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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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山野中体育祭!~狙われた学ラン②~

『荒井さぁ。午前中、この教室に戻ってきてたでしょ? それってなんで? その時には学ランが入った段ボール、ロッカーにあったの?』


 原口にそう言われた時、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。全身を覆っていた震えは、機能がすべて麻痺したように止まり、まるで自分が銅像になったかのようだ。

 しかし、それは私だけではなく、クラス全員がそうだった。

 私に集中する生徒たちの無数の目。ご丁寧にも私は一番後ろにいたので、全員分の視線を受けていた。しかも、その目はどう見ても親しみのこもった目ではない。まるで犯人を見るような、疑いの目。

 ゆっくりと視線を彷徨わせ、最後に焦点を合わせた、そこには――。

 原口の隣にいる尾島と目が合った。ヤツは私の顔を恐ろしいほど無表情な顔で見ていた。何を考えているのかまったく読めない。が、少なくとも私のことを信じている顔には見えなかった。


(うそ……お、尾島も私を疑うの? 私が盗んだと思ってるの? 私が気に入らないから? ムカつくから? 無視してたから?)


 私はこの降って沸いた最悪の事態と尾島の顔に、次々と湧き上がる悲観的な……いや、積み重ねられた尾島と私の最悪な関係の事実に、どうしようもないほど打ちのめされていた。


――尾島に犯人と疑われた。


 治まった震えが堰を切ったように溢れ、全身へとなだれ込む。咽喉の奥に襲う、ギュウと捻じれるような痛み。ダメ、落ち着け、私は何もしていないと自分を励ましても、どんどん押し寄せる恐怖感と絶望感。そして、熱くなる目頭。


(……どうして? なんで私がこんなこと言われないといけないの? なんで尾島に疑われなきゃならないの?)


 もう限界だった。

 自分の感情を抑えるのが精一杯で、顔面蒼白のまま俯くことしかできなかった。

 私の行動が余計に疑惑を深めたのか、徐々にざわめく生徒達。ヒソヒソ声の中には「え? 犯人って荒井なの?」という声まで出てくる始末だ。


(違う……私、そんなことしない!)


 教室内の空気に押しつぶされる前に、今すぐにでも逃げ出したかった。でも、足が鉛のように重たくて全然動いてくれない。


(なんでよ……もうやだ……なんでこんなことばっかり……)


『トイレに行っただけ』


 たったその一言が言えないなんて――。


(……言えば、わざわざこの校舎のトイレに来た理由を答えなきゃならない……尾島の前で生理用のナプキンを取りに来たなんて、そんなの言えないよ!)



――その時、心の中にもやっとしたものを感じた。



(あ、あれ? ……この校舎のト……イレ……? ……え?)



 ずっとずっと奥の方をチクリ刺す、違和感。



「……ちょっと、荒井! それ本当なの? 本当なら、なんでこの校舎に戻ってきたのよ!」


「アンタが犯人じゃないの」という原口美恵の失礼な意見に、今度は成田耀子が追い打ちを掛けるように責める口調で詰った。既に犯人が私だというのが決定事項のような言い草。


「えっ?! ……あ……ち、ちがうっ……! 私じゃっ」


 成田耀子の言葉に弾かれたように頭を上げて、慌てて言い返した……が。


(私じゃない! ないけど、でも……そんなことより、もっと大事な――)


 得体の知れない何かが心に引っ掛かっていた。まるでところどころ空いているパズルのピースがなかなか嵌らない感覚と似ていた。


(もう少しでわかりそうだったのに!)


