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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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山野中体育祭!~狙われた学ラン①~

「……ちょっと、ねぇ?」

「どうなってんの?」

「なんかマズイんじゃね?」

先生チンタオに言った方が……」


 ボロい校舎の中にある、1組の教室は騒然としていた。

 午前中のプログラムがすべて終了し、生徒達はお昼を取るため各教室に戻った。競技の興奮を残しつつ和気あいあいとお弁当を食べている筈が、現在この1組の生徒はお弁当をつまむどころか、和やかな雰囲気とは程遠い不穏な空気に包まれているのだ。


「その事実」が判明したのは、つい先ほどのことだ。


 最初に気付いたのは、午後一で行われる応援合戦に参加する奥住さんで。同じクラスの男子から拝借した、学ランの背中に貼ってある「闘魂」という文字が剥がれてないか最終チェックを入れるため、全員分の学ランを一まとめにしてある段ボールをとろうとしたが、指定の場所にないことに気付いたところから始まった。朝、教室を出るまでは、確かに段ボールは教室の後ろにある茶色のボロいロッカーの上に無造作に置かれていた。しかし、奥住さんがロッカーの上を見たときには、埃以外なにもなかった。不思議に思った奥住さんは、同じ応援合戦のメンバーであるもう1人の女子に段ボールのありかを聞いた。


『ねぇ、学ランが入った段ボール見なかった?』

『え? 見てないよ? ロッカーの上じゃないの?』


 その女子はロッカーの上を目配せしたが、あるはずのところにないので、驚いた声で「あれ? 確かに朝までは……」と焦った様子で周囲を見渡した。教室内をぐるりと見回しても、それらしきものは見当たらない。奥住さん達は急いで呑気に弁当広げている尾島達男子のところへ確認しに行った。もしかしたら、応援合戦に出る残りの男子三人、尾島、諏訪君、田宮君が既に学ランを段ボールから出しているかもしれないと思ったからだ。が、奥住さんが学ランの行方を聞くと、尾島は眉根を寄せた。何を言ってるんだ、と。


『……え? 尾島達が持ってるんじゃないの? じゃぁ、なんで……』

『んなの、知るかよ。学ランはロッカーの上に置いてあるだ、ろ……』


  

 尾島を囲んでいる男子と奥住さんはロッカーの方を見たが、当然そこには何もない。そこで初めて、非常事態だと気付いた応援合戦のメンバーは青くなり、尾島は乱暴に席を立ち上がって「学ランを探せ!」と大声あげながら教室中を探し始めた。その様子に他の生徒達もお昼を中断し、何となく自分のカバンの中や机の中、ロッカーを見た。しかし、5人分の学ランを入れるスペースなどそうそうあるわけがない。 一番怪しい掃除用具入れや教卓の下にもないとわかると、奥住さんが慌てて隣のクラスに出向いて、和子ちゃんに「1組の応援団用の学ランが紛れ込んでないか」と聞きに行った。しかし、答えは「否」。いよいよ本格的に学ランがなくなった……いや、盗まれたことがクラス中に浸透すると、生徒達に緊張が走り、冒頭に至るのである。


***


「くそっ……どこのどいつだよ、こんなふざけたことすんのはっ!!」


 尾島がたれ目と形のいい眉毛を吊り上げながら、教卓を思いっ切り蹴り上げる音が教室中に響いた。

 その音と尾島の迫力に全員竦み上がり、息をする音さえも許されないような空気が張りつめた。私は教卓を中心に集まっているクラスメート達の後方から、この只ならぬ雰囲気を見守っていた。隣にいる光岡さんにそっと視線を送れば、「ヤバイよね……」という顔をしている。

 そう、本当にヤバイ。

 結局あれから学ランを探し回ったが、1組にも隣の2組にも、ボロ校舎のトイレや焼却炉まで確認したがどこにも見当たらなかった。探している間にも時間はどんどん過ぎていき、昼休み残り十数分の時点で、「学ランが盗まれた」ということが1組の生徒達にとってほぼ決定事項となっていた。

 だが、私を含め大半の生徒は、心のどこかでそんなバカなと思っていたと思う。このクラスから学ランを盗むなんて、ありえないことだからだ。だって、1組の応援団のメンバーの中に、学年、いや学校一厄介な「尾島」がいることを知らない生徒は、おそらくこの学校にはいないだろう。それに、こんな無謀なことして見つかったら、ただでは済まないこともわかっている筈だ。

(それにしても犯人凄いな、よほど度胸があるんだなぁ。でも……いくらなんでも、これは卑怯じゃない? しかも全員分の学ランを持っていくことはないよね?)

