GO,GO,親睦遠足会!~中編~
長いです。
引きずられるようにして連れて行かれた野口君を見送っていると、実行委員と先生が何やら話し合いをしていた。急に尾島がヒヒヒと笑い、座っていた補助席を立ち上がって椅子をたたむ。こちらを指してカバンを抱え、「あとは頼むぜ、ドテチン!」と片手を上げながら、「こら、勝手に決めんな!」と文句を言う和子ちゃんを振り切ってドカドカと狭い通路をやってきた。
「おらおら! チュウ、お前窓際に移れや」
「え?」
いきなり私の席のところに止まり、シッシと手を振って「席を詰めろ」という仕草をした。
私は「なんで実行委員の君がここに座るんですか?」という顔をしていたのだろう。私の呆けた顔にお猿さんは外国人よろしく、「ヤレヤレ」とわざとらしい仕草で首を振った。
「あのですね? オレの席にはノグティーが座っているんですよ? オマエは皆のために頑張って実行委員をこなしているオレ様に一人寂しく補助席に座れって言うのですか? それがクラスメートである荒井美千子さんのご意見ですか? 冷たい、実に冷たいですなぁ!」
尾島がとんでもないことをほざきだしたので、急いで席を空けた。
「それでいいんだよ。あぁ、詫びなんて気にするな。その手に持ってるポッキ―でガマンしてやるからよ」
尾島はずうずうしくも箱ごと奪い取り隣に座った。
それからの尾島は、「お前何気にサボってんじゃねぇよ!」と次々文句を言う周囲の男子から五分刈り頭を撫でられ叩かれるという歓迎を受け、そのお礼として「うるせぇな!」と奪い取ったポッキーを武器に叩き返した。あっと言う間に群れ同士ジャレ合う類人猿達。さながら密林のジャングルと化するバスの中。
しかも偶然に通路を隔てて座っていたゴールデンペアのグリコ&アダモちゃんに、「これお近づきの印に俺から。食えよ、遠慮なんかするな」と自分も3本いっぺんに食べながら残りの折れたポッキーを押しつけた。「あ、食っていいのはアダモちゃんだけな。グリコは当然ポッキー持ってきてるだろ? 自分の会社なんだから!」という憎い台詞を付け足すのも忘れなかった。
***
「あ~気持ちいいねぇ」
目の前に広がる海は太平洋。爽やかな潮風を受けながらノビをするのは山野中1年8組の乙女達。
やっと「悪臭・騒音・汚染」……という公害極まりない三重の落とし穴から這い上がった私は、ここぞとばかりに新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。
「まったく……あのチビ猿、ほんとムカつくんだけど!」
和子ちゃんは砂浜に下りていく間も、海に向かって「バカヤロー」と青春の雄叫びではなく、尾島への愚痴をこぼしていた。それもそのはず、「親睦遠足会」で肝心な親睦を深めるどころか仕事を相方に押し付けられ、ノグティーのマンツーマンケアをさせられればたいていの人は怒りモードになる。
幸子女史は「本当、災難だったよねぇ」と、私と和子ちゃんの方を見ながらフフっと口元に手をやった。
「もう! 幸子はいいよなぁ。実行委員交替してよ!」
「そ、そうだよ。なんなら幸子ちゃん、帰り座席交換しない?」
「あ、両方ゴメンだわ。どっちも最悪だし?」
幸子女史はクククと忍び笑いをした後、「あ、ポップコーン髪についてるよ」と私の髪から汚物を取り除いてくれた。私は悪霊を払うかの如くバサバサと髪を振り払い、慌てて有害物質を落とす。その様子を見ていた幸子女史は我慢できなかったのか、とうとう吹き出した。
「ちょっと幸子、笑い事じゃないから!」
「ごめんごめん、わかってるって」
二人のやり取りを聞いていた私は、尾島のおかげで最悪な車中になってしまった事実に、ただただため息しか出なかった。
尾島は隣に座っていた私ではなく、通路を隔て座っているアダモちゃんと親睦を深めた後、何を思ったのか急に持参したポップコーンを鼻に詰め始めた。前後隣の男子相手に「くらえ!」と言いながら鼻息でダイナミックにポップコーンを飛ばし不評を買う尾島。益々テンションが上がったお猿さんは、友人であり偶然にも前の席に座っていた諏訪君と「鼻息でどこまでポップコーンが飛ぶか」とポップコーンの飛距離を争った。終いには嫌がる隣のグリコに無理矢理鼻にポップコーンを詰めさせ、競技に強制参加させるなどムチャクチャなことをしていた。