 咄嗟に言い返した自分の言葉のせいで、出掛っていた答えが弾かれてしまった。「黙ってて!」と文句言いたいところをグッと抑え、私は頭の中で午前中の自分の行動をもう一度プレイバックさせてみた。もう気になって恐怖とか絶望とか涙どころではない。自分の記憶に集中したくて、目を瞑り両手を合わせるように鼻と口を覆う。

 私の一連の動作に生徒がざわめき出したが、それには構ってられなかった。


(……たぶん、私はとても重要なことを見落としている)


「あ、荒井ちゃん! ……ちょっとぉっ、成田! その言い方はいくらなんでも酷いんじゃないのっ?! それに原口も原口だよ! 大体なんでアンタが、この校舎に荒井ちゃんが来たことを知ってるのよ!」


 成田耀子の厳しい問い詰めにカチンと来たのか、私の行動を見て泣いてるように見えたのか、奥住さんが慌てて助け船を出してくれた。なかなか的を得た切り返しに、思考のダイブをしていた私も頭の隅で唸り声をあげた。そう、何故私がこの校舎に来たことを原口が知っているのか、それも大いに疑問とするところだぞ!

 原口は痛いところをつかれたのだろう。一瞬ウッと顔を強張らせたが、すぐに体制を整え、奥住さんに噛みついた。


「だ、だって、2組の宇井と貴……笹谷に、このボロ校舎に行ってたみたいな内容、荒井が話してたの偶然聞いたんだもん! ……それに、『トイレ』ならわざわざこんな端の校舎まで来ることないでしょ? だったらおかしいじゃん!」



 トイレナラワザワザコンナ端ノ校舎マデ来ルコトナイ――



 そう……そうなのだ。トイレならわざわざこんなところに来る方がおかしい。私はたまたま教室に取りにくるもの(ナプキン)があって……。


「で、でもさ! それこそおかしくない? 例え荒井ちゃんが本当にこのボロ校舎に来てたとしてもよ? 仮に本当に学ランを隠した犯人だとして、わざわざこの校舎に来たことを宇井と笹谷に言うかな? こういう時は、違う校舎に行ってたって言うんじゃない? 自ら疑われるような言動、普通しないよね?」

「そうだよっ、光岡の言うとおり、おかしいじゃん! もし私が犯人だったら、そんなヘマはしないわね! それにさぁ、そもそもあの学ランだけど。背中のテープを貼る作業、誰かさん達に押し付けられて苦労して貼ってたの、一体何処の誰よっ! 荒井ちゃんだよ? もし荒井ちゃんが応援団の学ランを隠す度胸があるなら、アンタ達に仕事を押し付けられた時点でキッパリ断ってるとおもうけどっ! 大体私も応援合戦のメンバーになってんのよ、荒井ちゃんが友達にそんなことする訳ないでしょ!」



 パァァァァァッー!



 奥住さんの熱いセリフ(何か引っ掛かりがあるのはこの際置いといて)、2人の「マイフレンド・フォーエバー!」な友情に、荒井美千子はリオのカーニバル並みに激しくハイな状態になった! 

 


 信じる者は救われる!

 神様、雷様、ありがとう! 本当にありがとう!

 ダチッて最高! オマエらに死ぬまでキメるぜ、コモエスタァー(元気ですかぁー)!


 

 私は感激のあまり、「どんだけ荒井美千子がYOU達の友情に感動したか」というパッションを即興で意味不明なポエムにしてしまった。このナマモノ的でホットなエモーションを、すぐにでも奥住さんと光岡さんに贈呈したいところだが、あいにく事態は深刻を極め、刻一刻を争う事態。この場で披露できないことが本当に残念でならない。

……まぁ、奥住さんにしてみれば、「貴方に捧ぐ愛のうた!」なんかより、「あっと驚く噂ネタ☆」のほうがより彼女のパッションに響くだろうが。 


「……だ、だけど……じゃ、なんで荒井はこの校舎に来たのよ? だって、一階のトイレ「使用禁止」だし! ていうか、私、なにも荒井が犯人って言ってないじゃん! ここに来たなら、なにか見なかったのかなぁ~と思ってさ……」



 ナニカ見ナカッタノカナァ~ト思ッテサ――



 そうなのだ。

 なんで私はこの校舎来たのだろう? ――取りに来るものがあったからだ。

 一階のトイレは「使用禁止」だったのに? ――だから二階のトイレを使ったんじゃん。

 あの時、何か見なかったのか? ――なにか……私はあの時、何を見た?

 


(……あの時、私が二階から見たものは?)



