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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
111/147

山野中体育祭!~幸福の赤いハチマキ③~

(……やっぱり3年生を見掛けたなんて、体育祭が終わってから言えばよかった。いや、男バスの先輩だって正直に言わないで、適当に誤魔化していれば)


 今頃になってバカ正直に話してしまったことを悔やみ、気が付けば私の口は勝手に開いていた。


「……あ、あの……が、学ランならすぐ見つかるよ! だだだだって学校以外に持ち出されたなんてまずあり得ないし。なんか、あの校舎内にあるってブ……いえ、伏見さんも言ってたし! 念の為先生に言って二階の教室を開けてもらうって……ね? 音楽室と理科室の鍵、持ち出されたかもしれないし……。私が見た先輩達もたまたまあの校舎にいただけかもしれないし、もしかして見間違いってことも……」


 私の言葉はすっかり慰めモードになっていた。奴隷呼ばわりしたヤツを励ますなんて、どうやら空腹のせいで頭が混乱状態になっているらしい。

 尾島はゆっくりと顔をあげた後、フンと鼻を鳴らし口の端をぐいっと上げた。


「……ったく、チュウに気を使われるなんてよ。マジ笑えねぇな」

「え?」

「学ランのことは、もうどーでもいいや。なんとなく、原因はわかってるしよっ。んなことより、問題はそこじゃねぇ」

「……え? え? そこじゃないって」

「そうだ。オレ様が言いたいのは、な~んでチュウはそんな大事なことを真っ先にオレに、言わねーのよ?」

「えっ! あ、いや、そ、それは……」


 尾島は親指で私と自身のことを順番に指しながら言った。しかも声色がどんどん下がっていくにつれて、私の体温と安全度も徐々に下がっていく。まさか、


『ヤダァ決まってるジャ~ン。絶対暴力沙汰になると思ったからぁ、ウフ☆』


……などと正面切って言えるわけがない。


「こんの、バカヤローがっ」


 眉間に皺を寄せ、吐き捨てた低い唸り声に、私は完全に固まってしまった。お盆分の距離に立つ男は腕を組み、トントンと足を鳴らしながらイライラした様子を隠さない。言い訳はおろか、謝ることさえ怖くて震えながら俯くことしかできなかった。


「ったくよぅ! いいか? そういう重要なことは、まずオレ様に言うんだよ! なんでオレじゃなくて、後藤ヒロ佐藤カッコに言うんだ? オメェはな、オレ様のオンナッ! ……あ、いや、オン、オン……あっ! おおお温水な! そうだよっ! こういうアチィ時こそ、温水だなっ! 体操着に汗染みて気持ワリィから、温水でも浴びてサッパリしてぇところだぜ! なっ?」

「…………は?」


 お盆にまで震えが伝わり、グラスがカチカチ鳴っていたのに、音が完全にピタリと止まった。

 絶対怒鳴られると思ったのに、今まで説教モードだった尾島は急に焦ったように話を全然違う方向に変えた。私は顔をあげて僅かに眉根を寄せながら彼を見つつも、汗が思いっきり染みていると宣言した体操着を着ている尾島から、なんとなく控えめに一歩下がった。が、またもや睨まれたので、渋々半歩だけ戻っておいた。


「まぁ、なんだ。しょうがねぇ、今回だけは見逃してやる! なんせオレ様は猪木大先生に次ぐ熱い闘魂の持ち主だからな! けどな? 次からは真っ先にオレ様だけに報告しろっ、いいな?」

「…………」


 別にアンタに見逃してもらわなくてもよいよとツッコミを入れそうになったが、ギリで寸止めに見事成功。しかも許すのに猪木並みの闘魂が必要なのだろうか。それよりこんな事件が頻繁に起こってはたまったものではない。是非次がないことを願いたい。


「つ、ついでに言っとくけどな……今後一切、オレ様以外のヤローに気軽に話しかけるんじゃねぇっ! まずはオレを通してからにしろ! ましてや、女豹特殊訓練の成果をお披露目するなんてもってのほかだ! わかったなっ? や、どうしてもっていうなら……し、仕方ねぇから? オレだけには特別に許可してやるっつーか、むしろ特級編までみっちり付き合ってやってもいいっつーか……」

「は?」

「ババババカヤロウッ! 『は?』じゃねぇ! と、ともかくっ、オレ様の言ったことを忘れるんじゃねぇぞ!」

「…………ハァ」


 尾島は何を興奮しているのか、どもった挙句、パっと横を向いた顔は真っ赤だった。

 気のせいか女豹がどうのこうのとゴチャゴチャ言っていたみたいだが……後半は聞き取りにくかったなどと進言すればまた文句を言われるに違いないと思い、ここはスルーしておいた。要は尾島にとって、学ランが盗難にあったことは既にどうでもいいことになっており、常に自分が一番先に情報を掴んでないと気が済まないということだけはわかった。

 とりあえず学ランの件は落ち着き、説教が済んだようなので、適当に頷いてこの場から退散することにした。それより早くグラスを持っていかねば、ブキミちゃんの機嫌を損ねてしまう。そんなことになったら目の前の尾島より厄介だ。尾島だってこんなところでのんびり油を売っている場合ではないだろう。最後のフィナーレを飾る、色別対抗リレーに参加することになっていたはずだから。


