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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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山野中体育祭!~狙われた学ラン④~

 緊急事態にも関わらず、学ランは奇跡的にも5着揃った。

 佐藤君とブキミちゃんから事情を聞いた先生チンタオは、事態が事態と知り、卒業した先輩方の学ランを3着貸してくれたのだ。残りの2着は、奥住さんと星野君が聞きに行ってくれた2、3組の生徒が予備で学ランを持っていたので、お願いして借りることになった。

 5着が1組に集まると、学ランの捜索は一先ず打ち切りになり、ほとんどの生徒は胸にモヤモヤを残しながらも、ホッと胸をなで下ろして応援席に行った。最終的に教室に残ったのは応援団員5名の他に、体育委員2人、サポート委員の原口、学級委員の佐藤君、製作するのを手伝ってくれた星野君や光岡さんだった。


『さぁ、急いでやるぞ!』

『ちょっと、まったぁ!』


 一斉に取り掛かろうとした私たちを止めたのは、尾島。その尾島からは既に「学ランがない!」という焦燥感や苛立ち、険しさが抜けていた。間一髪のところで学ランが揃い、ピンチを潜り抜けたからだろう。それどころか世界を手中に収めた大魔王のような余裕とオーラが漲っていた。どうやら熱くなるのも速いが、冷めるのも速いらしい。


『どうしたんだよ、尾島』


 佐藤君が時間がないんだよと少しイライラしながら聞くと、尾島はニヤリと例の悪魔のような黒笑ブラックスマイルを湛え、ダンと拳で机をたたきながら力説しだした。


『いいか? 俺が尊敬する「イノキ、ボンバイエ!」でお馴染みの猪木大先生には悪いが、「闘魂」の文字を今から貼り付けるなんて面倒だ。画数が多いからな! それにこんな気持ちで「闘魂」に向かい合うなんて、猪木大先生に申し訳ねぇ……そこでだ! 学ランを盗んだ犯人にオレたちから熱いメッセージ(ボンバイエ!)を送ってやろうぜ! あぁ、ここで解説しておくが、そもそも「ボンバイエ」とは、かつて猪木大先生と対戦した偉大なるモハメド・アリの』

『『『『『オイっ!』』』』』


 いらん解説をする尾島に、星野君以外の男子全員と奥住さんから綺麗なツッコミがビシっと入った。女性陣も朗らかに笑い、切羽詰っている割には穏やかな空気が流れた。が、そんな余裕をブッこいている場合ではない。どうでもいいが、この時尾島のセリフにより2つのことが判明した。

 1つは、3年の先輩方を差し置いて、尾島コイツが面倒な「闘魂」含め、赤組の応援合戦の内容をほとんど決めたんだなということ。もう1つは、赤組の応援団長である男バス元部長・辺見さんは、尾島の先輩であるにも関わらず、後輩サルにボスの座を奪われたんだろうということだ。いや、喜んで臣下に下ったのか。

(どちらにしてもしっかりしろよ、辺見先輩! ……いや、それより弁当食べるのも返上し、この短い時間で残りの闘魂の文字を作り上げた私の立場をどうしてくれるよ! サクッと変更すんな!)

 尾島はふざけているのか嫌がらせなのか、さらにニヤリとした顔で「猪木大先生」のうんちくをお披露目しようとしたが、偶然にも荒井美千子1人だけが引き攣り笑いではなくイラっと険しいフェイスで、金色のテープを鷲掴みにしている姿が目に入ったのだろう。慌てた様子でゴホンと咳払いした。


『あ~その、なんだ。……ま、ぶっちゃけ、応援合戦で目立とうって訳よ! まぁ、任せとけ!』


 尾島が提案した言葉に全員顔を見合わせた。


『おい、チュウ! ちょいとこっち来て、オレの言うとおりテープを貼れや!』


 尾島の命令(呼びかけ)に、私はさらに口元をヒクつかせた。


*******


 応援団のメンバーは学ランが仕上がると、学ランが無くなった時とは打って変わった晴れやかな顔で、弾丸のように飛び出して行った。

 テープを貼る作業を手伝ってくれた人達も、応援合戦を観戦するため足早に応戦席へ向かった。私は「早く行こう!」と言ってくれた光岡さんに、片付けがあるからと先に行ってもらうと、最後に教室に出ようとした佐藤君達に声を掛けた。最初は例の目撃証言をブキミちゃんに言おうとしたが、どう見ても尾島と友好的じゃないし、仕事で出払っていたのでどちらにしても無理だったから。

 真剣な顔で「相談事が……」という私に佐藤君もなにか勘付いたのだろう。応援席に戻りながら、私は佐藤君に話を切り出したのだ。


「……おいおい、じゃあ、なにか? 荒井はこの校舎に他の学年のヤツがいたのを知っていて黙っていたのかよっ?」

「ヒッ!」

「おい、後藤ヒロ!」


 沈黙を破った後藤君の険を含んだデカい声に、小さい悲鳴を上げて縮こまった。星野君が鋭い声で制してくれたので、恐る恐る顔をあげると目の前にいる後藤君はチッと舌打ちをし、「わ~ってるよっ!」と吐き捨てた。ただでさえ上背があるせいで威圧感が半端ないのに……さらに眉間に皺の寄せたままニコリともしない顔に軽くビビる荒井美千子。やはり尾島や桂龍太郎の仲間だけのことはある。


 背の高い男の人って、実は優しくて穏やかで無口な人が多いんだよ!


