山野中体育祭!~悪魔が迫りてミチビビる・前編~
この話は過激な表現と発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m
「はぁ~」
ここは誰もいない二階のトイレの個室。やっと体育祭の熱気と桂龍太郎の視線から解放されて、ホッと息をついた。
2年女子による団体競技・「綱引き」参加のため、和子ちゃんや貴子は入場門のほうへ行ってしまった。男子が退場門のほうから応援席に帰ってくる前に、私も席を立ってフラフラと本部席のほうへ行くことにした。男子しかいない応援席に1人ポツンと座っているのはどうも落ち着かない。あの猿に何か言われるのも御免被りたいし。
なにか手伝う事がないかと生徒会の人たちに聞いてみたが、当のブキミちゃんは競技に参加のために不在、現会長の片岡君や日下部先輩達に特に仕事はないよと言われたので(すでに私は生徒会の人たちにとって顔パスである)、自分の教室がある一番端の校舎のトイレに来てしまった。近くの校舎にすればよかったのだが、生理だったのでカバンに入れていたナプキンを取りに行くためだ。それに今は1人になりたかった。誰もいない校舎は怖いし、いつも使う一階のトイレは古いのか調子が悪く「使用禁止」になっていたが、逆にここまできて用を足す人はいないし、落ち着くにはもってこいだろう。
狭い個室の中でボケッと考えていた。「普通にしてろ」って一体どういう風にすればいいのだろう、と。そもそも私はこれが普通だ、と。そして、貴子は桂龍太郎の新しいカノジョの存在を知っているのだろうか、と。
そう。一昨日、あの日の放課後――。
私は、とんでもないところに出くわしてしまったのだ。
*******
『……あ、私、先行くね? ……またね、龍君』
女生徒の赤く濡れて光った唇から漏れた言葉が、妙に生々しかった。
彼女の言葉に「おう」と気の抜けたように返しながら、セーラー服のスカーフを持ち主に渡した桂龍太郎。彼女はスカーフを受け取り、そそくさと直しながら足早に私の横を通り過ぎた。すれ違い様に香った彼女の制汗剤の香りと、タバコと男性用のコロンとが混じったような匂いがやけに鼻についた。女生徒は私の方を見向きもせずに教室を去り、あっという間に見えなくなった。
(え? え? え?)
疑問符を頭にたくさん浮かべた私は、彼女の後姿をボケーと見送りながら、いったい何分固まっていたのだろうか。
いまだに入口のところで足に根が張ったように突っ立っていると、桂龍太郎が少し伸びた金髪をくしゃりと掴んだ後、大きい溜息を吐いてこちらにズンズンと歩いてきた。その顔をはどうみても、
『大変長らくお待ちしておりました! ネバーランドへようこそぉ!』
などと歓迎している永遠の少年・ピー●ーパンのような親しみとは程遠い。
それどころか「いますぐそのボインをピタパンのようにペシャンコにしてやるぜっ、夜露死苦!」という感じだ。いつものように、非常にマズイ展開である。大人の味も知り尽くし、もはや少年ではない桂龍太郎は、この神聖な「英語英文タイプ部」で破廉恥な大人の行為をしようとしていたとことろをバッチリ見られた私に制裁を加えるため、今まさにこちらに向かって進行中!
あわわわ……と混乱ているうちに、この不良なピー●ーパンはとうとう私の目の前に立ちふさがり、むんずと腕を掴んでグイッと教室の中に入れて、ピシャンと戸を閉め鍵をかけた。彼は無情にも、「え、ちょ、ちょっと……」という私を無視して、ネバーランドではなく教室の奥へどんどん引っ張っていく。
(えぇっ? なに? ななななんで教室の中に引っ張り込むの? な、なんで鍵閉めるわけぇっ?! ……まままっまさかっ、私にあの女子の身代りをしろとかっ!)