「あの……」

「あんだよ!」

「ヒッ! いや、その、あの、も、もうそろそろ、色別対抗リレーが始まるんじゃないでしょうか……私もグラスを持って行かないと……」


 そろそろ行かないとお互いマズイことになりやすぜ、ダンナ! ……などという気持ちを込めながら尾島の顔を見れば、「わーってるよ」と不貞腐れた態度で口を尖らせた。けれども一向に動く気配はない。

(こりゃ、ダメだ。先行くか)


「あの……他に用事がなければ、私はお先に失礼して――」

「待てよ、チュウ」


 尾島は横を通り過ぎようとした私を、不貞腐れたままの態度で呼び止めた。本当に唇を尖らせ、前を向いたまま腕を組んでいる。


「……い、一回しかいわねぇからなっ。よく聞いとけっつーの!」



 ヒュッと息を吸って吐き出された言葉は――。




 祭りんときは、悪かった。




 階段下の狭い空間に響く、尾島の低い声。



(……え? 「祭りんときは、悪かった」……って……え?)


 彼の妙に通る声は、私の動きを完全に止めてしまった。

 いや、彼の声が思った以上に低い云々のせいじゃない。その言葉の内容のせいだ。


(いま、尾島なんて言った? 確か……悪かったって――)


「あ、あんときは、頭に血が昇ってたっつーか……。わ、わざとやったわけじゃねぇけど、怪我させたのはかわりねぇからよっ! さすがに無視したままっつーのも? その、目覚めが悪いっつーか、なんつーか……ていうか! ……左足、もう平気……なのかよ……」


 尾島の声が段々小さくなるにつれて、彼の顔は真横に立っている私とは真逆の方向へ逸らされた。私が何も答えず唖然としたまま彼の真っ赤になっている耳と形のいい後頭部を凝視していると、尾島は急にグリンと勢いよくこちらを振り返った。

(え?!)

 その顔はどうみても真っ赤なお猿さんだった。

 これが丸坊主だったら茹でダコだとか、たれ目も吊り目になるという異常現象が起きているとか、もちろんそんなことは言えない。




(な、何か……嘘……)




 私の中で得体のしれない何かがこみ上げてきた。

 信じられないことに、あのクラスのボス猿が、人のことを奴隷呼ばわりしていた男が、顔を真っ赤にして謝罪をしたうえに、人の怪我の具合を心配しているらしいのだ。

 羞恥の為か目も若干潤んでいる尾島の険しい顔をアホみたいにボケーと眺めていると、徐々に口元が緩んできた。私が変に何かを我慢している顔が尾島には気に入らなかったのだろう。さらに眉間に皺を寄せた。


「ああああんだよ! 人が謝ってるのに、何にも言わずボケッと見てんじゃねぇよ! なんか言えっつーの!」


 尾島は一生懸命悪態ついていたが、なぜか怖いとは感じなかった。

 それはなんと言っていいのか――悪いことをしたのはわかっているけど、謝るタイミングを逃した酷く意地っ張りの小さな男の子のようだった。

 いつも余裕綽綽で人のことをからかったり、バカにしたりするいつもの態度からは考えられないくらい好感が持てるものだったのだ。

(やだ……ちょっと、なんだろこれ……)

 私はここで笑ったらマズイと思い、一旦お盆に視線を落として息を吐き、堪えていた笑いや唇がにゅっと横に広がりそうな妙な力を逃がした。普通の顔をするのがこんなにも難しいなんて。でも決して悪い気分ではなかった。それどころか次第に鼓動が早くなる。


 尾島が心配してくれたことが素直にうれしいと思った。


 不思議なことに佐藤君のときとはくらべものにならないくらい温かい、いや、むしろ熱すぎるほどの感情が体中を巡っている。気が付けば尾島の赤い顔が私にも伝染していた。


「……あ、うん、ごめん、ね? あああ足は、だ、大丈夫。もう平気で、今日の体育祭は念の為に、その、参加しなかっただけだから」


 スルっと素直な言葉が出た。

 引きつり笑いなんかではなく、自然に笑っている自分がいた。

 尾島も「そ、そうかよ……」と言ったきり口を閉じてしまった。私も何て言っていいかわからず妙な沈黙が流れたが、決して嫌な気分ではなかった。

 どちらかというと、ずっとこのままでいたいような、もっと話をしたいような、でも逃げ出したいような――酷くもどかしくて言葉にするものも難しい。

 何か話したいのに話題が出てこなくて俯いたままモジモジしていると、横にいる尾島が動く気配を感じた。


「チュウ……あのさ……!」

「ははははいっ!」


 掠れた尾島の呼び声に弾かれて顔を上げた私は、これ以上ないほどどもった声で返事を返してしまった。

 いつのまにか尾島の切羽詰ったような真剣な顔が、ブキミちゃん並みの至近距離まで迫っていた。



(どどどどうしようっ!)



 あり得ない距離にドキドキも最高潮になっていた。お互い探るように視線を絡み合わせれば、まるで何かが起こりそうな――。



 ガチャ……バタン!




「「っ?!」」




 近寄ったまま動かない私たちの間に漂う、言葉に表せない空気をバサーッと一刀両断し現実に引き戻したのは、渡り廊下へ続く校舎の扉が開き、閉まる音だった。


きたーーっ!! ……でもやっぱり邪魔が入る二人☆

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