……的な展開がお約束であるはずなのに、なぜかそんな少女マンガな設定からは程遠い後藤君。前々から感づいてはいたが、どうも彼の私に対する態度が、尾島や小関明日香に対する態度と少々……いや、だいぶ違う事実に、シュンと気分が落ちてしまった。別に優しくしろとまでは言わないから、敵意というか、「オメェのすべてが気に入らねぇ」丸出しの態度はなんとかならないのだろうか。


(そんなに図体デカいくせに、こんなか弱い乙女に大声を上げるなんて……しかも中2にもなってこの態度は、いささか大人げないんでないの? 大体アンタは体育委員なんだから、さっさと仕事行けよ!)


 私が心の中でブツブツと文句を言っていると、佐藤君は組んでいた腕を解きながら私の顔を見た。


「……荒井は本当に3年生がこの校舎にいたのを見たんだな? 見間違いじゃ、ねぇよな?」


 佐藤君の念を押した質問に、私は再び小さく頷いた。


「んだよ……荒井さぁ、見たんなら見たって、昼休み尾島が教室で聞いたときにそう言えばいいだろ? どうして黙ってたんだよっ!」

後藤ヒロ! そんな言い方したら、荒井さん何も言えないだろ! ……ごめん、荒井さん。その時のこともっと詳しく話してくれるか?」


 星野君が後藤君の怒鳴り声に再び喝を入れた。淡々とした口調で先を促してくれたので、ようやく安心した気持ちで口を開いた。


「あ、あの……2年女子の綱引きが始まる少し前に……この校舎の二階のトイレに……来て……その……。ほ、ほら、一階のトイレ、使用禁止でしょ? で、でね? ト、トイレから出て階段を下りようとしたら、走る音が聞こえて……」

「「「走る音?」」」

「そ、そう! こ、この廊下を走る音。ビックリして、恐る恐る下を覗いたら、その……赤いラインの体操着来た男子3人が、昇降口に向かって走っていくのが見えて……」

「「「…………」」」

「は、初めは、その先輩たち、この校舎のトイレに来たけど、使用禁止だから急いで違う校舎に行ったのかなぁ……って思って。で、でも……考えてみれば、3年生がわざわざこの校舎のトイレに来るなんて、おかしい、よね?」

「「「…………」」」

「そ、それに、その先輩方、すごい慌ててたみたいで……。『二階で音がしなかったか』とか『集合かかっているし、いくぞ』って言いながら……多分……。あ、でも、その時3年男子の騎馬戦の集合かかっていたから、急いで走っていたのかと思って、特に気にもせずにいたんだけど……」

「「「…………」」」

「で、でも、走っているのを見ただけで、その人たちが犯人って確証は……その、ないから……下手なことも言えなくて……」


 恐る恐る告白する私の声が廊下に響いた。話し終わると3人とも黙り込んでしまい、廊下は再び静寂に包まれる。


「でもさぁ。それっておかしくね?」


 後藤君が私をジロリと見下ろしながらボソっと漏らした。


「大体さぁ、さっき原口や成田も言ったように、そもそも荒井はなんでこの校舎のトイレなんかに来たんだよ? トイレならここまで来ることねぇだろ? それは荒井自身もさっき言ったよな? それからしてワケわかんねぇんだけど?」


 思いっ切り怪しんでいる後藤君の口調に、私はウッと言葉を詰まらせ俯いてしまった。この校舎に来た理由を言えないでモジモジしていると、後藤君は大袈裟なため息をついた。


「なんだよ、答えられねぇのかよ。……じゃぁさぁ、3年を見掛けたって言うなら、そいつが誰だか言ってみろよ。ちゃんと見たんなら、当然言えるよな?」


(ちょっと……)

 後藤君が私に対して親しみを抱いていないことはわかっていたが、ここまで疑われるなんて正直ショックだった。

(なんでそこまで疑うの? 私の言うことが信じられないってわけ? ……なによ、そんなにこの校舎に来たことを知りたけりゃ、言ってやろうじゃないの! ……って、それができれば苦労はしないんだよね。大体男子の前で生理用のナプキンを取りに来たなんて言えるわけないでしょ! 百歩譲って後藤君に知られても大したことないけど、星野君や佐藤君に聞かれるなんて絶対イヤだし……どうしよう……。それに、3年生たちが誰だか知ったら、アンタ絶対腰抜かすよ? バスケ部内で問題起こしたらどうすんの? 新部長の田宮君にいきなり問題を抱えさせる気? それにせっかく尾島の為を思って黙ってたのに………………って、あ、あれ?)


 そこで私の思考はハタッと止まった。

 おかしい。そもそもなんであんな奴隷呼ばわりする奴の為に、私がこんなに悩まなければならないのか。喧嘩しようが問題を起こそうが私には関係ないではないか。それに今回は祭りの時と違って、シニアのグラウンドがどうこうなどという物騒な問題は絡んでいない。


(な、なによ……クラスのみんなに疑われ、後藤君や悪女達に責められた私は、言われ損じゃないのよ!)


 自分の行動が解せなくて、イライラしたまま頭を捻っていると、昇降口から足音もなく人影が近づいてきた。



「後藤君」



 不気味な低いハスキーボイスが廊下に響き、その声でこの場にいた4人は数センチ飛び上がった。



「女性に向かってその質問は失礼というものですよ。これだからデリカシーのない男性は……本当最低ですわねぇ」



 後藤君が吐いたよりも大袈裟なため息がブキミちゃんの口から漏れた。



 開いた昇降口の方から大太鼓の音と生徒が張り上げる応援の叫び声が僅かに聞こえてくる。午後一のプログラムである応援合戦は、佳境に入っているようだった。


ちなみに「ボンバイエ!」とは「やっちまえ!」という意味らしいです。

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