山野中体育祭!~狙われた学ラン⑤~
「それよりも、みなさん、早く応援席に戻ったらいかがですか? 赤組の応援合戦、始まってしまいますわよ」
声の主はサラサラな髪の毛を耳にかけ、歯列矯正をしている歯を見せながらニヤリと笑いかけた。
「「「「…………」」」」
神出鬼没のベラ……いや、ブキミちゃんの登場で、私たち4人はゴクリと喉を鳴らしその場に固まっていたが、逸早く我に返ったのは後藤君だった。ブキミちゃんがススッと傍まで近付いてくるのと同時に彼はゆっくりと腕を組み、「ハッ」と鼻で嗤いながら顔をブキミちゃんから逸らした。
「……おいおい、いきなりなんだよ。失礼で最低なのは人のことを『デリカシーのない男性』呼ばわりするそっちだろうーが。それにさぁ、俺は別に失礼な質問なんて一個もしてないぜ? この校舎に来た理由だとか、3年の顔を見たんなら誰だったとか……こんなの大した質問でもねぇだろ? ったく、訳わかんねぇ」
ブキミちゃんは後藤君の吐き捨てたセリフにピクッと口元を引き攣らせ、彼の嘲笑っている横顔を無表情のまま凝視した。2人の間に漂う友好的ではない空気に、どうしていいかわからずオロオロとする私。
とりあえずこの場を取り繕う為、走り去った3年について答えた方がいいだろうと後藤君の方を見た。彼が信じるかどうかは別として、少なくとも私よりは走り去った3年をよく知っている筈だし、きっと尾島を宥めつつ穏便に事を運んでくれるだろうと思いながら、2人の間に割って入ろうとしたその時。
突然ブキミちゃんが口元に手の甲を当てて、高笑いを響かせた。
「オホホホホ~! 何を言うかと思えば……フフッ。アラアラいけない、大変失礼致しました。急に笑い声を上げて申し訳ありません。あまりにもお鈍いので、この伏見かおり、思わず不意を突かれてしまいましたわ」
「はぁっ?!」
「後藤君が訳わからなくとも、ワタクシはいっこうに構いません。大体アナタに女生徒の心の機微まで理解しろという方が無理な話ですものね。まぁ、あの尾島君の御友人ですから? 仕方ないと言えば仕方がないというところかしら。『類は友を呼ぶ』という言葉をご存じ? ホント、昔の人は上手いことを言いますわよねぇ」
「オイ、伏見! そりゃどういう意味だよ!」
ブキミちゃんの血の気が引くような逆襲に、後藤君が一歩前に出て低い唸り声をあげた。私よりも背の低いブキミちゃんに食って掛かろうとする大柄な後藤君は、血の気を引くどころか相当頭に血が上っているようで、どうやらいつも尾島を宥めすかすほどの器量と余裕がないようだ。星野君は後藤君を止め、佐藤君も「おい、伏見……」とブキミちゃんを咎めたが、止めた2人の表情はなんとも微妙だった。私も正直なところ、どういう顔をしていいかわからない。なんせ星野君も佐藤君も「あの尾島」の御友人だ、下手なリアクションはご法度である。
一方堂々たる意見をビシッと決めたブキミちゃんは、佐藤君たちの微妙な表情や後藤君の怒りもなんのその、「唾を飛ばさずに、冷静にお話ができないものかしら」と顔を顰めて体操着を掃っていた。その行動に後藤君はカァッと顔を赤らめ、「な、なんだとっ!」と怒鳴り返したが、ブキミちゃんは怯むどころか感じのよろしくない微笑みを口元に湛えた。
マフィアのドンのような態度でドンと構えている余裕なブキミちゃんに圧倒され全員口を噤んでしまうと、彼女はメガネをクイッと上げてさらに色濃い不敵な笑みを浮かべた。
「この際ハッキリと申し上げておきますが。後藤君にしても原口さんにしても、この校舎に来たくらいで荒井さんを責めるのは、いささか性急すぎるのではありませんか? ワタクシに言わせれば、大事な学ランをロッカーの上などに無造作に置いたままにしておいた応援団員の不始末が原因だと思いますけど? それこそ各自でしっかり学ランを管理していれば、このようなことにはならなかったのでは? そもそも何故1組の学ランだけが狙われたのですか? 標的にされるほどの原因が応援団員の誰かにあったのではないですか? ……荒井さんを責める前に、そちらのご心配をされたほうがよろしいんじゃなくて?」
ブキミちゃんのハスキーでリスキーな正論すぎる意見に、さすがの後藤君もグッと言葉を詰まらせた。
「それに……この校舎に来たのは荒井さんだけではないかもしれません。ある事情を抱えた1、2組の女生徒なら何人か来ている可能性があります」
「「「ある事情?」」」
ブキミちゃんの至極真面目な意見を、男性陣は揃って復唱した。ブキミちゃんの自信に溢れた数々の言葉に、最初は「その通り!」と心の中でウンウンと頷いていた私だが、次第に話が怪しい方向に逸れていきそうになるのを察知すると、心臓の鼓動が早くなりだした。
(……ままままさか、生理のことを暴露する気じゃないでしょうね?!)