 悪いが既に私の中では、原因は「尾島」を狙った犯行だろうと決めつけていた。こんなこと気まぐれでやる人はいないだろうから、犯人は相当恨みを抱えているに違いない。でも尾島が憎いからってこれはいただけない。

 私は苦労して「闘魂」の文字を貼った努力が泡になったことと、尾島が受けた……いや、奥住さん達が受けた被害に対して怒りが湧いてきた。

(いやいや、そんな場合じゃないよね? この際学ランが見付からないことを前提に対策を考えたほうがよくない? 予備の学ラン……持っている人なんているわけないか。あ! もしかして、学校側にいくつかあるんじゃないの? 没収した学ランとか。先生に事情を話して貸してもらえばいいじゃん! やっぱ一昨日念のために「闘魂」のテープを余分に作っておいて良かったぁ~グッジョブ、私! 3つあるから今から残りの2つを直ぐに作成して手分けして貼れば!)

 頭の中で思いついた名案を尾島に! ……いや、非常に怖いのでやめておこう。こういう時こそ、学級委員に伝えようとブキミちゃん! ……は生徒会の人達とお昼していて不在なので、佐藤君に相談するかと近寄ろうとしたら、その行動を完全にフリーズさせる言葉が尾島の口から発せられた。


「おい……今日体育祭始まってから昼までに、この教室、いや、この校舎に来た奴いるか?」


 尾島はギラギラと光らせた目で教室の生徒をねめつけた。

 彼の一言にクラスメートはお互い顔を見合わせ、「え? 来てないよね?」とか「いや、ここ応援席から遠いしよ……」と確認し合った。いかにも「オレ、私は犯人じゃないよ」と、犯人扱いされるなんて冗談じゃないという雰囲気だ。


 尾島の言葉に固まった私は、名案を進言する余裕も消え失せていた。それどころか、クラスメートや尾島の姿を見れなくて、黙ったまま俯いた。……僅かに震えながら。


「やめろ、尾島! 今は犯人捜しをしている場合じゃないだろ?」

「……ちげぇよっ、カッコ! そうじゃねぇよ!」

「カッコじゃない! ……あ、いや、ともかく。もう時間がないから応援合戦に出る尾島達は先に食えよ。幸いにも赤組の応援合戦は最後だし、それまで多少時間があるだろ? その間に他の連中は手分けして学ランを探すんだ。もう2年の競技はないから、昼飯は交代で食えばいい。みんなそれでもいいよな? それと、担任に報告……」


 尾島の物騒な質問を遮ったのは佐藤君だった。彼の顔は強張っていたけども、学級委員らしく冷静な声でテキパキと生徒達に支持を出している。なんとなく話題が逸れたので私は少しホッとし、今度こそ思い浮かんだアイデアを言ってみようと佐藤君に近付こうとしたら、尾島の横にいた女子と視線があってしまった。


(……え? なに?)


 尾島の横には、そこが自分の指定場所かのように原口美恵がいた。


 彼女は険しい顔で私を睨みながら、険を含んだ声で「ちょっと待って、佐藤!」と遮った。1組の生徒達は突然の制止に、彼女に括目する。なにか事件を解決する突破口や情報を掴んでいるのでは? という期待を寄せる視線が原口美恵に集中した。



 私は急激に自分の体が冷えていくのがわかった。

 第六感がエマージェンシーの警告音を頭の中でワンワン響かせる。しかし、どうすることもできず……私を凝視している原口美恵から目を逸らせず、小刻みに震え出す身体。



「荒井さぁ」



 原口美恵の妙に通る声が、1組の教室に静かに響いた。



「午前中、この教室に戻ってきてたでしょ? それってなんで? その時には学ランが入った段ボール、ロッカーにあった?」



 予想を違えず、彼女の口から出た言葉は、事件を解決させる魔法の言葉ではなく、地獄に突き落とす呪いの言葉であった。



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