おかげで私の周囲はポップコーンまみれ。しばらくポップコーンの匂いが鼻につき、おまけに自分もポップコーンを鼻に詰めている感覚になり、鼻のあたりがムズムズする始末。……しばらくポップコーンが食べれそうもない。
一方バスの中は私の怒りをよそに大賑わい。クラス1の美女であるアダモちゃんも幸子女史も面白がって飛距離争いを一生懸命応援していた。
この大騒ぎを「納得できない」と思ったのは、落ちたポップコーンを片づけなければならないバスガイドさんや実行委員の和子ちゃん、尾島の横で一番ポップコーンの被害を被った私、ロクでもない生徒達を持った担任のリポーターだけだろう。
砂浜に下りた生徒達は各クラス毎に集まり、先生と実行委員から連絡事項を受けた。
実行委員のミーティングに参加して初めてわかったのだが、この「親睦遠足会」は「ただ弁当を食って帰る」だけのイベントで終わらなかった。全クラスに「親睦遠足会で学んだ事」という課題が与えられていて、砂浜の動植物の観察やこのイベントでどれくらい親睦を深めたかという感想などの結果を、学級新聞という形で模造紙にまとめて廊下に貼り出さなければならないのだ。
『遠足で親睦を深め、さらにその密度を濃くちゃおぅZE――っト!』
水木●郎アニキも絶賛するほどの、遠足後のアフターケアも万全と言わんばかりの駄目押し、学級新聞。しかもこの学級新聞の仕上がりで、そのクラスの密度・協力体制・やる気などの特徴が分かってしまう。
例えば。
挿絵や切り絵、細かいカメラワークでカラフルに仕上げるクラス。
真面目に砂浜の動植物を本で調べて丁寧に説明し、本物の新聞のように見るからに活字の多いクラス。
調べる内容はそっちのけで、個人個人の感想を寄せ書きのように書くクラス。
あきらかに手抜きとわかる写真ばっかりのクラス。
……などなど。
どちらにしても新聞作成の完成度は、「実行委員」の腕に全て掛っていた。
和子ちゃんは相方が『サル目・一応ヒト科・クラス一のアホ属』なので、期待どころか完全無視を決めたらしい。「アイツと相談してたら、中学校卒業してしまう」という捨て台詞と共に早々と勝手に係を分担してしまった。面倒なことがキライという尾島も、「課題」に関しては足を突っ込むことなく、和子ちゃんに押し付け……じゃない、一任した。
押しが強く、ある意味豪快に人を引っ張っていく力のある和子ちゃんは、問答無用で各分担をクラス全員に発表した。クラスメート達は若干不服があるようだったが、「文句があるやつは、新聞作成の総責任者になってもらう」と本当に実行しそうな益荒男ぶりの台詞を吐いたので、クラス全員首を縦に振るしかなかった。
***
メインのランチタイムまで「親睦遠足会」の課題の為解散になり、生徒達がそれぞれ与えられた仕事をこなす為に散らばっていった。我がクラスは海と岩場は女子が担当し、簡単な海と砂浜は尾島率いる猿軍団の担当だ。
8組の女子達は岩場と岩場の隙間にたまっている水の中を観察し、様子を書き出したり写真を撮り始めた。まだ6月頭だというのに、すでに気温は初夏並みの暑さ。太陽がジリジリと照りつけていて、生徒達は次々とジャージの上着を脱いで半袖の体操着姿になっていく。男子など課題そっちのけで裸足になり、海に足を浸してふざけあっていた。他の組の女子も負けず劣らず友達同士でしゃべったり、自分たちの写真を撮り合っている。我がクラスの女子は真面目なのか、全員集中して課題用の記録を書き留めたり写真を撮ったりしていた。
「こっち、写真はOKだよ! もうそろそろ終わりに……相沢さん、ミっちゃん、そっちどう?」
和子ちゃんがカメラをポケットに入れ、散らばっていた8組の女子に声を掛けた。
相沢さんと私は岩場の様子をノートに書き留めていた。相沢さんが「こっちもOK!」と和子ちゃんに合図をし、私も全て書き終わり顔を上げてOKのサインを出すと、和子ちゃんは「女子の仕事終了~御苦労さまでした!」と頭を下げた。和子ちゃんの言葉で女子全員「お疲れ様~!」と挨拶をし、解散になった。
女子は2ヵ月の付き合いにも関わらず、チームワークはバッチリだったので30分もかからず仕事が終わったが……男子はどうだろう?