思いっ切りパニくっている私を無視して、桂龍太郎は手を乱暴に放してジロリとこちらを睨んだ。
『おいっ!』
『ヒョェッ!』
『なぁ~んで、オメーはいつもいつもっ!』
『ごごごっご、めんなさいっ! で、でもっ、かかか勘弁してくださいっ! わ、私には心に決めたサル……って違う! ききき金髪碧眼がいてっ! ……って、あわわわっ、な、なにもアナタ様がイヤというわけではないですよ? あ、ほら! だだだ第一、私地味でドン臭いですしっ? ききき今日は下着が、その、ガガガガッチリタイプのスポーツブラで、上下ともバラバラでしてっ! ごごごご期待には添えないのではないのかとぉっ! そっ、それにハジメテですので、面倒なこと極まりないですっ! ハイ! し、し、しかもっ、きょきょ今日は一日目でしてっ、そんな気分にはっ!』
『はぁ?』
『いいいいくらなんでも、無謀ではなかとぉっ!』
『おい、ちょっと待て』
『ぜぜぜ是非他の方をあたって………………って、あ、あれ?』
『何言ってんだ、ボインは』
『……あ、あら?』
桂龍太郎は強面だが、訳が分からんというような複雑極まりない顔をしていた。
(……アイヤ……もしかして、やっちまった……?)
もしかしてどころではない。桂龍太郎の表情を見る限りでは、私は完全に誤解をしていたようだ。自らとんでもない大胆な発言を口走ったオバカな自分が、あまりにもイタイ。
(私のバカ……)
全身が一気に赤くなってくるのがわかった。穴があったら入りたいが、ここにあるのは机や椅子、タイプライターだけ。しかも、穴ではなくて「アナコンダ」みたいな男しかいない。
(……ここは笑って誤魔化すしかないだろ)
ハハハ~と乾いた笑いを漏らすと、桂龍太郎は大袈裟なため息を吐き、「なんか、激しく萎えちまった」と呟きながら天井を仰いだ。
眉頭を抑えながらいかにも「ひと仕事してお疲れ!」というサラリーマンのように指で揉んでいる。いや、実際は一仕事し損ねたのだが。
この様子だと、どうやら私の貞操は死守できそうだった。非常に喜ばしいことではあるが……積み重ねてきた女豹としての実績を、真っ向から否定されたような気がするのは何故であろう。
(……安心なんだか、失礼なんだか)
暫く眉間の皺をほぐしていた桂龍太郎は、頭をガリガリ掻きながらジロリとこちらを見下ろした。うぅ、フツーに怖い……。
『あのさぁ。オメー、ここに何しに来たワケ? まさか、いつものように邪魔しにきんじゃねーだろーなっ?!』
『……邪魔…………って、ととととんでもないっ! 100%偶然っ、SOかもね! ですっ!』
『…………』
『っ! (しまったぁ! ドン引き?!)』
『……あ~大体なぁ。学校中が体育祭の準備してるってゆーときに、狙ったかのようにこんなとこ来んじゃねぇよっ! それにさぁ、確かボインはサポート委員ってやつだろーがっ!』
『(まさかのスルー!)えぇっ?! な、なんで知って……あ、いや、そ、それは……あの、足の怪我で、原口……さんと交代しまして……』
『あぁ? 足の怪我で交代だぁ?』
『ヒィッ! あ、あの、けけけ決して私のせいではありません! 担任からの提案でしてっ、ハイッ!』
『……チッ、それも原因かよっ……』
『は?』
桂龍太郎はチラッとこちらを一瞥した後、「……つーかここまで鈍いのって、どーよ」とぼやきながら乱暴に椅子を引っ張り、ダルそうにドカリと座った。椅子の背もたれに両腕を掛けその上に顔を伏せている。強面の顔を見えないことをいいことに、私はホッと息をついてやっと冷静な気持ちが取り戻せた。シーンとした教室にカーテンが大きくはためく音がした拍子に、ここの教室に来た本来の目的を思い出した。その目的を果たすためには、桂龍太郎に出て行ってもらわないといけない。私は動かない桂龍太郎に向かって、努めて冷静に且つ穏便に、しかも控えめにその旨をきりだした。
シブガキ隊の中で、誰のファンかという議論を友達としたことがあります。菩提樹はヤッくんファンでした。ちなみに「100%…SOかもね!」よりも「ZOKKON命」の歌に痺れる菩提樹です。