッチリお顔に乗せて戦闘準備をしている女性の皆様に笑みを送って出て行こうとしたら、安西先生が手を拭きながら残ったシュークリームが入ってる箱を持って見送りに来てくれた。
「今日はこれ、どうもありがとう! ごめんね、無理矢理お茶に誘った挙句、顔をイジちゃってぇ。えーと、これから今日来るはずだったお友達のところへ行くのよね?」
「あ、ハイ。今日は来れませんでしたが、今度お願いしますって言ってました。ひ、暇だしそんなに遠くないので、この新作の試供品をさっそく持っていこうかと……きっと喜ぶと思うから」
「あらやだ、こっちこそいい宣伝になるから、ありがたいわ! でもホント残念だったわねぇ。また冬にも『●●化粧品のメイクアップ講習会』やるから、その時は是非来てねと伝えてくれる? そうそう、雄ちゃんから聞いたわよ? 雄ちゃんのお友達のカノジョらしいじゃないの~しかもキレイだって! なんだか会うのが楽しみだわ、ウフフ!」
「……ハハ。つ、伝えておきます。ではこれで……あっ、先生。すみませんが、母の化粧品の件、お願いします」
「わかったわ、いずみちゃんには注文が届いたら電話するから! ん~それにしても……やっぱり若いっていいわねぇ。化粧しなくても、眉と目をイジっただけでしっかりと映えるものぉ! 美千子ちゃん、目がパッチリ二重で大きいから、十分だわぁ。あぁでも、唇はその透明に近いリップ程度で留めておいてね? 口紅ベッタリとか頬紅ザックリとか睫毛バッサリとかダメよ? 『おかちめんこ』になって、とってもマズイことになるから!」
「…………」
(先生……その美しい顔で『おかちめんこ』という言葉はちょっと……)
一歩間違えれば卑猥になりかねない言葉を口にした先生に、荒井美千子、軽くショックだ。が、そこはいつもの気遣いナンバーワンの精神で愛想笑いに徹した。尊敬する先生の手前、中学生なので普段は化粧しないなんてハッキリ言えないし。とりあえず、やりすぎると私の顔は『おかちめんこ』になってとってもマズイことになるらしい。ここは今後の為に貴重なアドバイスとして素直に受け止めることにする。
「そうそう! もしよければこのシュークリーム、そのお友達に持って行ってあげたら? せっかく美千子ちゃんが作ったんだから喜ぶと思うわよ?」
「え? いいんですか?」
「いいわよぉ! ……って、あ、ごめんなさいね? 折角持ってきてくれたのに、私ったら失礼よね――」
「いえ! そそそそんな!」
「そう?」
「…………(何気に切り替え早いな)」
「余った数が中途半端だから、もう一個って言っても全員分行き渡らないし。どうかなって思ってぇ」
「……それじゃぁ」
「そうそう遠慮しないで。お友達にも是非この力作、見せてあげなさいな! しかしホントいずみちゃん……やだわ、すぐ名前が出ちゃう! ふふ! お母さんに似て、お料理上手になってきたわねぇ」
感慨深い溜息をついた先生に、私は「いえそんな……」と頬を染めて俯いた。安西先生のような人に差し入れを喜ばれたうえに、褒められるなんて。こちらこそ恐縮ものだ。
お言葉に甘えてシュークリームの入った箱を受け取り、今度こそ安西先生に頭を下げて部屋を後にすると、先生は「アビィエントォ(またね)!」と女優のように優雅に手を振って仕事に戻っていった。
「一日一善」のCM、覚えている人いますか。内容は今の時代にこそ必要な言葉ばかりかも。……最近の若い子は知らないだろうなぁ。CMはYouTubeで見れます。↓
http://www.youtube.com/watch?v=LpxGmpI_3cc