和子ちゃんは非常に心配になったらしい。元々責任感の強いタイプだし、新聞が岩場ばかり記事になってもアカンと思ったのだろう。和子ちゃんは念を押す為に足早に尾島の元へ! ……と思ったが、彼らはすぐに見つかった。何故なら和子ちゃんや私が砂浜にレジャーシートを引いてリュックを置いていた場所に居たからだ。
しかも他のクラスの連中(全部女子)に囲まれ仲良く談笑していた。そうかと思えば江崎君に何やら命令して私達の荷物の写真を撮らせている。尾島達は8組女子の視線に気付かないのか、呑気に笑い始めた。
「……何、アレ」
「ちょっとさぁ、思いっ切りヤな感じだよね」
「やっぱ、真面目にやってないじゃん。尾島」
「宇井、なんか言った方がよくない?」
8組の女子達は眉根を顰め、ヒソヒソ囁き合う。そうこうしているうちに和子ちゃんと荷物の持ち主である女子達はズンズン尾島の輪に向かって歩いていった。私も慌てて後に続く。
「ちょっと、尾島! こんなところで何してんのよ! 課題の資料集め終わったんでしょうねぇ?!」
和子ちゃんの怒声に尾島達は談笑をやめて、こちらを振り返った。尾島の友人である諏訪君を筆頭に8組男子は「うるさいのが来た」という顔をし、他のクラスの女子達は一人を除いて「何このオンナ?」という顔をした。その一人というのは同じ女バレの原口美恵だった。
(うわぁ……なんでアンタがいるの! 男子にうつつを抜かす前に実行委員の仕事してろよ!)
顔を会わせたくないので、一番後ろのポジションからそっと成り行きを見守った。あのミーティング以来、原口美恵の視線が殺人レベルなのは絶対気のせいではない。
「どうしたの宇井、そんなに怒っちゃってさ。大丈夫大丈夫、尾島、ちゃんとやってるよ? ね~尾島」
原口美恵はこれでもかという程甘い声を出した。しかし和子ちゃんは目の前の尾島にしかピントが合っておらず、原口はフレーム外なのか完全無視。そこには「この野生猿にガツンと注意しなければ」オーラしか存在しないようだ。
「そうだよ、どこ目ぇつけてんだ? 今スクープを激写中なんだから邪魔すんなよな。題して『これが環境汚染の実態だ! 砂浜にポイ捨てされたゴミ達』ってぇの、どうだ?」
尾島が私達の荷物を差しながらニヤニヤした顔で答えると、原口美恵をはじめ他のクラスの女子は「ひど~い」と言って笑いを噛み殺した。諏訪君などは屈託なく笑っている。
ピシッ。
心霊現象のラップ音でもなければ、SMの女王様が振り上げるムチの音でもない。
8組女子周辺の空気が固まり、顔が強張った。和子ちゃんも黙って拳を握っている。どう見ても注意で収まる程度の怒りではない。
雲ひとつない真っ青な快晴に海から吹く潮風は爽快。私達は親睦を深める為に他県の海まで出向いているというのに。
今この周囲を取り囲んでいるのは、昼ドラの愛憎劇場も真っ青なくらい修羅場が始まりそうな空気。とてもじゃないが「親睦会」には程遠く「速崩壊」と言ったほうが正しい。それに逸早く気付いたツワモノは江崎君だった。
「……お、尾島君、それマズイよ……」
「は? 何言ってんだよ? そう言うグリコだって写真撮ってんじゃねぇか」
「えぇ?! いや、だって、尾島君がヤレって言うから……」
江崎君はこちらを見ないようにコソコソと抗議した。一方尾島はこのツンドラ気候な空気を読んでないのか読めないのか、「オレなんか間違ったこと言ったか?」と呑気なことを言っている。
(……もういっそのことさぁ、原口美恵と共に仲良くゴミにまみれて環境汚染になってしまえ!)