私はこれ以上の説明無用です光線をブキミちゃんに放ったが、いつものように弾かれ自分に返ってきた。どうやら彼女は私の意図を酌む気はないらしい。
「そうです。女性ならばやむ負えぬ事情です。荒井さんはそのやむ負えぬ事情で、『あるもの』を取りにこの校舎に来たのです。ここまで言えば、保健体育の授業を受けたアナタ達ならお分かりになるでしょう? そうですわね? 荒井さん」
「…………」
私は顔を真っ赤にしながら俯くと、ブキミちゃんは「やはりそうでしたか」と納得したように頷いた。が、鈍い後藤君は納得できなかったらしい。ナゾナゾのような、『乙女のヒ・メ・ゴ・ト☆』的なわかりにくい暗号会話にイラついたのか、星野君の腕を振り払って更に前へ出てきた。
「おいっ、結局適当に誤魔化してるだけじゃねぇか! そんなんで納得できるわけねぇだろ!」
「……普段授業を適当に誤魔化している割には意外としつこいですのね。粘着質で女性の気持ちを酌むことができない鈍い男性は、いざという時意中の女性に嫌われてしまいますわよ? ……わかりました、いいでしょう。そんなに知りたいのであれば、親しくしている女生徒、あぁ、10組の小関明日香さんでしたか。彼女にお尋ねになってみたらいかがです? 『28日周期、もしくは1ヵ月前後の周期で出血する女性特有の生理現象とは何か』と。まぁ、質問した時点で変態扱いされるでしょうが。無論ワタクシはそうなっても構いませんことよ? でも悪いことはいいません、おやめになることをお勧めしますわ――って、あら。私ったら……オホホホホ~ッ! ついウッカリと答えを漏らしてしまいましたわっ!」
ブキミちゃんは荒井美千子の気持ちを酌まなかった自分の行動は棚に上げ、後藤君を堂々と「しつこくて空気の読めないニブチン男」呼ばわりした後、ご丁寧にも正解をポロッと漏らしたうえに、高笑いでまるっと誤魔化し……いや、納めた。
「それよりも荒井さん、3年の男子生徒を見たというのは本当ですか? もしそうなら、彼らは学ランを持っていましたか?」
瞳をキラリと光らせながら何事もなかったかのように私に話を振ったが、こっちは恥ずかしくてそれどころではなかった。ますます茹でダコのように真っ赤になり、口をきつく閉じるだけだ。どうやら男性陣もブキミちゃんの言葉の意味がわかったらしい。3人とも「あ……」と小さい声を漏らした後、徐々に頬を染めたり気まずい顔をしながら、落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。その様子に益々縮こまる荒井美千子。一体この羞恥プレイはなんなのだろう。軽く拷問だぞ、ゴラァ。
「……あらあら。やっと後藤君たちにも理解していただけたようですわね! これで荒井さんが昼休みに、クラスメートの前でこの校舎に来た理由を話せなかった訳も、ワタクシが『デリカシーのない男』と言った訳もおわかりいただけたかしら? 荒井さん、誤解が解けたようですわよ? 良かったですわねぇ! さて、そんなことより、荒井さん。先ほどの質問に答えていただけますか? 3年の男子生徒は何人居ました? お顔はわかりますか? 学ランを手にしていましたか?」
「…………」
ニヤリと不気味スマイルで笑いかけるブキミちゃんの口を塞ぎ、ここから2人揃って撤収を試みたかったが、仮にも誤解を解いてくれた恩人である。しかし私は声を大にして言いたい。超有難迷惑だと。とりあえずこの場にいる全員を「生理」などという話題から速攻離脱させる為、私は気まずい雰囲気を打破するように、急に空元気な声でブキミちゃんの質問に答えてみた。
「そそそそうよね! か、隠された学ランを見付けなければ解決にはならないですわよねっ! え、えっとぉ、先程報告した通り、ワ、ワタクシは二階のトイレで……ッホン!! いえ、二階にいたときにですね? だ、誰もいない筈なのに、下の廊下を走る音が聞こえて、に、二階からから覗いて見たときは、さ、3人の男子生徒が昇降口に走っていくところでしたわっ! 顔は……一応見たことがあるけど、名前までは……ゴメンナサイ。あ、でも、所属していた部活は、わ、わかる……というか……。あ、それに、学ランだけど……ももも持ってなかったと思いますっ」
私は相当焦っていたのか、ブキミちゃんの口調が移ってしまい、変な言葉使いになってしまったが……仕方なかろう。それよりも男性陣の空気がサッと変わったのは有難かった。これでやっと確信に迫れるってもんだ。長かったぞ、オイ。
「……そうですか。持ってませんでしたか……」
ブキミちゃんは「ロダンの考える人」のように真剣な表情で一点を見詰め暫く熟考モードに入っていたが、急に顔をあげて私たちをグルリと見回した。
「確信はありませんが、荒井さんの話から推測すれば……学ランはこの校舎にあるか、校舎の周辺にある可能性が高いです」
「「「「えぇっ?」」」」
名探偵・ブキミちゃんの推理に、4人の驚愕した顔が集中した。