山野中体育祭!~幸福の赤いハチマキ①~
『応援合戦に参加した皆様、お疲れ様でした。どのチームも迫力のある熱い応援合戦でしたね。先生方や来賓の方々による応援合戦の審査結果は閉会式に発表され、各チームの得点に加算されます。この後は3年生による全員リレーです。最終種目である色別対抗リレーに出る選手は入場門の方へ……』
グラウンドに響く棒読みアナウンスを聞きながら、生徒会の人達が待機しているブースを出て来賓席のテントへ向かった。ブキミちゃんに頼まれて、PTAの役員の人達や校長先生にお出ししていた湯呑を回収するためだ。
先生方や生徒会役員、体育委員が忙しなく動いている間を、彼らの邪魔にならぬようそっと通り抜けて来賓席へ近づいた。
頭を下げながらお茶を回収し、お盆を持ったまま何となくグラウンドに目を向けると、トラックを囲むように座っていた生徒達の興奮冷めやらぬ姿が目に入った。どこもかしこも赤組の応援合戦の話題でざわついている。
それもそうだろう。赤組の応援合戦……いや、2年1組の応援合戦代表である生徒5人は、観客席に余計な謎と熱気を残したのだから。
この後に続く3年の全員リレーと、色別対抗リレーというフィナーレを締める花形競技と相まって、盛り上がりも最高潮になっているみたいだ。
「…………」
応援団の人達が去った退場門の方へ視線を向けたら、学ランを着た赤組の応援団がその場で制服を脱いでいた。気温は低いが日差しが強いので、動いて熱くなったのだろう。中でも、我がクラスの応援団員は同じ赤組の他の応援団員はもちろんこと、他のチームの応援団、おまけに数名の先生からも囲まれている。尾島の友人達までもが駆け寄る姿を遠目に見ながら小さく息を吐いた。
(ホント、余計なことを……)
君子危うきに近寄らずと退場門からさっと目を放した。さっさと事務のオバチャンのところへ回収した湯呑を運ぼうと職員室のある校舎に向かおうとしたら、なんと至近距離にブキミちゃんが立っていた。
「荒井さん」
「ヒィッ!」
あまりにも近かったのでびっくりして仰け反り、もう少しで回収した湯呑を来賓席に座っているお偉いさんの頭へ投げ返すところだった。
それにしても――気配を殺して近付いてくるブキミちゃんのこの癖、なんとかならないのだろうか。これだけ近かったら普通気付く筈なのに、一体どうなっているのだろう。軽く人間の能力を超えている。
「湯呑、ありがとうございます。助かりますわ。忙しいから猫の手も借りたいくらいでして、オホホ」
「あ、い、いえ。ひ、暇なので……。これ片づけに行ってきマス」
「まぁ、悪いですわねぇ! ついでに今度は役員の方に麦茶を出すので、給湯室からグラスを」
「……了解シマシタ」
「本当に申し訳ありませんねぇ。荒井さんがいつもいつも積極的に手伝ってくれるから、ワタクシもついつい甘えてしまって。オホホホホ!」
「ハハ、積極的……」
「学ランの件も、荒井さんの一計で危機を乗り越えることができましたし、さすが素晴らしい東先輩の幼馴染ですわね! 同じクラスメートとして、部活の仲間として、そしてなによりも未来の妹として、ワタクシも誇りに思いますわ!」
「イモウト……」
「ホホッ! あぁ、盗まれた学ランは、探せばいずれ見つかるでしょう。後はあの者たちで勝手に――いえ、任せておけばよろしいですわ。荒井さんは後藤君や原口さん達の失礼な態度など、キレイスッパリ忘れてくださいまし!」
「え? ……ええっ?! い、いずれって! や、さっき伏見さん、校舎に学ランがあるって!」
ブキミちゃんの「もう学ランのことなど、どうでもいいわい」的な言葉に、思わず上ずった声を上げてしまった。あのボロ校舎の廊下で、後藤君たちと対決……いえ、話していたブキミちゃんは、