怒りを通り越して厭きれていると、この修羅場には驚くほど似合わない、可愛らしい呑気な声が後ろから聞こえた。
「あれぇ? 宇井ちゃん、どうしたの? 尾島君と仲良くミーティング?」
声を掛けたのはトイレから戻って来たアダモちゃんだった。
常に天然丸出しの彼女は、案の定この微妙な空気を読まず、或る意味期待を裏切らないトンチンカンな言葉でザックリと切り込んできた。一瞬全員フリーズしたが、学年1の美少女出現という「うねり」は、戦局を意外な方向へと変え始めた。
「……や、島崎、そうじゃなくて。むしろ逆だから。全然違うから」
「え? そおなのぉ?」
「そうなの! だって尾島達さぁ、ここにある荷物をゴミって言ったんだよ? なんでも環境汚染だって学級新聞で発表したいんだってさ! 島崎の荷物も入っているのによっ?!」
怒りで何も言えない和子ちゃんに変わって、アダモちゃんに根気よく説明したのは幸子女史だった。
「え……えぇ~?! なにそれっ、ヒドぉ~い」
やっと状況を正確に把握したアダモちゃんは、腰に拳を当てながら可愛く頬を膨らませた。が、「プンスカ」という言葉が似合うその姿に迫力は無い。しかし男性諸君には思った以上の効果があったようだ。その証拠に全員鼻の下が伸び切っていた。
「……あ、いや、その、なんだ……そう! ジョークだって! ほら、『この荷物……の後ろに捨てられていた空き缶』を写真に撮ってたんだよ~。な、グリコ!」
そう言いながら野生の猿もびっくりするほど俊敏に動いた尾島は、かなりの量の空き缶を寄せ集め、私達の荷物の背後に置いた。「この不自然さ、完璧に捏造じゃね?」と言う名のセッティングが終わると、他の男子同様デレデレ顔の江崎君の肩を抱き寄せた。
「よ~し、この環境汚染である空き缶をバッチリ激写だ! これでスクープ間違いなしだぜ! さぁ、グリコよ。思う存分撮りたまえ! ……というわけでアダモちゃん。まさか君のようなカワユイ子のリュックをゴミだなんて言うはずないでしょうが! いやいやいやまいったね!」
「やっだぁ、そうだったんだぁ~。んもぅ、それならそうと言ってよぉ、紛らわしいゾ☆」
無事誤解が解けたらしいアダモちゃんは、ウィンクをしながら人差し指で尾島の腕をつついた。
「「「「「…………」」」」」
ド天然具合が神の領域に達していらっしゃるアダモちゃんのツッコミに、「いやいやいや、むしろドテチン達の早とちりだと思うゾ☆」などといけしゃあしゃあとのたまいながら、「あ~ん、マネっこいやぁ」と拗ねるアダモちゃんをつつき返す尾島。
『この状況、最早コントじゃね?』
……的な展開に、完全に闘争心をもがれた8組女子は、言い返すどころか口をポカーンと開けたままだった。
一方この場で一番面白くないのは、原口美恵をはじめとする他のクラスの女子達であろう。突然の美少女出現に、尾島をはじめ男子全員の心を一気に持っていかれたのだから。特に原口美恵はアダモちゃんを突き刺す視線で見ていた。しかし悲しいかな、その視線は学年1と言われる美少女を突き刺す威力はおろか、逆に弾かれていた。それどころか笑いの神様が降臨している御二方の視界にも入っていないようだ。
不謹慎にも原口美恵の顔を嫉妬で歪ませたこの事態に、ヒヒヒと心の中で笑ってしまった私は、密かに8組の女子に頭を下げた。