 この校舎のトイレではなく、違うところの校舎のトイレへ行くため昇降口へ走り去る――



 その時、突然ガタンと建付けの悪い扉が乱暴に開いた。

 全員扉を振り返ると、そこには殺気立っているブキミちゃんが仁王立ちしていた。

「面倒を持ち込みやがって、このアホどもがぁ!」というように、メガネも歯列矯正の歯もオカッパ天使の輪もギラリと光らせながら。

 その後ろには、今まで学ランを探し回っていたのだろう、息の荒い星野君が立っていた。


「……ちょっと、皆さん、こんなところで何をやっているのですか! 今は犯人などどうでもいいでしょ! そんなくだらないことしたって何も解決などしません! 他の人はさっさとお昼を済ませなさい! 佐藤君はどこですか?!」


 メガネをクイっと上げ、低いハスキーボイスでがなりたてながらズカズカと教卓に近付くブキミちゃん。その迫力と言ったら相当なものだったが、その足を止めたのは彼女よりも殺気立っていた男。真っ赤な顔で「ドォン!」と黒板を思いっきり拳で叩いた尾島だった。


「うるせぇ……うるせぇよっ! くだらねぇことじゃねぇんだよっ! れっきとした盗難だっつーの! それに、オレはこの中に犯人がいるってぇ意味で言ったんじゃねぇっ! 1組以外のヤツがこの教室に入るなんてありえねぇ、ましてや、1、2組以外の連中がこの校舎にくることはまずねぇんだよっ! だから他の連中がいるのを見かけた奴がいるかって意味で聞いたんだよっ! そいつらを締め上げりゃぁ、すぐにでもわかんだろーがぁっ! ……大体なぁ、1組……つーより、このチュウが、んなことできるわけねぇだろっ!」


(…………え?)


 尾島の叫び声に、私は反射的に顔を上げ目を見開いた。私は未だに顔に手を当てたまま唖然と尾島を見た。


(……う、うそ……し、信じてくれた……?)


 尾島はブキミちゃんに怒鳴った後、ギッとまっすぐ私を見た。


(え? えぇぇっ~やっぱり信じてない?!)


 ドクンと鼓動が跳ね上がった。

 尾島はその勢いのまま、クラスメートをかき分け勢いよくこっちに歩いてきた。その光景は、一昨日の桂龍太郎の放課後の一件を思わせたが、不思議と怖いとは思っても、嫌だとは感じなかった。私の目の前で止まり、その勢いのままガッと掴まれる私の肩。


「おい、チュウ! 本当にこの校舎に来たのか? なら、いつ来た? そん時オマエ、何か見なかったか? 教室に段ボール、あったのかよっ?!」


 その顔はいつものように自信たっぷりではなく、怒りと不安と焦りと……瞳が僅かに揺れていた。私は肩をガクガク揺さぶられながら、尾島の顔をただただ黙って見ていると、ある顔が一瞬頭の中で通り過ぎた。フラッシュのように脳裏に割り込まれた顔は、夏前くらいから放課後の尾島の身近にいる顔。二階からそっと覗きこんだ時に見えた――。



 1、2組以外ノ連中ガコノ校舎ニ来ルコトハマズネェンダヨッ――



「やめろ、啓介! そんなの後にしろ! 応援団そろそろ集合だし、赤の団長、辺見さんだろ? とりあえず行って事情を話しとけ!」



 ソロソロ集合ダシ――




『なんか……上で音しなかったか?』

『マジかよ?!』

『いいから! 集合かかってるし、いくぞ!』





(あ……)


 

 私の中で、何かが弾けた。

 まるで身体に何十万ボルトの雷が打たれるような衝撃が――。



「あ…………あぁ~っ!」



 星野君が私と尾島の間に入り、私の肩から尾島の手を剥がすのと、私が滅多に出さない大声を上げたのが同時だった。


なんか、もっと文章うまくなりたい。これを書いていて、ミステリーなどはダメだなと悟った菩提樹です。……いや、どれもダメなんですけどね……あ、なんだか心に寒い風が……。

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