『いいですか、皆さん。もし学ランを盗んだのが荒井さんが見たという3年生達ならば、走り去った彼らの手に学ランがあったはずです。この校舎から持ち出した後に再び犯行現場に戻るなんて、そんなバカなリスクをする必要がありませんからね。ならば答えは一つ、この校舎にまだある可能性が高いです。あるいは窓から投げ捨てたか……。あ、そうそう。この廊下を走っていたということは、学ランはこの一階ですわね。二階なら、トイレに行っていた荒井さんと鉢合わせしてしまいますもの』
……と言っていたのに。それを聞いてすぐ男性陣は廊下の窓やら教室の窓から外を覗いたが、学ランらしきものはなかった。
とりあえず私と星野君以外は仕事があったので、学ランの捜索は閉会式が終わってからと解散になったのだが……。
「あらあら、いやですわ~荒井さん。あれはあくまでも推測であり、荒井さんの証言によってワタクシが導き出した仮説に過ぎません。ま、ほぼ100%正解でしょうけども。大体荒井さんが見たという犯人は、男子バスケ部の3年で、尾島君や田宮君の先輩なのでしょう? 田宮君は関係ないとして、あの尾島君に対して恨みを持った挙句の犯行ならば……って、おそらく100%そうでしょうが。ともかく、そんな相手ならば頭脳もそう大したことはありません。それこそ『類は友を呼ぶ』、もしくは『五十歩百歩』というやつでしょう。解決できぬほどの複雑なところに隠したり、もうすでに学ランはない……などの大事になるなんてことはまずありえませんわ。大体そこまで巧妙に考えて犯行を実行する人物ならば、学ランを盗むなんて雑で幼稚なことはしません。もっと上手く、綿密に計画を立てます。ワタクシならば誰かの弱みを握り、その者にすべてを委ね、自分の手を汚すようなことはしませんわ。いえ、それ以前に尾島君を相手にするなど時間の無駄というもの。そんな暇があったら、ドウジョウ掬いをやっていたほうがよっぽどマシですわ」
「……ドジョウ……」
ブキミちゃんの相変わらず切れ味鋭すぎる意見と大胆な犯行計画に荒井美千子、口を挟むどころか一言も発することができない。
どうやら、ブキミちゃんにとって尾島は人間どころか猿以下らしい。下手したら地球上の生物として認識していないのかもしれぬ。
(前々から不思議に思ってたんだけど。いくら尾島が嫌いだからって、ここまでコケにするなんて……何か訳でもあるのかなぁ? いつでもどこにいても神出鬼没で尾島から助けてくれるけど、ここまでくるとなんだかねぇ。雄臣から私のことを頼まれているから? いや、それにしたって)
尾島や彼を取り巻く人達を徹底して「虫けら」扱いをするブキミちゃんの行動に疑問を感じていると、彼女はクイッと眼鏡を上げながら顔を近付けてきた。その距離、僅か数センチ――近いよっ!
「荒井さん、余計な詮索は無用です。間違っても親友のアナタに多大な恩を売って東先輩の懐に入ろうなんて狡い手、ワタクシは断じて使いません! 単にワタクシが太陽より熱くて海より深い大きな愛を持ち合わせているだけですわっ!」
「…………(結局雄臣絡み)」
「ようするにアナタを悪の餌食から救いたいだけなのです! 以前にも忠告した通り、あの連中には関わらない方が身の為ですよ。荒井さんはそれを黙って受け入れてくれれば…………チッ! 、余計なヤツがこちらに……」
「は? 『チッ』……って」
ブキミちゃんは人の気持ちを読んだ挙句、要らぬ親切を押し付けた後、幻聴かと疑うほど舌打ちをしたことに驚いた私を、くるりと方向転換させて無理矢理校舎の方へ押した。
「あらいやだわ、荒井さん。長々と話してしまいました。さぁさぁ、こんなところで世間話などしている場合ではありません。私は忙しいのです。さっさとグラスを取ってきてくださいね。くれぐれも速攻で頼みますわ!」
「や、あの、ちょっと……」
忙しいと言う割には私をそのまま校舎ほうまでツッパリする勢いでグイグイ押したブキミちゃん。私はまるでこの場から追い出されるように、校舎の方へ追いやられてしまった。