山野中体育祭!~オマケの学ラン盗難解決編~
ここで無くなった学ランの行方が気になる読者様の為に、事件の顛末を述べたいと思う。
結果から報告させてもらえば、学ランは体育祭終了後その日のうちに見つかった。しかも一階の「ある部屋」で発見されたのだ。
体育祭が終わり、佐藤君がボロ校舎の二階の教室を開けてもらおうと、担任の青島先生にお願いしたが、先生方は片づけ等で手一杯だったため、先生が来る前に再度一階の捜索を試みた。
今度は隣の二組の人達にもお願いして教室をよく調べてもらい、さらに鍵が閉まっていた一階奥の「生徒会室」も徹底的に調べることになった。生徒会室を調べると聞いたブキミちゃんは眉を顰めたが、彼女自身「二階を調べましょう」と言った手前、この部屋を捜索しない訳にはいかなかった。そして、ここで意外な事実が発覚する。
現会長の片岡君が生徒会室の鍵を開けたのだが、扉が開かなかったのだ。
ボロい校舎なので、建付けが悪くて扉を開けるのにちょっとしたコツがいるらしいのだが、どんなに頑張っても開かなかった。感触から言ってどうやら扉に何かが引っ掛かっているとのこと。開けるには扉ごと取り外さないとダメということが判明し、どうしようかと顔を見合わせていると……傍にいたブキミちゃんは怪しい宗教団体の祝詞のように低いハスキーボイスを轟かせた。
『……なるほどね。そうですか。どうやら窓を調べた方がよさそうね』
眼鏡と歯列矯正の歯をギラリと光らせたブキミちゃん。どうやら彼女は、自分の聖域が事件によって荒らされたかもしれないことに、いたくご立腹のようだった。
足音を立てずにものすごい速度で闊歩するというスゴ技を披露し、校舎の外に出て裏手に回ったブキミちゃん。
弾かれたように彼女の後に続く尾島達。
生徒会室の窓の下にある花壇に入り込もうとしたブキミちゃんは、ここでも名探偵ぶりを発揮し、ある重要な手掛かりを発見する。普段誰も来るはずのない花壇の土に足跡を発見したのだ。さらに閉まっている筈の窓に手を掛ければ、その窓はカラカラといとも簡単に開いた。
『フッ……フフフ、そういうことですか……』
後ろで黙って固唾をのんで眉根を寄せていた尾島達は、ブキミちゃんがおもむろに振り返り、般若、いや、花のような笑顔で「入れ」と顎で合図すると、花壇の足跡を消さないようブキミちゃんの注意を守りながら、一斉に窓に手を掛けて一気に攻め込んだ。ガサ入れ開始から数秒も経たないうちに――
『……あった、あったぞ!』
まるでお宝を発見した海賊のごとく、狭い生徒会室には歓喜の雄叫びが響いた。
そう、学ランは生徒会室の奥の方に段ボールごと無造作に転がっていたのである。急いで中身を確認すれば、学ランは無事だった。しかし、犯人は用意周到にも学ランの背中の「闘魂」の文字を所々剥がし、生徒会室の入口は引き戸のところに机を置いて開かないように細工してあったのだ。
意図的で悪質な犯行に、1組の生徒、特に応援団員や体育委員は怒りを露わにしたが……被害者の中心人物である尾島が扉を塞いでいた机を蹴飛ばすと、その場にいた全員が黙ってしまう。そんな重い空気を破ったのは、冷静沈着な手強いスゴ腕名探偵・伏見かおり。
『どうやらこの校舎に侵入したのは、少なくとも3人以上だったようですね。彼らは生徒会室の鍵を開けて中に学ランを隠し、3人は生徒会室の入口から出て鍵を掛け、残りの生徒は中から扉を机で塞いだ後、窓から出たというところかしら。花壇に足跡も残っていますし、まず間違いないでしょう。足跡のサイズからいくと、どうやら男性のようですわね。26センチはありましたから。さて、尾島君。アナタとしては自ら制裁を加えたいところでしょうが、残念ながら生徒会室の鍵を勝手に持ち出されたという由々しき事態が起こった以上、生徒だけで解決するには、いささか手に余る事件だとワタクシは考えます。ここは生徒たちだけで勝手に動くのではなく、先生方に詳しい事情を説明して支持を仰ぎ、大人しく処遇を待つというのが正しい判断だと思いますが、いかがです? 既に赤組の応援合戦で、事件は半分以上露見したも同然ですし。先生方もさすがに黙ってはいないでしょうから』
ブキミちゃんはチラリと尾島に視線を流すと、尾島は何も言わず槍の先のような鋭い視線でブキミちゃんを一睨みしただけで、思いっ切り音を立てながら生徒会室の扉を開けて出て行ってしまった。
***
ブキミちゃんと佐藤君は尾島達に宣言した通り、事の顛末を先生方に報告した。
この時応援団の人達もその場にいたのだが……報告を受けた青島先生は、そんなに騒ぐほど重要な事件と思っていなかったらしい。これがごく普通の生徒だったら「山野中でイジメ発覚か」と深刻な事態になるところだが、狙われたのが学年一のお騒がせ男だったからなのか、
『そうか、見つかって良かったな! それにしても、手の込んだことやるなぁ。悪戯にしちゃ、ちとやりすぎだぞ? 犯人はよっぽど暇だったんだな。ハハハハハ』
……などと笑い飛ばしていたそうだ。さすがに尾島がいる手前、「そうですよね、酷いですよねぇ。ハハハハハ~」と朗らかに返す人はいなく、全員黙ったままだったということだ。
事件は一応解決したが、生徒会室の鍵を勝手に持ち出されたのは事実なので、先生達は一応犯人と思われる人物と目撃した私を呼び出した。それを聞いた尾島は、「体育祭も終わったし、学ランも見つかったからもういい」と消極的な意見を言い周囲を驚かせたが、事が事なので結局彼の意見は却下された。
呼び出された犯人達は事件の関与を否定した。
私が先生に話した目撃証言にも、「勘違いだ、証拠があるのか」で一蹴されてしまった。逆に「生徒会室にあったのなら生徒会の連中がやったのでは?」ととぼける始末。しかし生徒会の人達は全員グラウンドで仕事していたというアリバイがあったため、その意見は聞き入れてもらえなかったみたいだ。すると今度は、「目撃したヤツが怪しいんじゃないか」など言いだしたのだ。思いもよらぬ反撃に動揺しまくりの荒井美千子、いつものようにピンチ! ……が、神はここでも哀れな子羊を見捨てなかった! 私以外にも彼らがボロ校舎から出ていくところを目撃した人が何人かいたのだ。しかもその時間帯に彼らが応援席に座っていない事実も発覚。更に花壇の足跡と、生徒会役員である1年男子が、犯人の友人と思われる人物に生徒会室の鍵を渡したことが決め手となった。
その1年生は、片岡君の命令で生徒会室の鍵を職員室に戻そうと校舎に向かったところ、体育委員らしき3年の先輩から、「用具倉庫の鍵を返しに行くから、ついでに返しておく」と声を掛けられたそうだ。1年生は自分のほうが下だし、先輩の分も返しに行くと言ったが、「1年男子、集合かかっているぞ」と言われ、先輩の行為に甘えてお願いすることにした。忙しさの中ですっかりそのことを忘れていたが、生徒会役員が疑われ、ブキミちゃんからひとりひとり尋問を受けたときにそのことを思い出したのだった。
こうして全て証拠がそろうと、とうとう犯人たちは観念し、犯行を認めた。
その後犯人たちは、先生方の形だけの説教を聞くだけで、特に重い処分を受けることはなかった。反省文と学校の周囲に落ちているゴミを拾うという奉仕活動を言い渡されただけだ。
それでも一応、先生達は学ランを隠すほど悩める事情を抱える犯人達からひとりひとり犯行動機を聞いた。事件に関与していた人物は全部で5名いたのだが、そのうち生徒会室の鍵を1年の役員から受け取り犯人に渡した人物は、「友達に頼まれたから」だそうで、まさかこんな事件になっているとは露知らず、非常に慌てたらしい。残りの4名、私が目撃した3名と窓から脱出した人は頑なに口を閉ざし、結局最後まで何も言わなかった。その4名は全員バスケ部だったので、先生方も部活の先輩後輩同士でなにかあったのだろうと、後は部活の顧問も交えて彼らで解決することとなったのだが、先生方は犯人よりも、被害にあった尾島やその友人である桂龍太郎の行動を警戒していた。「犯人と揉めるんじゃないか」と。しかしそれは杞憂に終わったようだ。
その後尾島と犯人達の間には特に何もなかった。……あくまでも「表面上」のはなし、ではあるが。
この先述べることは噂であって、本人達全員から直接聞いたわけではないのでこっそりと皆様にお伝えしたい。
私が校舎で見かけた犯人達、中でも辺見先輩の友人で唯一顔を覚えていたバスケ部の先輩は、小学校時代に尾島とバスケのポジション争いをしていたという過去があったようだ。2人はそのころから何かと衝突することがあり、その宥め役が辺見先輩と後藤君だった。たまに小関明日香が間に入ると余計に険悪になり、その先輩が大野小を卒業するまで連日一触即発の状態が続いたという。どうもその犯人は小関明日香のことが気になる存在だったようで……彼女が尾島に味方し、いつも傍にいるのも気に入らない原因の一つだったらしく、廊下で星野君が言ってたように、尾島の友人たちに嫌がらせをしていたみたいだ。
中学に入り、尾島がサッカー部に入ったおかげで1年の最初の頃は特に何もなかったのだが、文化祭あたりから再び雲行きが怪しくなる。文化祭のリハーサル時に尾島のバスケのプレーを見てお熱を上げ、のちにバレンタインのチョコを渡した当時2年バスケ部女子が、またもやその犯人の気になる女の子だったのだ。好きになった子を二度も尾島に奪われ(?)、急にバスケ部に復帰した尾島に大きな顔をされ、友人の辺見先輩は尾島を可愛がるとくれば、犯人が尾島を恨んで学ランを隠すのも無理はないのかもしれない。私に罪を着せようとしたその根性は気に食わないが、同情には値する。それでも尾島にしてみればいい迷惑だろうが。
彼らがその後どう折り合いをつけたのかは知らない。この時点で犯人たちは既に部活を引退しており、尾島と接触する機会も無くなっていたので、特に部活内で揉めるなどということもなかった。ただ――辺見先輩とその犯人は疎遠になったらしいが。
そのうち学ランの事件を話す人はいなくなり、秋の気配が濃くなり寒さが感じられる頃には、生徒達からすっかり忘れ去られてしまうのであった。